第八話「ハダカのハガネ!?」1/4
=多々良 央介のお話=
――ん…。あれ?
…ああ、ハガネの中か。
《央介君、大丈夫か?》
通信機から大神一佐の声。
えっと…、今は、何と、戦ってるんだったっけ?
とにかく、応答しないと…。
「は、はい。健在です。ええと…今、僕は何を…」
「何って、目の前の敵と戦ってるワン!」
ワン?
佐介、どっかおかしくなってるのか?
…通信先からも、ワンワンキャンキャンという沢山の犬の鳴き声。
あ、あれ?
《央介!》
「父さん、一体どうなって…!?」
《今こそ、多々良一芯流、犬の術を見せるんだワン!》
「父さん!?」
通信に映るのは犬。
犬の、父さん。
――あれ? どうしてこの犬が父さんだってわかるんだろう…。
まあ、いいか。
《うむ、央介君の力、見せてもらうぞ》
大神一佐は、いつも通りの犬の顔。
いつも通り?
いや、いやいや。
おかしいよ、これ。
「どうした央介!? 大丈夫かワン!?」
佐介が、犬の佐介がハガネの中で吠える。
どんな巨人が出たら、こんなことになるの!?
「父さん! 僕は何と戦って――」
そこまで言って気が付いた。
通信画面が映る携帯を握っていた僕の手も、短く黒い毛に覆われている。
え? この肉球の手で、どうやって携帯を握ってたんだろう?
携帯の握り方が分からなくなって、ポロリと取り落す。
慌てて拾おうとして、四つん這いになると、そっちのほうが楽だと気づく。
あ、そうか。
僕も犬だったっけ。
そこに居たのは、さっきまで来ていた服も脱げ落ちた、黒い子犬
――?
どうして僕は、犬になった自分の姿をそばから見ることができるんだろう?
!!!!
「ふわあ!?」
掛け布団を跳ね上げて、起き上がった。
視界に入った時計の表示は、午前三時ぐらい。
僕は、やっと事態が理解できた。
「夢…、かぁ…」
でもまあ、辛い夢よりは…、マシだったかな。
さっきの夢を思い出して、布団についている右手を思わず見る。
毛むくじゃらになっていたその手には――
――黒くつやつやとした毛並み。
「ふぇっ!?」
「うぇっ!?」
驚きの声と同時に、手と“毛並み”が分離した。
手に重なって見えていた黒い毛並み。
それは…、佐介の後ろ頭!
「ど、どうした央介!? あれ? なんでオレここで寝てるんだ?」
「いい加減にしろこのポンコツ!」
「――コントみたいね」
紅利さんは、くすくすと笑い続ける。
「酷い顔をして登校してきたから心配して聞いてみれば、楽しい夢じゃない」
「笑い事じゃないよ…本当にそういうことする巨人とか出てきそうで…」
巨人が起こす不思議な状態からすれば、人を犬に見せてしまうぐらいは、きっとあるはずだ。
真面目に悩む僕に、紅利さんは笑顔で声をかけてくれた。
「それでも央介くんなら、きっと大丈夫よ」
紅利さんはそうやって僕を信頼してくれている。
でも…、僕はそんなに、応えられるほど、強くは――。
「犬にされたら、武器を咥えて戦えばいいさ。できるだろ、央介」
悩みかけた僕に、佐介が話題を投げてきた。
応じることになったけれども。
「う、うーん。どうなんだろう? 実際にそうなったら…」
「ワンちゃんの央介くん。ちょっと見てみたいかも」
紅利さんの目が輝く。あれ? 犬好き?
うっかり、朝の夢の、黒犬になった僕が、紅利さんに抱き上げられる姿を考えてしまった。
「いいのか央介。犬なんだから毛はあっても素っ裸だぞ」
「…犬でもパンツぐらい穿くさ!」
紅利さん、やだもーとか言いながら更に笑いを重ねる。
そうやって、笑顔を向けてもらえるのは、嬉しい。
「まあ、パンツはいいとして、服は邪魔になるな。人間型の布なんだから、動物の姿だと縛ってるようなもんだ」
「佐介。わざわざ真面目に考える意味、ある?」
呆れる僕の言葉に佐介は。
「何だって考えておけば、央介を護るのに役立つさ」
…時々、こいつが凄く真面目なのは何なのだろう?
まだ一人で巨人として戦っていた頃に、いきなり手助けにきて「お前を護る」。
それがこいつとの出会いで、以来ずっと傍にいるけれど、何処か掴み所がない。
父さんも、設計段階とは違う性格になったって言って――
「そーだぞ! 服なんて邪魔なんだ!」
考えの途中、横から会話が飛び込んできた。
彼は、ウサギネコ獣人の、奈良くん。
犬になるまでもなく、全身ふかふかの毛並みで覆われた少年。
「え、えーと、どうしたの、急に」
「犬になる夢で、服が邪魔だったんだろ!? ウサギ分で耳がいいから聞こえたんだ!」
そう言って、奈良くんはふさふさの耳をピンピンと動かして見せる。ちょっと触りたい。
――でも、さっきの会話の内容とは、ずいぶんすれ違ってるような気がするんだけれども…。
「毎日毎朝もじゃもじゃするぱんつはいて、毛を服のチャックで挟まないようにして窮屈なんだ!」
その辺は、獣人ならではの悩みなのかな。
「家に帰って風呂入った後なんか全身乾かして、あとはかーちゃんもにーちゃんもねーちゃんも、みんな裸だぞ!」
その辺は、聞いていい家庭の事情なのか、ちょっと困る。
「…チャック周りの毛を刈るとか、そもそもチャック付きの服を着ないとか、色々あるだろ。」
横から投げかけられた解決案。
見ると、呆れ顔で長尻尾の狭山さんがやってきた。
「奈良の場合、もじゃもじゃ自体はどうしようもないんだからさ」
――うん。
思わず抱きしめたり撫でたくなる、歩くぬいぐるみの奈良くんなのだから、思う存分ふわふわで居てほしい、かな。
「でもそういう狭山も困るだろ。だって最近下の方がもじゃも…」
奈良くんが何か言いかけた途端、派手に引っ叩く音。
それも二回。
倒れた奈良くんの傍に立っていたのは、顔を真っ赤にした狭山さん。
「何で知ってんだこのスケベ!」
「女の人の身体的なことを公言するなんて! 地獄に落ちなさい!」
もう一人は、童話妃の…軽子坂、真梨、さん。
狭山さんは軽子坂さんに向き直って、疑問をぶつけた。
「…暴力はダメだったんじゃないか? 警察娘」
「セクハラを止めさせるための制圧よ。必要な暴力だわ」
――普段いがみ合っていた二人が、共通の敵を得て、団結したのだろうか?
というか、紅利さんも、何か怖い目をしている。
彼女の手も届く範囲だったら、奈良くんには三発目まで加えられていたかもしれない。
「ひでえ…」
起き上がった奈良くんの様子を見ると、二人はそこまで本気で叩いたわけじゃないと思う。
と――
奈良くんの体から、何かが落ちた。
女子二人に叩かれた衝撃で、彼の毛並みから外れたそれは、虫。
「おい、毛の中に虫飼ってるのか、不潔だな! 全部剃るか!?」
まだ怒りの収まっていない狭山さんは、火でも吐きそうな様子。
「なんかもぞもぞすると思ったんだ。こんなのが付いてたのか」
調子を取り戻した奈良くんは、長い爪でその虫をつまんで持ち上げる。
あれは、カナブン?
「あー? それって…」
更にこの場に首を突っ込んでくるのは――。
「ああ、丁度良かった、大寒。虫だぞ。あげる」
奈良くんは、丸刈り頭の少年、大寒くんにその虫を渡そうとする。
その時――
(げっ…、央介、マズいゾ)
――急に、サイコが呼びかけてきた。
「やっぱり。このあいだ見つけた虫型ロボットと同じのだ」
大寒くんは、奈良くんからでてきた虫を手に取る。
虫型…ロボット?
(大寒は昆虫王の投影者ダ! それで、巨人出現させる前に捕まえたのガ…)
「ほら、翅広げさせると、人工物だろ?」
カナブンによく似たその虫の翅の下で、Dマテリアルが赤く光っていた。
「あーーっ!!」
思わず、僕と佐介で大声をあげてしまった。
えっと、この場合、どうすればいいんだろう。
「な、なんだよ、多々良兄弟。…ああ、お前らも虫好きなのか?」
大寒くんは、ギガント製だろう虫ロボットを、手のひらで転がす。
それは、とんでもない、危険物、なのに。
「欲しけりゃやるよ。同じの、標本にしてあるしさ」
「あー…あー、あー、うん。虫というか、うん…」
思考が、追い付かない。
「虫よりは、ロボットだな。父さんがこういう機械扱う学者だから! 貰っとく!」
パニックの僕へ、佐介がナイスフォロー。
これで、なんとかDマテリアル付きの虫ロボを回収できた。
あとは、このDマテリアルが発動段階になってなければ――
「んー?」
奈良くんが、素っ頓狂な声をあげる。
「なんだよ? 余計な事言うようなら次は投げ飛ばすぞ?」
「正拳突きも付けるわ」
女子のドリームタッグはまだ怒っている。
「もう懲りたよ…。でもさ…」
奈良くんは、窓の外を見ていた。
つられて、周囲の僕たちもそっちを見る。
「あれ…、巨人じゃないのかー?」
大きな動物の耳が、家の上から突き出て、動き回っていた。
遅れて、警報が鳴り響く。
手遅れ、だったみたい…。
――避難した地下シェルターで、偽物さんたちにバトンタッチ。
兵隊さんの運転する軍用の車で、地下通路を運んでもらった。
「ここから上がれば14番防衛塔、相手の目の前だ。気を付けて、多々良君」
「ありがとうございます!」
「あざーっす!」
佐介は、真面目かと思えば、こういう礼儀知らず。
兵器搬出用の大型エレベータに乗り込みながら、胸元からDドライブを取り出す。
「Dream Drive! ハガネ!」
上昇していくエレベータの中で、ハガネが出現する。
そこまでは、問題なかった。
だけど、何か、通信が騒がしいことに気付く。
《はあ!? 裸!? 説明しろと言われても!》
《戦車隊から、作戦に問題なし、けれど負担多しとの報告!》
《あー! 見ないで! 見ないでください!!》
なんだろう。
聞こえるのは女の人の悲鳴が多いだろうか。
でも、戦闘に向けて、集中しないと。
「ちょ、ちょっと、央介! これ、ヤバいって!!」
「ヤバいのは、いつもの事だろ?」
佐介の言葉の意味が分からないまま、エレベータが扉を開く。
ハガネの目の前には、こちらを狙う巨人…というよりは、巨獣。
それはウサギのような、ネコのような、キツネのような、様々な動物を混ぜ合わせた生き物。
様々なペット動物を遺伝子レベルで合成した、最高の可愛らしさを追求したキメラ生物。
現在は作るのが禁止されていて、実物は見たことがない。
――それを合成された獣人の奈良くん以外は。
「ゴホン! …あー、央介くん。真面目に考えてるところ、悪いんだが」
佐介が、変に勿体付けた喋り方をする。
「落ち着いて、自分の体を見ろ」
体? 体って…
朝の夢の事を一瞬思いだしつつも、見下ろした僕の体は――
――何も身に着けていない、すっぱだか。