第四十一話「少年少女だけの境界線」7/7
=多々良 央介のお話=
悲喜交々の下り道は足早に進んで、全行程の四分の三。
昨日、僕らが包囲された場所から更に下ると見えてきたもの。
テディさんが、それを指して声を上げた。
「……あの橋だ。あれを渡った辺りからジュウハチが出てくる。新入りの場合はどうなるかわからねえけどな」
言われて、僕らはその橋を注視する。
何の変哲もない、だけど現在は外界と孤立キャンプを隔てていることになる橋。
橋を渡ると強い魔物が現れる――なんてロールプレイングゲームの話もあるけれど。
周囲の様子を見れば、自警組の子供たちも橋からは早めに離れたがっていた。
そんな中で、僕はテディさんに質問を向けた。
「大人達は渡っていった?」
「ああ。なんなら子供を連れて出て行った親もいる。……現場がどうだったのかは見てねえけどな」
テディさんが語ったのは、以前の話とは少々食い違う話。
けれど、すぐに補足がかかる。
「救助が失敗してから数日後に、真夜中にこっそり少人数で出て行った連中がいた。翌朝に無事だったって電話だけかけてきやがって」
「そしたら大勢が自分も自分もって出ていこうとして、結局エイティーンが出てきたのよ!」
一部の独断と偶然の成功から連鎖した事件をミュミュさんが語った。
ジュウハチの事を無理にエイティーンって言い換えてるけど。
「その後も脱走騒動は何度かあった。失敗も成功もな。この災害の対策委員会でも出来るだけ逃げてこいって話になってたから、ジュウハチが咎めないオトナばっかり減っていって、ちびっ子と俺らボランティアだけになって――」
「そして戒厳令、巨人災害中だから外からは入れない……ジュウハチも入れさせてくれない」
僕が外の現状を語るとテディさんは肯定と頷いた。
そして視線をミュミュさんと芽理愛さんへ向ける。
「そんな頃にミュミュが夜目が利くからって、芽理愛と一緒に夜中に出ていこうとした。結局ジュウハチが出てきて、だが芽理愛がジュウナナを作り出して切り抜けたんだそうだ」
「かっこよかったわよ! あの時の芽理愛のセブンティーンは! エイティーン相手に取っ組み合い! その後はセブンティーンが子供たちの護衛もするようになったしね!!」
「まあ、それからはジュウハチも警戒するようになったのか、子供がこっちにくるだけで出るようになったんだがな」
とにかく軌道修正を掛けてきているミュミュさんはさておき、事情は大体わかった。
あとは最後に残る謎、ジュウハチはキャンプにいる子供の内の誰が出しているものなんだろう?
「それじゃあ……試しに行ってみるか!」
急に声を上げたのは佑介。
僕らが驚く間に佑介は坂を駆け下り、自警組のみんなが見ている前で問題の橋の上に立つ。
慌てたテディさんが声を荒げて。
「おいっ!! 脅しや冗談じゃねえんだぞ!」
「だから確認するんだよ! ジュウハチだかエイティーンだかアハツェーンだか、出てきてみな!!」
――確かに佑介なら、クロガネなら並大抵の巨人ならやり過ごせる。
ともすればジュウハチを撃退できて、このキャンプを解放できるかもしれない。
僕が少しの期待を抱えた瞬間、それは現れた。
「……出やがった!! 芽理愛、ジュウナナを!!」
その出現に対する子供たちの恐怖の叫びと共に、橋の向こう側に立ちふさがった赤黒く巨大な影。
封鎖を引き起こしている巨人ジュウハチ。
そして、こいつは部外者どころか人間ですらない佑介の脱出も許さないらしい……。
「こっちに逃げろ! 捕まった奴は毎晩の悪夢で魘されるぞ!!」
「そいつは遠慮願いたいっ!!」
テディさんの呼びかけに佑介が応え、全速力で坂を駆けあがってきた。
芽理愛さんは大慌てでジュウナナを呼び出そうとして、けれど間に合わない。
そうする内に橋の向こうにいたジュウハチは掻き消えて、あとは何もなかったかのように静けさが戻る。
「おい! 弟の目の前で兄が死ぬ気か!! ……ったく、サガラ兄弟でも脱出不能ってことが証明されちまったし――……」
事態は危機まで至らなかったけれどテディさんは酷く怒っていた。
何か、兄弟というものに対して思うところがあったような感覚。
――彼は家族と何かあったのかな。
そんな中でも僕は気付いたことがあった。
映像内の小さなジュウハチではわからなかった、肉眼で見てわかった姿。
戻ってきた佑介が、僕の気付きと同じような内容を耳打ちで伝えてきた。
更に佑介だけが見通せる情報も。
「……ありゃ、悪夢王の類だ。巨人が居てもスティーラーズが融合できないわけだぜ、悪夢の巨人相手だと回路が焼け切れちまうからな」
悪夢王――子供のトラウマから発生する異常な性質の巨人。
そう、ジュウハチの表層は悪夢王や紅靴妃のそれと同じ不気味な流動体だった。
「それと、やっぱりだがPSIエネルギーが周囲に分散して環境に同化してやがる。オレらは薄いジュウハチの中にいるようなもんだし――そのエネルギー支配下にあるから無主のPSIを利用するクロガネも使えない」
その驚愕を僕は隠せただろうか。
思っていた以上に危険な状態であることと、切り札として考えていたクロガネまで失ったこと。
焦りと苦悩は、やはり表情を歪めてしまったみたいで――。
「まあ……そんな深刻な顔すんな。巨人対策部隊がやってくるまでキャンプ生活を楽しむだけだって考えればいい。……大体ジュウハチはジュウナナに取り押さえさせても逃げた先で待ってるんだから、あの場を抜けたから~で何とかなるもんじゃないんだぞ?」
――流石に真実まではたどり着けなかったテディさんが、的外れがありがたい慰めの言葉と、更なる警戒の呼びかけをしてくれた。
その巨人対策部隊の廃棄物としては立場もないのだけれど。
ハガネを失い、更にクロガネという戦闘力が使えないという事実を突きつけられて、キャンプまでの辛い上り坂。
ゲートを潜ると音亜さん、そして彼女に引き連れられた大勢の子供たちが待っていた。
飛びつかれてもみくちゃにされたテディさんは子供たち相手に「現れたジュウハチを追い払った」という誇張付きの英雄譚を語りだす。
すごいすごい!やったやった!と歓声が上がって、自警組の活動がこのキャンプの心を支えている事が良く分かった。
そんな最中にテディさんが僕らの方に振り向いた。
「まったく、危ねぇ事しやがって……。ただでさえ親と離れ離れで、心配かけてる状態だって自覚あるか?」
それは全くもっての正論。
ただ佑介は心配する親も何もないような存在だけれども。
なおもテディさんは続けた。
「ちゃんと家族と連絡……っと、お前ら携帯持ってないんだったか。音亜、誰かに貸してもらうように――」
「それなんだけどね」
テディさんの呼びかけを音亜さんが途中で止めた。
そして彼女は、後ろに連れていた紅利さんと僕らに向けて、何でもないように衝撃の言葉を告げる。
「あーたたち、そもそも連絡とる気がないでしょう? ソースケ君ユースケ君にアカリちゃんは携帯を持たず――家出してるんだから」
僕らは図星を言い当てられて体を硬直させた。
それを言い放った音亜さんを思わず見つめて気付いたのは、彼女が身に着けているテディさんと同じチョーカー。
――僕は、とあることを思い出した。
それは僕らの暮らしていた県では使われていなかったから知識の片隅にだけあったもの。
Eエンハンサーの兵器性を封じるリミッター・チョーカーと同じルーツを持つ道具。
リージョン・リミテッド・チョーカー……一部の県で、大きな犯罪に関わったなどから権利を制限された人が付けることになる首輪。
――下手をすれば“人間扱いから外される首輪”。
「……どうして、家出してるって? 何か情報でも?」
思ったより危険な相手かもしれない音亜さん相手に、僕は推理の根拠を尋ねた。
確かに偽名を名乗っていたって、他の子供が携帯を僕らに向けて情報照合をかければ捜索願が出ているかなどは簡単にわかってしまうようなことではある。
対する音亜さんの答えは――。
「最初から疑ってはいたわ。確信したのは、さっきアカリちゃんが通信機器を持ってない時に家に連絡を取ったって言い張ったところ」
音亜さんの失敗指摘に、委縮しだす紅利さん。
僕は彼女を庇いながら音亜さんの話の気になった部分に聞き返す。
「ごめんね、紅利さん。最初から無理筋の嘘だったから気にしなくていいよ。……でも最初からっていうのは?」
すると、音亜さんはチョーカーに指をひっかけて強調しながら、あまりにも意外なことを言い出した。
「ふふん。家出ベテランの目はごまかせない。私は家出常習犯の上で計画殺人犯なんだからね」
See you next episode!!!!
昔、3人の少年少女が居た。
しかし、ある時に2人に減って2人は道を外れた。
その悲しい物語の結末が、少年の心を成長させる。
次回『ヒーローの居なかった世界。そして――』
みんなの夢と未来を信じて、Dream drive!!!
##機密ファイル##
糸井山
ナガノ県西方の小山脈の一峰、中腹には林間キャンプ場が所在している。
古くは音は同じでも『厭い山』――つまり面倒な・嫌われるべき山という記述だった。
というのもこの地域は周囲に林立する山脈が雨雲を導く加減から、国内屈指の多雨地帯となっており崩落や土石流の絶えない地域だったため。
これら大勢の死傷者被害を出した土石流は、地域の言葉で『蛇抜け』とも呼ばれ、その由来は諸説あるが土砂災害前には蛇が一斉に逃げ出すことだとも、流れ落ちる土石流と、その崩落地形が襲い掛かる大蛇の姿に見えたことだともいう。
しかし20世紀以来200年の治水砂防の甲斐あって、ここ50年にわたって人的被害の出る土砂災害は発生していない。
そもそも過疎から無人地帯となっているという面もあるのだが。
地域の名産は伝統の木曽ヒノキで、完全自動化された営林ロボットが間伐や剪定、そして木落からの伝統的な河川利用木材運搬法「木曽の中乗りさん」を行っており、過疎無人地域というのを感じさせない管理の行き届いた美しいヒノキ林は国内外に人気のある木材資源の供給地となっている。