第八話「ハダカのハガネ!?」2/4
=多々良 央介のお話=
何度見ても、僕の体は、裸だった。
慌てて、隠すべき場所を隠す。
「まあ…、見る奴もいないから、隠す必要もないと思うけどな?」
確かに、ハガネの中で誰から見られるはずもないけれども…。
「次は、ハガネを見てみろ」
…まさか巨大な僕の裸になってたり…、恐る恐る、見回す。
すると“操縦席”から見えるハガネの体は、金属で出来たガイコツになっていた。
ある意味、裸だ。
「…どうして?」
「どうしても何も、あのウサギネコ巨人、奈良くんのだろ? 服が嫌だってのが反映されたんだ」
ああ、なるほど…。
《お、央介ー。無事かー?》
父さんの声。
あれ? 携帯はポケットにしまっていたはずだけど、ポケットは何処に?
あるべき場所の当たりを探ると、何もない所にポケットの感覚があって、普通に携帯が入っていた。
でも、手に取った携帯も、なんとなく“触ってる感覚がない”。
《ああ、よかった。携帯は消えてなかったようだな。でも、やっぱりか…》
携帯の画像に映る父さんには、いつも着ている白衣の襟がなく、首筋、胸元。
多分、あっちも裸なんだ。
《えーとだな、普段オペレートしてくれてる隊員さんが、ちょっと離脱していてだな…》
確かに、今の状態だと、特に女の人は人前に出てこられる状態ではなくなるよね。
《すまないな、央介君。軍人たるもの、この程度で動じてはならないのだが…》
大神一佐は、いつも通りの犬の顔。
あれ? まだ今朝の夢の中だっけ?
頭の中に持ち上がった、変な考え。
《Dマテリアルを見つけた、って話だったな。どういう状態だったか、教えてくれるか?》
=珠川 紅利のお話=
シェルターの中で、急に私は車椅子から放り出された。
直前まで触れていた手摺りが、その瞬間から消えたように感じた。
地面に落っこちて、お尻が痛い。
「いったーい…お尻…あれ、車椅子?」
「だ、大丈夫!? 紅利ちゃん!」
すぐに私の顔を覗き込んできたのは、傍にいた真梨ちゃん。
手で探る範囲に車椅子は、ない。
とりあえず真梨ちゃんを見上げて…、あれ? どうして、はだかんぼ?
「あ、紅利ちゃん、ふ、服は!? …えっ、私もっ!?」
周りから一斉に悲鳴が上がる。
嫌な予感がして、少しだけ視線を動かして確認してみる。
みんな、きゃあきゃあとか、見るな、見ないでと叫んでいる。
僅かな視界の中で、誰も服を着ている様子は、なかった。
私は、なるべく何も見ないように目をつぶって、隠すべき場所を隠して。
とりあえず身を隠せる場所へ移動しなきゃ、そう思って――
――何の気なく“足に当たる感覚のままに立ち上がった”。
「…!? あ、紅利ちゃん!?」
真梨ちゃんの声。
「――? あれ?? 私、今どうやって、立ってる、の?」
目を開けて見下ろすと、無くなったはずの膝から下に、ぼんやり光る足があった。
思考回路が焼け切れる寸前――
「ふあー…」
――近くで奈良くんの声。
…彼の裸なら、まだ目の毒ではないかな?
「あー…すっきり」
ふわふわとした体で、気持ちよさそうに伸びをする奈良くんがそこに居た。
男の子と男の人、女の子と女の人が、それぞれ別の方向に誘導されて逃げる中、
獣人の子たちは、立派な毛並みのはだかんぼで、のんびりとしていた。
――ずるい。天然の毛皮を着ているから、被害が及ばないんだ。
その中に、服が脱げていない央介くんと、佐介くん。…の偽物さんも。
あの二人は、リモコンロボットだから…かな。
…にしても奈良くん。
巨人を呼び出すDマテリアル、持ってたよね。
巨人の姿からすれば、多分、原因だよね。
どうしてくれよう。
=多々良 央介のお話=
《――なるほどな。獣人の子が…。それで現在、肉体と認識していない部分が排除されているのだろう》
「だからハガネの、“鎧”部分が消えちゃって、骨だけ残ってる?」
「鎧だけならともかく、オレの主砲も消えてる! 手ごたえもない!」
ハガネの主砲が…使えない?
戸惑う僕をよそに、通信では話が動き続ける。
《戦闘コードを発行します。…ああ、ちょっと、こっち見ないでください、…失礼。現対象のコードは“野生王”です》
野生王と名付けられた巨人は、毛を逆立ててハガネを警戒し、一定の距離を保っていた。
僕も、相手に警戒を向けなおす。
《ウサギネコ…貴重な獣人が居たものだな。私のような雑種犬混じりなら珍しくもなかったが…》
ああ、大神一佐って雑種犬の獣人だったんだ。
日本犬のような、レトリバーのようなで一度犬の図鑑を調べてみようか、失礼になるかで迷ってた。
《央介君のクラスに一人、その家族で母親、以下12人の子供がいるようです》
…12人。奈良くんの名前が七希だから、七番目なのかな。
時々、弟妹らしき小さなウサギネコ獣人を学校で見かけた気がする。
《…うむ、貴重というのは撤回しよう…。しかし…不味いな》
《そうですね。ウサギネコって確か、遺伝子キメラ製造の倫理やコストもさることながら、愛玩飼育に耐えないほど身体能力が高い、という問題があったはずです》
《キメラ繋がりで、この間の昆虫王みたいに網を…》
「無理。網出ねえ!」
軍のお兄さんの提案に口を挟んだのは佐介。
更にその話は続く。
「…チェインもロッドも、当然スピナーも出せない! 出したつもりで消えちまう!」
「ええーっ!?」
佐介の悪条件の説明に驚いて気が逸れた瞬間。
それは、ハガネの喉元を正確に狙いに来ていた。
「ひっ!?」
必死で身を振って、ギリギリのところで躱す。
野生王の獣の牙は、空を切って通り過ぎた。
野生王は、そのまま音もなく着地。
更にすぐに切り返し、鋭い眼光で再度の攻撃を窺う。
そのまま、常にこちらの死角を探るように、横へ、横へと軸を移す。
《央介君! 野生の獣から目を離すな! 彼らが狙うのは致命の一撃だ!》
「は、はい!」
まるで、獣と戦った経験があるかのような、大神一佐の指示。
えっと?
《私は、君と同じぐらいの年頃、熊だのライオンだのとの決闘で身を立てていた。経験者の話を役立てるといい》
――ああ、そういえば、昔の獣人の人たちは、酷い扱いをされていたって、学校で習った。
本当に、猛獣と戦ったことがあるんだ。
《まず、相手との視線を切るな。次に、喉を庇うんだ。腹も…、いやハガネに臓器はないな》
喉、喉を庇う。
骨しかないけれど、ハガネの左腕で喉を覆う。
こっちの姿勢が変わったことで、野生王は動きを止め、ウサギの長い耳を立て反撃の気配を待ち構えるようになった。
やっぱり、首を狙っていたのかな。
…首を切りに来るウサギって、何かに居たような? ゲームだっけ、コメディだっけ…。
《次は、得物だ。ハガネから5時の方向すぐ、道路灯がある。破壊して、武器として構えるんだ》
破壊。
街の物を破壊…。
《これは破壊命令だ。構わん、派手にやりたまえ》
「…! はい!」
空いているハガネの右腕を背後に回し――
「もうちょい右」
――佐介の言葉で、道路灯を探り出し、掴む。
電柱の根っこを折って電線を千切り、アイアンロッドの代わりとして構える。
《よし。今度は手足を庇う…いや、出来ているようだな。多々良流の仕込みか?》
両手両足を一直線に、その盾として棍を置く構えは、確かに多々良一芯流のものだけど…。
《そうですね。猛獣と戦うためではないですが、相手の攻撃から体を守る構えです》
――父さん、ありがとう。
「でも…これ普通の鉄柱だぜ? 巨人相手に意味あるのか?」
佐介がまた、口調が悪いままで大神一佐に問いかける。
《相手はそのことを知らん。威嚇にさえなっていれば十分だ》
でも、攻撃にも使えない、ような。
《間合いを確保しながら、次の電柱に近づくんだ。相手に威嚇の構えのまま、道路沿いに後退》
大神一佐にはまだまだ考えがあるらしい。
ハガネは、野生王を睨みつけながらじりじりと後退して、次の電柱へ向かう。
《陸戦隊は動けないか…衣類や装備一切なしでは…毛皮のある獣人の隊員、それとドローン部隊で出来る限りの作業を》
大神一佐の口ぶりからすると、何か、他にも作戦が動いている?
と、下がる途中、野生王が攻撃の姿勢を見せる。
《――央介君、少し相手に食って掛かれ》
言われた通りに、逆にこちらが押し返すように間を詰める。
すると野生王は後ろに跳んで距離を測りなおした。
「すげーな、大神一佐って偉いだけじゃなかったのか」
《どうかな、補佐体。年の功は敬うべきだと理解できたかね?》
「んー、どうしよっかなー」
素直じゃないポンコツロボット。
そうこうしながら、何とか次の電柱まで辿り着く。
「電柱、真後ろだ。手回せば取れるけど…二刀流とか?」
《いや、今持っている一本を投げつけるんだ》
「…投げ。投げつける?」
僕は、大神一佐の言った意味が分からずに聞き返した。
すると一佐が、これからするべき事。その最も重要な意味を説明する。
《そうだ。人間最大の武器は、長い腕からの投擲、遠隔攻撃だ》