第四十三話「そして、名を冠する者たち」3/8
=みんなのたたかいのお話=
央介、紅利、夢、そして辰は各々の巨人を出現させ、仮設司令部を防衛しつつの作戦の最終確認。
その戦闘への振り分けに疑問を唱えたのは夢、続けて大神。
「むーが防衛なのはわかるけどー……」
「紅利君のルビィまで、ここの防衛側に立たせる……例の暴走形態を利用しないという点は賛同できるが、遠隔式のグラス・ソルジャーの支援だけでは凍結への対抗手段としては弱いと思うのだが?」
それは先に央介から提案された配置に関する異論だった。
敵軍中枢となるヴィートへの殴りこみをかける部隊は央介のハガネと辰の飛行巨人ミヅチ、そして光本の火炎巨人グラス・ソルジャーだけで良いという判断。
夢の疑問と大神の懸念に対し、央介は事も無げに答える。
「いいえ。……説明するのが難しいのですが今のハガネは――今の僕の精神には凍結に対する耐性があるんです。先ほどのスティーラーズとの戦いで、実感しました」
大神は央介からの説明を受けて、しかし反論はできなかった。
央介の巨人戦闘の経験則を信頼することにして、一方で彼からの提案を部分採用として時に曲げることも告げる。
「不確定要素を軸に戦いを挑みたくはないのだが……わかった。だが、それでも何かあれば即時に紅利君にハガネの支援を命じる。良いな?」
「構いません」
央介の結論と、副事案に大神は頷いて最後の決断を下す。
「では、反攻作戦を開始する。ハガネ隊は、ベルゲルミルのヴィートとの戦闘に向かってくれ。……周囲から対巨人戦力も集まり出している――九式一尉らEEアグレッサーに限っては別任務の最中だが。無理だと思ったら後退して構わない」
「無理だと思った時には、多分凍り付いて後退できなくなってると思いますけどね」
ミヅチの辰から剣呑な冗談が飛び、そしてハガネとミヅチが揃って大神へ敬礼。
直後、ハガネ隊は前線で戦うグラス・ソルジャーと合流すべく、吹雪の空へと飛び立っていった。
見送った大神は、央介の行動に関して少し思う所があった。
その事に関して思考を進めようという所で、司令席の通信画面が上司――附子島少将の顔を映し出す。
《いやあ……多々良少年は爆弾が取れたと思ったら今度は意志がしっかりしちゃったねえ。ありゃ子飼いにはならないヤツか。残念残念……》
どこから話を傍聴していたのか、附子島は央介に対する評を改めたことを口にした。
その証拠に、今まで用いていた“ハガネくん”という奇妙な親しさを見せた呼び方が消えている。
軍人が小学生の子供を手駒に置くという倫理の無さはともかくとして。
しかし、その評価に関しては大神も同じものを感じていた。
作戦会議中の央介は以前より快活さを感じさせる、はきはきした口調と思考となっていた。
その部分に関しては一年間の抱えていた苦悩からの開放と、一方で家出という未熟な自立から自分で望んでの制裁を越えたという成長を遂げた物だと判断できた。
「玩具の取り上げ、ご愁傷様です。男子三日会わざれば刮目して見よという話でしょう。ですが――」
《おお、気付いた? 多々良少年、ヴィートという単語に変な反応見せてたよね。以前の戦いに関する怯えや憎しみとは……どうも違うなぁ》
軍人2人は少年が見せた僅かな所作の澱みに気付いていた。
敵の首魁に対する余計な感情ともなれば戦いの中で致命傷にも繋がるもの。
しかし大神は、央介の抱えているそれが危険なものではないと判断していた。
「動揺ではあったと思います。ですが同時に今の彼は、それで立ち止まることはないとも感じました」
《ふぅむ……例のギガント製補佐体と接触して何らかの情報を掴んだかな。――サイコくん、教えてくれたまえ》
画面の中の附子島は、横の画面にサイオニック少年への直通回線を開く。
呼び出された半端に事情を見通す少年あきらは仏頂面で、とにかく雑な回答。
「情報は掴んださ。ただ掴んだからって、戦闘で役に立つ部類の物じゃない。敵側のぞっとしない話が一つ出てきたってだけ」
《それでも一応、聞いておこう。情報とバカとハサミは使いようだからネ。……おっと》
そこで、大神への附子島とあきらの通信は途絶えた。
附子島は一旦、情報の拡散すべき範囲を考える事にしたのだろう。
あきらが語るのが切り札として現場司令官にも秘匿すべき情報か、公開しても構わない程度の無駄な情報なのかは聞くまでは決めようがないものだろうから。
大神は中間管理職の鬱屈を鼻息一つで飛ばし、彼の仕事通りに戦場の情報に向き合いだす。
その時、戦場とは無関係のものが彼の視界に映った。
「……ああ、そこの君」
手をあげてまで大神が呼びかけたのは、軍関係者だらけの仮設司令部の中で迷う猫獣人の女性。
それは気持ちが落ち着いたことで休憩室から外に出てきた音亜だった。
音亜は大神からの呼びかけに戸惑って自分以外の話ではと周囲を確認し、しかしやはり自分宛てだと理解して困惑に立ちすくむ。
その音亜に対して大神は更に驚くべきことを言い出した。
「そうだ、君――泰野 音亜。突然だが、君を買いたい」
「っ!?」
固まっていた音亜が、いきなりの話に仰け反る。
周囲の兵士や士官らも司令官が突然に言い出した、この要塞都市が所在する県では好まれない人身売買の話に驚きを見せて。
しかし大神は話を続けた。
「今、我が家では妻を謹慎処分としていてね。――知り合いの子供を危険な戦場に追い出すような事をしたので、しばらく自室で反省してもらっているのだが……。その結果、娘だけでは家事が滞って困っている。それで家事手伝いを一人置きたいのだ」
納得出来るような出来ないような話に、大神周囲の兵員は自分の仕事へ戻っていく。
固まりっぱなしの音亜は、それでも突然の無茶な話に抱えている問題を伝えにかかった。
「あ、あーし……私、あの……売りに出されてここに来たってわけじゃなくて。定次……その、知り合いが今、ここの救急に運ばれてて……」
言い訳で抵抗する彼女に、けれども結局のところ決定権はない。
決定されている商標通りに金額が支払われてしまえば法律上でも抵抗もできない。
そんな音亜へ、大神は答えて尋ねる。
「知っている。君らの経歴は報告書に入っていた。だが聞きたいのは働けるかどうかだ。……ああ、細腕で力仕事が出来ないというのであれば、もう一人ぐらい男手を買い求めなくてはならないな――“救急で担ぎ込まれて重傷からの病み上がり”でもなんでも」
音亜は再度固まった。
彼女は、大神は事件が終われば再び引き離され、おそらく二度と出会うことも無くなるはずの家族――音亜と定次の二人をセットで買うという話をしている事に気付いたのだ。
由来の分からない温情に、音亜は戸惑いつっかえつっかえに聞き返す。
「どう、どうして……? あーしは……そんな、ろくでもない……人殺しで、汚い女で……」
「報告書では殺人は未遂だとあったが。そして災害中にあっての君らの働きは好評価だったともあった。ろくでもあるかどうかは働いて示せばいい。応じて給金は私が決める。……首輪分、権利を買い戻せるだけ稼げるかは君次第だ」
音亜は大きすぎる感情の混乱に体を震わせながら大神の申し出へ涙で頷いた。
何度も何度も、言葉もあげられずに頷き続ける彼女に、大神は表情を隠して情報画面へと向き直る。
――大神は、自身が義父・大神氏に取り立てられた事への大恩を如何に返すか考えていた。
仕送りこそ余計だと断られて、せめて大神の姓を汚すまいと立身を遂げた。
次に大神は社会への還流を思い付いた。
それは心ある、見所ある青年が売りに出されていれば――あるいは家に居場所が無い者があれば、過去の大神がそうであったように身元を引き受けて見極めて、それが十分とあれば人に育て還すこと――。
時代が変わって人身の売り買いは少なくなって、その機会は長らく無かった。
けれども大神は、ついに巡り合った。
大神の信頼する少年、央介の浅慮愚行から始まった騒動が運んだ奇縁だった。