第四十三話「そして、名を冠する者たち」5/8
=多々良 央介のお話=
「……あ……あ……!?」
その混乱の呻きは誰のものだろう。
辰か、光本くんか。
それとも味方と信じていたレディ・ラフに何らかの操作を受け、機械の鎧を剥ぎ取られて地面を這いずるヴィートか。
「ぐ……! 気でも違えたか、ラフ! 疾く、この企てを解け!」
混乱を落ち着けたヴィートが、かつて副官だと名乗っていた相手に命じようとした。
けれども幻影を通したレディ・ラフの返す言葉は無茶苦茶なもの――特にヴィートにとっては。
「邪魔をしているわけではありませんわ。あなたの機能を100%引き出すための過程ですもの。うふふ」
「機能……機能だと!?!?」
人扱いされなかったヴィートが反駁する。
だけど僕はある程度を知っていた。
だから、ヴィートに向かって告げる。
「佑介の言ったとおりか……! ヴィート、お前は気づけなかったのか! お前自身っていうシステムのことを……!」
「何の、何の虚言を弄する! 多々良 央介………!?」
ヴィートは、僕が辿り着いた真実を知らないようだった。
これまで敵としての活動中に思い当たる節すらも持たなかったのだろうか――いや、それすらも操縦されていたのかもしれない。
そう考えてみれば以前にヴィートが侮って僕らを見逃した時も、再戦を言い出したのはレディ・ラフの方だった――。
「いえ、真実ですわ。うふふ。多々良 央介……何処から情報を手に入れたのでしょう。その上で理解度は高く、敏くて素晴らしい。うふふ」
レディ・ラフは僕の言葉を肯定し、また薄気味悪く評価までする。
まるで僕までを利用してヴィートを追い詰めているようだった。
嫌な予感がした僕はハガネからアイアン・チェインを放って、半透明に揺らぐ青色アトラスを攻撃する。
だけど、やはりそれは幻影でしかないらしく無意味に貫通しただけで終わった。
分身でも自身への攻撃を、しかしレディ・ラフは気にも留めずヴィートへの話を続ける。
「――そう、機能。ヴィート、あなたはシステムでしかない。それも既に単独での失敗――同種のPSI干渉による機能停止が複数回にわたって実証済みの。うふふ」
ヴィートの複数回の機能停止。
亜鈴さんのエメラダが体を張った際の凍結自滅、僕と紅利さんのステインレス・ハガネによる撃破、そして今回の僕と辰と光本くんによる連携攻撃。
負けが込んできているヴィートへ、レディ・ラフは奇妙な質問を投げかけた。
「――あなたの名前。ヴィートが何を意味する言葉か、わかっていらっしゃるでしょう? うふふ」
質問を受けたヴィートは、遠い僕にまで歯軋りが聞こえるほどに怒りを込めて答える。
「……“白”だ!! 我が戦いの場所は氷雪の白に染まる故に名乗った、復讐の――」
「ああ、丁寧に作っただけあって、記憶を疑いもしないのね。うふふ」
ヴィートの回答が最後まで行かないうちに、レディ・ラフが真実へと踏み込んだ。
どこの言葉なのかわからないけれどヴィートとは白――最初から答えがあったんだ……!
何も知らないピエロのヴィートだけが激高を続けて。
「“作った”だと!? 一体、何を言って――!?」
「――単にType blankを言い換えただけの名前をずいぶんと気に入っているのね、“Type blank No.3”。うふふ」
レディ・ラフが、まるで嘲笑うように全てを告げた。
僕の脳裏には去り際の佑介が教えてくれた話が蘇る。
『ヴィート、奴はシロ型補佐体の1機だ。だから奴が語ってた自分の過去なんてありはしない。その記憶を作った奴が――ヴィートを操る奴がいる。そっちを捕まえないと、何度でも奴は修復され、終いには量産されて襲ってくるぞ』
ヴィートの飼い主、それがレディ・ラフ。
問題は飼い主に対して飼い犬は1匹だとは限らないことで――!
「言葉で理解できないのであれば見てもらいましょう。あなたという虚構の、もう一つの真実を。うふふ」
レディ・ラフが再び何らかの操作を行った。
動いたのは、ヴィートを切り離しても立ち尽くしていた彼の機械鎧。
ヴィートが収まっていたシリンダーの、その背部に当たるユニットが開封される。
ユニットの蓋という支えを失って倒れ込み、地面へと転がったのは――黒髪の少年。
浅黒い肌の彼にも手足は無く、ヴィートと全く同じ状態だった。
それは、白と黒とで色違いのヴィートだった。
「なん……だ? 何だ!? こいつはぁっ……!?!?」
この場で最も酷く驚愕しているヴィートが誰にともなく答えを求めた。
答えるのは、やはりレディ・ラフ。
「その子は貴方の補佐体、Type blank No.4――貴方がその子の補佐体でもある。Drエルダースがお考えになった、2機のPSI自発生型補佐体の相互連結実験の実証体。それがあなた達。私の声が制御コードとなって動く操り人形。うふふ」
《多々良少年! ヴィートか新しい方を破壊した方がいい! 何か策がくる!!》
状況変化を察した附子島少将の命令。
似た考えに至っていた僕は、アイアン・スピナーを構えてヴィートを狙う。
狙いは、外れないはずだった。
「ヴィート。貴方の体と繋がっていた機器類、機械の鎧。それは幼い頃に損壊した身体を補う生命維持装置と拡張義肢――そう覚えさせてあるわね。うふふ。でも――」
[Type-B No.03 Emergency. evade: PK-system code: SLEIPNER done]
レディ・ラフの説明の言葉が響く中、ハガネはアイアン・スピナーをもってヴィートへと突撃。
直撃のはずのそれは、けれど何もない空中を通り過ぎてしまった。
「あ、あいつ、瞬間移動しやがった!?」
僕の失態と、ヴィートに起こった異変を俯瞰で見ていたのは光本くん。
僕がアイアン・スピナーを外したんじゃない、“また”外されたんだ!
ヴィートを何度も何度も救ってきたそれは恐らく、もう一人の黒いヴィートの能力!
「――我々ギガントの技術で、生命維持装置がそんなに大仰で不格好とある必要はありませんわ。それは貴方達Type blank 2体のPSIエネルギーを機械制御するために神経系に接続していたリミッター機器なのです。うふふ」
僕らの抵抗騒動のなかも、レディ・ラフはシロ型の機能についての演説を続けていた。
その時に我慢が出来なくなったのは――ヴィート。
「我が、我が虚構だと!? そのような……認められぬ!!」
倒れ這っていたヴィートが凍結の波を周囲へ奔らせた。
それはレディ・ラフ――青色アトラスの幻影を氷山に閉じ込めて封じる。
彼は攻撃を加えても無駄だと分かっていても、怒りのぶつけ先が無かったのだろう。
それでも投影されていた場所が氷に埋もれたために、相手は別の場所へと投影を切り替えた。
青色アトラスの代わりに投影されたのは、人の姿。
――仮面の女、レディ・ラフの姿。
《……“アノセルプ”! ギガント最高位研究員のアノセルプ女史ですわ!? 直々の研究事案でしたの!?》
レディ・ラフの姿に反応があった。
それは通信回線の向こうからの聞き覚えのある女の子の声。
この事件の直前、あきらが捕まえたと語っていたギガントのプリンセスの声。
僕がヴィートよりも戦うべきだった敵、レディ・ラフ――最高位研究員アノセルプ。
彼女は僕らの警戒やヴィートの怒りを気にも留めず、仮面から覗く笑顔のままに猛悪な予定を語りだす。
「今まで多くの成果を上げてくれてありがとうType blank No.3 No.4。これから貴方達への強制コード実行により、リミッターを解除された最大化攻撃が行われます。――多々良 央介で実証された通りに、思い込みであれ感情精神は巨人能力を増幅する。うふふ」
「ラぁぁぁぁぁぁフぅぅぅぅぅぅううううう!!!!! うぬれぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!!!!!」
ヴィートが満腔の怒号をあげて無茶苦茶に攻撃を始めた。
あまりにも無様な彼は、本当の名前も知らなかった副官――アノセルプへの恨みに呑まれていた。
「――それは補佐体でも同様に働き、計算上は要塞都市もろともを無に帰す規模と推定されるもの。純粋機械の中に宿った素晴らしく強力な憎しみの精神全てをPSIエネルギーに転換した場合の、巨人が引き起こす結果が楽しみ。うふふ」
アノセルプが計画を語り終えると同時に地面のヴィートと黒ヴィートの傍に巨人が立ち上がった。
その巨人は形こそベルゲルミルで、だけど氷蒼と銑朱の2色で変化し続けていた。
それが敵が仕組んだ最後の計画の中枢なのは明らかで、僕らはそれに無理にも攻撃をしかける。
「Type blank No.4、計画の不確定要素を排除なさい。うふふ」
[P…p…Primary order: Exclude indefinite factors. Targets: encounter-enemy. PK-system code: MISTILTEINN d…….done]
黒いヴィートが苦しそうに何かを呟くと同時に、僕らの巨人にとんでもない加速負荷がかかった。
一瞬で、禍々しく輝く巨人が、地面に倒れたままのヴィートたちの姿が遠ざっていく。
吹き飛ばされ、同時に全身を苛む苦痛の中で僕らの耳にアノセルプの声が響く。
「Type blank No.3&4最終攻撃コード『HELA』 うふふ」