第四十三話「そして、名を冠する者たち」2/8
=みんなのたたかいのお話=
「状況と、この後の作戦概要は輸送中に聞いていましたけれど……」
格納庫の一角を幔幕で大きく切り取った即席作戦室で、央介は戸惑っていた。
その続きは、紅利から。
「どうして……みんながここにいるんでしょうか?」
紅利の言う“みんな”。並ぶ順に亜鈴、加賀、有角、奈良、そして狭山。
現在奮戦中の光本を除いて、対ヴィートの戦いで巨人を扱った少年少女たち――と、そうでないはずの1人。
皆揃って、帰還した央介と紅利に対して安堵の視線を向けていた。
深夜の軍事作戦最前線に似つかわしくない小学生の彼らが居る、その理由を大神が答える。
「軍として恥ずべき話だが……この惨状にあっては最悪の場合、彼らの力を借りる案が通っていた。央介君が間に合った以上は、その必要もなくなったが」
大神の返答が終わる頃、該当の子らはそれぞれDドライブを所持していることを央介に見せつけた。
央介は彼らに頼もしさを感じる一方で複雑な気持ちも覚え、そして彼なりの答えを大神へ伝える。
「みんなが――戦わずに済むようにします」
「大人としては央介君も戦わずに済む方法が欲しかったのだがな」
大神の正直な――しかし現状にあっては冗談にしかならない返しに、巨人隊をしてきた央介と夢は感謝の笑顔で返す。
そこへ車両の走行と急停車の音が響いて、それから間もなく大勢の足音が作戦室へと向かってきた。
最初に飛び込んできたのは、サイオニック少年あきら。
「忘れ物だぜ、央介! 偽物を選ばれて傷心のポンコツだ!」
「モノ扱いすんなよ……。ロボだけど……」
呼びかけてきたあきらの陰から補佐体、佐介が姿を現した。
機械の少年は、少しだけ気まずそうな表情で央介へと向かい合う。
そして。
「……央介、偽物の方が機能が多くて便利だったろ?」
悔しそうに、申し訳なさそうに告げる彼へ、央介は。
「――いや、やっぱり佐介の方が安心できるさ」
そう、答えた。
その言葉が全てではない事は、央介の補佐体である佐介には伝わってしまっていた。
けれど今、選ばれたのは自分だという事だけで佐介には十分だった。
「じゃあ……偽物にはできない事をやってやる!」
「ああ……頼りにするよ、相棒!」
コンビが復活したところに少し遅れて駆け込んできた、二人の親が安堵の表情を見せた。
そして多々良 上太郎は、帰還した家出息子へと詰め寄って彼を抱き締める。
息子、多々良 央介も声を詰まらせて父親の咎めない愛情へ応える。
「――父さん。ごめんなさい……!」
「いや……いいんだ。父さんたちが考え無さ過ぎた。それに、結局また戦ってもらうことになる……!」
父と息子の時間は、けれども戦場に余裕はない。
央介は自分から父親を押し剥がし、振り絞った小さな声で一言の願いを伝えた。
「父さん。僕を……――、――か……?」
「っ!? そんな、そんなことは必要ない!! お前が反省してるのも、こっちが失敗したのもわかっているんだ!!」
息子の願いに上太郎は抵抗を見せて、けれども央介は譲らない。
「オレとで分担ってことにするから」
「父さん、早くして……!」
機械の息子、佐介までもが協調しだして、上太郎から逃げ場を奪った。
それは上太郎の性格と知識として望ましい手段ではなかった。
しかし息子たちは、けじめを望んでいた。
悲しみと先悔に上太郎は奥歯を噛みしめて。
その前で同じく奥歯を食いしばって待つ息子たち。
「――ッ!! すまん、央介! 佐介!」
――鈍く、骨と骨がぶつかる音が2回。
上太郎の拳骨が、央介と佐介の頭蓋に叩きつけられた。
「……古風だな。今時はあまり褒められない手段だが、互いに覚悟と理解の上であれば良い経験か……」
大神が、悲しくも手を上げるという親子の関係を見届けて評する。
その一方で彼は、自身の大人しく真面目な末っ子長男には体罰も怒声も不要だったという事に少しだけ寂しさを覚えていた。
「……う……いったぁぁぁぁ……!!」
「も、もうちょっと加減してよ。父さん……!」
「すまん……! すまん……!!」
央介は体罰を自分で願っておいて、しかしそのダメージに頭を抱えてうずくまる。
佐介も格闘技を修めた父親の打撃の威力に不平を唱える。
望まない体罰を加えてしまった上太郎は、息子たちにとにかく謝って謝って。
けれど、痛みを涙目で立ち上がった央介は――。
「――う、うん……。でもスッキリ……した! これで、心置きなく戦える!!」
家族との体育会系の解決を終えて成長した少年は、武器であるDドライブを手に戦意十分と敵へ向き直った。
それは仮設司令部のモニターに映る氷の城塞。
その中枢にいるであろう――“誰も傍にいない哀れな敵”。
けれど、それが哀れであろうと害意を向けてくるもの、被害を広げようとするものを見過ごすほど今の央介の目に曇りは無かった。
「……んほわー……」
ウサギネコ獣人の奈良が、惚けたような声を上げる。
それは決意を固めた央介によってハガネが戦場に復帰し、反攻作戦が始まろうとする中のこと。
作戦室に残された奈良の視線は、ある一点にだけ向けられていた。
それを見咎めたのは長尻尾の狭山。
小学校の避難所から巨人経験者らが呼び出された際に勝手にくっついてきた彼女は、普段からの子分の見たことのない挙動を突っつく。
「オイ、どうした。さっきから固まって……んー?」
狭山は、身動きもしない奈良の視線を追いかけた。
その先30mほど先にいたのは――。
「……うわ。白い、白いウサギネコ。レア物って話だったのに結構いるんだな」
「いるんだねー……」
狭山の言葉尻を、奈良は茫然自失にリピートした。
奈良と狭山が見つめる白ウサギネコ獣人の少女ミュミュは、しかし彼女も動きを止めて奈良を見つめ返していた。
彼女から見る奈良は、もしもの時のためとDドライブを構えている――。
「でも白いって以外はあんまり変わんないな。奈良の弟妹そっくりで――あれ、親戚とかか?」
狭山が、率直な感想を奈良へとぶつける。
途端の事だった。
「全然違うよ!! あの子、ウチの妹とか弟とか弟みたいにブサイクじゃないもん!!」
奈良が猛烈な勢いと身振りで反論しだした。
突然の事に、また普段は大人しく従っていた奈良の突然の反抗に、狭山は驚きを隠せない。
そして狭山が混乱している内に、奈良は次の行動へと移る。
「――あんな可愛い子、この世界にいたんだ! ……ね、ねえっ!!」
同族にしかわからない美醜、あるいは個体差に魅了された奈良は猛然と駆け出して、ミュミュへと食いついた。
対するミュミュはというと、近づいてくる奈良相手に目を輝かせる。
「――ねえ! き……キミ、名前は!? オイラは七希! 奈良 七希!!」
「あ……は、はい! 浮野 ミュミュです……! 小学4年生です!」
普段と様子が違う友人の様子に目を丸くする芽理亜の前で、ミュミュは熱っぽく答えを返す。
鼓動を早くする彼女には“奈良に関する推定”があった。
それは要塞都市のウサギネコ獣人で、Dドライブを持つ――。
「――あ、あの! 七希さんは、巨人のヒーローさんなんですか!?」
そのミュミュの問いかけは、奈良へのジャストミートを起こした。
ヘッドバンキングの勢いで頷く奈良は、大分誇張した彼の実績を語る。
「――そうさ! オイラは、この要塞都市とクラスメイトを危機から救った巨人Qきょくキメラの七希!」
それは、ミュミュが思い描いていた通りの回答だった。
彼こそが彼女にとっての褐色の毛皮を持った白馬の王子様だった。
「わあ……っ!! 本当に居たんだ! あの、私……あなたの書き込みを見て、でもすぐに消えちゃって、夢でも見たのかなって思って……!!」
夢見がちな少女にとっての憧れのヒーロー。
お調子者の少年が初めて出会った家族以外の可愛らしい同種。
二人は互いに素晴らしいものを見つめ合った。
――戦場が、戦いが引き合わせて結び付ける恋もある。
後に彼らは巨人能力コンビネーションの好例として、もしくは無暗に子沢山な傭兵夫婦として語られるのだが――それはまた別のお話。