第四十一話「少年少女だけの境界線」4/7
=多々良 央介のお話=
イースター・キャンプのコテージの内、男子に割り当てられている一棟。
僕はそこで子供たちのすすり泣く声が幾度かの夜を明かした。
巨人という技術の誕生を手伝い、その中で過ちを犯したと誤解して。
だから要塞都市で巨人と戦い続けてきて、誤解に気付いたら戦う力を失って自分勝手に逃げ出して。
でも、逃げ出した先にあったのは巨人技術が引き起こしている悲劇で――そして今の僕には救えない事件……。
僕の存在には何の意味が、何の価値があるんだろう?
そんなことを思い悩んでいたらキャンプ全域に響く放送が音亜さんの声で朝ごはんを知らせてきた。
周囲の男の子たちも最低限の身支度を整え、まだ寝ていたがる子を揺り起こして行動を促す。
今は何者でもない子供、災害に巻き込まれただけとしている子供の僕も、被害者であるキャンプの子供たちに従って動く。
目的地はキャンプ管理施設に併設されたホール。
子供たち全員がホールの床座りで食べるのは、4台の業務用家事ロボットさんがフル回転で作り上げている朝ごはん。
内容は全体的にカラフルで甘酸っぱい果物にジューシーな加工肉がメイン。
その鮮やかな色合い、子供向けの味は冬場に不足しがちな栄養を重視したというよりは、災害下にある子供たちの心が少しでも落ち込まないようにという大人たちの遠方からの思慮だろうか。
ごはんを食べ終えてから向かったのはキャンプ管理施設の会議室――今は女の子部屋。
朝ご飯の時に姿が見えなかった紅利さんの体調が心配だった。
しかし昨晩は紅利さんの所まで晩ごはんを届けに行ったのだけれど、今日になっては部屋の前にいた女の子に男子の入室禁止と叱られてしまった。
それじゃあ紅利さんの具合は、と尋ねると「ちょっと熱があるみたい」と心配になる事を言われて、でも男の子が近寄っちゃ駄目という制止がかかる。
どうにかと交渉してみても駄目駄目と返してきて、だけどその悶着を聞きつけて紅利さん自身が部屋の奥から現れた。
「おはよう。……ソースケくん」
寝起きのせいなのか熱のせいなのか緩んだ服に、とろんとした目をした紅利さん。
それは何か……見てはいけないものにも思えて、僕は跳ねだした心臓の音が漏れないか心配しつつも彼女に安静を促す。
「おはよう、紅利さん。無理しないで、休んでいて」
「うん……。今日は――今日とかは、そうする」
寂しそうな笑顔の彼女に何もしてあげられない。
そんな気持ちを抱えながら部屋番をしていた女の子に紅利さんを任せて、僕と佐介――佑介で次の行動へと移る。
さて、目的の人物は何処にいるのだろうかと施設をあちこち見て回れば、ちょうど裏口へダンボール箱を運び込んでくる一団。
朝一番にドローンが置いていった強化ダンボール入りの救援物資をテディさんと自警団組の男の子たちが持ち込んで来ていた。
「手伝います!」
「おう、助かるわ。まだ残ってるのを――体格に合わせたのを運べよ?」
テディさんは、わざわざ僕のちび加減を気遣ってくれて。
でも体力には自信があるから外に飛び出た僕は大きめのダンボール箱を抱え上げて運ぶ。
――重さはともかく、前が見えないという失敗を犯してしまったけれど。
何とか視界確保の横向きカニ歩きで荷物を管理施設まで運んでから、自分の体格の不甲斐なさに溜息一つ。
父さんはあんなに身長が高いのに、僕はどうして学年下に見られるほどに小柄なんだろう。
長年の個人的コンプレックスに悩みながら、支援物資の開封作業を始めたテディさんの所へ。
出てくる品物の分別作業を手伝いつつ彼へ頼み事。
「テディさん、僕らも自警団に参加できますか?」
「うーん……あんま要らねえけどな。気持ちはありがたいんだが」
彼は僕の頭の先から足先までを見てからそう言った。
うん、わかってる。だから別のアピールポイントを示すことにする。
「これでも鍛えてます。割と戦える感じなので自警団向きだと思うんですけど」
「オレとソースケのコンビに勝てる奴が居たら見物だってぐらいには強いぜ?」
僕はポケットからDビーム・ロッドを取り出して振るって見せて、技能持ちだという事をわかるように動いて見せる。
するとテディさんは僕らの動きに驚いて仕事の手を止めて、だけど難題を考えるように頭を搔いてから話を始めた。
「いや、戦える戦えないって話じゃなくてな。そもそも戦いなんてあった例がないんだわ。自警団も、ちびっ子らがスティーラーズに怯えないようにってやってるポーズのが大きい」
「そう……なんですか?」
少し拍子抜けな回答。
それでも何か手伝える事がないかという考えと、もう一つの重大な部分から僕は話を続ける。
「でも、巨人ジュウハチが居るって部分はどうなんです?」
「あれもなあ。出ても、さっさと逃げれば追っかけてくるでもなし……。子供が捕まっても、気が付いたらキャンプ真ん中に送り返されてるぐらいだしな」
重大な部分――僕は発生している巨人と接触しての情報収集を狙っていた。
しかし、こちらも肩透かしの話で終わるのかと思った瞬間だった。
「自分の面倒みられる子が2人で自警に参加してくれるっていうなら、その分であーしがベビーシッターに回れるからありがたいんだけど?」
横から声をかけてきたのは猫獣人の音亜さん。
彼女は、どっちかというと子供たちの傍でのケアを中心にしたいみたいだ。
そしてテディさんも利点に気付いたようで納得の声を上げる。
「それもそうか。んじゃ悪いがサガラ兄弟、昼メシ食った後ぐらいに施設玄関の集まりに加わっててくれ。まあ遊びみたいなもんだがな」
「はい!」
「了解」
何とか目的を遂行できそうなことに安心して、僕と佑介で揃って答える。
「それはそうと、この分別と分配作業を片してくれな。こっちは真面目に重大なんだ」
「ああ、はい」
「了解」
確かにその通り、支援物資をちゃんと仕分けないと子供たちは食べられないし着られないし暖まれない。
戦うよりも優先順位が先の事がそこにあった。
食品は冷凍と生鮮を優先してキッチンへ運んで管理は家事ロボット達に任せる。
衣服は洗濯のサイクルが出来上がっていても多少の補給と予備が必要で、そこは子供たちの自己申告からの通信で補給要請。
その他、石鹸洗剤に衛生用品に、冬とあっての懐炉などと消耗品は山ほど送られてきている。
そして、それらとは別に子供たちを勇気づけようと贈られた各々のお父さんお母さんからの品々。
手紙に玩具に日用品――日々の映像通信だけでは足りない気持ちが詰まったもの。
大人達は別に、ここの子供たちを助けたくないわけじゃない。
ここ一年近く軍を手伝っていたせいか、法律とかのルールが絡まって身動きがとれなくなっているだけなのがわかるようになった。
――僕の父さん母さんも、大神一佐も、きっとそうなのだろうけれど……。
嫌な方に行きそうになる思考を止めるために黙々と取り組んだ仕分けの作業量は、だけど莫大だった。
運んで開封して分別して、テディさんと音亜さん、年長の子7人に僕と佑介が総がかりでも一時間と少し。
最後の物資を運んできたドローンが飛び去って行くのを見送って、機械だけなら噂の閉じ込め巨人の被害に遭わないことを不平に思いながら。
「これを3週間続けてたんですか……!?」
「おうよ! もう慣れたもんさ。サガラ兄弟のおかげで少し早く終わったがな」
仕事終わりに僕が尋ねると、テディさんは自慢げに答えた。
だけど――。
「それの言ってることは真に受けないでね」
音亜さんの冷徹な否定が飛んでくる。
憮然としたテディさんを横に詳細の説明。
「最初は大人達が居たって言ったでしょ。あーしたちだけだったら受け取り方もわかんなかった。そこから大人が減って引き継いで引き継いで、まあ1週間になるかならないかぐらいね」
1週間……1週間の子供たちだけの戦い。
ここは品物がなかった夏の無人島よりは恵まれているかもしれないけれど、あるならあるで苦労するんだ。
何よりも今は寒いし。新東京島なら12月下旬の今でも半袖で平気だ。
――そんなことを思っていると、もうお昼が近い。
「さあ次は配膳と昼食。男の子の兵隊ごっこはその後よ」
とにかく現実的な音亜さんによる次の仕事指示。
僕は佑介と顔を合わせて、これからの先行きに関する不安をアイコンタクトで伝え合った。
昼食は子供たち皆で揃ってホールで食べる形式だった。
それは具合の悪い子とかが居ないかを確認するためでもあるみたい。
食事アレルギー持ちの子には食前の治療薬もしっかり配られて。
ホールには紅利さんも出てきていて、だけど僕らからは距離を取って女の子グループの向こう側。
これは色々デリケートな話だから仕方がない。
「いただきます!――」
「――いただきました!」
ケチャップライスにチーズハンバーグ、果物サラダとカスタードプリン。僕好みの美味しいメニューだった昼食を平らげて。
そして僕と佑介は朝の作業前に言われた通り、施設の玄関前で待機。
同じように時間待ちしていた自警組の子とは当たり障りのない程度の自己紹介。
雪遊びなどもしながら待っているとテディさんが芽理愛さん、ミュミュさんを引き連れてやってきた。
そのぐらいになると昨日は僕らを包囲していたなという顔が勢ぞろいしていて、それで自警組の出来上がり。
構成する子供のほとんどは男の子で、更に獣人多め。
この辺は無人島事件で僕らが組んでいた探索組と同じ考えか――あるいは有り余ってる元気を発散する先が欲しいのかもしれないけれど。
そんな中では目立つのが、どう見ても荒事には向いてなさそうな芽理愛さん。
「それじゃあいつも通りキャンプ遊歩道の巡回だ。何か見慣れないものを見たら俺に連絡なー」
そうテディさんが声を上げて携帯を掲げた。
それに続いて子供たちも携帯を掲げだして――。
……ああ、まずい。
「すみません、オレら携帯置き去りで。避難の時にね」
僕が言い出す前に佑介が早々にぶっちゃけた。上手く嘘をついて。
今時、5歳以上の人間が持ってないとおかしい代物を持っていないという話にはテディさんも驚いていた。
そこから彼は少し考えだして。
「……そうだな、じゃあサガラ兄弟は芽理愛のすぐ隣に居てくれ。連絡不要つったらそこぐらいだ」
「わかりました。彼女のボディーガードを務めます」
そう僕が応じて芽理愛さんの傍へ向かうと、キツい視線を向けてくるチュチュさん。
雰囲気としては芽理愛のボディーガードは自分だけで良いと言わんばかり。
自分の知っているウサギネコ獣人の屈託の無さとはずいぶん差があるみたいだった。
そして出発することになった自警組はテディさん率いる少数先発隊と、その後に距離を空けての芽理愛さんが所属する後続隊という分け方だった。
先発隊が何かを見つけたら連絡が来て、芽理愛さんが巨人ジュウナナを出すという順番。
隊列と手順が分かって先発隊が出て行った頃に、僕の傍で佑介が呟いて報告してきた。
「あのジュウナナって巨人も妙だ。昨日は目の前に出てきたのに、出現や位置が検出できなかった」
「――どういうこと?」
「周囲に常時、巨人が居るような反応があるとは言ったよな。それが覆い被さっててセンサーの邪魔になってる……のかな? 芽理愛ちゃんがDマテリアル使ってるんだから巨人だとは思うんだが」
僕は、その異常を起こしている原因を推定し、確認する。
「阻害を起こしてるのが、ジュウハチ?」
「多分な。ジュウハチってのは普段は巨人としての姿を見せなくて、条件が揃った場所に出てくるタイプかもしれない」
神出鬼没なロジカル系の巨人。
それが傍にいることを警戒しつつ、やっと出発した自警組の後続隊の最後を追いかけた。
歩きながらの周囲の子の話によれば、昨日の僕らは彼らがパトロールしている真っ最中にやってきたために割とみんなパニックに陥っていたという。
それでもテディさんに言われた話――戦わずに芽理愛さん、つまりジュウナナのいる場所まで下がって来いというのを必死に守って、それであの騒動だったのだとか。
脅かしちゃってごめんねと謝りつつ、お互いに事故が起こらなかったことに胸をなでおろした。
そして巨人相手に何もできない僕と、並大抵の巨人なら圧倒できるはずの佑介を含めた計8人の後続隊は、踏み固められた雪の歩道を進む。