第七話「鎮めよ、炎!」3/4
=多々良 央介のお話=
ハガネの持った巨大バケツに、周囲の消防車から水が注がれていく。
一方、火炎王は坂になった大通りを下って200m先。
と、消防士さんから声がかかる。
「さっきの冷却と、このバケツ一杯で防火用水丸ごと一つ分がカラだ! しばらくここでは給水できないぞ!」
「ありがとうございます! 消防士さん達もご無事で!」
ハガネからの子供の声に困惑気味の消防士さんを置いて、バケツを抱えたハガネは大通りを進む。
《央介君、市内の防火用水で使えそうなところを携帯の地図に出しておいたわ。ただ…》
オペレーターの女の人が少し口ごもったので、きちんと聞いておく。
「ただ? 何か悪いことが?」
《…その水は、火炎王から延焼した場所の消火にも使うかも。できれば使い過ぎには気を付けて!》
「わ、わかりました! なるべく早く、解決します!」
周りに被害を出す巨人、こういう危険性があるんだ…
「新東京島なら、少し走れば海なのにな」
佐介が僕が考えていたことを勝手に喋り出す。
確かに向こうなら、どこでも海から水を持ってこられる、けど――
《すまないな。ここは平均標高300mの山国だ。しかも市街地の川は浅いものしかない》
大神一佐が言う通り、地図にある川は、給水に不向き、という注釈が書いてあった。
「ハガネで川を掘り返して、水溜まりを作る手もあるさ」
佐介はそういうけど、戦闘中に砂場の泥遊びみたいなことをする余裕、あるかな?
――火炎王は、あまり移動せずに、ハガネの到着を待っていた。
《うーむ…これは、ギガントの連中による誘導を受けてないのか?》
携帯から、父さんの声。
「えっと、あいつらも熱くて近づけないのかな?」
《兵隊さん達の頑張りで、近づけない可能性もあるが…、一番は誘導装置も燃えてしまう可能性だな》
「どっちでもいいじゃん。動かないならさっさと水ぶっかけちゃえ」
佐介には、一度焼かれた恨みがあるようだった。
ハガネはバケツを構えて、しっかりと狙う。
「火の、用、心っ!」
池丸ごと一杯ほどの水が、火炎王に襲い掛かった。
猛烈な水飛沫と共に、辺りは真っ白い蒸気に包まれる。
《よし、PSIエネルギー減衰、やったか!?》
次の瞬間、蒸気に変わって噴き出したのは、劫火。
「熱っ! …いや、僕は熱いわけじゃないんだけど…!」
オレンジ色の炎の中に二つ、一際光る眼がハガネを睨みつけてきた。
端、火炎王の猛然とした突進。
ハガネはバケツを投げ捨てて、それを躱す。
――直撃は避けたが、それでもハガネには火傷するほどの熱が伝わる。
「急に…どうしたんだ!?」
「…自慢の火に水ぶっかけられて、怒り出したんじゃねーか!?」
放置すれば火事を広げ、消火しようとすれば怒り出す。
この身勝手な巨人を、どうすれば?
《央介君、さっきの放水で対象のPSIエネルギーは一瞬とは言え低下していました。水量か回数を増やしてみてください》
「…わかりました! 水量のある池か何かはどこに!?」
《近くに市民プールが…》
《駄目だ。今のハガネは火炎王に狙われている。防御力の低い住宅地に侵入すれば被害を広げるだけだ》
オペレーターのお姉さんの言葉を遮って、大神一佐が割り込んできた。
確かにそれだと、酷い二次被害が出てしまう。
《央介君、一度国道にまで戻ってくれ。奴を引きつけながら、だ》
「は…、はい!」
「央介、もっかいバケツ出すぞ。今度はガンガン叩いて煽ってやれ」
再度飛び出たバケツのつるをすかさずキャッチ、ハガネの手のひらで叩くと、それはそれは盛大に音が鳴った。
火炎王は怒りをあらわに、炎を噴き出しながら、こちらに向かってきた。
《――国道に到達したら、向かって左。永野県側に誘導するんだ。わかるか?》
「はい! …でも、それで何が…?」
国道は広く、周囲に住宅は少ないから戦いやすくはある。
でも、そこから永野県側?
《そこから2㎞ほど進んだ先、木祖川には旧時代の水力発電ダムがある。そこの水深なら巨人を十分沈められる》
《…央介君、誘導ルートはドローンの編隊を目印に。緑色のランプが点滅してるのがそれよ》
「ありがとうございます!」
ハガネにくるっと方向転換させて、目指すはダム。
更に、佐介への命令を口に出す。
「佐介! 火炎王はついてきてる? 時々、主砲でアイアンチェインとか撃って注意を引き続けて!」
「ああ、問題なしだ! 砲撃は! …やりたくねぇー…。熱いんだぜ?」
…これはダメか、と思って後ろを窺うと、ハガネの主砲はきちんと後方を向き、火炎王に向けて鎖を放っていた。
少し苦笑して、苦労の多いパートナーを労う。
「いつも頼りになる!」
――返事はなかったが、多分、少し照れたような表情をしているのだろう。
そのまま走って、走って、谷と丘を越える。
ダムまで1㎞もなくなったぐらいのとき。
「…げっ!!」
「えっ!?」
突然の佐介の悲鳴、反応した瞬間、ハガネに衝撃が加わる。
いや、衝撃だけでなく――
「熱! 熱っ!」
ハガネの背中が焼かれる感覚に、火炎王に追いつかれたのかと、見返る。
炎の塊が、こちらに飛んでくるところだった。
避けきれず、直撃。
ハガネの上半身が燃え上がる。
「あいつ! こっちの飛び道具の真似してきやがった! ぐえっ!!」
《大丈夫!? 央介君!》
「熱っ! …だ、大丈夫です! さっきの全身ほどじゃありません!」
正直、やせ我慢だけど、他に対処のしようがない。
ハガネの全身を動かすのは基本的に僕だけで、佐介にはできない。
後ろに目を向けながら走るのは、少し難しい。
《佐介! 攻撃が飛んで来たら何か央介に合図するんだ! ジャンプとかスライディングとか!》
「間に合わねえよ! ああっジャンプ! ジャンプ!」
慌てて、ハガネは高く跳ぶ――
――足が焼かれる。
火傷をするわけじゃないけど、感覚としては凄く辛い。
灼熱感への反射でハガネの足を動かしてしまい、着地が酷く乱れた。
ハガネは地面に転がる。
その機に追いついた火炎王が、一際大きな炎を撃ち出す。
炎が、倒れたハガネの全身を包む。
「ぐうっ!!」
炎上の灼熱感は、一瞬の痛みと違って焼け続け、ハガネの操作もおぼつかなくなる。
耐えて、耐えなきゃ! なんとか――
――何か、弾けるような音がして、急に焼かれる感覚が弱まる。
《おい大丈夫か! ハガネのパイロット!!》
通信から、聞き覚えのない声と、何かハガネ全体にひんやりした刺激。
水!? 水を被った!?
「…央介! 上だ! 消防ヘリ!」
《こちら神奈津川消防署! JETTERの要請でハガネを消火にあたる!》
「…! ありがとうございます!」
ハガネは完全に冷えたわけじゃないけれど、灼熱感が無くなったんだから、問題ない。
《央介君、国道沿いに消防車が配置されました。走行でなく、放水を受けながら後退してください》
なるほど、国道に向けて放水のアーチがかかってる。
《消防署員、消防団員は、火炎王が一定まで接近したら撤退、次の持ち場への移動を》
《央介、消防の人たちに注意が向かないように、火炎王への攻撃を増やすんだ》
「了解っ!」
僕は、ハガネを立ち上がらせて、火炎王に向かい合う。