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第四十三話「そして、名を冠する者たち」1/8

 =みんなのたたかいのお話=


 雪の闇夜に包まれた要塞都市・神奈津川の地下要塞、その末端部となる大型格納庫。

 そこが今、当座に敷いた機器ケーブル束が行きかう仮設の司令部となっていた。


 環境は良いものではなく普段の司令部の大型立体モニターとは比べるべくもない、壁に貼り付けただけの平面モニターが現在のメインモニター。

 そこに画質も良くない映像として映し出されていたのは巨大な氷の城塞。

 それがヴィートに制圧された現在の神奈津川市の姿だった。


「定時だ。状況はどうか!」


 司令官の大神が、作戦の区切りと声を上げる。

 仮設ゆえに不足する機能分の設営作業をしていた者は手を止めず、対して動き出すのは作戦部所属の者達。


「現在、地上部の87%が時間凍結、地下要塞部は63%。平均として毎分0.2%ずつ、時間凍結含めた冷気範囲が尚も拡大中です……!」


 両腕の凍傷出血を包帯で押さえたオペレーターが絶望的な状況を告げる。

 司令部勤めの彼女が外傷を受けているという事自体が異常の証明だった。

 同じく異常として普段の軍帽を失った技術士官が、説明を続ける。


「これでも食い止められてるんですけどね……。光本君! 突貫で組み上げたシステムに、ぶっつけ本番だけど、どうかな!?」


「すげえ忙しいです!! レトロゲームのオンボロ消防士やってるみたいで!!」


 技術士官に声を掛けられ、すぐ応えたのは軍事環境に似つかわしくない小柄な姿。小学生6年生、火炎巨人を操る少年の光本。

 現在の彼は重厚なVR機器に身を包み、そこから伸びる大量のケーブルを振り回しながらヘッドマウントディスプレイに投影される映像の向こうと戦っていた。


 映像の向こう――そこでは群れ成すスティーラーズが押し寄せ、無差別に凍結をばらまいてきていた。

 それに対して今の要塞都市側ではたった1人、凍結を打ち払う火炎の巨人能力を持つ光本がJETTERによって臨時スカウトされての孤軍奮闘を続けている。


 今、彼が繋がっている機器は辰のミヅチが利用していた巨人遠隔投影機器Dランチャードライブの複製機。

 それは本来であれば辰の巨人遠隔投影という個性に依存していた物だが、今はDマテリアル搭載ドローンの搭載カメラとVR操縦を接続することにより巨人投影能力を持つものであれば誰でもドローンを核としての巨人の遠隔投影を可能とした物。

 これによって光本のグラス・ソルジャーが都市の全域を自在に遊撃し、ヴィート麾下の兵器巨人群による侵攻拡大を食い止めていた。


 しかし無理矢理な遠隔投影とあって、その投影出力は本来の巨人から比較すれば30%を割るほどのもの。

 投影者の安全性・持続性こそ保障されて、しかし状況打開の力は無かった――。


「――消防士……ああ、ホースの穴を塞ぎながら火事を消し止める系のやつね。まだしばらくは頑張ってくれ、今の要塞都市の守護者は君なんだ!」


 技術士官の応対と要請。

 それを光本は受諾しつつも、一方で状況好転に繋がりうるものの現状について聞き返す。


「自宅と自分の街を守ることに不満は無いっすけど……元々の錆び付き守護者(多々良 央介)は、まだ戻ってこねーんですかね!? 帰ってくるって話から結構な時間が経ってると思うんですけど!」


 光本は央介に対して複雑な感情を持っている。

 それでも彼らこそ要塞都市の最大戦力だという事も既に認めていた。


 不足する代行として戦い続ける光本へ答えたのは司令官の大神自身。


「央介君を含め、救出対象を載せた輸送機隊を敵の鼻面に突き出すわけにはいかなくてな。安全が確認できた場所へ下ろし、態勢を整えてからの移動となった。だが、まもなく到着――くっ、ここを嗅ぎつけたか!!」


 大神が咄嗟に言い及んだのは、敵襲。

 敵接近のアラートから間もなく、現在の要塞都市の中枢を発見したスティーラーズ部隊が仮設司令部――格納庫から地上へと繋がる隔壁扉を切り裂いて突入を果たしてきた。

 極大の物理破壊力を宿す機械の少年兵らは、更に要人を排除するべく攻撃を開始した。


 敵が狙ったのは司令部中央で、自らもDロッドを構える大神。

 そこへ複数体のスティーラーズが凍結の刃を構えて躍りかかり――。


「――ちぇぇぇぇぇいやぁぁああああああっっ!!!!」


 ――気迫一閃。

 敵機械兵の群れは原型も留めずに切り裂かれた。


 それを行ったのは司令部の最終防衛線、超人たるEエンハンス形態となった狭山一尉。

 彼女の両手両足に猿尾を加えたDロッド五刀流の超絶剣技が敵を討つ。


「狭山、すまんな。もう少しだけもたせてくれ!」


「もう少しでも、もう100日でも平気です!」


 狭山は軽口を叩きながら、追いついてきた部下のEエンハンサー2人と共に敵の作った突入孔に向かって構える。

 しかし、その突入孔に大きな影が差した。

 現場に脅威対象多数と判断したスティーラーズがモードを切り替え、破壊を主目的とする量産型クロガネへと大きく姿を変えたのだ。


 量産クロガネの巨大な剛腕によって、重厚な隔壁扉が紙切れの様に引き裂かれる。

 仮設司令部へ外の吹雪が吹き込む状態となってみれば、量産クロガネは7体もが立ち並んでいるのが見えた。


「……訂正です。50日程度が限界かもしれません!」


 敵の大戦力を目の当たりにした狭山は冗談を吐きながら、敵の捨て身戦術からどれだけの人員を護れるかの思考を回す。

 被害者は――どうあがいても多数になると認めたくない答えばかりが考え付いて。

 けれども次の瞬間に、その思考は吹き飛んだ。


「――アイアン・スピナー!」


 巨人ハガネの必殺の一撃が、量産クロガネの多くを打ち破る。

 多々良 央介の到着だった。


 突然の最優先攻撃対象による奇襲。

 量産クロガネとスティーラーズは即座に対応態勢を取り直しにかかった。

 しかし、それら量産クロガネ達はハガネに続いて現れたアゲハとルビィに、スティーラーズは狭山一尉率いるEエンハンサー隊によって討ち破られる。


 仮設司令部から救援への歓声が上がる中、ハガネが巨人の形態を解き、その中から一人の少年が飛び出した。

 彼は司令部中央の大神へと向いて、開口一番。


「大神一佐、戻りました!! ……ごめんなさい!!」


 多々良 央介は何度目かの謝罪を大神へ、そして直接に頭を下げた。

 大神は表情を崩し、冗談を交えた指示を下す。


「央介君、今は戦闘作戦中だ。勝手にハガネを解くのは感心できないな。――さあ、作戦の最終打ち合わせだ。こちらに来てくれ」


 ついに要塞都市にハガネが――多々良 央介が帰還した。

 ヴィートへの反攻作戦が始まる。




 ハガネら巨人隊が駆けつけてから遅れること数分、装甲輸送車の車列が仮設司令部の外に並んだ。

 それらは本来なら央介たちを送り届ける任務を受けた部隊だったのだが、当人らが先に巨人で飛び出していっての後着。

 今は追加の任務として、破損した仮設司令部のバリケードとして再配置されていく。


 同時に央介ら、そしてイースター・キャンプでの救助対象ながら巨人技術に接触しすぎた数名が事情聴取の予定もあって作戦司令室へと招かれた。

 該当者は巨人災害を引き起こしていた少女の古代(こしろ) 芽理亜(めりあ)と、その保護者の古代夫妻。そして白いウサギネコ獣人、浮野(うきの) ミュミュ。

 それ以外の救助対象者の子供らは、既に安全な県外へ向かっての移送中。


 人が機械が右へ左へ動き回る防衛体制組みなおしの狂騒の中、装甲輸送車から1台の救急ストレッチャーが衛生兵らに運び出された。

 その上に横たわって数多くの管を繋がれていたのは、緊急処置を施されて一命をとりとめたテディこと馬鈴(ばれい) 定次ていじ

 しかし彼には未だに適切な治療が必要な状態であることには変わりなく、そのまま軍医団の詰める救護所へと運ばれていく。


 その時、要塞都市の軍事上の都合から1人の猫獣人女性が進入停止を告げられ、ストレッチャーでどこかへ連れられていく身内を見送る他無くなって立ち尽くした。

 所在なくなって茫然の彼女――泰野(たいの) 音亜(ねあ)へ作戦部士官の女性が近づき、普段は隠している自身の猫耳を立てて同族であることを示してから温かな湯気を上げるマグカップを差し出した。


「――どうぞ、温かいもの」


「え? ああ……。どうも、ありがとう、ござい……ます。あたたかい……もの」


 思考も飽和してしまった音亜は温かなココアのカップを受け取り、そのまま女性士官に誘導されて仮設司令部の休憩室テントへ。

 そして、音亜はそこに置かれた折り畳み椅子に崩れるように座り込む。

 精神の限界が近い彼女を気遣い、女性士官は語り掛けた。


「ごめんなさいね。あなたの大切な人を、こんな戦場の野戦病院にしか運び込めなくて。――音亜さん」


 突然、見ず知らずの人物に名前を呼ばれた音亜は大きく体を震わせた。

 そして思わず首に付けられた身分を示す――拡張現実(AR)表示では、名前と前科と売値を表示するチョーカーを手で覆い隠す。

 けれど女性士官は表情も崩さずに続けた。


「気にしなくて大丈夫ですよ。――私はホクカイ道出身ですので。貴女の名前を知っていたのも作戦上で名称情報を扱う立場だからというだけです」


 旧制法を採っている自治体出身の、人寄りの顔をした獣人。

 それがどういう意味を持つのか音亜は知っていた。

 底辺の家庭出身でも人間としては扱われていた自分に対して、一族として愛玩用の商品扱いから始まる――……。


「心配は要りません。定次さんを受け持った軍医は救命のエキスパートが揃っています。また、この都市を襲っている戦闘も――」


 猫獣人の女性士官は、信頼を込めて音亜を諭した。

 その信頼は、春から続いた戦いの日々での実証。


「――多々良君ら巨人隊が揃っている今は、負ける見込みはありません」


 音亜はキャンプに迷い込んできた小柄な少年が、ここでは大きな影響力を持つことに驚く。

 そのおかげで少しの精神安定を得た彼女は、ようやく手にしたココアを口にできた。

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