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第四十二話「ヒーローのいない世界。そして――」2/8

 =珠川 紅利のお話=


 音亜さんの、幸せな過去から始まった話。

 あまり良い環境ではなかった彼女のお家での仕事から逃げ出して、その時に幸始(コージ)さんと弟の“ハナタレガキ”の定次(テディ)さんに救われたこと。

 だけど子供たちの育んだ幸せは、突然に音亜さんの恋人コージさんが非業の死を遂げたことで、悲しみへと転じた。


 音亜さんは、きっと思い出したくもないような話をぽつりぽつりと話し出す。



「……コージの帰ってきた体は、顔には傷一つなくてね……。よく見た寝顔みたいだった。キスしたら起きてくるんじゃないかって、お葬式の間に大人の目を盗んで何度もキスして……でも冷たいばかりで。


 お葬式が済んでも、何日も何日も泣いて過ごしてた。

 挙句に相手が捕まらない、自動運転のエラーで悪い事してないって事にされて。


 もう何もかも終わりになればいいやって思ってた。

 コージのベッドからは彼の匂いが少しずつ消えて行って。

 何で、あーしのお腹にコージの赤ちゃんが来てくれなかったんだって……」



 ああ……、音亜さんは幸始さんと想いを遂げていたんだ。

 話からすれば中学生の彼女は、少し急ぎ気味でも男の人と女の人としての時間を過ごして。


「……アカリちゃんは知ってる? 国の遺伝子バンクって皆の細胞を保存していて、赤ちゃん作る方法だってある。でも婚姻届が出てる相手とじゃないと利用しちゃダメなんだって。バカなあーしなりに調べて、無駄だった……」


 散々に悪足掻きをしたという事を悲しい笑顔の音亜さんは語り、そして過去の話は次へと移る。



「でも、あーしがそんな無駄なことして何もできなかった間もテディのバカは動いてたんだ。

 ……復讐するって。


 相手のクズの居場所は分かり切ってた。

 事件の事があったからか外出の回数は減ってたけどね。

 それでも時々、高っかい外車を見せびらかしだかに出かけていくのをテディが突き止めた。


 ……不正改造には不正改造。

 テディは考えたんだ


 クズが大好きな車で、自分自身でくたばるように――」



 私へ、そして子供たちへ優しさを向けてきた音亜さんの、凍り付くような言葉。

 でも、それは当然の言葉。

 愛しい人を奪われての怒りの言葉。



「――丁度その時、あーしらの中学の後輩に機械を弄るのが上手いのが居てね。

 長手っていうチビっこい奴なんだけど、ハッキングの天才だった。


 そいつに安全装置を不安全装置にするデータを組んでもらった。

 車が走ってる最中、何もない崖の傍を通ると道の判定を誤認させてお空へ飛び出すって仕組みをね。


 そういう武器を手に入れて、あーしとテディでクズの車にそれを仕掛けに行った。

 相手の家がどうなってるかとか、警備はどうなってるかを調べて調べて……たっぷり2ヶ月ぐらいかかったかな。

 あーしは見ての通りだから身が軽くて、クズの所から鍵をちょろまかしてきた。それでテディが自爆データを車に仕込んで、そこまでの計画はほぼ完ペキに進んだ。


 クズが外出するのをテディの原付に2ケツで追跡して、そしたらクズの車はプログラム通りにガードレールを突き破り高低差18mの崖へ真っ逆さま!――」



 音亜さんは以前の話通りに計画殺人を笑顔で誇る。

 私は、けれどそれは正当な復讐だと思った。

 私だって央介くんがどうにかされたら、きっとルビィと共に――。


 でも、音亜さんは表情を自嘲へと変えて、結末を語りだした。



「――哀れクズ野郎は……残念、死ななかった……。


 クズの乗ってた高い車は思ったより頑丈でドライバーを守るようにできてたって。

 それで壊れ切らなかったから不正プログラムも残ってるのがバレちゃって。

 所詮は中坊の犯罪で、指紋だの体毛だのなんだのも……。


 それで――コレ。通称、奴隷首輪付きになったあーし」



 音亜さんは悲劇の最後を悲壮な茶目っ気で飾る。

 彼女の付けている、罰のチョーカーを示し直して。


「普段の素行不良――家でのウリの犯罪歴の挙句に、未遂とはいえ計画殺人。テディとあーしは首輪付きになって矯正所送り。あとは買い手が付くか、県営の労働所で一生を過ごすかになったわけだ」


 滲んでいた涙をぬぐいながら音亜さんは、その後に起こった奇跡に触れて笑う。


「それが、お互い別々の場所に送られてたんだけど、矯正活動のボランティアに駆り出されて、ここにきたらバッタリ再会しちゃって。もう大爆笑!」


「……きっと巡り合わせがあったんですよ。2人のしてきた事は間違ってなかった、だから再会してもいいって」


 私が感じたことを口にすると音亜さんは驚いて、それから少し考えてから。


「どーだろうね? あーしたちのやったことに向き合いなおせって話かも――」


 ずっとシビアな答えを持っていた彼女は、次いで縁ある友人についての気持ちをつぶやいた。

 それは家族に向けるような優しさの響きで。


「――にしてもテディ。ずーっと弟だったのに、ここではお兄さん役。コージにはなれないだろうに、無理しちゃって。バカだなあ……――あっ」


 最後、音亜さんが何かに気付いて声を上げた。

 私がどうしたのかと彼女の手元を覗き込むと、そこには大人の女性向けのパンツ。


「あー、そうか。これ余ってるくせに籠ごと洗濯に出されるから無駄に洗濯ループしてるのかー。無駄な手間かけさせおって……」


 邪魔者らしいパンツを指に引っ掛けて回しだした音亜さんは、途中で私に目を向けた。

 そのまま、ちょっと大人っぽいパンツは私に差し出されて。


「どう? 穿いてみる? 野暮ったい生理用ショーツよりはカレシ喜ぶよ?」


「け、結構です! 音亜さんが使えばいいじゃないですか!」


 私は提案を拒否して、より似合いそうな人が目の前にいると訴えた。

 けれど――。


「あーしは、穿いても自前の毛皮にモジャるだけだし」


 ――うん?

 私は音亜さんの顔と、ふかふか毛皮の下半身――ファー生地のボトムスを交互に見た。

 ……あれ、これはボトムスじゃなくて……????


 大問題に、気付いた。


「ええええええ……えっと……平気なんですか?」


「えー。毛深い獣人なんて皆こんなもんでしょ。それに、女の股をジロジロ覗き込んでくる奴なんて――」


 過去を越えて不敵に笑う音亜さんは、座ったままから際どい状態だった足を長く蹴り出して。


「――蹴っ飛ばしてやればいいのよ」




 =多々良 央介のお話=


「お節介な兄キが、殺したらクソと同じになるぞって余計な気を回してくれたのかもな。それでもクソが死んだ所に、ざまあみろ!ぐらい言いたかったがよ」


 それがテディさんの話の締めくくり。

 あれだけの怒りを見せていた彼は、いつの間にか穏やかさを取り戻していた。

 全部の全部へ納得しきれた様子じゃないけれど、今の落としどころは決まっているのだろう。


 ――怒り、恨み、憎しみ。

 テディさんが過去の全部を穏やかに語れないように、僕もギガント相手への敵意を失ってはいない。


 だけどテディさんの話の中には、どういう因縁なのか“あの長手”らしい人物が気のいい協力者として居た。

 僕は要塞都市での初めての戦いの時に、ギガント工作員のあいつらを叩き潰して殺そうとした。

 無人島では怒りのままに自分の手が痛くなるまで殴りつけた。


 今は、それができるだろうか?


 ……無理だ。

 僕は、物事を知りすぎてしまった。

 それに戦っていた理由も壊れてしまって、戦う力を失った。


 だから、紅利さんが許してくれた優しい逃げ道へと逃げ込んで、ここにいる。

 ――これからどうすれば? 何ができる?


 答えの出ない悩みを抱えた僕へ、テディさんは冗談めかして感想を尋ねると同時に教訓も伝えてきた。


「どーだ? 人生の先輩の話は為になったかよ? とりあえず半端な計画の結果、自分の家に近づけば通報くらうような首輪貰わねえようにな」


 過去に戻れない彼。

 過去から逃げてきた僕。

 過去から離れているという部分だけは同じでも、条件が全く違う。


 僕はそこから思い付いた質問を彼へと投げかける。

 彼の過去から続く先は、それは僕の先のヒントになったりしないだろうか。


「テディさんは……これからやりたい事とかあるんですか? その……復讐のやり直しとか」


「何だよ唐突に。買い手が付かなきゃ一生労働所暮らしだし、言ったとおりに実家周りにゃ近づけねえって……あー」


 返事の途中で何かに辿り着いたらしいテディさんは、彼の新しい目標を言葉にした。


「安全装置、だ」


 それだけでは何ともわからない話。

 テディさんにとっても今、考え付いたばかりの話。

 だけど、それは少しずつ形になっていく。


「クソとか、俺みたいな奴が外そうとしても、絶対に外せない車の安全装置――ちがうな。車のが外されるなら、突っ込んできた車の方が弾き飛ばされるような装置とか……」


 ――それは何となく、僕には心当たりのある装置。

 本来なら、そういう方向で使われてほしいと思われていた装置。

 テディさんは、その夢を楽し気な笑顔で語る。


「そういうのを……俺はアタマ悪いから作れねえけど、あったら広めるぐらいはできらぁな。この通りチビッ子にゃ人気があるから、ガッコー前で衝突事故の実演販売でもすっかな! ……まぁ首輪が外れたら、だけどよ」


 その方法はどうなのかと思うけれど、だけど僕はひょっとしたら彼の願いをかなえられるかもしれない。

 Dマテリアル――利用者の体をPSIエネルギーで保護する装置。

 僕、多々良 央介の父親――多々良 上太郎が作り出した装置……!


「テディさん! ぼ、僕……協力します! 協力できることがあるんです!」


 食いついた僕にテディさんが戸惑って。

 すると彼は至極当然な話を向けてきた。


「お、おう? 何がなんだかだが……。でも、お前は――先に家に帰らなきゃじゃねえのか?」


 彼にとっては、何の気のない心配の言葉。

 だけどそれが致命的なところに刺さって、僕の勝手に盛り上がっていた気持ちは一瞬で崩れ落ちた。


 ……そうだ、僕は家出中なんだった。

 ここにいる僕は何もできない、名前も嘘の子供。

 Dマテリアルの開発者、多々良 上太郎の息子ではないとしてしまっている……。


 思わず胸元のDドライブを手慰みに頼ろうとして、それも譲ってしまった事に気付いて。


「……そう、でした。うん……」


「ど、どうした? 浮き沈み激しいな?」


 Dドライブの代わりに、首元にあった青いマフラーを握りしめる。

 今の僕を守ってくれている、紅利さんがくれた暖かさ。


 ――テディさんはいい人だ。


 見た目こそ反抗的なものを感じさせても、それは今までの過去から大人とか社会を信用できなくなってのこと。

 そうでなければ何処までも優しい配慮や人の輪を大事にする人。

 悲しい事故がなければ、お兄さんや家族との時間が続いていれば、もっと幸せになっていただろう人。


 でも、その何処にも救いの手が差し伸べられなかった。

 もしも僕がハガネの力をもって、事故の起こるその瞬間に行くことが出来れば――。


 ――駄目だ、酷い無意味な妄想でしかない。

 そして今の僕は巨人事件の一つすら解決できなくなった、ただの子供。


 悔しい。

 悲しい。

 辛い。


 こんなのは嫌だ。


 だけど――どうしようもない。


 泣きそうな気持ちを堪えて、最後の荷運びを終えた。

 そうする内に降る雪は激しくなって、今日のパトロールは中止が決まった。


 日の暮れていくキャンプ場の管理施設には、悲しい過去の音亜さんの優しい歌声が響く。

 選曲は、もうすぐやってくるクリスマスに合わせたものだった。

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