第四十二話「ヒーローのいない世界。そして――」7/8
=多々良 央介のお話=
「ジュウナナとジュウハチは、1つの巨人の右手・左手みたいなものなんだ」
僕は、なるべくわかりやすいように説明を続けた。
施設外からは紅利さんのルビィとジュウハチ達の戦いの音が聞こえてくる。
――急がないと。
「道理でオレのセンサー感知にも1体しか引っかからないわけだぜ。既に出ている巨人がマペットを出し入れしてるだけだったんだから……」
「まるで芽理愛が悪いみたいなこと言うじゃない! ヒーローさん、どうして!?」
ミュミュさんが僕を責めてくる。
巨人事件の核心部分からすれば、実際そうなってしまう。
だから次は、その原因について――そしてこの先の計画についても芽理愛さんに向けて語る。
「多分だけど、芽理愛さんと離れ離れになってしまったお父さん。そしてお父さんの事で怒りっぽくなっていたお母さん。
そこから君の心の中には“お母さんを怖がる気持ち”と“お父さんを恋しがる気持ち”の2つが生まれて育っていったんだ。
そんな中で芽理愛さんは、お母さんに送られてキャンプ・フェスにやってきた。
本当なら、その後にお父さんが参加する予定だったって……そこで君の中に一つの考えが浮かんだんじゃないかな?
“このキャンプがずっと続けば、お父さんと一緒に居られるのに。お母さんの怖い顔を見なくてもいいのに”……」
芽理愛さんは顔色を真っ青にして話を聞いていた。
こうなることは分かっていたのだけれど。
「そう、その気持ちが“キャンプから帰らせない巨人”を作り上げてしまったんだ。それが監禁状態を作る怖いジュウハチと、一緒に居てくれる優しいジュウナナ」
震える芽理愛さんの手には赤い結晶Dマテリアル。
恐怖に固まった指が、原因のそれを手放せなくしている。
僕は、多少のごまかしも混ぜて、巨人というものの性質を説明する。
「……巨人の行動は君の責任じゃない。今はスティーラーズが暴走させているから危険になってるし、そもそも心の内側って自分自身にまで襲い掛かるんだ。そういう巨人も見てきた」
ちらりと背後を窺えば、炎の足を振るって戦い続ける巨人ルビィの姿。
――そう、どんな巨人も心次第で敵にも仲間になる。
「いいかい、よく聞いて。ジュウナナもジュウハチも、本当は悪い事なんてしたいとは思っていなくて、誰かを傷つけたいとも思っていなくて、芽理愛さんのために動いているんだ――」
怖がる芽理愛さんへ、2体で1つの巨人の本当の目的を伝える。
「――あの巨人たちは、君の心を守りたいだけなんだ! ジュウナナ、ジュウハチ――君のお父さんとお母さんとして!!」
女の子は、息を呑みながら目を見開いた。
その視線は僕の肩を通り越して、施設の外。
きっと、ジュウハチの姿を捉えて。
状況を理解してくれただろうか。
可能性を手伝ってくれるだろうか。
「芽理愛さん。手伝ってくれるかな? この暴走巨人による災害の解決ができるのは、テディさんを救えるのは、君だけなんだ……!」
=珠川 紅利のお話=
蹴り飛ばす。
薙ぎ倒す。
そして纏った炎で焼き払う。
私の燃える恋心、火に呑まれた足の傷痕、夢幻巨人ルビィは数を増やして襲い来るジュウハチを撃退し続ける。
凶暴な敵に対応しきれずに何度も痛い反撃を受けているけれど、そんなのは苦にもならない。
大好きな男の子に頼まれた戦い。
大好きな男の子を護る戦い。
大好きな男の子を待つ戦い。
だから――。
「今の私なら、何でもできる!」
気迫を込めてルビィに放たせるのは姿勢を落としてのブレイクダンスじみた高速足払い。
狙い通り、ルビィの刃脚によって1体のジュウハチが足を切り裂かれて転倒した。
「スティーラーズぅっ!!」
倒れた相手の体にこびりついていたのは邪悪な機械。
愛しい人の姿を勝手に写し取っているのも憎らしい。
それを崩れた姿勢からの無理やりな踵落としで粉砕した。
だけどルビィが姿勢を回復しきる前にジュウハチ達は包囲を完成させてきた。
ここからは、どう動いても間に合わず袋叩き。
――別に、いいかな。
痛みに耐えるのは慣れているから。
女としての月々の痛み、長年の幻肢痛、それらの痛みに耐えてきたのだから。
奥歯を食いしばって、でもいずれに確定している救助への幸福から笑顔を浮かべた私の目の前。
複数体のジュウハチが一矢に貫かれて霧消する。
わぁ……嬉しい!
私のヒーローの男の子は、私の想像よりも格好いい!
「紅利さん! 大丈夫!?」
「ええ!」
「この場にいるスティーラーズは後2機! 2時のジュウハチ肩と8時のジュウハチ背中!!」
アイアン・スピナーを解除した央介くんのハガネは私の贈った青いマフラーを纏っていて、立ち直りゆく私のルビィを庇い立つ。
そして私の無事を確認した佑介くんからは狙うべき目標指示。
ルビィで攻撃しやすいのは――。
「2時側、受け持つから!」
「了解した! アイアン・スピナー!」
ハガネが必殺技で背後側の巨人を狙い、同時に私のルビィは高く跳ばす。
跳び過ぎた勢いを宙返りの重心変化で調整して、狙い定めた場所へ急降下。
そのままルビィのピン・ヒールで巨人肩のスティーラーズを貫く。
これで敵は撃退されて……あれ?
敵巨人を操る邪悪の心臓を破壊しきったはずなのに、ジュウハチは再び立ち上がり数を増やしてきた。
てっきりいつも通りにスティーラーズの排除で終わる戦いだと思ったのに?
「紅利さん! ハガネの護衛をお願い」
央介くんからの呼びかけが掛かって、私は足元のジュウハチを踏み台に彼の傍へと跳び移る。
ハガネと斜向かい、2巨人で全方位を見張れる位置に立ってから見ればハガネは口元に受け止める手を開き、そして口を開いて何かを吐き出そうとしていた。
――あれは……私が初めてハガネに乗った時の逆?
まずハガネの口から現れて手のひらに立ったのは、央介くん。
そして彼に手を引かれた巨人使いの芽理愛ちゃん――ちょっとジェラシー。
オマケで白ウサギネコ獣人のミュミュちゃん。
襲い掛かってきたジュウハチを、私はルビィに蹴らせて追い払う。
さて――?
ハガネの手のひらの上に立った芽理愛ちゃんはDマテリアルを手にしていた。
央介君に見守られて、祈る彼女の目の前に光が集まって形を成していく。
そこへミュミュちゃんが声援を送った。
「飛翔け! ジュウナナ!!」
光は、1体の大型巨人へと姿を変えた。
頼もしい仲間が一人増えて、だけどジュウハチの数は更に増加していく。
1体のジュウハチが体格で並ぶ――どこかシルエットも似ているジュウナナに襲い掛かった。
ジュウナナは、それと組み合って辛うじて抑え込む。
あれ……これじゃあ戦力にならないのでは……?
私が疑念を持った瞬間、声が響いた。
「ジュウハチ! 私の話を聞いて!!」
悲鳴の請願。
芽理愛ちゃんが光り輝くDマテリアルを手に、声を上げ続ける。
その相手は、どういうことなのか敵対巨人のジュウハチに向けて。
「私、テディさんを助けたいの!! キャンプも、もう終わってもいいの!!」
ジュウハチ達は無防備なハガネへ、その手の上に立つ央介くんたちへと襲い掛かろうとする。
私はルビィの体で、そのうち1体をブロックして止める。
目前に迫ったジュウハチへ、芽理愛ちゃんが全身全霊で呼びかけた。
「お願い!! お母さんっ!!! お父さんとケンカしないでぇっ!!!!」
途端、ジュウハチ達の動きが鈍った。
同時に彼らに纏わりついていた禍々しい巨人の特徴、流動する汚濁が流れ落ちていく。
そうなってみればジュウナナとジュウハチがそっくりだという事が良くわかる。
やっと私は状況を理解できた。
「ああ……私と同じだったんだ……」
私の血塗れの内臓を表に出したような醜い巨人――紅靴妃の大暴れと、央介くんが全部を捧げてくれた戦いを思い出す。
――あれ? だけど私の時は……。
「やって……無いな!! ぐちゃぐちゃが集まってやがる!!」
佑介くんからの警戒継続の訴え。
動きを止めて姿を消していくジュウハチ達の中から、流動体の集積が一際大きな巨人として立ち上がる。
ああ、やっぱり居るんだ。
心の中の病んだ気持ちが、心の持ち主の言う事すら聞かない巨人に変わる。
でも、逆に言えばアレが全ての元凶。
「芽理愛さん、あれは君の悪夢なんだ。……越えていける?」
優しくも厳しい声の央介くんが、最後の決断を女の子に尋ねていた。
理解した芽理愛ちゃんが決意に頷く。
……あんまり王子様ムーブされると競争相手が増えそうだから止めたいのだけど。
私が僻んだ視点で央介くんたちを見ていればジュウナナと、そして1体だけ最後まで残ったジュウハチがそれぞれハガネへ手を差し伸べた。
芽理愛ちゃんがジュウハチの手のひらへ、ミュミュちゃんがジュウナナの手のひらへと飛び乗る。
二人は、そのまま巨人の腕を駆けあがって2大巨人の頭上へ。
二人を見届けた央介くんは、ハガネの口の中へと飛び込む。
私もルビィを敵へ構えなおさせて、準備完了。
央介くんが、決まり文句の指令。
「夢幻巨人ハガネ、巨人災害中枢――巨人“カラミティ”を撃退します!」
「夢幻巨人ルビィ、了解!」
「ジュウハチも!」
「ジュウナナもよー!!」
1人のヒーローと、3人の女の子で意思統一。
攻撃態勢が整って最初に飛び出していったのは、新人のジュウナナとジュウハチ。
その重厚で勇ましい夫婦ダブルパンチは、暴走するままの同族であるカラミティの顔面を打ち砕く。
巨人頭上で剥き出しな2人が大丈夫なのかと少し心配になったので、私はルビィを前線へと飛び込ませる。
鋭く飛び込み前転、その勢いのまま両腕で飛び出しをかけて両足揃えたキャノン・キック!
重たいルビィの体重がカラミティの胴体ど真ん中を捉えて、相手を大きく吹き飛ばした。
「今だよ! 央介くんっ!!」
「ああ! 任せてくれ!」
頼もしい声。
ハガネが、いつも通りに鋼鉄螺旋を構えて。
そしてカラミティを縛り付ける鉄鎖の群れ。
「アイアン……そうだ、違うんだった。――スティール・ダブル・スピナー」
目にも止まらない速度の貫通撃がカラミティ――災害の心臓を打ち抜く。
ハガネは敵巨人の向こう側から、私たちへと振り向いて。
私はそこに央介くんの笑顔を見る。
ヒーロー勝利の余韻にみんなで浸ろうとして。
でも、その瞬間だった。
「……クソ。ギガンテスが潜んでやがったか。央介! 紅利ちゃん! スティーラーズのお代わりだ!!」
佑介くんが敵増援の警戒を叫んだ。
途端、周囲にはギガントの飛行機械アトラスと、そして量産クロガネが姿を現す。
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救いたい人が、致命傷のテディさんが居るのに。
――戦いが、終わらない!