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第四十話「逃走。雪の中へ」6/6

 =多々良 央介のお話=


 すっかり明るくなった冬の谷底の国道を進む。

 そうする内に僕の寝起きの体の軋みは気にならないものになっていった。

 ――だけど、具合を悪くしていたのは僕だけじゃなかった。


 紅利さんの顔色が、悪い。


 昨日は義足の高性能もあって僕らの前を歩くようなことが多かったのに、今は時折に体を庇いながら僕らの後ろからついてくる形。

 さすがに心配になって体調の様子を尋ねて、だけど彼女は少し慌てたような表情で。


「大丈夫だから」

「その……病気とかじゃないから」


 そういった内容の掴みどころのない返事ばかり。

 寒さからの風邪だろうか? 具合が悪いなら僕か佑介がおぶろうかと提案しても、まるで恥ずかしがるように断ってくる。

 そんな気難しい彼女を気遣って移動の速度を下げ、休み休みの歩きのままお昼になった頃だった。


 急に佑介が僕らを差し止めて周囲を警戒しだす。

 様子からすれば何らかの機械的な察知――佐介にはそういったものがなかったのだからギガントによる追加機能。


「――何があった?」


「紅利さん、Dドライブ構えて。央介を守りたい」


 周囲の草むらがガサついて、不可視の存在が近寄ってきたのが分かった。

 これは――。


「――スティーラーズ!」


[18388388838311311131831113197285882585465141512541638941985285522]


 僕と紅利さんが襲撃者の名前を叫んだ瞬間それらは光学迷彩を破棄して、また迷彩など意味のない形態へ切り替わる物が現れた

 国道の上り下りで僕らを挟み撃ちする2体の量産クロガネ、更に複数のスティーラーズ。


「Dummy Drive――クロガネ」

「Dream Drive! ルビィ……!」


 紅利さんと佑介が各々の巨人を投影した。

 どれもハガネに似て、だけどそれぞれ配色の違う巨人が並び立つ。

 僕はDビーム・ロッドを起動して、出来るかわからない白兵の構え。


 そして戦いは――佑介のクロガネの圧倒で終わった。

 僕や紅利さんのルビィが動く時間すら与えられず。


「ふん、安物程度でどうにかできると思ったか。タイプ・ブランク複数体でも連れてきやがれ」


 大小計8体ギガント製の同胞を粉砕し、クロガネを分解して人間形態に戻った佑介が毒づいていた。

 Type blank……どこかで聞いた単語――無人島のコアだったかな。

 情報が欲しくて僕は佑介に尋ねる。


「タイプ・ブランクって?」


「そうだな、伝えておこう。オレの把握してる限りでは今のギガントには2系列の自立補佐体の規格がある。自衛軍コードでスティーラーズ、オレをモデルにした安物どものギガントでの名前はタイプ・ニグレオス――黒いって意味。そしてタイプ・ブランク、空白のシロ型だ」


 巨人を解いて戻ってきた、それでもやはり具合が悪そうな紅利さんを迎えながら、僕は佑介から得られる限りの情報を引き出すことにする。

 ギガントとの戦いを放り投げた今は何の意味もないかもしれないけれど……。


「クロ型――スティーラーズと……シロ型っていうのは? 僕らを閉じ込めた無人島のコアにその名前が……02って刻まれていたけど」


「そいつが2号機。1号機はオレにPSIエネルギーを供給する、補佐体の補佐体とかいうふざけた奴。前にオレと戦った時に余計な手出ししたのが居ただろ?」


「――シルバーデビルか! 炎と雷を操る巨人……」


「ああ、エルダースのクソジジイから聞き出した限りでは、シロ型はギガントに居るサイオニックを模倣した補佐体。オレが央介の能力を再現できるみたいに、シロ型はサイコキネシスが扱える。分子運動を操って炎や雷を起こしたり、島のバリアを作ったりな」


 随分前の戦いから、やっと名前が判明した敵。

 シルバーデビルことシロ型――過去の戦いの中で勝ちきれなかった相手の一人。

 反則技を二段重ねにして辛うじて勝利したベルゲルミルと並ぶ強敵と言えるかもしれない……。


「そうだ、ベルゲルミルも。注意した方が良いのはそれらシロ型試作機の調整が終わり次第に、オレの安物同様に量産されるかも――……ん!?」


「何か気付いた事が? シロ型、サイオニック型の量産が?」


 僕がごちゃついて主語が分からなくなった話を問いただすと、佑介は怪訝な表情での報告。

 それはさっきまでの話とは全く別の話だった。


「――いや、近くに巨人だ! ……なんでこんな山の中にいるかはわからないが」


 こんな山の中――見える限り針葉樹の大渓谷。

 当然、人の気配は感じない。

 でも巨人を投影するのは――。


「巨人が出るのは傍に子供がいるってことでしょう? その子は、こんな所で大丈夫かな?」


 紅利さんは自身の体調不良も余所に、どこかの誰かを心配しだした。

 とはいえ彼女が言う通りに巨人なら投影する子供がいることになる。

 もしくは――。


「――今のと同じスティーラーズじゃないのか?」


「安物どもも居るが、間違いなく人間から投影された巨人の反応だ。それと――……」


 言い淀みだした佑介に、僕が促す。

 ためらう動きは僕を庇っての事なのだろうけれど、周囲の事件が不明なままなのは気持ちが悪い。


「情報は全部出せ。判断は僕がする」


「――昨晩、その方向には衛星映像でも人工的な光が確認できて、人間もいるのが見えた。国道からは外れるし、人目を避ける加減で放っておくつもりだったけども」


 佑介は溜息一つからギガント側の情報機器で得た情報を吐き出した。

 ――巨人が出現したなら、それが破壊行動を始めるなら軍が派遣されるはず。

 軍からお尋ね者になっている僕らは早めに離れた方がいいだろうか。


 でも、こんな冬の山の中で孤立している子供というのはいったい何だろう?

 それも巨人災害での戒厳令下で、だ。


 ふと気が付くと、紅利さんが僕の横顔を覗き込んでいた。

 紅利さんを守るためには――彼女が僕に求めているのは――……。


 僕のハガネは失われてしまっている。

 だけど佑介はさっきのようにクロガネを出せるのだから簡単な巨人事件なら解決できるはずだ。

 ハガネが無くても僕の経験も少しは役立つだろう。


 そう考えて声を上げようとしたら、先に声を上げたのは紅利さん。


「あ、あの! 私のルビィなら巨人と戦えるかもって。その……さっきの時はちょっと不安定だったけど。その、お腹……っ……あの……うん」


 お腹――? やっぱりお腹を下して――いや、あれ? 紅利さんは、ええと……!?


 そこでやっと僕は今まで、ある事象に気が回らなかったことに気付いた。

 それはとても言い出しにくい話だったのだから、説明されなかったのも当然だった。

 慌てて、そのことを紅利さんに謝る。


「ご、ごめん! 紅利さん、今日の体調不良ってもしかして女の人の……!」


「う、ううん。その、生き物だから! 生き物……だから……」


 ああ……これは気付かない方が、下手に言及しない方が良かっただろうか……?

 恥ずかしさでか顔を真っ赤にした紅利さんは、だけど今度は何か意気消沈したようにもなってしまって。

 下手に触れられない話題を作ってしまってから、それでも僕らは正体不明の巨人を調べる道を選ぶことにした。



 男の子と女の子の微妙な空気と距離感で、辛さを抱えている紅利さんを庇う速度で。

 それでも山の横道に入って1時間半ほど雪の車道を登った。

 道中の立札に書かれていたのは、今いる場所の地名と、道の先にあるのがキャンプ場だということ。


 曰く――糸井山、イースター・キャンプ。

 どこにでもあるような山名と、復活祭の名前を冠したキャンプ場。


 そして、どこにでもないような巨大なものが暴れまわったような痕跡が、道路の周りに残っていた。

 警戒のために佑介に巨人の反応を再確認してもらうと依然として出現が継続していて、だけど場所が特定できなくなったという。

 一方サーモセンサーから複数の人間が先にいるとも言い出した。


 周囲に注意を向けながらキャンプ場へ近づけば僕でも謎の潜伏者達の気配を感じ取れるようになってきた。

 それらは奇妙なことに、未熟に気配を殺して僕らを取り囲むようになってきている。

 軽くフェイントをかければ、慌てて木の陰に姿を隠す――子供。


 スティーラーズではない。あんなに悪辣ではない。

 でも何か、悪だくみだ。


 そして戦闘経験のある僕らは対応できる程度だけど、相手は未熟にも本気でやっている。

 ――このまま付き合い過ぎれば、どっちかが怪我をするような事態になる。


 そう考えた僕と、それに精神感応を利用した佑介でタイミングを計って紅利さんを一瞬で守る態勢を取った。

 途端、周囲がざわついて何人もの子供らが姿を現す。


 彼らは、こっちが行動を起こすように見えたことに釣られて出てきてしまったようだった。

 そんな奇妙な待ち伏せをしてきた割には訓練もしていない様子で、だけど何人かはDロッドで武装している。


 同時に、木陰で強い光が瞬く。

 それは見覚えのある、巨人投影の光。

 野良のDマテリアルが利用されてしまった証。


 そして――1体の大型巨人が投影され、道路に立ちふさがった!!


 See you next episode!!!!

 イースターキャンプ、そこは災害に取り残された子供たちだけの領域となっていた。

 力無くも央介と紅利は佑介と共に巨人事件の謎に迫っていく。

 次回『少年少女だけの境界線』

 みんなの夢と未来を信じて、Dream drive!!!!


 ##機密ファイル##

『社会問題:県法の隔絶』


 過去の時代において地方自治の権限を強める運動から、日本の各都道府県は各々が国と呼べるほどの態勢を組んだ。

 これによって県法は国法と並ぶ――時には国法より優先される実効性を持つに至った。

 それは戦後の国家体制変換を受けてもなお変わらず、ある県は新時代に合わせた県法を採る一方で、ある県は戦前戦中の体制を継承する形の県法を選んでいる。


 これらの根源となっているのは旧時代において改革を唱えた急進的科学社会政党が発生したところから。

 彼らは同時代に急成長していた高度人工知能や人造人種を利用する完全自動化産業から得られる成果を利用する事で地方での高福祉・高収入社会を実現したという実績もあって、国民から大きな支持を受けて政権を手に入れた。

 これらの活動は、当時に結成された世界的な科学技術振興組織・ガイア財団と、その中心人物だった科学界の俊英クリスタル・エルダースの後押しもあったとされる。

 しかし、そこからの同政党は『科学技術から算定される通りの理想的社会』を作り上げるべく、社会に不適格とされた国民から人権を剥奪していった。

 その結果、基本的人権や人間性を精神的にも物質的にも踏み躙る悪夢じみた極端な格差・階層社会が形成されるに至る。

 だが、生じた格差への恐怖あるいは人間性を無視する欲望の開放は社会での強い原動力となり、巨大な経済成長を伴う奇妙に活気のある時代を作り出した。


 1世紀近く続いた同社会体制も2度の大戦を越えてついに否定され、解放的な現政権による20世紀程度への『権利復古の時代』となったのだが、その際に生じたのが地方ごとの政策支持の差だった。

 特にわかりやすい部分で言えば、主に大戦期に戦争被害を受けた地域ほど排外を唱えていた旧体制を支持し続け、逆には旧体制が国家の重点として守護し続けた加減で被害が少なかった地域ほど解放思想を望んだというもの。

 それらが引き継がれたために現体制での県それぞれの県法は『現体制の解放側』と『旧体制の護持側』のどちらかに偏りがちとなっている。

 あるいは、これらの分断は旧体制が何れの体制変換を見越した上で、自陣営の後継となる自治体を残す目的での地方分権を進めていたのではとする声もある。


 現在、県法の差で取り上げられることが多いのは大綱となっている国法が許す範囲での自由や制限に調整を加える部分。

 その調整幅は大きなもので、わかりやすい部分では『社会的影響に応じての基本的人権への調整』があげられる。

 例えば解放的な県であれば犯罪者は法律的な処罰を受ければ自由な社会復帰となるが、護持的な県となると生涯に渡って束縛的で部分的な人権停止といった制限を受けることとなる。

 他には社会貢献次第での重婚などの個人的な権利の自由化や、一部の人造人種や人権制限者の売買などが許可されている県がある。それらによる権利の状態は、元の県での許可さえ取得していれば他自治体へ状態を持ち込んでも何ら法に触れることはない。

 これは社会的な自由の解釈から生じており「社会に貢献している人物ほど自由権限の拡大を認めるべき」とするものと「社会に属する全ての人は基本的な自由を享受できるべき」の差によるもの。

 それによって生じている社会構造をわかりやすく表現する形としては、自由社会と貴族社会が並列しているようなもの、とも言われる。


 もちろん、この問題は法と直結する警察権に対して負荷をかけており、県境を越えると法律の差によって捜査権限の変換手続きが求められることになる。

 これは現代フィクションでもよく用いられる要素で、県を跨がれたために警察の追跡が遅れたなどの脚本展開は毎日のように見かける。

 実際の所では元の県で違法行為を行った場合は、それが合法である県に渡っても検挙対象のままであり、そうそう悪用できるようなものではない。

 権限の委譲処理に関しても自動化が進んでいるので大きな遅延が発生することも基本的にはない。

 ただし、それら以外で国の法令が動いている際(極端には戦争状態など)には、事態の複雑化もあって警察の動きが鈍くなることはあるため、やはり現代の社会問題となっている。

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