第四十二話「ヒーローのいない世界。そして――」6/8
=多々良 央介のお話=
「アイアン・スピナー!」
僕のハガネは青いマフラーを曳いた鋼鉄螺旋となって、暴走巨人ジュウハチを貫く。
――だけど、手ごたえがない!
「駄目だ! 倒せたのは、くっついてたスティーラーズ数体! そもそもアイアンじゃねえしな?」
佑介による状況分析。
その言葉通りに、一度は貫通の大穴を空けたジュウハチは復元を果たす。
「ダメージが……通っていない!?」
「言っただろ! コイツ、ジュウハチは周囲に拡散してるタイプなんだ! 末端を壊しても暴走は止まらない!」
佑介の言葉を証明するように、ジュウハチは復元しきっただけでは済まなかった。
ジュウハチの足元の影が急に範囲を広げ、そしてそこから新たなジュウハチが立ち上がって暴走巨人は2体に増える。
これは恐らく悪夢王の流動体からの攻撃と同じ理屈で、同時にテディさんの話にあった『ジュウナナに取り押さえさせても、逃げた先で待っている』の正体――。
「中枢を叩かないと……! だけど、どこに……!?」
――戦うためのヒントが無い。
ここは要塞都市じゃない。
支援をくれる大人達も、情報をくれるクラスメイトも居ない。
傍にいるのは抱きかかえたふわふわのミュミュさん、ハガネと融合している佑介。
そしてジュウハチをスピナーで貫いたために立ち位置の順が変わって、僕が背負う事になったイースター・キャンプの施設。
「――そもそも、ジュウハチは誰の巨人なんだ……?」
思考からくる竦みと、人ひとりを抱きかかえた僕。
遅れたハガネの動き。
それを2体のジュウハチは見逃さずに襲いかかってきた。
だけど、その敵をまとめて横っ面から蹴り飛ばす、強烈な一閃。
直撃を受けたジュウハチ達は大きく吹き飛んで、向こうの山肌へ叩きつけられた。
「央介くんは、私が護るッ!!」
怒りの声を上げたのは紅利さん。
そして暴走巨人達を蹴り飛ばしたのは彼女が駆る夢幻巨人ルビィ。
大好きになった女の子は、頼もしくも気性は強いみたいだ。
僕は援護反撃に感謝しながら、ハガネの鈍りの原因の一つを解決することにする。
「佐介、ミュミュさんの椅子か何かを用意できる?」
「……あ? ……ああ、問題ない!」
――佑介の反応が遅れている。
紅利さんをハガネ内部に乗せた時と同じで、余計な負荷がかかっているんだ。
僕は傍に出現した椅子へミュミュさんを下ろして――。
「なるべく早く片付けるから、ここでじっとしててね」
「は、はい! ヒーローさん!」
白ウサギネコの女の子から過大な評価をもらってしまった。
テディさんの命を救えなければ、ヒーローでもなんでもないのに。
僕の気後れを余所に、彼女は更に要請をあげてきた。
「ヒーローさん、芽理愛も助けてあげてね! ジュウナナが居なくて怖がってると思うから……」
ジュウナナ。
そうか、この戦いでは彼の支援も得られたかもしれないのか。
だけど居ないものを頼るわけには――。
――ジュウナナが出現しない?
さっきなんかはテディさんと一緒に芽理愛さんにも危機が迫っていたのに?
まさかクロガネ同様にジュウハチに妨害されていて出せない?
いや、記憶の限りではミュミュさんがジュウナナとジュウハチの対決を語っていた。
ハガネやルビィが出現している以上、他の巨人にまで影響を与えているとは考えにくい。
影響……――?
巨人へ影響を与えるもの、スティーラーズ。
悪夢王性質には対応できていないというスティーラーズが、どうしてジュウハチに取りついている?
――スティーラーズが今、影響を与えている相手はジュウハチの悪夢王部分ではない?
悪夢と希望、子供の心の中にある二つの顔……。
「あー……何となく見えてきたぞ。ジュウハチのカラクリ」
佑介が僕の思考を読み取って、また機械なりの高速で余裕ある思考を進めていく。
そうだ。以前に佑介と戦った直前に現れた巨人が、そういう性質を持っていた。
「スティーラーズは悪夢王型の巨人を制御できない――でも、悪夢王である部分と悪夢王ではない部分を別々に持つ巨人なら……」
双子を夢見る少年からは、1体の巨人でありながら2体の存在として振る舞う巨人が投影された。
であれば子供が抱えた“2人への気持ち”も、見た目では2体の存在になりうるはず。
そして2つに見えて1つである巨人の制御された部分をスティーラーズが抑え込んで、だから悪夢王側のジュウハチは抑えを失って暴走したとすれば――。
――でも問題は、その決着の手段。
スティーラーズを排除し続ければジュウハチの暴走は止められる。
だけど、ジュウハチを形成する悪夢のルールとして考えられるもの。
ジュウハチ本来の目的から“副次的に”救助隊を排除してしまう限り、テディさんを救えない……。
「……本人に気付いてもらうしか、無いか!!」
穏便な解決手段がない。
これから僕が選ぶ手段は、間違いなく子供の心を傷つけるもの。
その罪は背負うしかない!
「紅利さん! ちょっとだけ時間を稼いで! できれば、ジュウハチにくっついてるスティーラーズをぶっ壊して!」
「うん!」
突然な僕のお願いへ、紅利さんの手短な返答。
敵前で前後を切り返したハガネの背後から強烈な衝突音が響く。
そのまま僕はミュミュさんを抱え直してハガネを解除し、佑介と一緒にキャンプ管理施設へと駆け込む。
目標は――いた!
まだ、テディさんの傍に留まっていてくれた!
ミュミュさんを床へ下ろした僕は、彼女へ呼びかける。
「――芽理亜さん!」
「えっ!?」
驚き振り向いた彼女の肩を出来る限り優しく掴む。
全てを説明しないと――深呼吸一つ。
「芽理愛さん。落ち着いて聞いてほしい……。
ジュウハチは、このキャンプ全員が避難しようとした時に現れた。
その後、脱出者の前に現れたり現れなかったり……“特定の誰か”を避難させたくないみたいに!」
芽理愛さんは戸惑いを隠せない様子だった。
ジュウハチの強襲、テディさんの重態、僕が巨人を操りだした事、理由も不明に語りかけられた事、とても処理しきれる話ではないのだから。
だけど、彼女には理解してもらわないといけない。
「ジュウハチは、ミュミュさんと芽理愛さんが二人で脱出しようとした時にも現れた。
その時はジュウナナが現れて戦ってくれたから、二人は逃げることができたって。
そしてそれ以降、ジュウナナが皆を護ってくれるようになった。まるで君の家族――お父さんみたいにね。
だけどジュウナナの協力があっても、ジュウハチによる監禁からは逃れることができなかった。
実際、一昨日のパトロールの途中でもジュウハチが現れたね。
――でも、ひとつネタばらしをすると、あの時出ていこうとした佑介。
あいつって人間じゃないんだ。機械なんだ」
「……えっ? ど、どういう事です、か?」
突然の情報公開に芽理愛さんは混乱を強めた。
できれば、この後に佑介だけで脱出させる実験をすれば精度100%の答えになったのだろうけれど。
「まあ、あいつも普通の機械じゃないから直接の断定はできない。
けど確実に起こった状況を絞ると、こうだ。
ジュウハチが現れる全部の場所に居たのは――“子供と思われるものが外に出ていくのを認識していた”のは、芽理愛さん――君なんだ」
「そ、それじゃ、まるで芽理愛が……」
傍でテディさんの容態を見守る音亜さんも答えに辿り着いたようだった。
当然に芽理愛さんも、大きなショックを受けている。
僕は頷いて、結論を告げる。
「……ジュウハチはジュウナナ。ジュウナナはジュウハチ。2つの姿は、芽理愛さんが投影した1つの巨人の別の面だったんだ――!」