第四十一話「少年少女だけの境界線」6/7
=多々良 央介のお話=
イースター・キャンプ少年少女自警組の警邏活動……という名目のお散歩は何事もなく進んでいく。
1周5㎞ほどだという経路は子供たちが日々歩き詰めた跡で歩きやすく、またルートも分かりやすくなっていた。
周囲の子の説明によると、このパトロールは大人には秘密のことだという。
その理由は当然なもので子供たちだけで外敵がいるかもしれない雪の山道巡りなんて無駄に危険な行動でしかないから。
でもテディさんが朝に説明した通りで、小さい子たちが周囲にいる巨人ジュウハチやスティーラーズに怯えている事を解消するため、年長の子たちが怖い事なんて無かったよ、と言い聞かせるための前振りは必要だった。
――実態は無くても気持ちのための行動が必要というのは今の僕には良く理解できる話。
また一方で自警組も歩き回るという作業に取り組むことで頭を空っぽにできて、今が酷い状態だってことを考えずにも済むというのもあるのだろう。
そういった事情もあってか、パトロール範囲はキャンプ中央が見えたり見えなかったり程度の近距離を歩くだけで終わっちゃうよ、というのが先任自警隊員のみんなによる説明だった。
歩くルートは雪が積もっている以外きちんと整備された遊歩道で、当然だけど危険な斜面なんかは通らない。
時折、枝から落ちる積雪が音を立てる以外はまったく静かなもの。
はっきり何も起こらないお散歩で、まったくもって作業が目的の作業。
黙々と歩いて行程の半分以上、キャンプを見下ろすような場所に来た頃だった。
後続隊員の携帯が同時に鳴り響く。
《芽理愛、ジュウナナの仕事があったぞ。のんびり来てくれ》
スピーカー越しに聞こえたのはテディさんの鷹揚な声。
巨人ジュウナナを使うような仕事って?という疑問を抱えた僕を含む後続隊が、待ちぼうけの先発隊に追いつくまで3分ほど。
そこには見るからに通行止め――雪の重みで竹藪が倒れ掛かって道に覆い被さっていた。
「昨日の時点で怪しかったが、一昨日の雪がみぞれになった重みで竹藪自体を押し潰したんだろーな。曲がった竹がハネると危ねえから十分に距離とっとけなー」
道を塞ぐ竹藪の前で待っていたテディさんが状態の説明と、子供たちの隔離。
そんな中で、それまでは後続隊の後方にいた芽理愛さんが前に進み出た。
すかさず彼女に付き従っていたミュミュさんが応援の声を上げる。
「空にはばたけ! 芽理愛!」
何処かで聞いたようなフレーズの応援を受けながら、芽理愛さんはポーチから取り出したDマテリアルを手にして祈るように集中する。
すると発動コードの必要がない無責任なDマテリアルは彼女のPSIエネルギーを収束。
光子回路からは余剰エネルギーが漏れ出て輝く。
「お願い、ジュウナナ!」
――その機械は正常に稼働した。
芽理愛さんの祈りの声と共に、巨人ジュウナナが偉容を現す。
それにしてもジュウナナは大きい。ハガネの倍とは言わずも、大人と子供ほどの差があるだろう。
「ジュウナナ、この竹をどかして道を通れるようにできる?」
女の子の要請を受けた巨人は低く響く唸りをあげる。
――任せてくれと言ったようにも聞こえた。
巨人ジュウナナは、彼にとっては小さすぎる遊歩道に苦労しながらも法面上から覆いかぶさる竹々を大きな図体で押し突き破った。
その衝撃で雪を払われた竹の多くは、自然の弾力で元の直立を取り戻す。
一方で、雪の重さやジュウナナの体当たりで割れ折れた竹は地面へと横たわった。
ジュウナナは自身が通り過ぎた後の地面に倒れた竹へと振り向き、そこから少しの思考を感じさせる注視。
再び唸った巨人は躊躇なく山の下り斜面側へと飛び込んでから倒れた竹の一つ一つへと手を伸ばし、それぞれを雑草でも引き抜くかのように軽々と路面から除けていく。
量があったはずの倒竹は、あっという間に舞い散った葉だけを残して排除された。
そして自然災害の通行止めは見事に解除。
――巨人の力は、こうやって役立てる事だってできるのに……。
「ありがとう! ジュウナナ!」
芽理愛さんのお礼を受けたジュウナナは得意げに一唸り。
しかし、こうなるとこの巨人はどういうものなんだろう。
巨人は投影した子供のPSIエネルギーが描く夢や願いの姿なのだから――?
そこまできて気付いた。僕は頭のどこかでジュウナナとの戦闘になった場合の対策や解決法を考えていた。
全く無駄なそれを鼻で笑って追い出す。
「いやー、助かったぜ芽理愛」
「私じゃなくてジュウナナが頑張ってくれたんです」
向こうではテディさんと芽理愛さんのやりとり。
僕も巨人の善い使い方が見られたことが嬉しくて、二人へ歩み寄って語り掛ける。
「凄いね。ジュウナナって……力強くて頼りになる!」
自身の巨人が評価された事に、はにかんだ笑顔の芽理愛さん。
そこへ横から飛び込んできた白い影。
「力強くて当然! ジュウナナはね、芽理愛のお父さんなの!」
純白ウサギネコ獣人のミュミュさんが、まるで自分事のように胸を張ってきた。
――お父さん? 巨人が?
「ミュミュちゃん……ジュウナナはお父さんじゃないよ……。お母さんだってジュウナナをお父さんだって連れ帰ったらびっくりしちゃう……」
戸惑い喋る芽理愛さんはジュウナナを見たり、あらぬ方向――ここには居ない誰かに目を向けようとしたり。
語り口からしても彼女がお父さんと言う度に目を伏せているのが見て取れた。
心配になって、僕は芽理愛さんに声をかける。
「あの……芽理愛さんは、お父さんと何か……」
後で無神経に地雷を踏まないための確認だったのだけれど芽理愛さんはそれほど気にせず、むしろ慌てだして。
そして彼女から僕が抱えていた懸念への否定。
「ああああっ、大丈夫です! お父さん、ちゃんと生きてます!」
あれ、どうやら悲しい事では――?
そう思ってから、でも芽理愛さんの話は続いて。
「生きてて、その……一緒に暮らさなくなっちゃったんですけども……」
――いや、やっぱり悲しいことがあるみたいだ。
芽理愛さんが寂しそうな顔をする一方で、彼女の友人のミュミュさんも辛い話をさせてしまったとばつが悪そうで。
封鎖が解けた道は下り坂に入る。
自警の先発隊と後続隊が一緒になってそこを歩くうちに、ぽつぽつと芽理愛さんが先ほどの話の補足を語った。
「お父さんとお母さん、仕事が忙しくて一緒に居ないことが多かったから、ケンカを始めちゃって……。それで私はお母さんの所で暮らすことになったんです……」
「今でも芽理愛ママ、芽理愛パパ関係の話を聞くと目吊り上げるもんね。……でも今回のキャンプに来る予定だったのは芽理愛パパだったよね」
くっついてきたのはミュミュさんの余談。
二人が元々近所の関係だったということがわかった。
「お母さん、お父さんが私との約束を守らなかった事をすごく怒ってて……それでも、最近は少し優しくなってきて、それで今度のキャンプはお父さんがって話だったのに……」
そこまでを聞いて、何となくジュウナナの正体が分かってきた。
芽理愛さんの願いを聞いて動く、独自の人格を持つらしい巨人ジュウナナ。
彼は芽理愛さんが抱えている『お父さんが傍にいてほしい』という願望から生まれた巨人ではないだろうか。
あとに残った謎は――。
「話を聞いた限りでは襲ってくる巨人、ジュウハチの方が先に出てきてたんだろ? なんでジュウナナとジュウハチで順序が逆なんだ?」
佑介が気になっていた部分の話を切り出すと、答えてくれたのはテディさん。
「そりゃ先に名前が付いたのがジュウナナだからな。んでジュウナナと大体同じような体格だったからジュウナナの次でジュウハチってなったんだ」
「なるほど……なるほど?」
僕は理解したような、しきれなかったような返事。
そこから更に佑介による詰問。
「とりま理解できた。でも、なんで十七なんだ?」
「それはね――!」
質問に答えようと飛び出てきたのはミュミュさん。
それは先ほどの友人の気分を沈ませてしまった事への名誉挽回とばかりに。
「――『“じゅうなな”-フライト』よ! ♪空にーはばたけー、じゅうななのつばさーって!!」
彼女の口から飛び出したのは聞きなれたフレーズとメロディ。
納得した僕も思わず応じて。
「ああ、亜鈴さ……グリーン・ベリルの!」
とっさの思考不足から、思わず彼女の正体の方を口走りそうになった。
ギリギリで踏みとどまって芸名に引き戻して、正体を偽るのは面倒だと改めて思う。
だけどその歌、確かに歌詞では『十七の翼』という単語が出てくるけどタイトルの方は――。
「――その曲名は『じゅうなな-フライト』じゃなくて『セブンティーン-フライト』だな」
「ふえっ!?」
僕が黙っているべきかなと思った部分を、佑介が容赦なく指摘した。
案の定、芽理愛さんとミュミュさんは愕然とした表情。
ミュミュさんに関しては名誉挽回というか汚名挽回にしてしまったかもしれない。
少し彼女が気の毒になって僕はお詫びの声を掛けることにした。
凹み気味かつ警戒気味のミュミュさんは長い獣耳を伏せた状態にしていて、だけどその視線は妙なところに向いている。
「ごめんね、佑介は何かと口が悪くて――どうかしたの?」
「んー……アンタの、その――青いペンダント。えっと、キレイだなって」
彼女が見ていたのは僕のDドライブ。
今となっては無用の長物。
僕は――。
「それじゃ、お詫びにコレあげるよ」
僕は、ミュミュさんにDドライブを差し出した。
「――!! いいの!? 大事な物だったりしないの?」
驚く彼女のふわふわの手に、今の僕にとってはただのガラス玉でしかないDドライブを握らせる。
次いで、説明。
「紅利さんが持ってるのは意味があるんだけどね。これは僕には重たいだけだから」
「あ……ありがとう」
ウサギネコの長い耳がピンと立って、彼女の気持ちの回復が見て取れた。
武器を手放した僕を佑介が心配そうに見てくる。
だけどガラクタ一つで小さな女の子の辛い気持ちを楽しくできたなら、それでいいじゃないか。
そしてまだ少し続く、下り道。




