第四十一話「少年少女だけの境界線」3/7
=珠川 紅利のお話=
芽理愛ちゃんがポーチから取り出した、手のひらに包めるサイズのDマテリアル。
それが危険なものだと理解している私たちは、だけど今はそれを隠さないといけない身。
――見た瞬間に思わずおかしな表情をしなかっただろうか? とにかく取り繕う。
「巨人の石――ニュースでも出てるDマテリアルって奴だな。芽理愛と他に何人か、このキャンプに来た時に拾ったそうだ」
「――危険じゃあ、ないの?」
央介くんがツッパリお兄さんのテディさんに尋ねる。
その態度は、本当の辛い気持ちを隠してのもの。
「巨人が出ちまうって意味では危険かもしれんがよ。だが例の巨人――ジュウハチに襲われたときにジュウナナを出して守ったのもコイツのおかげだからな」
ジュウナナ、芽理愛ちゃんの巨人。
しかしジュウナナ、ジュウハチという連なった名前は一体?
ジュウナナだけなら少し親しみがある名前なのだけれども。
「ジュウハチは襲ってくる巨人なの!? 子供を連れ出すのを邪魔してくるって話じゃあ?」
「ああ、いや。子供が外に出られないってことが分かりだした頃に、芽理愛とミュミュが子供だけで逃げ出そうってしたことがあったんだ。そうしたらジュウハチのお出ましだ」
驚く央介くんの質問にテディさんが説明してから、芽理愛ちゃんがDマテリアルを大事そうに手に包みながら当時の詳細を語りだす。
「私、乱暴な赤い巨人が怖くて。思わずお父さん助けて!って、この石に願ったら――そうしたらジュウナナが現れて、私たちを護ってくれたの……」
「芽理愛はすごいでしょ! 巨人を操れるなんて、それこそ今、要塞都市で巨人相手に戦ってるヒーローたちみたいじゃない!?」
白ウサギネコ獣人のミュミュちゃんが友人に抱き着きながら称え、一方で無自覚に央介くんに刺さる言葉を投げつけてくる。
家出した私たちが悪いのはわかるけども、せめてそっとしておいてほしいのに。
「まあ、そんな感じでな。Dマテリアルで巨人が出るから危険だって言われようが、こっちは巨人出さねえと危険なんだ」
「最初に壊された救助ヘリの残骸とかを片付けてくれたのもジュウナナだしね。重機より力持ちだから、時々働いてもらってるわ」
ツッパリお兄さんテディさんの、大人の言う事より大事なことがあるという話に続けて音亜さんがジュウナナの働きぶりを語る。
その話からすれば芽理愛ちゃんは時々、巨人を作り出していたことになる。
であれば国道で佑介くんが感知した巨人というのは作業に出現したジュウナナのことだったのかもしれない。
近くにスティーラーズが居る事を考えると、くっつかれて操られてしまう巨人を扱うのは危険な事。
だけど子供たちだけで状況を維持するにはジュウナナの力が不可欠。
――優先すべきはどっち?
またジュウハチという巨人が何を考えているのか。
既にスティーラーズがくっついてしまって悪い巨人になってしまっているのか、それとも巨人特有の何かの目的をもっての行動なのか。
私が無い知恵絞って考えて、隣では央介くんもやっぱり似たようなことを考えているのか眉間にシワが寄っていて。
「ん、どうかしたか? 変な顔だぞ?」
流石に気づいたテディさんから指摘が入って。
でも佑介くんが上手く返す。
「ソースケも紅利さんも巨人の騒動に巻き込まれたことがあったんだ。だから良い事なのか悪い事なのかわからないんだろう」
「ああ……うん」
流石の補佐体。思考の速さで嘘は言わずにやりすごした。
すると隣からかかった声。
「アカリちゃんは今、とっても悩ましい事があるからね。さあ、こっちにいらっしゃい」
音亜さんが私を手招きした。
私の悩ましい事、悩ましい事――。
巨人周りのショックな話から思考が外に向いた瞬間、お腹に怠さと痛みが戻ってくる。
「は、はあい……」
うん……ちょっと処置をしないと辛くなってきていた。
「そんな体で無茶をして……男の子相手じゃ相談もできないでしょうに。洗濯機使うなら隣の部屋で、上の棚に洗濯ネットあるからね」
トイレから戻ってきた私に音亜さんが心配をかけてくれた。
私は困り笑顔でごまかしながら、彼女が差し出してくれた新品下着のパッケージを汚してしまった時の予備として受け取る。
「その、察してはくれて気遣ってもらったんです。お……ソースケくん、優しいから」
私が経緯を伝えようとするままに、思わず私たちの秘密を口走りそうになったのを補正して。
だけど、その分で本来隠したかったような部分がすり抜けたのか、音亜さんは私たちの関係を見透かしてきた。
「……あらー。これは気遣ってもらうほうが辛い相手だったかな? 自分のバッチい所を見てほしくないような、ね」
「それは、その……はい」
見ず知らずの女性に恋の図星を言い当てられて、でも正直に答える。
すると。
「でも恋人同士はバッチい所を見せ合うのが平気にならないとね?」
音亜さんからの爆弾じみた冗談の放り込み。
私は頭から湯気が上がるのではと思うほどに顔が熱くなるのを感じて、そして慌てての言い訳。
「わっ……私は! そんな、まだ! その彼……ソースケくんとは!」
「あーはいはい、健全健康でよろしい。そのまま健康で居られるように、こっちに来てね」
私の狼狽に笑顔で頷いた音亜さんは、更に私を連れて管理施設の裏口まで。
彼女はそこに並んでいた強化ダンボール箱から毛布のパッケージを取り出して、痛み止めと共に私へ勧めてきた。
「炎症流血抱えたままで登山したんだから、今日はもうコレに包まって楽にしてなさい。普通の人間なんだから、体壊すよ」
そこの辺りは獣人のいつでも健康な体がうらやましいかもしれない。
でも――。
「私、歩きはそんなに疲れないんです。ちょっと驚かれるかもしれませんけど――」
私はそう言いながら屈み込んでスカートをたくし上げて、そこから片足の太腿にかかっているハーネスを解く。
その固定が外れると、義足は簡単に私の足から離れていった。
音亜さんが流石に驚いて。
「おっとぉ!? 手品……じゃなさそうね。機械仕掛けとかの違和感のある歩き方とかしてなかったと思ったのに……?」
「えっと、最新技術の義足なんです。こっちの足も同じ。だからそんなに疲れてなくて――何か手伝えることでもありませんか?」
央介くん、佑介くんに倣って全部は言わない本当の話で答えて、そして気遣ってもらった分のお礼を返せないかと伝える。
だけど音亜さんの即時の返事は。
「無い! あなたの今のするべき事は体を休める事! それと親御さんに無事って連絡しなさいね!」
とても厳しく優しい言いつけだった。
それから彼女に案内されたのは会議室と札が付けられた部屋で、入ってみれば賑やかな女の子だけの部屋。
暖房の風も穏やかな端っこに貰った毛布を敷いて壁にもたれ座っての一休み。
周囲の女の子たちは新入りの私に興味津々で、でも5年6年の子が私の状態に気づいてくれて上手く安静を確保してくれた。
対応が手慣れている――3週間もあれば同じ事情を抱えた子もいたのだろう。
そうする内に私は、結局抱えていた疲労から微睡みに落ちる。
ああ、央介くんはどうしたのかな――。
「紅利さん」
――央介くん!?
私が驚いて起き上がると、目の前にはお盆を抱えた央介くんが居た。
お盆の上には甘い香りのカレーライスに野菜の色どり鮮やかなサラダ。とても食欲をそそる匂い。
「……大丈夫? 紅利さん、眠っていたい? それとも夕ご飯、食べる?」
混乱しながら見渡せば、窓の外はもう真っ暗。
それで自分が眠っていたことにやっと気づいた。
「ご、ごめんなさい! 私いつの間にか寝ちゃってた……!」
「ううん、ちゃんと休んで。……僕が原因で、紅利さんまで巻き込んだんだから……」
――ちがう。
私は、私が央介くんを――。
いやらしいとしか思えない本当の気持ちはとても言い出せなくて。
ただ彼の優しさに甘えてお盆を受け取って、当たり障りのない受け答え。
「――おいしそう。お腹ペコペコだったの」
「オレら昼飯抜きだったしなあ」
気付けば佑介くんも央介くんの傍に立っていた。
二人は、何か話したい事があるみたい。
「――どうか、したの?」
そうやって話を促すと、央介くんは私が居ない場所でした決断について語りだした。
「テディさんにね、無関係な僕たちなら巨人に襲われずに出ていけるんじゃないか、麓までなら救援を呼べるって言われたんだけど……断ったんだ」
央介くんは彼のDドライブ――今は何の機能もないペンダントを手で弄びながら、家出の継続を告げる。
そして、その理由へ。
「これは巨人が起こしてる事件なんだから、僕が解決したい……解決できなくても、ここの子供たちを支えたいんだ」
ヒーローの力を失っても央介くんの優しさカッコよさは何も失われていない。
そして続く央介くんの結論と、そこからの私への余計なお節介。
「だから僕は、明日以降もここに留まる。でも紅利さんは――」
「じゃあ私も、央介くんを手伝いたいから残る。何をするかわからない佑介くんを頼るならともかく、巨人の力を使えるのは私だもの」
私は安全な場所に帰れなんていう話は絶対に聞きたくないから、言われる前に一歩踏み込んで答えた。
その言い方はないだろうと言いたげな渋い表情の佑介くんと、心配を強める央介くん。
そんな二人を前に、私はフォークスプーンでサラダの血の色トマトを突き刺して頬張り、変更はないよと笑顔を作って見せた。