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第四十一話「少年少女だけの境界線」5/7

 =珠川 紅利のお話=


 央介くんたちが出かけていくのを窓越しに見送った。

 今の、生臭くて痛みを引きずる私は彼の傍に居られない。


 だからとにかく、この体調不良を軽減したかった。

 それで思い出したのは重たい時向けの体操があるということ。

 けれども都合よく手順が記された保健の読本が置いてあるでもなく、何よりも今の私はネットワークにアクセスできる携帯を手放してしまっている。


 お願いするべきは――。


「ごめんなさい、音亜さん……」


「いーのいーの。このタブレットは子供たち用にって送り付けられたもので、今は冒険ごっこに出かけてる分で余ってるから」


 結局、私が頼ったのはテディさん達を見送って戻ってきたネコ獣人の音亜さん。

 彼女に事情を説明すると、嫌な顔も面倒とも見せずにネットワークに繋がった電子タブレットを用意してくれた。


 検索をかければ、すぐに体操の動画が見つかる。

 ――はて、私の場合は足先までを使ったヨガ運動はどうすればいいのだろう?

 とりあえず義足で出来る範囲でいいのかな。


 私がそんなことを思案していると、音亜さんが静かに声をかけてきた。


「ふぅん……。あんたたち3人とも揃って携帯を持っていないのねえ……」


「えっ……。……は、はい」


 ――しまった。答えよどんでしまった。

 音亜さんは、いつの間にか央介くんたちも携帯を持っていないという事を把握している。

 不安に落ち着かなくなった私は、疑われまいと虚偽の説明を重ねる。


「国道を移動中に――私たちの車が巨人と遭遇して。慌てて逃げ出した時に置いてきてしまったんです」


「親御さん達は? 一緒じゃなかったの?」


 踏み込んだ質問に、唾を飲み込んで。


「はい。……先に、神奈津川に帰ることができたって、無事が確認できました。別々で移動していましたから」


 ずっと昔なら子供たちだけで車で移動なんて奇妙な事だと思われたかもしれない。

 でも今は自動運行のタクシーに行き先を指示すれば、そこまで丁寧に運んでくれる。

 ただ「戒厳令中に?」と問い詰められたらどうしようかと、心の中で構えて――。


「――そう。昨日、家に連絡するようにって言っておいてよかったわ。じゃーね」


 ――けれど音亜さんは、それで納得してくれたみたいで私の傍から離れていった。

 よかった、ごまかせた。


 もし、ごまかせなかったら――私には巨人ルビィという奥の手がある。

 乱暴な手段になるけれど、義足の攻撃能力を解放して人間では壊せなさそうな物を一つ壊してみせて、黙っていてもらうという手段とか……あると思う。

 何にしても央介くんを、彼にとって辛い気持ちになる要塞都市に帰させるような話にはさせない。


 それから私は音亜さんが何をするのかを警戒半分に注視していると、私のいる女の子部屋から小さな子たちを中心に連れ出して、どうやら施設のホールに向かうみたい。

 念のために追いかけようとして、でも痛みが体を重くしてきた。


 どうしようもなくなった私は元通りに暖房絨毯の床に転がって、毛布を被って体の回復を祈る。

 ついでにタブレットに表示されている月経体操のストレッチを試しながら。

 そんなことをしていると聞こえてきたもの。


 ――音亜さんの歌声だった。

 続けて、それに合わせた子供たちの歌声。


 ああ、音亜さんはまるで保母さん、お母さんみたい。

 ボランティアとして置かれたらしい彼女は、この孤立したキャンプの子供たちが頼るままに、その役割を務めている。

 確かに、普通にお母さんになっていてもおかしくない年齢ぐらいだとは思うけれど――どうなんだろう?


 そういえば音亜さんは、テディさんと親し気なところがある。

 二人は軽口をぶつけ合いながら、意思疎通の手順を省いて互いの要求を準備済み、分担できるというような行動をしていた。

 だからといって恋人同士の様に、支え合うような距離感でもない。


 私の知っているクラスの恋人同士は、本当に何時も言葉を掛け合い、時に手を取り合って互いへの心遣いを欠かしていない。

 それよりは、ずっと風通しがいい――央介くんと夢さんのような気の置けない幼馴染が近いかな。


 そして二人が身に着けているお揃いのチョーカー。

 ペアルックというには酷く不格好な、飾り気のないもの。

 兵隊さんの装備品だとか、そういう路線の――小さいなりに機械仕掛けにするための形を感じる。


 何か……何か彼らは、普通じゃない経歴をもっている。

 キャンプの外にいる敵巨人が居るように、キャンプの中にも存在する不明要素。

 それが私たちへの害にならないかを見張っていかないと。


 ――私がするべきは力を失って傷だらけの、でも優しい心を残した愛しい男の子を守ることなんだから。

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