第四十一話「少年少女だけの境界線」1/7
=珠川 紅利のお話=
山奥の林道で、私たちを待ち受けていたのは濃紺の巨人。
ハガネよりもだいぶ大きくて力強さを感じる姿で、今にも襲い掛かってきそう。
それだけじゃなく私たちを取り囲む10人ほどの子供たち。
彼らは何処から手に入れたのかDロッドと、それが足りない分は木の棒などで武装していて、歳は私たちと同じか下ぐらいの子。
だけど姿勢は、おっかなびっくりなのが私でもわかるほど。
この子たちがどうしてこんな事をしてくるのか全く分からない。
それでも巨人相手の攻撃を構えている以上は、こちらも見合った態勢をとらないと。
私は相手から警戒されないようにDドライブを手にして、精神を集中。
ついさっきはルビィを投影することができたのだから。
けれど悪化しだしたお腹の痛みと緩みが、それを邪魔しだす。
――なんでこんな面倒な経過が月ごとにくるんだろう……。
生き物の周期の事に恨みを覚えながらの内に、ようやくDドライブに十分な光が灯った。
ああ、よかった! 私は央介くんのために戦える!
私一人――ルビィ単独では央介くんを守るには心細いけれど、ここには佑介くんも居てくれる。
それなら何とか、この状況を凌ぐことが――。
そう思って佑介くんの方をうかがうと、だけど彼は赤色のDドライブを構えてはいなかった。
戦う姿勢自体はとっているのだけれど攻撃的な様子は見せず周囲を警戒するばかり。
それに私が疑問を覚える中で、央介くんが答えとなる声を上げた。
「待って! 敵対や攻撃するつもりはないよ!!」
央介くんの声が響いた途端に、私たちを包囲していた子供たちの様子が変わった。
話を理解してくれたというよりは戸惑っている様子だったけれど。
だけど、そこへ警戒の声が響いた。
「喋る新型のスティーラーズじゃないって保証はどこにある!?」
「特に男の子2人、背格好がそっくり過ぎるからね!」
それぞれ男の人と、女の人の声。
姿は見えないけど子供じゃない……と思う。
スティーラーズ自体は既に全国のニュースで警戒が呼びかけられていて、だけど事情の全てが公開されてはいない。
そしてスティーラーズの根っこを辿れば佑介くん、佐介くん、そして央介くんに辿り着く。
似た印象を受けてしまうのは仕方のないことかもしれないけれど……。
そこへ央介くんからの説得が返る。
「スティーラーズなら僕らも追いかけられる側だ! 疑いが解けないなら、この場で僕らを拘束してくれてもかまわない!」
「――……こ、拘束だと?」
央介君の提案に対して、どよめきが相手側に広がる。
呼びかけてきた男の人から始まって、私たちを遠巻きに囲む子供たちも口々に「拘束?」「どうやって?」「紐とか?」「無いよ!」などと混乱を見せ、対応不能が透けて見えた。
こうなると相手側は戦った経験が少ない、もしくは全く無い普通の子供なのが見て取れる。
停滞する謎の集団の中から、けれど一人だけ猛々しい声が上がる。
「ああ、もう面倒! やっちゃえ“芽理愛”!」
「で……でも! 相手は喋って……人だよ!?」
力を振るうことを促す言葉と、自身の力の大きさを知っていて怖がる言葉。
どちらも子供の、多分女の子の声。
だけど、その話がヒントになったのか相手側は対応を思い付いたみたいだった。
「あっ、そうだ! 芽理愛、“ジュウナナ”でスティーラーズっぽい男2人を捕まえることはできるか!?」
「えっ、あっ、そ……それなら……。ジュウナナ、男の子を捕まえて!」
男の人の咄嗟の指令から、怖がる女の子による命令。
その命令を受けて動き出したのは目の前に立ちふさがっていた巨人だった。
相手側の巨人使いが動き出した!
「ちっ!!」
ついに佑介くんは、掴みかかってくる巨人への反撃をしようとして――だけど。
「駄目だ! このまま捕まった方がいい!」
央介くんの静止がかかって、その動きを止めた。
身動きしない央介くんと佑介くんへ巨人の大きな手が伸びる。
「じゅ、ジュウナナ! 優しく掴んであげて!」
警戒関係にあるというのに相手の巨人周りの子は優しさでの対応を訴えた。
すると巨人は小さく唸って、それはそれは丁寧に央介くんたちを優しく握る。
巨人は子供たちの夢や願い――このジュウナナという巨人は危険なものではないのかもしれない。
「……あー。これなら話を聞いてもらえるか? それとも巨人に掴まれてるオレらが怖いか?」
巨人に掴まれた状態の佑介くんが少し呆れ気味のような声での提案と、ちょっとの挑発。
すると私たちのすぐそばの木陰からDロッドを構えた男の人――ツッパった髪型のお兄さんが姿を現して。
「芽理愛、まだ分かんねえんだから逃がさないようにはしてくれよ。――とりあえず、話だけは聞いてやる!」
「それと、この子が人質になるかどうか、ね」
続く女の人の声は私のすぐ後ろから。
気付けば、私の首筋にDロッドが触れていた。
切れるわけではないと分かっていても、恐怖に竦んだ息が私の喉を鳴らす。
「紅利さん……! 彼女を傷つけないで!」
「そう、アカリちゃんっていうの。……あら? あーた――」
覗き込んできた顔で分かったのは、私を掴まえたのは猫獣人のお姉さん。
彼女は何かに気付いた様子を見せた。
その時、私が捕まって危害が加えられそうだったことで切羽詰まった央介くんは――。
「待って!」
央介くんは静止を叫びながら、自由になる腕を動かしてDドライブを取り出した。
央介くんはハガネを出せなくなっているのに――私がそう思った次の瞬間、央介くんは手に取ったDドライブの角で自身の頬を切りつけた!
すぐに傷から真っ赤な血が流れ出る。
「……証明にならないかもだけど、血が流れてる人間だよ……!」
「お、おい! 何もそこまで……!」
私だけじゃなく相手側のお兄さんも央介くんの無茶な行動に驚いていた。
その様子からすれば、どうも悪い人じゃあないみたい。
更に――。
「――そうね。男の子の方はともかく、この女の子は間違いなく人間だと思う。ゴメンね、そんな体の時に……」
最後の下りだけは小声で私に耳打ちした猫のお姉さんは、私に突き付けていたDロッドをどこへやら仕舞う。
そしてそのまま後ろから私の両肩に優しく手を置いての太鼓判。
……ああ、今の私は人間の女の子だと嗅ぎわけられるような状態だった……。
結局、央介くんと佑介くんは巨人ジュウナナに捕まったまま。
央介くんたちを警戒するように、大勢の子供たちがDロッドを持って巨人の周りについて、一方の私は猫のお姉さんに体調を心配され、そのままおぶられて。
そのまま全体の指揮を執っているらしきお兄さんを先頭にして巨人を引き連れた行列移動が始まる。
そして包囲された現場から、登り林道のヘアピンカーブを抜けて300mほどを山中へと進んだところだった。
道路横に抜ける道には木製のゲートが構えられていて、その鴨居には先ほどの案内にあった通りに『イースター・キャンプ』の名前が刻まれていた。
それは大型トラックなら通れる程度のゲートだったけれど、巨人ジュウナナにとっては体をかがめても通れる高さではなくて、そこで立ち往生。
当然、捕まっている央介くんたちもそこからは進めなくなった。
「……あー、どうすっかな……」
ゲートを通るためにジュウナナを解除してしまえば央介くんたちの拘束ができなくなる。
警戒を緩めたくないらしいリーダーのお兄さんに対して。
「この子、アカリちゃんが大事だったら、その子たちも変なことはしないと思うけど」
猫のお姉さんが、背中の私を強調しながら話を進めた。
防寒具越しにも伝わる彼女の高めの体温は、冷えて辛い体にはとてもありがたい。
更に彼女は停滞を嫌う話を続ける。
「その子の傷の手当もだけど、早くこの子を暖かい部屋に連れていきたいの」
私は猫のお姉さんから気遣われっぱなし。
そうまでなると、お兄さんの方も私を気にしてきて。
「あん? その子、そんなに具合が悪……」
「アンタが気にするところじゃない。――そうね、芽理愛がこっちに来ればいいわ。何かあってもジュウナナに守ってもらえる」
お兄さんからの私の体調への詮索は、猫のお姉さんがぴしゃりと話を絶って。
そして一人の女の子が私の傍へやってきた。
長いふわふわロール髪の女の子――この子が“芽理愛”ちゃんかな? 3~4年生ぐらい。
更に、芽理愛ちゃんにくっついてきたのは純白の毛皮に全身を包んだ――ウサギネコ獣人。
「――何よ。ウサギネコが珍しいからってジロジロ見ないでよ!」
Dロッドを構えっぱなしの彼女は、私たちからの視線に刺々しい反応を見せた。
この声は、さっきの戦いでの攻撃を訴えた声。
――ただウサギネコ獣人が珍しいとは別に思っていなかったのだけれども。
「ミュミュ、よしなさい。なんでもかんでもケンカ腰にならないの」
すぐ猫のお姉さんによる、まるでお母さんの言葉のような窘めがかかった。
言われたミュミュちゃんは多少ぐずりながら芽理愛ちゃんの傍について、彼女を守るような構えを始める。
芽理愛ちゃんとミュミュちゃんは友達同士なのかな。
一方で分かりにくいのは、子供たちに取り囲まれてリーダーをしているらしいお兄さんと猫のお姉さんの関係。
何となく気心の知れた関係のようだけれども。
いずれにしても、この子供たちは独自のチームを組んでいるのがわかってきた。
それも即興ではなく、それなりの期間にわたっての役割配分が出来上がるほど続いている関係。
ただ、おかしいのは見える限りだとお兄さんとお姉さんを除いた大人が一人もいないということ――。
そのお兄さんが、ジュウナナに捕まっている央介くんたちへ呼びかけだす。
「あー……っと、そうだな。卑怯な話で悪いが、俺らに何かあったら女の子が無事じゃ済まないぞ」
「わかってる」
「何もしねぇよ」
央介くんと佑介くんが揃って答えて、するとお兄さんは芽理愛ちゃんへ指示を出す。
「芽理愛、ちびっ子2人をとりあえず解放だ。ただジュウナナでの警戒は続けたままでな」
「は、はい! ジュウナナ、放してあげて!」
――このジュウナナという巨人と芽理愛ちゃんの関係は不思議だった。
私たちみたいに“投影された巨人の中に入る”というのが、むしろ特殊な状態なのは十分わかっている。
だけど、芽理愛ちゃんの場合はジュウナナという仲間――家族のような相手として呼びかけて動いてもらっているみたい。
それはきっと巨人という夢の形がそれぞれ違うから、かな。
そしてジュウナナによる拘束から解放された央介くんと佑介くんが地面に降り立つ。
央介くんは頬の自傷をようやく庇うことができるようになった。
一方の佑介くんは、お兄さんに向かって。
「ここから騙し討ちだった!って動くかもしれないぞ?」
「やめろ佑介。今は冗談だと思ってもらえない」
「こっちには人質がいるからな?」
央介くんと、お兄さんからそれぞれの返答。
そこから続けての自己紹介。
「そっちはユースケ、と。俺はテディだ。」
「定次ね。テディはカッコつけて名乗ってるだけ。あーしは音亜」
猫お姉さん――音亜さんからの間髪ない補足。
この2人は何となく旧知の関係のように感じる。
とりあえずは彼の要望通りにテディさんでいいかな。
「そう、ユースケ。サガラ ユースケだ。こっちはソースケ」
……???
佑介くんが妙な事を言い出した。
だけど央介くんも異変を感じさせずに応じて。
「――双子の弟で、ソースケです。よろしく、テディさん。僕らは国道を移動中にスティーラーズに襲われて孤立してました。結構歩いたんだけど人が居なくて」
央介くんの唐突な嘘交じりの状況説明。
テディさんはため息一つをついてから、彼らの自己紹介を締めくくる。
「どこもかしこもか……。――それじゃあお仲間、ようこそイースター・キャンプへ。ここはお前ら同様に“避難できなかった子供たちの集まり”さ」