第六話「悪夢砕く、鉄の螺旋」6/6
=多々良 央介のお話=
戦場になった街角。
ハガネは街角に突き出た隔壁を背を預け、両手でラセンの盾を構える。
父さんが作ってくれた攻撃のPSIエネルギーを束ねる機械の盾。
その取っ手を握りしめて意識を集中すると、盾の表面から巨人の欠片によく似た光る粒子が吹き出し、激しく渦を巻きだした。
この光の渦を悪夢王にぶつければいい。
悪夢王までは、隔壁の角を曲がって200mほど、ハガネなら一瞬のダッシュで届くだろう。
あとは、大きな盾を構えている分の手間取りを考えて――。
《シールドにPSIエネルギーの流入を確認。央介君、無理はしないで》
「央介、気をつけろ。この盾がハガネのエネルギー吸い取ってるからハガネの防御力がほとんどなくなってるぞ」
佐介が警告して、更に付け加える。
「ただ……このエネルギーが当たったら並大抵の巨人は消し飛ぶと思うけどな」
佐介は普段からハガネに流れる僕のPSIエネルギーを管理してくれているから、そういうのがわかるのだろうか。
防御が無くなる代わりに一撃必殺の盾。
ゲームだったら酷い呪いの装備だ。
「でも……」
僕は悪夢王を意識しながら独り言のように呟いた。
「あの子を、これ以上苦しませなくて済むよ」
《悪夢王に対し、カウント5、3、2、0で閃光弾を時間差投射だ》
大神一佐の指示。
今回は先に遮光装備を貰ったから、閃光の中でも、平気。
《ハガネの突進攻撃はカウントゼロに合わせるように。失敗時は撤退。いいか?》
「「はい!」」
僕と佐介で揃って答えた。
映像の大神一佐は頷いて、作戦の段階を進める。
《それではカウントは20からだ。開始!》
《20……》
唾をのんで、心を落ち着ける。
《15……》
《10、9、8》
「この盾……オレの拡張パーツみたいな感じが……」
急に佐介が何か言いだした。
今は考える余裕もないのに。
《5、4》
閃光と轟音が装備越しでも伝わる中で、ハガネを隔壁の影から飛び出させた。
ハガネはそのまま盾を構えた状態で走り出す。
ゼロ秒の時に相手に達するように。
《3……》
それ以降のカウントは聞き取れなかった。
ハガネの突進経路の道路には悪夢王の泥沼がなく、ドローン部隊が上手く誘導してくれたのがわかった。
閃光の中に、悪夢王。
ラセン盾の光は、相手を完全に捉えて――。
――だけど、悪夢王の腕がこっちを向いていた。
「ぐっ!?」
悪夢の濁流がハガネに向けて放たれる。
でも、ラセン盾の光は、その濁流すら切り裂いた。
一方で、僕――ハガネは思わず立ち止まってしまっていた。
その濁流で受けた痛みを思い出してしまったから。
僕はわずかな怯えを悔やんで、すぐに再び前進を始める。
でも、それは遅かった。
光に切り裂かれ周囲に飛び散った濁流。
次の瞬間、その飛び散った黒い滴からも悪夢王の牙が生えた。
――それはラセン盾の機械部分を貫き、その機能を破壊した。
「しまっ……た……!?」
《武装破損! 作戦中止だ! 撤退したまえ、央介君!!》
大神一佐の瞬時の判断。
僕はその命令に答える。
「りょ、了解!!」
悔しくても、ここは大神一佐の言うとおりにしなければ――。
そう思った時だった。
「央介、ちょっと待て。このまま前進でいい」
佐介が何か言いだしたけれど構う余裕はない。
ハガネを飛び退かせて悪夢王の濁流攻撃の射程から離れようとする。
けれど――。
「あぶねぇっ!」
――突然、ハガネの頭部主砲からアイアン・チェインが放たれた。
先の鏃が前方の地面に突き刺さり、鎖に縫い留められて飛び退きは中断させられ、ハガネの全身が地面に叩きつけられる。
それは悪夢王へ無謀を挑んだ時の真逆のように。
「何をする!?」
射撃を司る佐介の妨害行動に、僕は思わず叫ぶ。
けれど佐介は僕の気付いていなかった状況の変化を指摘した。
「後ろ! トゲだらけなんだよ!」
「トゲ!?」
言われて見ると、走ってきた道路は悪夢王の牙で埋め尽くされていた。
もし佐介の妨害なく、そちらに飛び退いていたらハガネは全身を切り刻まれていたかもしれない。
「な、何これ!?」
そうするうちにも、地面や建物の壁面にへばりついた悪夢王の泥から更なる牙が生える。
周囲を見渡せば悪夢王の泥沼が明らかに意思を持って範囲を拡大していく。
地上から逃げ場がなくなっていく。
《……しまった! 分散状態に持ち込みすぎたせいで、今度は相手がそっちに慣れだしたんだ!》
《央介君! 輸送ドローンを向かわせる! ハガネを解除し、空から逃げるんだ!》
しかし――
「いいや、大丈夫。作戦を再開するぜ」
佐介が、ますます妙なことを言い出した。
通信先の大神一佐も慌てて命令の確認を口にする。
《補佐体、故障でもしたか!? シールドが壊されたら退却、そう命じただろう!?》
「じゃあ、盾があれば問題はないんだろう!?」
佐介はそう言うとアイアン・チェインを分解し、続けてハガネの主砲から何かを放った。
ハガネの前に現れたのは、光る粒子の螺旋。
――それは、ラセン盾が帯びていた光とよく似ていた。
「あの盾は要するに、オレの機能限定版みたいなもんだ。そうだろ父さん!?」
佐介が、父さんへの通信回線を再び開いていた。
体が消えている今、どうやって携帯を操作したのだろう。
《それは……そうだが……。佐介、まさかこの短時間でシールドの機能を取り込んだのか!?》
父さんの驚きの声から少し間があって、佐介が返答する。
「いや、どっちかというと……これもうちの武術の感覚のような?」
うちの武術、エネルギーの渦――
――力を螺旋で束ねる。
確かにそういう教えがあったけど……。
深く考える間もなく、更に佐介が呼びかけてきた。
「……なあ、央介。オレだとこの形を作るので精一杯だ。ハガネの、おまえの力を合わせてくれ」
ハガネの、力。
「この、渦の形に、アイツをぶっ倒せる力をうまく乗せるんだ」
この悪夢を、倒せる力。
「……そうだ! 捩じり紡がれる芯!」
いきなり佐介が叫んだ。
「ら、螺旋の中心の力!」
僕も思わず合わせた。
合わせて、やっと気付いた。
父さんは、相手も自分の中に巻き取って力としろ。
そう言っていた。
目の前に居る悪夢。
僕の中にある悪夢。
どちらも悪夢を持つのだとしたら、そこで力は釣り合うはずだ。
「多分、それでいい!」
僕の考えを佐介が肯定する。
そして、二人で揃える。
「「一点で相手に穿つ!」」
光の粒子だけだった螺旋は、僕が制御するハガネの力を受けて、徐々に実体ある形を成していく。
それは、鋭く、硬く、輝く、鋼鉄の螺旋錐。
螺旋の形が定まって、今度は回転を始める。
捩じって、束ねて、紡いで、攻撃のためのエネルギーを中央へと集める。
螺旋錐の向こう側、悪夢王は回転を始めた鉄の螺旋に危険を感じたのか、今まで以上に大量の牙と、泥の濁流を放って抵抗を始めた。
けれど、鉄の螺旋は襲い掛かるそれら全てを打ち払い霧消させていく。
これなら、できる。
それだけの力を感じる。
《は、ハガネ、新規の攻撃手段の前方に友軍なし! 攻撃どうぞ!》
通信が聞こえて、この技に名前がないことに気付いた。
ええと……鉄の、回転だから――。
「――アイアン・スピナー。……僕は、君の悪夢を砕く!」
即興で名前を付けた鉄の螺旋を構えたハガネは、巨大な弾丸のように悪夢王に向かった。
だけどその一瞬、抵抗が無意味になって怯える悪夢王が見えて。
僕は、佐介に、自分自身に向けて叫ぶ。
「……もっと、鋭く! 傷つけるなら最小限、螺旋の中心だけでいい!」
――次の瞬間、ハガネは悪夢王を“貫通した”。
事が終わって、自分が、ハガネがどこに立っているのかわからなくなった。
足元で粘つくのは悪夢王の泥沼。
ハガネの手元から役目を終えて消えていく鋼鉄の螺旋。
僕は少し戸惑いながら周りを確認して、振り向く。
そこに居たのは背中の一点に強い光を宿した悪夢王。
《央介君、まだ相手は立っている! 一度撤退を……》
携帯から大神一佐の声がする。
けれど――。
「……大丈夫です。ハガネ、対象の破壊に、成功しました」
《何!? それは、どういう……》
それは大神一佐にはわからない部分。
ハガネの足を汚している悪夢の泥沼は、もう焼け付く痛みを伝えてこなくなっていた。
巨人を作り上げていた、意志の流れが止まっているのを感じる。
悪夢王の背中で瞬いていた光が急激に大きくなって、そこから穴が開くように彼の全体が蒸発していく。
その光はアイアンスピナーの貫通痕だったのだろう。
「……すげえな。必殺技だぜ?」
佐介が茶化す。
自分たちで出来てしまった事が、お互いで驚きだとわかる。
「……うん。今までのハガネの攻撃と、桁が違う気がする」
ハガネの右手に握りしめられていたのは、悪夢王に破壊されて取っ手だけになったラセン盾の残骸。
それ自体にはもう何の意味も無くなっていたけれど、それは大人達が必死で僕たちを応援してくれた証明。
「必殺技。父さんと、母さんと、ご先祖様と、軍隊の人たちと、……佐介も居て、それで出来たんだよ。多分」
――そうして悪夢は光の中に消え去った。
通信の先は、強敵の撃破を祝う歓声で溢れていた。
=どこかだれかのお話=
少女は、日の出よりも早く目を覚ました。
涙と鼻水が染みついて固まった枕カバーが傍にあって、泣き疲れの昨夕を思い出す。
その原因も――。
家族が今も受けている苦痛を思い、悲しい気持ちのまま確認した時計は朝の5時を示していた。
自身の眠っていた時間の長さに少しショックを受ける。
まったく、自分らしくない。
こんな、しくしく泣いてたなんてクラスの男子に知れたら良い笑いものだ。
――そういえば、あの場にクラスメイトの転校生がやってきていた。
なんとか、口封じしなければ……。
不穏な考えになり始めた時に聞こえた日常の音。
台所から、リズミカルでない、まな板を叩く下手な包丁の音。
――まさか。
慌てて、女の子として少しあられもない姿のまま部屋から飛び出る。
台所に駆け込むと、部屋を渡る長い尻尾が見えた。
少女は頭の中が真っ白になって、尻尾の主である母親に抱きついた。
「ぎえっ!!」
母親は悲鳴を上げる。
「……このバカ娘! 私が刃物を扱ってるときに衝撃を与えるなって言ってるでしょう!?」
指先を包丁でざっくりとやった母親の拳骨が、少女の頭に落ちそうになって、途中で止まる。
「まったく……あんたらしくない。こんなに泣いちゃって……」
拳骨は柔らかい手に変わって、娘の頭を撫でる。
指に付いた包丁傷の血が少女の柔らかな髪の毛で拭われると、そこにはもう傷もない。
彼女の再生力はいつも通りに働いている。
「ほら、もう大丈夫だから、ね」
母親、狭山瑠美は、泣きじゃくる娘を両腕と長い尻尾で抱きしめた。
See you next episode!!
火は文明の源。
しかし、少女は火によって未来を失い、
しかし、少年は火によって鋼を得た。
今ここに炎の巨人が襲い掛かる!
次回、『鎮めよ、炎!』
君も、夢の力を信じて、Dream Drive!
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男は、路地裏の物陰で息を切らせていた…。