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第四十二話「ヒーローのいない世界。そして――」5/8

 =多々良 央介のお話=


 子供たちの悲鳴が聞こえる方へ、僕たちは全力で走った。

 ホール方向へ逃げてくる子供たちをかき分けて管理施設の玄関を抜ける。

 すると駆け付けるまでの僅かな時間の間に、事態は最悪の状態になっていた。


 幾らかの飾り付けが施されたクリスマス・ツリーに取りついた怒りの赤。

 巨人ジュウハチが、そこに居た。


 煮えたぎるように蠢くジュウハチの身体表面には、複数体のスティーラーズが取り付いている。

 それらは普段通りの融合操作を狙って、しかし何か不完全な状態に陥ったようだった。


 だけど、その事がむしろジュウハチに悪影響を与えているのは明らかだ。

 周辺の破壊具合からジュウハチが暴れ狂って森をなぎ倒し、いくつかのコテージを破壊しながらキャンプ管理施設を目指してきたらしいことが見て取れる。

 そして、その被害は環境や施設だけではなく――。


「……ソースケ君! アカリちゃん! 手伝ってっ!! 定次(テディ)が!!」


 ――音亜さんの悲鳴じみた要請の声。

 彼女の声と白い雪を汚していた真っ赤な血の先を視線で追うと、そこにはぐったりとしたテディさん。

 そして、彼を抱えて逃げられないままの音亜さんが居た。


 僕と紅利さんは息を呑みながらも辛うじて体を動かして、二人の元へと駆け付ける。

 二人の傍には更に芽理愛さんも震えながら残っていた。

 テディさんの状態は――わき腹から突き出ているのは、血濡れの尖った木片……。


「テディさん!?」


「……し、死んじゃいねえ……まだ、な……」


 最悪の事態を思った所から返事があって、少しだけ呼吸が落ち着いた。

 でも、放置していて助かるような状態とも思えない。


「アイツ……今のジュウハチは目に留まったものに襲い掛かってくるの! それで……!」


 パニック気味で情報に一貫性がない音亜さんの視線の先は、クリスマス・ツリーの枝葉の中。

 そこから全力の呼びかけが響いてきた。


「央介ぇーっ!! ここにミュミュちゃんが居る! 助けるか見捨てるか、判断をくれぇっ!!」


 手作りオーナメント揺れるツリー内部、そこで佑介がジュウハチの攻撃を引き受けていた。

 佑介の言葉通りにツリー頂上の星近くには、幹に抱き着いて動けなくなっている純白の獣人少女――。


「ぶっ壊れてでも守りきれッ!! ポンコツロボ!!」


「了解ッ!」


 最低限の命令を飛ばした僕は返事も待たずに、テディさんの避難に取り掛かる。

 今の彼は動かしていい状態なのか、むーちゃんなら判断が付いたのだろうけれど。

 だけど、このまま敵の攻撃範囲に置いておくわけにはいかない。


「音亜さん、そっち抱えて! こっちは僕が――」


「で、でも……ユースケ君は!?」


「気にしなくていいです! あいつ人間じゃないから!!」


 説明は最小限に、それからテディさんの肩を担ぎ上げようとして、身長の不足を恨む。

 すると、突然誰かが僕とテディさんの間に更に体を割り込ませてきた。

 ――紅利さん。


「音亜さん! そっちの肩を!! 体を歪ませないように!」


 紅利さんと音亜さんは、大人と大差のないテディさんの体を抱え上げた。

 見れば、紅利さんの義足からは小規模な巨人構造体が伸びて、音亜さんとの体格差を補っている。

 そちらを任せた僕は、傍で動けずにいた芽理愛さんの手を引くことに切り替えた。


 20m少しの距離を巨人の気を引かないように、テディさんの状態を気遣いながら必死に進んで、辛うじて管理施設の中へと辿り着く。

 ここが無事という保証はないのだけれど――。


「ジュウナナ……どうして出てきてくれないの……ジュウナナ……!」


 連れてきた芽理愛さんは、光を宿したDマテリアルを手に祈り続けている。

 ――パニックで精神集中が出来ていないのだろうか?


「ヤツめ……急に襲ってきやがった……。何が気に食わなかったか……」


 苦痛に喘鳴の呼吸をしながらテディさんが生存の継続を知らせてきた。

 続けて、音亜さんからの顛末の説明。


「木登りできる獣人の子たち中心でツリーの飾り付けをしていたらアイツがやってきたの……。定次は逃げそびれた子を庇って……!」


「は、はは……、人間ってのは脆かったり頑丈だったりだな……。派手に吹っ飛ばされて、立木がぶっ刺さっても生きてるなんてよ……ぐうっ!!」


「もう喋らないで!! ナースコール!!」


 致命傷の心細さから喋りたがっているテディさんを抑え込んで、同時に呼びつけたのは家事ロボット。

 この手のロボットには、結構な緊急医療機能が搭載されているから。


 僕の知識通り、家事ロボ達はテディさんの緊急手術を始めた。

 緊急用の消毒に麻酔こそあってもメスの代わりは包丁、糸は縫合糸ではなく縫い糸だったけれど。

 そんな中でロボが警報を上げた。


『警告、警告。対象の血圧低下中。出血量から輸血が必要です。輸血の用意を。繰り返します――』


 ――輸血用血液。

 そんなもの、ありはしない。

 この巨人に隔離されたキャンプには。


「いやだ……いやだよう……! 定次ぃっ!!」


 震える声を上げたのは、今までずっと気丈だった音亜さんだった。

 彼女は手術を続ける家事ロボ達を押しのけて、テディさんへと縋りつく。


「定次ぃ……! 定次まで、幸始さんの所に行かないでよぉっ……!!!」


「……ああ、兄キ……貰った分……返すぜ……」


 その一言を最後にして麻酔投与を受けたテディさんは意識を失い、もう答えを返さなかった。

 家族を失いたくないと叫ぶ音亜さんと、巨人への恐怖から泣き声をあげる子供たち。


 一方で冷静さを残していた周囲の子供たちが、既に救助隊を呼んでいると僕に伝えてきた。

 その彼らも、救助隊さえくれば助かるという最後の希望に縋りついてギリギリ平静を保っていられるような状態。


 だけど、今のイースター・キャンプには重大な障害がある。

 荒れ狂うジュウハチが広場に居座っている。


 ――救助隊は、来ることができない。

 子供たちは助からない。


 テディさんは、死ぬ。


 これは巨人技術が引き起こした災害。

 父さんと僕たちが始まりになって引き起こした事件。


 それだけじゃない。

 巨人とは関係のない場所でテディさんのお兄さんは死んだ。

 安全に使われるはずの機械技術に、何処かの誰かが負の方向への手を加えたせいで。


 そして今も同じように、どこかで事故や事件で傷つき倒れる人が居る。

 起こり続ける酷い事への気持ちの悪さを言葉として吐き出す。


「――嫌だ」


 そうだ、嫌なんだ。

 理屈がどうのこうのじゃなくて嫌なんだ。


 僕は、身勝手でも怒りを覚えている。

 テディさんが、このキャンプで何か悪事を働いていたか?

 そんなことはない。


 彼の過去に罪はあったとしても、それを続ける意思は無くなっていた。

 そんな彼に、死の罰が与えられる?


 ――冗談じゃない!!


 そんなのは、ただの理不尽だ!


「……ああ、そうだ! 僕は酷い事が、理不尽なのが嫌だッ!!」


 ――今の僕は、家出したぐらいに悪くて勝手な子供だ。

 だから理由なんて好き勝手に決める!

 好き勝手に、動いて見せる!!


 気持ちが固まった僕は、外へと走り出した。

 意志だけあって、成功する見込みは何もなくて。


 そんな中でも、後ろへ向かって一つだけのお願い。


「紅利さん! ルビィで皆を護って!!」


 そうだ、最低限この場には彼女がいる。

 僕が失敗しても、守護者として大勢の子供を守ってくれる。


 だけど、それだとテディさんが助からない。

 だから僕が、この理不尽を解決すれば、彼は助かる――助けてみせる!

 その一か八か、行動しなきゃ始まらない!


「Dream Drive!! ルビィ!!」


 紅利さんの掛け声と共に追いかけてくる強い光。

 僕は安心して背後を任せて、そのまま巨大クリスマス・ツリーへ取り付いたジュウハチへ向かって走る。

 そのままジャスト・タイミングで投げ下ろされたアイアン・チェインに飛びついた。


「上手くいくかわからないぞ!」


 引っ張り上げられた先でチェインの出元、佑介が訴える。

 そんなのを聞いてる暇はない。


 僕は佑介を引き連れて、ツリーの枝を梯子に上へ上へと昇る。

 目指すは頂上に飾られた星の手前。

 ジュウハチは当然、僕らを狙って巨大な腕を伸ばしてきた。


 だけど、大型巨人は不意打ちを受けて派手にひっくり返る。


「あなたの相手は私。この夢幻巨人ルビィ!!」


 ジュウハチの背後から強烈な足払いを掛けたのは、紅利さんのルビィ。

 僕は大切な彼女の支援を受けて、ようやっと目的の場所までたどり着く。

 ――混乱する女の子の声が聞こえてきた


「……ええええっと、この青い結晶はDマテリアルじゃなかったのかな……!? どりーむ・どらいぶしてから名前を呼べば巨人が出るって……ヒーローになれるってあったのに!!――」


 ……どこからどう情報を得たのだろう?

 半端に詳細な巨人出現法を白ウサギネコのミュミュさんが口にしていて、彼女がDドライブを欲しがった理由が単に奇麗なペンダントだったからというわけではなかった事が分かった。

 クラスの子たちに教えた手段と同じである辺り、5人のうちの誰かが情報を発信でもしてしまったのだろうか。


「――私だって、芽理愛を助けられると思ったのに!!」


 自分の不足を悔しがるミュミュさんは――だけど彼女がクリスマス・ツリーに残って佑介と共にジュウハチを引き付けていなかったら。

 その場合、巨人の攻撃はキャンプの地上全てに向かっていたことになる。

 彼女は無自覚ながらヒーローの行動を成し遂げていたんだ。


「お願いだから! 私の巨人、どデカ・ミュミュ・キラリン! みんなを守ってぇっ!!!!」


 周囲の何もかもが見えなくなるまでミュミュさんが願いを向けているDドライブへ、僕は手を伸ばす。

 僕専用で、他の人には使えないDドライブを掴む。


「――その気持ち。僕が受け取るよ」


 視界に突然割り込んできた僕の腕にビックリしたミュミュさんは、木にしがみ付いていた側の手を放してしまった。

 僕は木から剥がれ落ちるミュミュさんの体を受け止めて、結局は一緒に落ちながら。

 ギリギリ間に合った佑介が庇ってくれなかったら、相当に危険な状態になっていただろう。


「僕が、皆を――テディさんを救うッ!!」


 3人で落下して木の枝を突き破りながらの決意と、そして発動コードはいつも通り。


「――Dream Drive!! ハガネェッ!!」


 僕は、ふわふわのミュミュさんを抱き抱えたままで光の流れの中に立った。

 そこから何の問題もなく出現した扉を開き、巨人のコクピットへとたどり着く。

 あとは――。


「佑介……いや佐介! 機能は変わらないんだろう!?」


「――ああ!」


 相棒へ呼びかけて、いつも通りに巨人の全機能を解放する。

 それでも雪景色の中では少し寒々しいだろうか。

 空中から紅利さんのくれたマフラーを掴みだして、僕の巨人の首へと巻き付ける。


「多々良 央介! 夢幻巨人ハガネ、救難対象の生命を保護します!!」


 クリスマス・ツリーの頂点に飾られた銀紙輝く星が見下ろす雪のイースター・キャンプ。

 そこで、僕のハガネは復活を遂げた!

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