第七話「鎮めよ、炎!」1/4
怖さ多めだった前回に対して、今回は熱い熱いお話!
=珠川 紅利のお話=
朝の教室。
「っジャーン!」
クラスメイトの光本くんが、持ち込んだ梱包箱から何かを取り出して、自慢を始めた。
見ると、ところどころ色付けされたガラスで作られた、羽を広げた鳥。
彼のお家は、ガラス細工の工房をしているとは聞いたことがある。
…私は、火を扱う所へは、あんまり近寄りたくない、かな。
「ほー、こりゃ綺麗な…鵜? 鷺?」
獣人の奈良くんが間近まで寄って述べた感想だけど。
「ウでもサギでもネコでもねーよ! このウサギネコ!」
光本くんが必死で反論する。
「奈良はバカだなぁ…。こりゃどう見てもニワトリだろ? ほら頭が赤い!」
次の解答をしたのは狭山さん。
奈良くんの頭をもしゃもしゃ撫でながら。
「むしろ形態的に遠ざかったわ! 鶴だよ! ツ、ル!」
なるほど、光本くんの言う通り、伸びた首、頭の赤いワンポイントは鶴の特徴。
それでも、すぐに鶴という答えが出ない程度には…。
「足が短い。鶴には見えん」
はっきり指摘したのは、加賀くん。
お家が大工さんの子。
真面目で無口な彼が、こういう所に加わるのは珍しい。
「あ、足はこれ以上伸ばすと、重心がフラフラになって倒れちまうんだよ!」
光本くんは、自慢の品の欠点を言い当てられて、少し声のトーンが下がる。
一方で加賀くんは、ポケットから重りの付いた糸を取り出して、それを指から垂らし、糸越しにガラスのツルを見る。
「…首と羽を調整すれば、まだ足は伸ばせる」
そういうと、携帯を取り出して、タッチ操作で何かを始めた。
すぐにその作業は終わり、加賀くんは携帯を机に置いて、立体映像を表示させる。
それは、粗削りな形だけれど、光本くんのガラス像と似たポーズで、細い足、長い首の鶴の姿をしていた。
「これなら重心も問題ない。ダメなら土台作って固定した方が早いが」
すぐに、光本くんが言い返す。
「あのな、ガラスは熱くて柔らかい一瞬のうちに造形しなきゃできねえの! それでここまで作ったことを評価してほしいね?」
「…そうか。じゃあ練習不足だな」
加賀くんの配慮も何もない一言は、狭山さんがうへぇ、と呻く程度にけんか寸前の空気を作る。
しかし――。
「…わかったよ。じゃあ!今度は完璧な鶴作ってきてやるよ!」
意外にも、光本くんが折れた。
「まぁ、期待して待つよ」
そう言って加賀くんが立ち去った後で、光本くんは――
「ちくしょう。耐震基準ガチガチの大工頭…絶対見返してやる」
――これは折れてないかもしれない。
ぶつくさと言いながら、光本くんは自作品を梱包箱に戻してしまった。
「柔らかいうちに、あれだけ伸ばして曲げる…やってやるさ! 鉄とガラスは熱いうち、だ!」
そういって彼が顔を上げた先に居たのは。
「なんだ多々良兄弟か…。もう公開は終わりだぞ。色々嫌になったからな」
央介くんと佐介くんが、残念そうにしていた。
「ガラス細工ってあんまり見たことないからじっくり見せてもらおうと思ったのに」
関心を示したのは佐介くん。
そういう所がやっぱりロボットっぽくない。
「…そ、そうか? じゃあちょっとだけ、見てもらおうか?」
光本くんは、少し調子を取り戻して、再び箱を開きにかかる。
その途中で、光本くんが央介くんたちに質問を向けた。
「…そういえばタタラって金属溶かすやつだろ? 多々良兄弟はそういうのと関係あるのか?」
「お爺ちゃんが、鍛冶もやるけど…、僕はちょっと見せてもらっただけかな。…飛び散る火花が綺麗だった」
そう、なんだ。
央介くんの答えに、光本くんが満足げに応じる。
「おおー、ちゃんと名は体を表すんだな、それじゃあ炎細工の仲間だ」
炎、細工。
「オレは炎の中で、物が真っ赤になっていくのが好きなんだ。なんていうか…炎の力が入ったーって感じで」
光本くんの言葉が、頭の中で、ぐるぐる回りだす。
炎の、中。
「それは…なんかわかるな。でも鋼はそこから冷やさないといけないんだぜ?」
佐介くんか、央介くんの言葉は、よく聞き取れない。
真っ赤な、炎の中。
私は、炎の中。
私の、足。
「あっ…!」
小さく叫んだのは、誰だったのかわからなかった。
「ちょっと! 光本くん、紅利ちゃんの前はそういうのやめてよ!」
呼吸までおかしくなりはじめた私を抱きとめてくれたのは…、真梨ちゃん?
「…あ、悪い。ごめん、珠川」
視界がゆっくり明るくなり、気まずそうな光本くんと、戸惑う央介くんの顔が見えた。
「ごめん、で済んだらお父さんの仕事要らなくなるわよ。もう少し周りに気を配ったら?」
真梨ちゃんの怒った声。
私を心配してくれて、嬉しい。
震える腕で、彼女にしがみつく。
「多々良くんも! 紅利ちゃんの傍で、あんまり…その、こういう話しないで!」
ああ、ええと、真梨ちゃん、それじゃ伝わらないと思う。
なんとか、なんとか伝えないと。
「だ、大丈夫。…その、ごめんね。私、火とか苦手で…」
何とか声を絞り出すと、足先に痛みが走る。今はもう、義足なのに。
気分だけでも紛らわそうと、手を義足の方に延ばすと、代わりに真梨ちゃんが、義足をさすってくれた。
感じるのは、義足のソケットの圧迫だけだけれど、それでも不思議と痛みは和らぐ。
「この足。火事でこうなっちゃったから、まだ火とか考えるとね。こうなっちゃう」
「紅利ちゃん、無理しないで」
真梨ちゃんはそう言ってくれるけれど
「ううん、ある程度、説明できるぐらいの方が…、受け入れた方が、この痛みは収まるって…」
「幻肢痛…」
央介くんは、この不思議な痛みの話を知っていたようだ。
――ひょっとしたら、彼がハガネになって戦っているときの痛みも、こういう感じなのだろうか?
「…町の中央のショッピングモール、あるでしょ? あそこでね、爆発事故があって」
お母さんの言うことを聞いていれば、長くおもちゃ売り場に居なければ…。
「家電コーナーで…電池が…電池が爆発したって…。棚が倒れてきて、足が挟まっちゃって」
あとすこし棚から離れていれば、一瞬早く動ければ…。
央介くんは、私の足について聞くことは今までなかった。
彼の優しさが、すごく、嬉しい。
だから、聞いてほしい。
「火が…火がどんどん近づいてきて、足の方が真っ赤になって、すごく痛くて」
震える体を、真梨ちゃんが抱きしめてくれる。
「近くにいた…大人の人たちが助けてくれて…でも、足はもうどうにもできなくて――」
意識して呼吸の順番を守って、過呼吸にならないように。
「熱さと痛さで気を失って、気が付いたら病院で、何日も過ぎていて…気が付いたら、もう、この先はなくなっちゃった」
残った足と、義足の境界を撫でると、痛みは引いていく。
私の辛い過去を、ちゃんと聞いてくれた央介くんの視線は優しくて、ほっとする。
子供には再生医療ができないと聞いて、毎晩泣いていた私を慰め励ましてくれたパパとママみたいに。
佐介くんは…私じゃなくて、央介くんを見てるのかな。
――あれ? そういえば佐介くんって、何で動いているのだろう?
ロボットみたいなもの、って言ってたから、電池?
手のひらの大きさで、何十時間も何百時間も動く電池なら、珍しくもない。
私の乗る車椅子も、履いている義足も、持っている携帯も、みんなそれで動いている。
でも、その分、中に沢山の火が詰まっている。
だから大きな爆発が起こって――。
怖くて火を見ることができない私なのに、周りを囲んでいるのは、火。
私の足を焼いたのも、私を悪い人から助けてくれたのも――
――どっちも同じ火なのかもしれない。
=どこかだれかのお話=
「資料整理かね?」
後ろから上官の声がかかって、技術士官は画面に向けていた顔をあげる。
「ええ、今までの戦闘情報の中で、ギガント工作員の痕跡を探していました」
大神一佐が、画面をのぞき込む。
薄暗い部屋、画面からの光で犬面の横顔が照らされるのは、すこしユーモラスに見えるが。
「まったく無様な話だ。央介くんらの遭遇の話を聞く限りでは、決して優秀な工作員ではない」
「それで、この要塞都市の軍全員が引っ掻き回されてるわけですからね…」
技術士官の話に、大神が頷き、更に指摘を加える。
「連中の技術だけで、杜撰さを全てカバーしているわけだ」
その声には、はっきりと苛立ちが聞き取れた。
「国際犯罪組織ギガント…異常な科学力を持ち、相手を問わず兵器技術を売りつけて回る、死の商人…」
技術士官が述べたのは、組織の概要。
「自ら表立った行動はしない…はずなんですが、連日連夜のこれですよ。方針転換ですかね?」
「違うな」
大神はすぐに否定し、その理由の一部を語る。
「各国は、犯罪組織と言っておきながら、奴らと交渉に応じて技術を買い、活動を黙認、あるいはそれ以上…」
技術士官は察したことを素直に口にする。
「まさか、国で秘匿や協力まで? うわっ…、これ後ろから撃たれるようなことになりませんよね?」
対して、大神の苦笑が漏れた。
「かつて私の居た旧軍は、その技術依存体質もあってギガントと癒着していたとも聞く。だが旧弊は洗い流したという話だ」
「…色々怖いので、素直に額面通り受け取らせてもらいます…」
心底嫌そうな顔をする、まだ若い技術士官。
「なに、繋がってるなら繋がってるで、今よりマシな装備を降ろさせる。連中由来の技術なら、連中を捕まえるのにも役立つだろう」
大神はその懸念をやんわり否定した。
「ああ…、そうですね。その技術が我々の身の回りにないってことは、良くも悪くも影響力は無いとも言えるわけですか」
「そういうことだ」
ほっとした様子の技術士官に、大神は苦笑する。
しかし、技術士官には次の疑問が浮かんだようだった。
「――しかし、そうなると…。多々良さん一家を情報部の連中が見張ってますが…、有効な装備もなしで意味あるのかな…?」
「情報部の場合は、彼らが敵に回る可能性を含めての活動もあるのだろう」
大神の言葉に、技術士官は操作機器から手を放して、小さく両手をあげる。
「そうなりゃお手上げですよ。ギガントの技術力に、巨人の群れ、そこにハガネまで加わったら、我々は何もできない」
「そこが、気になってはいる」
「えっ?」
思いがけない上官の反応に、技術士官はうろたえる。
大神は続ける。
「連中は、唯一の決定打であるハガネという能力自体を奪いに来ず、ただ嫌がらせのように巨人をぶつけてくるばかりだ」
そう言われ、技術士官は少し考えてから答える。
「遊びってことは無いでしょうから…、巨人という兵器の実験に巻き込まれている、ということですか?」
「そうだ。今までのどの事例を見ても、多々良夫妻の両博士や、央介君が直接狙われたことがない」
「本当に技術の盗用目的、または敵対しているのであれば、もっと簡単な手段がいくらでもある」
大神の言うことに少し剣呑な意味が混ざる。
技術士官はそれを理解し、冗談めかして選択の一つを提案してみることにしたが――
「となると…多々良さんたちは結局無事な上で、ハガネが戦えば戦うだけデータが集まってしまう…。止めさせますか? 戦いは」
「いや、今度は通常戦力相手に巨人がどれだけ有効か、という実証が始まるだけだろう。戦いを止めたハガネ――央介君への見せしめとしても、な」
――上官からは、当然の答えが返った。
結局、多々良一家にも、この要塞都市にも逃げ場はないという結論に辿り着く。
ため息を吐いた大神は、別の話題を切り出した。
「…今までの戦いでも、ハガネに拠らず、我々の行動で巨人を抑えることに幾度か成功している」
「そして、今後投入されるRBシステム、ですか」
言及されたのは、まもなく調整も終わる兵器。
それがとても恐ろしい威力を持つ兵器だと、二人は理解していた。
「そうだ。軍が直接の鎮圧、撃破手段さえ持てば、多々良一家に任せ、負担を強いる状態からは脱却できる」
自分の上官は、民間人を巻き込み続けるのを良しとはしない人だと理解できて、技術士官は少し姿勢を正す。
「そこまで、この都市が保ってくれればいいんですがね。この間のサイズで、滅茶苦茶な破壊をするのが出てきたりして。…んっ?」
大神の持つ軍用携帯と、技術士官のモニター、同時に緊急コールがかかった。
先に取ったのは、技術士官。
「…指令所から、巨人が出現したと報告です」
「だろうな。行こうか」