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第四十話「逃走。雪の中へ」4/6

 =多々良 央介のお話=


 雪の道路は何時間か前の自動除雪の跡があるだけで、あとは僕たち三人の足跡が後ろにずっと続いている。

 風が時々吹き付けてくるのは寒いけれど、耐えられないわけじゃない。

 ただ歩いて、体を動かしていれば十分暖かい。


 ここは要塞都市の神奈津川市から僅かに離れて県境を越えた山中の車道。

 健脚な紅利さんが先を歩き、僕と佑介はその後を追いかけている。


「大人達も、何もかも勝手なんだもの。だから私だって勝手にする」


 紅利さんが突然、秘密の提案をしてきた時には驚いた。

 だけど考えるうちに、父さん母さんに大神一佐や軍の人達。何よりも、むーちゃんに辰――皆に気の毒そうな目で見られるのが嫌だってことに気付いた。

 そして戦闘警報が鳴り響いて、また巨人隊が出動していくのを見て、何もできないことを再三に突きつけられるうちに気持ちが決まっていった。


 挙句に役目が果たせなくなったからって、まだ戦っている友達を傍で見守ることも許さない話が進んでいるなんて。

 それは紅利さんが言う通りに、大人の何もかも勝手な話。


 だから、僕は自分で選んでここにいる。

 自分で選んで大人達の言う事を聞かないことにする。


 僕は今までやるだけやってきた。

 怖さこそ感じなかったけれど、全身に幻肢痛が突き刺さりながらも巨人で戦ってきた。

 その根拠だった大きな罪だって的外れの存在しないものだったなら、あとは僕の好きにしていいはずじゃないか。


 今の僕がしたいのは、僕を必要としてくれている紅利さんを支える事。

 壊れた玩具の修理待ちみたいに遠くの箱(新東京島)に放り込んで片付いた扱いされるより、ずっとやりたい事だ。


 この準備が始まったのは紅利さんが提案してきた4日前。

 その時は気持ちが決まっていないままで、下校中の寄り道でハイキング用お菓子カロリーフレンドのチョコ味をいっぱい買い揃えるところから。


 次は逃走ルートの計画。

 それで真っ先に決まったのは県の外に出る事。


 そもそも神奈津川市は県境の市ということと、県境を跨ぐと法律の違いから警察の動きが鈍くなるというのはドラマでの定番だった。

 県境にある旧街道の観光地までなら、する事がなくなった僕と紅利さんでの外出だと言い張れる。

 そんなことを佐介を含めた三人で考えるうちに楽しくなってきて、そして決意も定まった。


 臆病だった僕に対して、紅利さんは終始の強気だった。

 いざとなれば自分はルビィが出せるのだから、と。

 僕が無くした力を使いこなすようになった大切な女の子は、とっても頼もしい。


 そこまでは手伝ってくれた佐介を、だけど置いていく事にした。

 佐介は父さんによる緊急停止が可能だという話を聞いたことがあって、どっかで邪魔になる可能性があったから。

 また巨人の力を多く持ち出せば、それだけ大人達の動きも大きくなるだろうから。


 それ以上の計画は――実は無かった。

 ただ大人達の勝手な管理下からは、こっちも勝手に離れたい。抵抗の意思だけでも示したいというのが僕たちの気持ちだった。


 決行の日の朝、紅利さんが僕の家を訪ねてきた。

 僕は家に残る佐介に手を振って、それと仕事から帰ってこない父さん母さんにもさよならを告げた。

 これから大人達は僕らを連れ戻しに来るかもしれないけど、せめて大嫌いだってことを理解してもらいたくて。


 紅利さんが持ってきたのは準備の品をいっぱいに詰めたリュックと、そしてもう一つの大きなプレゼント。

 それは今、僕の首をしっかり暖めてくれている青いマフラー。

 紅利さんによる手編みのそれは、ここのところの僕があっちへこっちへ行って戻ってをしていた内に長く作り過ぎたという話で、確かに首を防寒して余った分を垂らすと地面に引きずりそう。


 ――でも背中方向に流した状態なら、ヒーローのマントみたいで格好いいじゃないか。


 そうして始まった僕らの家出は計画通りに進んでいった。

 市バスに乗り込んで移動を開始。

 そこまでは大人達も不審に思わなかったらしく、警告も何もなし。


 バスの終点は、県境の峠へ向かう旧街道沿いの見晴らし台。

 遠くに要塞都市を見下ろす展望は雪に覆われて、見渡す限りの白と黒だけの景色になっていた。


 僕らが要塞都市に背を向け、峠へ歩き出したぐらいの時に最初の反応があった。

 僕と紅利さんの携帯が同時に鳴り響いて、でも僕らはそれを取らずに携帯の電源を落とす。

 それでも緊急用の機能を動かされたのか、携帯は外部から再起動させられて警告じみた音を鳴らし始めた。


 頷き合った僕らは騒がしい携帯をそこに置いていくことを決めた。

 携帯のメモアプリを起動して『追いかけないで』と一言を書き込んでから、傍にあった一里塚の台石に2つの携帯を揃えて置く。


 その瞬間だった。

 今まで何の気配もしなかった周囲の物陰から、複数人の大人が姿を現す。

 揃って光学的偽装機能のある迷彩服を着込んだ彼らは、まだ丁寧に呼びかけてきた。


「――多々良 央介君。珠川 紅利君。我々は都市軍情報部所属の者だ。君達の行動は、そこからはお遊びでは済まないことを理解しているかな?」


 既に掛かっていた追跡者に対して、紅利さんは怯えながらもDドライブを構えた。

 僕も彼女を抱き庇いながら同じようにして、それでハガネが出ないと分かっていても抵抗の意思を示す。

 都市軍の人たちは悲しげに、そして厳しい声をかけてくる。


「それが危険な武器だという事はわかっているよね。そしてそれを人に向けるのは、まともな事じゃない」


 僕らを囲む彼らは、既に銃を構えていた。

 本来なら巨人にはそんなもの通用しない。


 それでも抱きかかえた紅利さんの体の震えで、彼女の抱えている恐怖がわかる。

 自分たちがしてしまっている悪いこと。それで大人たちが本気の暴力で捕まえに来たこと。そして人間相手に巨人の力を使おうとしてしまっていること。

 それらが怖くて僕たちは結局、巨人を出せないまま。


 ――ああ、やっぱり僕たちのは子供のワガママでしかなかったんだ。

 そんな諦めが勝り始めた頃に、突然の異変が起こった。


 僕らを取り囲んでいた情報部隊員の一人が、飛来した鎖に巻き取られて茂みの中に消える。

 彼の敵襲を訴える叫びと共に、隊員さんたちは一瞬で僕らを守る形での戦闘態勢へ移って。

 だけど、それは全く無駄だった。


 訓練された戦闘技術の全ては無駄だと言わんばかりに姿を現したのは戦闘装甲に身を包んだ小柄な少年。


「スティーラーズ!! このタイミングでか!?」


 隊員さんは敵対者の正体を指摘しながら、補佐体にも有効な武器Dビーム・ロッドを相手へと構えた。

 けれど、相手はそれを否定する。


「あんな電池で動くオモチャどもと一緒にされるのは心外もいい所だぜ」


 そう言ってヘルメットを脱ぎ捨てたそこにあったのは、髪型以外は僕と同じ顔。

 置いてきた佐介が助けに来て――?

 いや、違う……こいつは違う!


「そう、偽物と一緒にされるのも困る」


 僕の心を読んだそいつは偽装を解除して、機械仕掛けの異形の腕を晒した。


「――馬鹿な!! スティール1だと!?」

「き、緊急・緊急・緊急! 現在、情報部保護1班、対処不能の敵襲に遭遇!! 対巨人性の救援を!!」


 情報部の隊員たちは大慌てで佑介の襲撃を要塞都市中枢に伝え、そして少しでも時間稼ぎをと佑介に攻撃を仕掛けていく。

 でも、それらは全く無駄に終わっていった。

 縦横に飛び交う巨人質の鎖が、あっという間に一人また一人と隊員さんを捉えて無力化する。


 そして2分も経たず、その場に立っていたのは僕らと佑介だけ。

 周囲には鎖に縛られても僕らを心配し、制止する声を上げ続ける隊員さん達。


「――さあ行こうぜ。央介、紅利さん。大人達の嫌がらせ、邪魔者は黙ってもらった」


 佑介は事も無げに僕らを誘う。

 僕は戸惑って、その目的を尋ねた。


「――どうして?」


「どうしても何も、オレは央介を守るための存在だぜ? 央介の命も心も、それに大切な紅利さんも守りに来たんだ」


 佑介は佐介と同じ声で、佐介と同じ目的を答えた。

 そこで言及された紅利さんは、彼の誘いに疑いをもって尋ねる。


「――私たちを、ギガントのところへ連れて行くの?」


「いいや。嫌な連中から逃がした先が、別の嫌な連中の所って意味が無いじゃん。行きたいって言うならともかくだけど……」


 悪意を否定した佑介は、左右が酷く非対称の両腕を広げて楽しそうに続きを語った。


「オレが連れて行くのは、央介と紅利さんの行きたい場所さ!」


 僕は宿敵の突然の協力に戸惑って。

 だけど先に受け入れたのは紅利さんだった。

 紅利さんによる確認は、自分たちが悪いことをしているという恐怖を越えての決意の声。


「わかった。でも嘘だったら私のルビィがあなたを焼いちゃうけど、いいの?」


「父さんが作った補佐体の存在意義を疑われるのは困るなあ。今は偽物の方が動けない。だったら本物のオレが役目をきっちり果たすってだけだよ」


 “偽物”は本物の佐介、“本物”は偽物の佑介。

 その狙いがどこにあるのかはわからなかったけれど、でも要塞都市に戻る選択肢は選びたくなかった。

 だから、僕は大人の言う事を聞かない悪い子の道へ向かうことにする。


「――行こう。僕らが行きたい場所まで」


 そして僕らは前に進みだした。

 要塞都市を背にして、山奥へ続く雪の道に3組の足跡を残しながら。

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