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第四十話「逃走。雪の中へ」5/6

 =多々良 央介のお話=


 雪の県境峠を越えて、僕らは旧街道の山道を下っていった。

 幾度かドローンが空から追いかけてきて、父さん母さんたちの悲しい声での呼びかけをしてきた。


 でも、このまま帰ったら大人達の都合で悲しい目、惨めな目に合うのは僕たちの側。

 申し訳なさ以上の苛立ちを覚えたところで、佑介がアイアン・チェインを放ってドローンを撃ち落としてくれた。

 父さん(創造者)の声が聞こえるドローンを顔色一つ変えずに壊す佑介は――。


「やっぱり、気持ち悪い……かな。お前はギガントの作ったものなんだから」


 ――僕は抱いた気持ちを素直に言葉にした。

 佑介には喋らなくても伝わるけれど、傍にいる紅利さんにはわかりにくい事だったから。


「オレも、まったく気持ち悪い。体の中にギガント製のよくわからん機械――自爆装置だのが捻じ込まれてるかもって話だからな。だから要塞都市の内部や父さんの研究施設周りには近寄れなかった」


 道を歩きながらの佑介の答えは、今まで僕らに敵対的な接触しかできなかった理由の一部だった。

 それを聞いた紅利さんは、こいつへの同情の気持ちが勝ったようで。


「そんな……ひどい……」


 自分に対して悲しんでくれる気持ちに対して、佑介は首をすくめて見せる。

 だけど僕は、それならそれで別の方法があっただろうにと思って問い詰めた。


「それで、僕や父さんと敵対するのか?」


「央介とは敵対したくないさ。でも、偽物ほったらかしで死ねないからな」


 偽物、そして偽物があれば本物もある。

 佑介が意図的に無視している部分を、僕は指摘する。


「お前の方が状況として、佐介の偽物だろう?」


 僕の問いかけに対して佑介は自分自身に起こった、そして現在までの認識を語りだした。


「認めるのが無理な部分だな。記憶の限りでは央介の隣にいたと思ったら、ギガントの宇宙要塞でDr.エルダースと御対面だった。曰く、起動したタイミングが違うだけで記憶から全く同じもの――アレだ、時間差のハンコで押した同じものが二つの、スタンプマン問題ってやつだ」


 ん、これはツッコミ待ちかな。

 スタンプじゃなくてスワンプのはずだ。


 ――思考実験のスワンプマン問題は、ある時に沼の傍を歩いていた青年が雷に打たれて倒れ、しかし同じ瞬間に雷の不可思議な作用で沼の成分から青年と全く同じものが発生してしまったら。

 それは雷が状態移行させた青年だと言っていいのだろうか、それとも青年は結局帰らぬ人であって発生したのは沼男(スワンプマン)でしかないのだろうか……そういう話。


 僕が、その話を紅利さんに説明し終えた所で佑介が喋り出す。


「例題なら最初にいた男は消えて、機能的には同一の物が元の場所に収まってプラスマイナスゼロ。だから外部としても本人としても問題は生じずには済んで、残るのはテツガク的な問題。でもオレは増えちまった。そうなったら意識として本物のオレは、偽物が自分こそ本物だって顔をしてるのがとにかく気持ちが悪い」


 佑介の自身の状態の表明。

 その時、僕より先に紅利さんが反応を見せた。

 はっきりと悲しそうな響きの声で。


「……都市にいた佐介くんも言ってた。椅子取りゲームの椅子が一つしかないって……」


 状況は分かりやすく、そして解決手段は分からない話。

 佐介と佑介、同じものが同時に存在している限り終わらない問題……。


 すると、佑介は急に楽しげな声を上げた。


「今頃、偽物は都市で歯ぎしりして悔しがってるんだろうな。いい気味だ」


 笑っていられるうちは良いけど、今すぐに佐介がぶっ飛んできて佑介と戦い始めかねない怖さはある。

 それとも現在の僕らを守るには佑介の方が適任だと考えて、存在意義を捨ててでも命令通りに都市に留まってくれているのだろうか……?


 溜息一つで答えの出ない話に見切りをつけた僕は、先ほどの佑介の話から気にかかった部分を確認する。


「さっき、ギガントの宇宙要塞って言ったな。――場所は、わかるのか?」


 佑介は重大な機密を何でもないように答えた。


「ああ。驚くなよ、軌道エレベーターの均衡ステーション――その最高機密ブロックが丸ごとギガントの研究所兼、要塞になってるんだ。規模も10㎞単位、やべーぞ」


「――っ!?」


 驚きに僕は全身の毛が逆立つ。

 それは宇宙環境と資源を利用する現代世界、その全てを支えている巨大施設が敵の手にあるという話。

 一瞬は答えに詰まって、でも今までの知識から理解に辿り着く。


「……ああ、ガイア財団とギガントが同じ組織っていうなら、ステーション・ガイアもギガントの使い放題なのか……」


「そういうことだ。ついでに言えばオレが要塞都市に侵入する場合は、不可視・不可能探知の飛行機械で宇宙から飛び込んで来ていた。だから他の侵入を警戒するなら高空に物理的な霞網でも広げりゃいい」


 佑介が恐るべき対応不能の現実を肯定して、一方で直面していた事態への対応策を教えてくれた。

 要塞都市に戻ることがあれば、もしくは大神一佐と話す機会でもあれば――。


「勝ち目……無いね。ガイア財団が敵だって言うなら、世界全部が敵みたいなものだもの……」


「だけど、世界が敵でも……」


 紅利さんも敵の巨大さを理解して、諦め気味の一言。

 僕は、そんな彼女を元気づけようとして、君を守ると決めている以上は――そんな話をしようとした。

 けれど。


「ああ、僕は――もうハガネを出せないんだっけな……。巨人の襲撃を止めることもできないんだった……」


 自分が何もできない子供になってしまっていることを、ようやく思い出した。

 その僕のうっかりに、紅利さんは笑顔を見せながら


「ふふ。気にしなくていいよ、央介くん。私には十分な巨人の力があるから、央介くんを守るぐらいはできるから――」


 守りたい女の子から、守ってあげると言われてしまった。

 何もできないことが情けなく思えて、だけど彼女は続く言葉で僕が無意味でないと力づけてくれた。


「――今の私はね、央介くんと一緒に居られれば十分。央介君が居てくれれば心強くて、だから絶対に幸せになれるって思ってる」


 そして紅利さんは、ドキドキするような表情で自嘲の言葉を口にする。


バカな女の子(Polly-Anna)だって言われてもいい――」


 ――僕らが抱えた問題は何もかも解決しない、解決できない。

 それが分かった僕らは、背負い込むのをやめて先へ進むことにした。


 歩き始めてから4時間、宿場町の遺跡を抜けて旧街道を20㎞近く進んだ。

 そこまで行くと旧街道は神奈津川市で一度分かれた国道99号線や鉄道と並走しだす。

 道行には大人達からのドローン呼びかけもあまり来なくなって静かなもの。


 困ったのは僕らが進む旧街道は南北に延びる谷底を走っていくものだったために、冬の早い日没が更に2時間前倒しでやってきた。

 闇夜の危険性もあって、僕らは仕方なく道路灯が整備された国道を選ぶことにした。


 国道では通りがかる人々に見咎められるのではと思ったけれど、一度無人の除雪車両を見かけただけ。

 過疎地域だとは聞いていたけど、ここまで交通が少ないのは奇妙だと思い始めた頃。

 国道に立つ道路情報電光掲示板の表示を見れば『国道99号 神奈津川方面 災害により橋が崩落 通行不能』と表示されていた。


 ――それは巨人が出現したことによるものだろうか、それとも別の災害によるものだったのだろうか……。


 不安が募ってきた所で唯一の助けとなったのは、煌々と明かりが灯っていた補給スタンドに併設された無人コンビニだった。

 その駐車場には赤く点滅するサインライト付きの大型コンテナが置かれていたけど、暗くて正体がわからない。とりあえずの放置。


 歩き疲れ――に関しては、疲れたのは僕だけで紅利さんも佑介もまだまだ元気いっぱい。

 生身の僕と違って巨人テクノロジーを導入してる2人は距離1000㎞を時速100㎞で走っても疲れないんだろう。

 それでも冬の標高800m地帯、酷寒の夜を凌ぐために僕らはそこに潜伏することにする。


 コンビニの出迎える自動音声は、現在が戒厳令の非常事態下にある事を知らせるもの。

 そのため食料品や衣類、防災用品と電池類は非常持ち出しが許可されているとのことだった。

 携帯を置いてきて電子決済ができなくなっていた僕らには有難いことだけど。


「まあ、携帯を持ってきてもお財布機能は止められてたと思うけどね」


「えへへ。私たち、家出中だもんね。それじゃあ非行少女らしく、奪わせてもらう!」


 そう僕と紅利さんは冗談を言い合って、出発前に買い込んだカロリーフレンドと水筒のお茶で夕ご飯。

 あとは水道水だけを補給に貰って軽食コーナーの椅子で休みを取り始めた。

 ガラス窓の外は道路灯の光以外は完全な闇で、あとは国道の向こうを流れている川の水音だけ。


 無人コンビニは内部に人が居るという自動処理から十分な暖房を提供してくれた。

 流れるラジオをBGMにして、僕らは何の娯楽も何の危機もない夜を過ごす。


 事件らしいものと言えばコンビニの外で警戒している佑介が一度だけ呼びかけのドローンを撃墜。

 それから8時、9時、10時……。

 ラジオのニュースが今日の巨人の出現災害を伝えて、でも解決されたと結んで僕の不要を裏付ける。


 ――そこからが少しおかしかった。

 深夜帯になってきたのに、そして疲れはあるのに眠気がやってこない。

 それは紅利さんも同じようで、二人で居場所のない夜の時間を過ごしていく。


 明るいコンビニの中を二人それぞれウロウロと歩き回って、寒い外に少しだけ出て、またコンビニの中に戻って。

 並んでいる商品を色々と眺めて必要かもしれないと思って、でも万引きはしたくないなと自分たちを戒めて。


 最後は3時を示した時計が記憶にあって、そこから気が付いたら外は明るく、時計は9時となっていた。

 ――眠れたのか失神したのか、わからない。

 それでも寝起きに覗き込んできたのは、紅利さんの愛らしい顔。


 ベッドも無しの座り込んでの眠りは体に悪かったらしく、立ち上がれば全身がギシギシと音を立てた。

 それでも同じところに留まり続けるのは嫌だったから、僕らは無人コンビニから外に出る。


 明るくなって分かったのは、コンビニ駐車場に置かれていた謎の巨大コンテナが戒厳令下の自衛軍によって配置された緊急用の補給物資だったこと。

 本来なら軍の認証で開くはずのそれは、佑介のギガント製装備によるクラックを受けて呆気なく開封された。


 中に入っていたのは銃器弾薬、軍用刃物――これらはどれも僕たちには使えなさそう。

 役に立ちそうだったのは防寒生地で出来たフリーサイズのポンチョ。

 これを3人分拝借。


 そして、意外な物もコンテナには配備されていた。


「――これ、Dビーム・ロッド! そっか、巨人相手が考えられるから全国に配備されだしてるんだ」


 僕らとは仲違い真っ最中の父さん母さんが開発した対巨人用の武器。

 持っていれば役に立つかもしれないそれを持っていくかと周囲二人を見回す。


 紅利さんは首を横に振って、代わりに義足に履いた靴の爪先で地面をトントン――元々持ってるようなものだよね。

 佑介は機械腕の偽装を解除して禍々しく握って見せる――どう考えても要らないな。

 じゃあ……今の僕は使えるかわからないけれど、一振りだけをポケットに入れておこう。


 宝箱から武器と防具を手に入れた僕たちは悪い事――冒険の旅を続けることにした。

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