第七話「鎮めよ、炎!」4/4
=多々良 央介のお話=
ハガネを立ち上がらせて、火炎王に相対する。
火炎王は、周囲の放水を気にして、戸惑っていたようだったが、
ハガネの復帰を見て、こちらに再び敵意を集中させる。
早速放ってきた火炎弾をハガネの体で受け、その炎に紛れたまま火炎王に殴りかかる。
鉄の拳が、相手の炎の中身を捉え、衝撃と音が奔る。
手応えからすれば、固い。
「熱ちち…炎のオバケかと思ったが、体はちゃんとあるのか?」
佐介の見解を聞きながら、ハガネを飛びのかせて、周囲の消防車から放水を受けて冷却する。
《現在、火炎王はダムまで、400m地点を突破》
次に攻撃を仕掛けてきたのは火炎王。
消火されて埒が明かないと判断したのか、火炎弾ではなく全身を燃やしながらの突進。
正直、僕から見ると、隙だらけだった。
ハガネの体勢を沈めて、相手の両足に組み付く。
「ぐっ…! くぅっ!!」
「隙はあるけどさ! 炎で埋めてるじゃん!」
言う通り、組みっぱなしは、無理!
足を捕られて火炎王は重心を崩す。
火炎王の胴体をハガネの背中に乗せて突き上げ、浮き上がった両足をそのまま手放す。
投げ飛ばされた火炎王は頭から地面に突っ込んで、派手に転がった。
ダムに向けてハガネ、火炎王の順になってしまった。
ハガネは広範囲を燃やしたまま、体勢を立て直そうとする火炎王を飛び越えて、放水を受ける。
《火炎王、ダムまで250m。央介君、大丈夫?》
「…がん、ばり、ます…!」
なるべく元気な声を出そうと思ったけれど、むしろ酷い声になったかもしれない。
と、起き上がった火炎王は、ハガネを睨みつけた後、少し辺りを窺ったようだった。
それから、一歩、後退り。
「…あれ?」
《…こちらの狙いを気取られたか!》
どうも、そのようだった。
ハガネが引いても、火炎王はその地点から先に進もうとせず、火炎弾を放ってくるばかり。
その手に乗るか、と薄く笑ってるような気までしてきた。
「どうする!? ダムからバケツで水汲んでくるか!?」
「その間に逃げられたら今までが台無しだよ! …佐介、覚悟しよう! 組み付いて、川に直接押し込みます!」
通信が、ざわつく。
《央介君。その作戦は本当に可能か? 途中で倒れられては困る》
大神一佐から尋ねられて、
「…僕と、佐介で、ダメージを交互に受ければ、耐えられます!」
《…わかった。…多々良博士、これから央介君に更なる無理をしてもらうが、許可を貰えるだろうか?》
少し、沈黙があって、何か、肌を叩くような音がして、
《何かあった時に、息子たちをすぐ救助していただけるなら!》
《よし、協力中の消防署、消防団の諸君! プランBの配置は済んでいるか!?》
プランB?
《これからハガネと火炎王が組み合う! その最中、ハガネへの放水冷却を続けてくれ!》
《放水車は走行しながら! それ以外のポンプ車は放水範囲から外れ次第、次の持ち場へ!》
つまりこれは、ハガネと消防隊ごとの格闘戦。
「…なあ、央介。消防車って、火炎王に狙われたら、助かると思うか…?」
佐介が、小声で聞いてきた。
それは僕が思っていたことの自問自答だけれど。
多分、無理だ。
それに放水しているのは車だけじゃなく、生身の消防士さんたちもいる。
「組み付いたら庇う余裕、なくなるよな?」
短時間で、終わらせるしかない。
両手で、顔を叩く。
――ああ、さっきの父さんの通信から聞こえたのは、これか。
親子で同じことをして、気合を入れて、
「やるよ! 佐介!」
苦難が、始まる。
ハガネは、火炎王にタックル。
腰に組み付き、熱に耐えながら、相撲のように相手の背中側へ割り込む。
火炎王の炎が、そして今までになく肉弾の攻撃が、ハガネの上半身を襲う。
次の瞬間、ハガネの背後から大量の水。
水に冷却されたハガネは、力を籠めて火炎王を押しやる。
《距離、残り200m!》
相手に組み付いたまま、ハガネ頭部の主砲が大きな鉄塊を撃ち出した。
それは重たいパンチとなって火炎王の上半身を揺らす。
浮き足を見逃さず、ハガネは押し込みを重ねる。
《残り170m》
ダムが遠い、途方もなく遠くに感じる。
水が蒸発する音は、もう何かの叫びみたいだ。
《150m!!》
「こいつ! そこまで! 力はないなっ!!」
「…うん! 相撲ならっ、土俵何個分押した!?」
「数えてねえ! あとで、父さんに聞くさ!」
《あと120m!》
火炎王が、吼える。
同時に火炎弾が撒き散らされて、ハガネを襲う。
周囲の消防車にも――
「佐介ぇっ! 特大のバケツ!!」
「ああああああああっ!!!」
ハガネは火炎王に一度体を当て、距離を取った。
佐介が作り出した鋼鉄のバケツが空中に飛び出す。
それをキャッチしてひっくり返し、勢いそのまま火炎王に被せる。
火炎弾はバケツの内側に当たりそれ以上飛び散ることはなかった。
消防士さんに、被害があったかどうか、確認する余裕はない。
被らされたバケツで視界不良になり混乱する火炎王に、ハガネは渾身の蹴りを入れる。
《ダムまで70m! 火炎王、転倒!》
「アイアンチェイン! 焼け切れても継ぎ足せ!!」
「がぁぁぁああああ!!!」
起き上がろうとする火炎王の首に、手に持った鎖を絡めて、力任せの背負い投げ。
鎖は絡んだまま。
一緒にもんどり打ったハガネとで火炎の車輪になった。
《さんじゅ…20!!》
ハガネと火炎王は河原の木や石をなぎ倒し、焼き払い、転がる。
川岸の、斜面。
後はもう、体重移動だけで。
「これ…でっ!!」
「終わりぃっ!!」
《ゼロだぁっ!!》
盛大に上がる、水飛沫。
沸騰する水。
沸騰しても、水。
《水蒸気爆発の危険は!?》
《火炎王のPSIエネルギー低下! 消火できてます!》
「死ぬ…今度こそ死ぬ…」
佐介が燃え尽きた声を上げている中、ハガネはダムの岸から這い上がる。
なんかもう、全身の神経がおかしくなった気がする。
《央介、無事か!?》
「死ぬ…」
「…父さん、佐介って死ぬの? 壊れるの?どっち?」
思わず頭に浮かんだことを聞く。
《ああ…うん…よかった…》
通信の向こうから、何かをひっくり返した音。
《多々良博士、大丈夫ですか!?》
親子で同じように、地面に転がって。
――と、次の瞬間。
水中から、何かが立ち上がった。
一瞬、水柱だと思った。
それが透明だったから。
透明で、ヒビだらけになった、人型。
急冷されて、砕けかけたガラスの巨人が、火炎王の正体。
「…佐介、やれる?」
「やる。今度は火もない…」
へろへろになって、なんとか攻撃の宣言。
「…アイアン、スピナー」
くたびれはてたハガネでも、鋼鉄の螺旋はきちんと現れて働き、ガラスの巨人を貫いた。
砕け散ったガラスの破片と、川に転落したハガネからの水飛沫は陽光にきらきらと輝き、とても綺麗だったという。
翌日。
「一日休み欲しいよ…」
家に帰って、味も分からない夕食を無理矢理流し込んで、気が付いたら朝。
母さんの滋養強壮ドリンクの一撃で目は覚めたけれど、やっぱりまだ全員が焼かれているような感覚。
何とか学校に辿り着いて、机に突っ伏して、紅利さんに心配されて、ぼやいたのがさっきの一言。
「その…、やっぱりあの巨人って、見てるの無理だったの。ごめんね」
「う、うん。なんとかなったから、大丈夫…」
紅利さんは、特に具合が悪くなった様子もなくて、一安心したけれど。
でも、あれだけ苦労して…いやいや、僕の戦いは、褒められるための物じゃないはずだ。
(いやア、災難だったネ)
…あれ、サイコ?
《ここのところこっちは苦労ばかりだったのに手助けもしなかったな?》
佐介がノートに、文章を書く。
誰と話しているのだ、という状態にしないようにするには、こうなる。
(このあいだの悪夢王もだけど、触るものみんな壊す系の巨人がいるときは危なくてネ?)
《あーあーそーですかい》
サイコの方は生身を動かすようなものだから、ああいうのに近づくと危ない、のかな?
(そういう事。もう少し大人しい巨人が出てほしいもんだネ)
確かにそうだけど、大人しくても、大人しくなくても、戦うのは僕で、サイコじゃないよね…。
(なるべく協力はしてるつもりだけどナ。…えーと、情報の提供とカ)
佐介のペン音。
テレパシーって不便だなあ…。
《いっしゅんつまるぐらい何もしてないわけだ》
(むグ。…そんなことは無いゾ。ちゃんと情報をもってきたんダ)
情報?
(例えば悪夢王の子が、もうああいう怪物的な巨人を出す心配はないとカ)
そういえばあれ、どういう状態だったんだろう?
(ちょっと辛い状態だったんだヨ。でも巨人出して、目立ったから、色々解決しタ。つまり央介が救ったんだヨ)
僕に、そんなこと、できたのかな…。
《じゃあ昨日の火炎王のも、もう火は出さないのか》
(んー…それは、どうかナ。その辺は…何というか、火は彼の憧れだシ?)
あの巨人、多分だけど、光本くんのだよね?
(ご名答。まあ、あんな特徴的なのは、他には居ないだろうけどネ)
何か、悪い夢を見ていなければ、いいんだけれど…。
(んー…悪い夢は見てたけどネ。まあ…その…色々ト…)
《なにをくちごもってるんだ?》
テレパシーの場合は口籠るっていうのかな?
(えート、彼の名誉にかかわるというカ…)
その時、窓から何かが飛び込んできた。
「ニュースよニュース! 大ニュース!」
それは飛行船少女の、高原さん。
(あっ、マズい。こいつ別ルートで仕入れやがった)
すこしサイコの口調、…口調? に違和感があった。
慌てている?
「高原の大ニュースは大体ゴシップだろ。教頭のカツラが飛んだとか、校長先生が旗折っちゃったとか…」
長尻尾の狭山さんが、呆れながら指摘する。
「なら聞かなくてもいいよ? 知りたい人だけこっちきてー」
こっち来て、と言いながら、彼女が留まったのは、彼女自身の席。
紅利さんの前で、僕の斜め前。
聞こえちゃう距離だ。
噂好きの女の子が何人か集まってきて――
「今朝ね、光本くんのお母さんに聞いちゃったんだけどね!」
(なア、央介。ちょっと耳を塞いで…)
「…光本くん、今朝おねしょしちゃったんだって!」
女の子たちの、黄色い声。
…ああ、火遊びすると、って言うよね。
やっぱり、悪いこと、しちゃったな…。
See you next episode!
襲い掛かる猛獣!
ふわふわと可愛らしくすばしっこい巨人は、
あまりにも恐ろしい力を秘めていた!
次回『ハダカのハガネ!?』
君も、夢の力を信じて、Dream Drive!
##(前話で公開したかった)機密情報##
戦略級人造悪魔兵器『エビル・エンハンサー』
旧日本自衛隊で開発された、いわゆる改造人間。
分子機械工学、遺伝子生体工学、そこに呪術を加えて完成した、生ける人造の悪魔。
細胞ごとに埋め込まれた機械小胞体によって呪詛を刻み、人間の姿を歪めることで神楽・呪術の憑代とし、その力をもって対象を祟り呪い殺すことで生物、非生物を問わず死を与え、破壊することを主目的とした最終兵器。
更に、身体の破損――自傷含む、で怨霊としての力を強め、肉体の死をもって巨大な怨霊と化して戦闘を継続、それらの余剰エネルギーで肉体を修復、再誕する、という循環を可能としており、物質的に防御不能、破壊不能の無補給兵器という、どうしようもない悪夢である。
一見、制御の効かない暴走兵器に見えるがきちんとセイフティがあり、国家公務員向けに発行されている正規の呪符を翳し認識させることにより、呪術効果を一時的に停止させることが可能。
そのため国内での暴走はほぼ無く、汚染を起こさないクリーンな兵器という面も。
また不死身とは言っているが、兵器運用中の話であり、一定の年齢で寿命を迎え、身体が水や土となって崩壊し死を迎える。
開発からの年数の問題で、まだ寿命を迎えた個体が少ないため、正確な数字は不明だが、90~120歳ほどだろうとされている。
一方で、機械小胞体がミトコンドリア同様に継承されるために、男系では遺伝せず、母系では必ず遺伝する。
このEエンハンサーは、第三次世界大戦の日本海戦争において、日本軍は反撃として同兵器約2万体を全局面へ投入。
戦略兵器の迎撃、及び当時の大陸連邦の中枢への打撃の双方に成功。
戦いの趨勢を決定づけた。
三次大戦後、その脅威を重く見た国連組織によって大量破壊兵器と認定。
Atomic Bio Chemical Dimensionと続いてEvil weaponという分類を受け、現在は国外で使用は禁じられている。
諸外国は呪術研究において幾分後れを取っていたことと、宗教的価値観、単純な人体改造という冒涜への嫌悪もあって、E・エンハンサー自体が研究止まりだった。
そんな中でアメリカ合衆国は古代遺跡から発掘された同系統技術による人造天使兵器、エヴァンジェリカル・エンハンサーを完成させている。
しかし中近東での崩壊戦において発掘元の古代遺跡が未解明の深層部含めて破壊、以降は同兵器が謎のエネルギー不足に陥ったため、外部からの電力供給が必要という欠陥を背負ってしまった。
しかし、ここまでやっておいて既に旧世代兵器。
人一人が人間としての生を捨てて、怨霊化増幅を用いても“巨人”相手の決定打にできない。
相性があるとはいえ、兵器の世代間格差というのは残酷なものである。