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第四十二話「ヒーローのいない世界。そして――」3/8

 =珠川 紅利のお話=


 遅い朝の外が眩しくて、私は目を覚ました。

 ひとつ大きく伸びをする。


 ――ああ、体が軽い。

 腰回りに掛かっていた痛みがほとんどなくなっている。

 もう自由に動けるし、央介くんの傍に行っても恥ずかしいほどではない。


 それにしても外の眩しさは何だろうと思えば、降り積もった雪が朝日を反射してのもの。

 黒く鋭く立ち並ぶ針葉樹以外は輝く銀世界。


 ――きれいな世界。


 ああ、そうだ。

 元気になったのだから朝ごはんの配膳のお手伝いをしよう。

 今日の朝ごはんは甘いシリアルにミルク、トマトとレタスに穀物のサラダ、ベーコンエッグ――。


 子供たち揃ってのいつもの朝ごはん。

 ただ前日までの倣いもあって、私が座る場所は央介くんから離れたまま。


 ……心配じゃなくなったからといって、すぐに近寄っていくのは流石に見苦しい分類だから。

 そう自分に言い聞かせて朝ごはんをとり終える。

 食器類は家事ロボットさんにお渡ししてから、さて何をしよう?


 考え歩くうちに施設の玄関。

 その玄関前では、なんと佑介くんが大きな雪だるまを作っていた。


 彼が作っていた2人セットの雪だるまの、先に完成していた側には頭の前から飛び出すアンテナのような木の枝。

 ――ああ、央介くんだ。

 じゃあ、これらの雪だるまは央介くんと、佑介くん――2人目にされてしまった佐介くんなのかな。


 それを見ている内に、流石に佑介くんに気付かれた。

 彼は、おかしくなった学校の中で初めて出会ったときのような柔らかな笑顔をしていて、私も応えて傍まで歩み寄る。

 こうして見ると、彼が本来は敵だなんて思えない。


「へへっ、どうだい。――雪だるまなんて転がせばできるって思ったら、なかなか固まらなくて苦労したけどさ」


「こんなに標高が高い場所の、朝の粉雪だもん。固まらないよ」


「……粉雪? そうか、粉雪ってそういうものだったのか。強引に力をかけて固めてた」


 一抱えじゃ済まないような大きな雪玉を、人間じゃないことを利点として軽々と持ち上げた佑介くんは意外に物知らずみたい。

 ――そこで私は気づいた。


「……あれ? 央介くんって南の島育ちだから――」


「うん……雪の扱い、知らなかったよ。この間、紅利さんと央介と偽物で作ってた雪ウサギが初で、本物の雪だるまはコレが初見になる」


 なるほど。央介くんも佐介くんも佑介くんも、雪からは縁が遠かったんだ。

 持っていた巨大雪玉を胴体の上に乗せた佑介くんは楽しげに期待を語る。


「これで央介は驚いてくれるかな?」


「うん、きっと!」


 私も、その時が楽しみと返事をする。

 その答えは、割とすぐにやってきた。


「何これ!? いつの間に!? ――あっ!!」


 佑介くんの狙い通りに、驚く央介くんの声。

 彼は犯人にもすぐ気づいたみたいで。


「――おい佑介、これ邪魔にならないか? 結構みんなが通ってた場所だぞ?」


「大丈夫だって。5mぐらいの迂回になるだけだよ」


「結構な距離だろ」


 そんなことを二人が言い合っていたら。


「うおっ!? 何だこりゃ!?」

「何これ! すごい! 大きな雪だるま!!」

「ツノ付きで三倍だぁ!」


 通りがかりテディさんをはじめに、子供たちも雪だるまの存在に気付いてきた。

 ごはん時間の間に一人で作ったものとは思えない大きさのそれは、たちまち子供たちの大人気。

 テディさんだけは佑介くんを心配して。


「これだけの雪で……体冷やしてねーか?」


「十分動いたから、あったかいぐらいさ」


 そうする内に周囲の子供たちの話を聞けば、やっぱり危険や消耗があるからと雪遊びや外出は最小限に留められていたのだという。

 元々ここにいた大人たち、そしてそれを引き継いだ音亜さんテディさんの努力と苦労がうかがえる。


 そんな中での、佑介くんによる独断専行。

 結果として子供たちの雪遊び外遊びへの欲求に火がついてしまった。

 代名詞の雪合戦こそ着替え不足から却下されて、だけど雪だるまを作りたいカマクラを作りたいの声が上がっていく。


 だけど特に異彩を放っていたのは、ミュミュちゃんの提案。


「明日はクリスマス・イブなのだから、モミの木を立てましょーよ!」


 子供たちのみんながミュミュちゃんへ振り向いた。

 確かに目の前となっている聖日には、この上ない計画。

 でも、一体どうやって? 子供たちは手段を尋ねていく。


「私たちには芽理亜とジュウナナがいるじゃない! 彼に頑張ってもらえたら、こーんな大きなモミの木ぐらい、簡単でしょ?」


 ミュミュちゃんの答えは他人任せの、だけど負担は少ない理想的な手段だった。

 言われた芽理亜ちゃんも、なるほどと頷いて計画に前向きな姿勢を見せる。


「いやまあ、それはそうかもしれねえけどよ。けどモミの木とか……うーん」


「危なくないようにはしてもらわないとだけど、楽しそうじゃない?」


 テディさんと音亜さんが相談しあって。

 そして結果は音亜さんが押し通してのGOサイン。


「お願い! ジュウナナ! モミの木を持ってきて!」


 芽理亜ちゃんがDマテリアルを手に祈りを込めれば、たちまち巨人ジュウナナが現れる。

 ジュウナナは周囲の針葉樹林を見渡してから、その中に飛び込んでいった。

 背の高い林は、巨大な彼の姿までも隠してしまって。


 それから待つこと三十分ほど、みんながジュウナナは無事だろうかと心配しだした頃。

 林の上に突き出た木の梢がゆさゆさと歩いてきた。


 なんと、ジュウナナは20m以上はあるだろう大木の根元の地面を大きく掘り返して、それごとを抱えて持ってきたのだ。

 みんなが巨人の破天荒に驚く中で、ジュウナナは広場の真ん中に根元の土ごと木を据え付けた。

 その際にちょっとだけ傾いた木に、彼は土や雪を巨大な手で寄せて集めて手直しして、ようやく悪くない角度に収まる。


 ――巨人の力って、こういう楽しいこともできるのに。


 兎にも角にも物凄い短時間で用意された巨大なモミの木――針葉樹というだけが正解で種類が違う気がするのだけれど――には大勢の子供たちがきゃっきゃと喜ぶ。

 だけど、問題があった。


「飾り付け、どうするの?」


 誰かが言い出した大問題。

 確かに、これじゃただの木が置かれただけであって、とてもクリスマス・ツリーではない。


「何か……何か探そう!」


 誰かが言い出した解決法。

 途端に、子供たちはキャンプ管理施設へと飛び込んでいった。

 支援物資の中に、飾れるものを求めて。


 木の安全監視を終えて自慢げに消えていくジュウナナと、その姿を見送る芽理亜ちゃん。

 彼女を見守る音亜さんと、一方で物資の強奪部隊となった子供たちを追いかけるテディさん。


「――こっちはオレに任せて。いざとなったら巨人の防御力があるから、ジュウナナのアフターケアぐらいはできるからね」


 佑介くんが、私と央介くんを促す。

 分担を受けた央介くんは頷いて、私へ手を差し出した。


「一緒に行こう、紅利さん」


「――うん!」


 私は、彼の手をとって一緒に駆けだす。

 心臓の音が彼に聞こえてしまわないか心配になりながら。

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