第四十三話「そして、名を冠する者たち」6/8
=多々良 央介のお話=
「……央介くん! 目を覚まして!」
「起きて! おーちゃん!!」
「――ッ!!」
二人の女の子の呼びかけで、僕は意識を取り戻した。
慌てて体を跳ね起こして周囲を見回す。
薄明るい空が壊れた隔壁の向こうに見える、ここは――仮設の司令部!?
「……よかったぁ!! おーちゃん、起きたぁっ!!」
「脳波が大分乱れていました。恐らくシロ型4号体のサイコ・キネシス攻撃が巨人投影部に直撃したためと考えられます」
どうやら幼馴染と、その補佐体が僕の看護をしてくれていたらしい。
それを理解できる程度に意識が組みあがって、次に考えることができたのは。
「――今、どうなってるの!? 戦いは……ヴィートは!?」
「央介君、それなのだが……」
吹雪も止んだ空の色から夜明けが近い――深夜の戦いから何時間かの意識の欠落中に起こった事態を、大神一佐が告げる。
「……控えめに言って、致命的な危機が進行中だ」
僕は体が不自由なく動くかどうかを確認しながら、大神一佐に付き従い作戦室へ向かう。
紅利さん、むーちゃん、テフ。そして再起動すぐの佐介も後に続く。
「順序から言おう。央介君らは敵との戦闘の最後に、シロ型4号体なる新型補佐体のPSI攻撃を受けた。多々良博士曰く、それはPSIエネルギーを叩きつける一方で、大きな運動エネルギーを加えるものだったそうだ」
「運動エネルギー……?」
僕の聞き返しに答えるのは、むーちゃん。
「おーちゃん、ふっ飛ばされちゃったんだよ! 都市の真ん中から10㎞向こうの壁まで!」
――10㎞!?
結構な飛距離だったことはわかっても、でも記憶はない。
それと……壁?
「私と夢さんが慌てて2人で巨人で駆け付けて――そうしたら佐介くんが庇ったまま倒れてる央介くんを見つけて、でも目を覚まさなくて……!」
紅利さんは思い出しの悲しみに言葉を詰まらせて、そんな彼女を勇気づけるべく今の僕は平気だよというポーズを返す。
滲んだ涙を拭く紅利さんに申し訳なく思う一方で、僕には気になる事があった。
「じゃあ、辰と光本くんは!? 一緒に戦っていたはずです!」
仲間への心配に答えてくれたのは、大神一佐。
「竜宮君と光本君は、巨人の遠隔投影で実体は別にある形式だったため、央介くんほどの被害は受けていない。しかしPSI部分へのダメージは央介君と変わらず、現在巨人の出力ができなくなっている……」
「僕ほどでは……そう、そっか。良かった……良くはないけど、怪我がなくて……」
僕の安堵に大神一佐と、そして女の子2人が歩きながら頷く。
続けて気になったのは紅利さんとむーちゃんが僕の救出に向かったという部分。
「2人は大丈夫だった? 仮設司令部も含めて、スティーラーズとかの攻撃は……」
「そっちはね、全然大丈夫だった。おーちゃんたちの戦いが終わってから敵は止まっちゃったから」
「――ヴィート……シロ型3号体や、その糸を引いていたアノセルプに指揮の余裕がなくなったため……では、ないだろうな。恐らくは、中央と外郭の“アレ”だけで十分と考えているのだろう」
女の子たちの奮戦と、一方で大神一佐からの説明不足の話。
僕が不十分な情報に首をかしげるうちに、僕らは作戦室へと辿り着く。
「……ああ、良かった。央介、無事で……!」
「父さん。――お互いに」
作戦室で僕らを出迎えたのは父さんと、それと軍帽を失くしたらしい2本角の技術士官さん。
その作戦室は全周だった幌の片側が取り払われて、外の様子が見えるようになっていた。
外が見える状態になっていて、僕は薄暗い空の異常に気付く。
「あれ……? 空が、虹色? ――壁……!!」
「島を覆ってた巨人バリアか。……そっか、アレのコアもシロ型って表記があったな」
僕の気付きに、佐介が補足。
恐らくシロ型系列機であるヴィートか黒ヴィートのどちらかがバリアを作って僕らを閉じ込めていることになる。
僕が吹き飛ばされていった先にあって飛距離を10㎞までで止めたのはアレなのだろう。
――だけど閉じ込めて、どうするんだろう?
僕が何か嫌な予感を覚えた所に、父さんが予感を肯定する話を始めた。
「そうだ、央介。俺達は閉じ込められている。閉じ込められて逃げ場のないまま――最期の時間が迫っている……!」
父さんの恐ろしい切り出しに、技術士官さんが応じて傍にあったモニターへ映像を投影する。
映像にあったのは大きな半球と、それと同心の小さな球体。
大きな半球、バリアの中には要塞都市が包まれていた。
「説明を始めさせていただきます。――現在この図の通りに、我々の居る神奈津川市中心部はPSIエネルギー・バリアに包囲されています。これは……超々高エネルギーで固形化したプラズマ体、究極のパイロ・キネシスから成るものです」
「……ぱい、ろ?」
長々とした説明の途中で僕ら子供組が聞いたことのない単語に引っかかって、そこへ技術士官さんは申し訳なさそうに補足説明。
「パイロ――炎のって意味で、つまり火炎の念動力だね」
僕ら子供も、彼の話の腰を折ったことに関して申し訳なさを返しつつ、新しい知識に頷く。
でも――火炎の能力。
ヴィートの凍結の能力とは真逆で、けれどヴィートの危機の時々に補助していたのは、まさにそれではなかっただろうか。
となれば、隠されていたヴィートの補佐体、黒いヴィートの力――。
「一見すれば、ヴィートのクライオ・キネシス――凍結念動力とは逆の能力に見えるかもしれないけれどね。運動エネルギーの移し替え能力だと考えれば同じ力なんだ。熱を入れるか出すかで制御方向が違うだけ」
「エネルギーの移し替え……そこから、どんな事態が起こるんです?」
全員への理解が進んだ所で、僕は次の話を促す。
技術士官さんは画面映像の小さい方の球体を指し示して、話を続けた。
「ああ、外側のバリアは今の説明通り。一方で、この中央の方はクライオ・キネシス――ヴィートの時間凍結領域。……それが、徐々に広がってきている」
皆、嫌な予感がしてきている。
それを踏み越えて話を進めさせるのは、大神一佐。
「――では、凍結領域が外縁のバリアに到達時の現象を説明したまえ」
「それが問題ですね。物質に対し、エネルギーを移し替える力が極端な形で加わる。――物質というのはビッグバンの際に突き抜けて結晶したエネルギーの塊と言えるんですが、それが何らかの力で一方通行とされて無に帰る――マクスウェル・デモンによる世界からの追い出し、MD漏洩崩壊というんですがね」
「炎と氷が合わさって、めど・ろーえーほーかい……」
とんでもなくろくでもない結果になりそうな難しい話に頷くばかりの僕らは、その最後の要点だけをオウム返し。
最後に技術士官さんは現象の結末を分かりやすく、そして絶望を告げる。
「簡単に言えば要塞都市と我々を構成する物質は、この次元から消えることになります。制限時間は……あと1時間ってところですか」
「その場合の生存者は……Eエンハンサーの狭山以下3名と、狭山の子女1人。良いとは言えない」
大神一佐が全滅の先で僅かに助かる例を挙げた。
だけど、この都市部で1万人の人が死んでしまった中で狭山一尉と狭山さんだけ生き残って、それで幸せになれるはずなんて無い。
《あーあ、戻ってこなきゃ良かったなあ。こりゃ九式の婆様に何とかしてもらうかね……もしくは――》
附子島少将が、偉い人なのに投げ出したようなぼやき。
その話からすれば今は都市の中にいるみたいだけど。
そして、少将が話を振った先は――。
「――解決手段は、無いんですか?」
――僕だ。
僕は、僕にできることを尋ねた。
父さんと技術士官さんは頷き合ってから、僕へそれを告げる。
「極めて簡単な、たった一つの手段しかない。……中枢から広がりつつある凍結領域を突破し、ヴィート――シロ型補佐体3号体、同4号体を機能停止、手っ取り早くは破壊することだけだ」
「光本君のグラス・ソルジャーが投影不能の現在、凍結領域の突破が可能なのは珠川ちゃんのルビィか、もしくは央介君が目覚めてハガネが復旧するかだった。珠川ちゃんは戦闘技能で弱いから、最悪中の最悪の場合だったけどね」
2人の説明は単純なもので、だけどやっぱり辛そうだった。
真顔の父さんが、僕に向かって最後の話。
「央介……俺は巨人技術を作ってしまって以来、お前に苦しい事ばかりさせてきた。父親として情けない限りで、何度も何度もお前を戦いから逃がそうと努力してきた……」
哀しさ、自分への怒りも抱えて顔を歪め俯けた父さん。
そして父さんは僕へ向き直って言う。
「だけど、今回は――今回だけは、行ってくれと頼む! 最強の巨人使いとして人々を……この要塞都市に生きるもの全てを救ってくれ!! そして無責任な父さんにゲンコツを返してくれ!!」
父親からの真面目で悲痛な請願というのは、息子としてちょっと面映ゆいもの。
だから僕は、笑顔で自信をもって応える。
「うん。僕が行く」
答えた途端、父さんは僕を抱き締めた。
そのまま大人なのに声をあげて、わあわあと泣き始める。
僕と佐介で頑張って父さんを引き剥がすと、声をかけてきたのは大神一佐。
「……すまないな。いつも君に何もかもを任せてしまっている」
それは今までの罪の意識に追われた多々良 央介と、巨人に立ち向かえる巨人ハガネの戦場の話。
だけど今回の僕は――。
「違いますよ、大神一佐。僕は、こんな悲しい事ばかりの事件が嫌なんです。だから、僕は自分で嫌な事を解決しに行くんです!」
僕が答えると、大神一佐は辛そうな笑顔を返してくれて。
それから彼は僕から顔を逸らし、そのまま靴音高く司令部へと向かっていった。
大人達が作戦開始の準備を執りはじめる一方で、僕はどこからいつから出発したものかと手持ち無沙汰。
そこへ紅利さんが声を掛けてきた。
「央介くん……ちゃんと帰ってきてね! 明日はクリスマス、夢さんの誕生日なんだから! パーティーの約束すっぽかす男の子になっちゃ駄目だよ!」
大切な女の子から、大切な幼馴染に関するスケジュールのリマインド。
それに反応したのは当の幼馴染。
「あぇ? ……むー、紅利っちに誕生日教えてたっけ?」
「当機テフの記憶ログの限り、夢は教えていません。何らかのプロフィールを参照された、あるいは央介さんらが教えたかです」
僕も、紅利さんに教えた記憶は無いはずで……あ? もしかして――。
「あー、あのね。私、央介くんの記憶の世界で全部見ちゃったから。夢さんが誕生日とクリスマスプレゼント纏められるのやだーって言う毎年恒例の行事も知ってるから」
「――でぇぇーっ!? 紅利っち、ズルい! そういう反則無しにして!!」
やっぱり、紅利さんへの記憶の転写が起こってた!
それに幼馴染が冗談のように驚いて、対して紅利さんは攻め込むように得意げな顔をむーちゃんに向ける。
「これは央介くんと一緒に戦ったご褒美だもーん。それに反則反則って騒ぐようなら、夢さんのおねしょの責任……」
「わーっ!わーっ!わーっ!! 最悪のライバルだぁっ!? ……おーちゃん! なんてことしたの!!!!」
女の子たちのコミカルかつ過激な競争。
そのトロフィーにされてしまった僕は、だからこそ賞品が無くならないように。
「ちゃんと帰ってくるから、その時に何でも償うよ。むーちゃんの誕生日パーティー、盛大に開くから」
女の子2人は僕に詰め寄って、一瞬悲しそうな不安そうな表情。
でも、決心の表情をもって僕を送り出してくれた。
2人の愛と勇気を背負って、僕は敵へと向かう。