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第四十話「逃走。雪の中へ」3/6

 =珠川 紅利のお話=


 央介くんの戦いの日々が終わって、数日。

 今日も私は央介くんと一緒に登校する。


 雪の通学路、防寒具で着膨れた央介くんと佐介くんに雪玉を作ってもらう。

 それから学校近くの植え込みに混ざっているナンテンから赤い実、ツバキから緑の葉をもらって。

 学校の石碑の上で央介くん佐介くんの雪玉を一つにして、そこに葉っぱと赤い実を飾れば可愛らしい雪ウサギ。


 手袋越しでも雪を扱って冷たくなったと央介くんが言うので、教室の大型ストーブ傍で三人で手をあぶりながら朝のホームルーム待ち。

 やっぱり寒がりな央介くんには、ちょっと遅くなったけれど“あのプレゼント”が丁度よさそう。


 少し遅れて、央介くんどころじゃなく着込みに着込んだ南国少女の夢さんたちも登校してきて、いつもの教室。

 ストーブの暖かな熱と、ゆっくりと沸く蒸発皿の振動音の中で普通の一日が始まる。


 ――そう、普通の一日。

 だから多分3時間目ぐらいには……。


 その予想――というよりは毎日のスケジュール通りに、都市に警報が響く。

 真っ先に夢さんと辰くんが飛び出ていって、私たちも避難の流れ。


 夢さんたちを目で追いかけっぱなしの央介くん佐介くんの手を引いて、シェルターへのエレベーターへ。

 普通の一日、普通の子供。

 だから私たちは戦いから遠ざかって、安全な所から友達の戦いを見守る。


 シェルターのモニターに映る戦況報道ごしに仲間の巨人を見る央介くんの表情。

 胸元のDドライブを握りしめてのそれは、やっぱり辛そうなものだった。


「おい、どういうことなんだ多々良のアレ。……前の偽物じゃないんだろ?」


 長尻尾の狭山さんが小声で尋ねてきた。

 私が央介くんは巨人を出せなくなったという事を伝えると、彼女は少しショックを受けた様子と怪訝な顔。


「……なんか、その……まさかアレか? 多々良は赤んぼーができるとかそういう事したのか……?」


 狭山さんの、前に彼女が言われた話からの邪推は慌てて否定して。

 けれど――ある意味ではそういう事なのかもしれない、央介くんの心が子供ではいられない方向へ行ってしまったのかもしれないとも考える。


 巨人の戦いが終わって、私たちは地上の教室へ戻って。

 その時に気付いたのは夢さんの忘れ物――暖かな教室のランドセル棚に脱ぎ置いたままのフカフカのジャケット。

 私は少し考えた後、その忘れ物を届けに行くことにした。


 ――だって、今の央介くんを基地の方へ行かせるのは、より辛くさせてしまいそうだったから。


 疲れ知らずの巨人義足でトコトコ歩いてシェルターにまで戻って、そこからJETTERのパスを情報端末に使って基地の無人車両を呼ぶ。

 車両は走って昇って走って、すぐに普段から巨人隊やパパさん博士が待機場所にしているエリアに到着。

 さて、夢さんは何処にいるだろうかと私が周囲の事情知りな兵隊さんに声をかけようとして。


 その時、聞きなれた声が傍の開けっ放しの部屋から聞こえてきた。

 パパさん博士と、大神さんの話し合う声。


「……そう、ですか。では今後?」


「はい。やはり戦いの傍に置いておくと、そっちが心の負担になっているようで。ですので――」


 そこからパパさん博士は、私にとってとても容認できないような話を始めた。


「――央介は、新東京島に帰そうと思うんです。妻と一緒に」


「なるほど。あそこは今、日本であっても巨人の出現報告がない。恐らくギガントとしても既に情報を取り終えた場所となっているからでしょうが。しかし雫博士も、というのは?」


 私が総毛だつような嫌な話を聞いてしまった一方では、大神さんが判断は妥当なものだと受け入れてしまって。

 返ってきた質問へ、パパさん博士は少しだけ言いにくそうに続きを答える。


「その……こんな時に何をやっているのかと言われる話ですが、妻はちょっと不安定な時期に入りまして……」


 ――不安定? 央介くんに続いて、ママさん博士も調子を崩してしまった?

 私が意味を取りかねている内に、大神さんはそれが何なのかを理解した様子で。


「――ああ。いや、それは悪い事ではないですよ。夫婦で辛い事を受け止める内にはありがちな事で。何より慶事でしょう」


「お恥ずかしながら……」


 ケイジ……大人の難しい言い回しで、どういう事なのかもわからない。

 でも、このままだと央介くんが要塞都市から居なくなってしまう。

 前にも似た話はあったけど、今度は原因の解決法が見えない。


 胸が――ずきずきする。


 気持ちのやり場がわからなくなって、後ずさりして。

 なんとかパパさん博士たちの声が聞こえなくなる所まで体を引きずるように歩く。

 そこでやっと軍帽の兵隊さんに出会って、夢さんのジャケットを勝手に押し付けて。


 あとは、どうやって学校に戻ったのかも覚えていない。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、央介くんに向けられる顔なんてどこにもなかったから、無理を言って保健室で休まさせてもらった。


 保健室のベッドで、そして一人で家に帰ってからすぐ自分の部屋のベッドで。

 私は無茶苦茶になった気持ちと考えをまとめ続けた。

 パパママの病気を心配する声には大丈夫だからと答えながら、辛くて酷い世界に怒って泣く。


 そうする内に普段より熱く感じる自分の体温に温められて、私は眠りに落ちた。

 夢の中でも央介くんにしがみ付いて、貴方を手放したくないと駄々をこねる。


 それで、気が付けば朝。

 冬だというのによっぽど寝苦しかったのか汗びっしょりになった体は、寝起きのまま巨人義足の便利で飛び込んだお風呂のシャワーで流すことにした。


 心地良い温水の流れの中で、それでも突きつけられる――時間が無くなっていくという事実。

 そう、このままだと央介くんと居られる時間が無くなってしまう。

 大人達の、ギガントの、巨人の都合で。


 だから、私は一晩中考えた。

 夢の中でも、彼と一緒に居られる方法を考え続けた。


 ――早く、行動しなきゃ。




 =どこかだれかのお話=


「――2人の追跡は?」


《それ自体は問題ありません。見失うことも無いでしょう。ですが……》


 要塞都市の第一司令部。

 そこに立つ大神は現在進行形の緊急連絡を受け取り、そして隊員の言いよどんだ部分の先を口にする。


「――連れ戻すことが困難……か。まさか、このような事態になるとは……央介君、紅利君……」


 大神の苦慮の表情。

 要塞都市の司令部全体の困惑。

 原因は、たった2人の子供。


 ――その2人の子供の、ただの家出。


「どうして……どうして、こんな事に……」


 子供の父親――多々良 上太郎は身内がばらまいた多大な迷惑に憔悴しきっていた。

 大神が、それに答える。


「基地内の監視映像や隊員の証言からするに、紅利君が央介君の島への送還の話を聞いていた可能性が高い。それで彼女が思い詰めてしまった。……問題は、今回思い詰めた子供が下手な兵器より大きな力を持っていたことです。そして――」


 司令部の彼らが見つめるドローンからの望遠映像には山あいの道路を進む3人の子供が映し出されていた。

 1人は青いマフラーの少年、多々良 央介。1人は機械義足の少女、珠川 紅利。

 そして最後の1人は――。


「まさか……こんな時にスティール1、佑介が介入してくるとは……」


 大神が唸る、それこそが要塞都市を混乱に突き落とした原因。

 ギガントによって作られたコピー補佐体、佑介が央介らの愚挙を助長してしまっている。


 そこで大神は現場全体に情報の共有を始めた。


「――状況を整理しよう。本日の午前中に多々良博士宅を紅利君が訪問。央介君と共に外出を始めた。2人は現状JETTERの協力人員ではないが保護監視対象。所在地捕捉は掛かっていた」


 応えるのはオペレーターの女性。


「はい。しかし、その状態での彼らは戦闘員指定の解除もあって強制執行を行使できる範囲ではありませんでした。2人でのデート……お散歩だと言えてしまう範囲では止めようもなく……」


「佐介を自宅に置いていった時点で異常と見るべきだったな。それで2人は市バスを利用して市内の県境付近まで移動。そこで引き留めにかかった情報部が――」


 大神の言葉の途中で司令部の大スクリーンに映し出されたのは、情報部隊員が身に着けていたボディカメラの映像。

 それは互いに守り合う少年少女を背後にして、機械仕掛けの少年が戦闘訓練された大の大人らを苦も無く撃退、拘束していくもの。

 続けて同一時間を遠距離から監視していたドローンの映像も、鉄鎖の狙撃を受けて途絶する。


「様子を見る限り、これは央介君らも想定外なのだろうが……。襲撃を受けた隊員の状態は?」


「スティール1からの攻撃のダメージは大したことがなく、巨人構造体スティール・チェインによる拘束は央介君らから距離が離れたことで消失しました。致傷的な攻撃でなかったのは……央介君の意思でしょう。――彼らの捕縛任務を再開するかどうかの判断を」


 大神は信頼していた少年らの愚行への溜息一つから、次の部隊行動の指示。


「そうだな。ドローンでの帰還の呼びかけを続けること。そして追跡部隊には巨人隊も合流させて……」


 その2人を連れ戻す計画を口にしようとした瞬間、横槍が入った。

 通信音声で響いたのは附子島の声。


《やめとこう! 特に巨人隊まで使うって部分はね》


 突然のことに驚く司令部の面々と、一部には反論しようとする者もいた。

 しかし附子島は、さっさと話に決着をつけていく。


《子供のワガママ相手に要塞都市の軍まるごとを動かすのは馬鹿馬鹿しい、というのがわかりやすい理由でねえ》


 大雑把な、しかし異論を唱えにくい話で機先を抑えてから、附子島は細部の説明にかかる。


《さて、これだけじゃ納得できないだろう親御さん達に、真面目な事情を説明しようか》


 それは司令部に居て苦渋の表情の多々良夫妻へ、そして更なる通信先として珠川夫妻にも。

 附子島は淡々と告げる。


《まず彼らが既に県境を越えてしまっている事だ。それもガチガチ旧制寄りのナガノ県の山中にね。こうなると県法が違うから地域自治体・警察・軍での連携組織であるJETTERは軍以外が動かせない。無論として向こうの県警への協力要請はするが、戒厳令下かつ散発的な巨人災害の真っただ中に子供2人のために動いてくれるまでは時間がかかる》


 現在進行中の事案には、国が抱えている組織の縦割り構造に国全体の緊急法令が絡まっていると附子島による説明。

 続けて、その説明の中で残っていた行動可能な部署の問題へ。


《となると日本全体で動ける自衛軍で何とかするか? まあ追跡だけなら衛星映像での監視で余裕だ。けど連れ戻し、極端には捕縛となると無理だねえ。央介少年はハガネを出せなくなってるが、それ以外――白兵形態でも薬物や攻撃全般を無力化して巨人まで出せるギガント製補佐体と、同じく巨人を出せて今回の原因とみられる反抗期のルビィちゃん――珠川 紅利嬢だ》


 それは軍を利用しても、相手側の抵抗が大きすぎて双方無事に連れ帰る戦力が無いという話。

 また組織外部の立場である珠川夫妻へ、お宅の娘さんが問題だぞという釘差し。

 そして、最後に残っていた望みも附子島は潰す。


《じゃあ相手が巨人戦力なら巨人隊や専用装備のEエンハンサーが動けばいいか? いいや、ただでさえそこら中で巨人による襲撃が起こってる現状で巨人隊を出してしまえば、大きな危機への対応が遅れる。また央介少年、紅利嬢にアゲハちゃんミヅチくんが感化でもされたら今度こそ大惨事だ。家出巨人隊とか冗談じゃない》


 実際、現在の巨人隊は遠方で巨人襲撃への対応中だった。

 彼らが一時的にも動けなくなれば、要塞都市でない地域では避難所の不足などからはっきりとした被害が出ることが解り切っている。

 更には子供達の突発感情という不確定要素への警戒を含めて。


 それでも堪らなくなって意見具申したのは大神。


「しかし、このまま彼らを放置していればギガントによる誘拐も……!」


 附子島は無情にも却下の仕草。

 そして、その理由も。


《ギガントがピックアップしに来るならスティール1が来た時点で終わってる。そこからすれば彼らのは単なる家出だよ。まあ……自衛能力はあるんだし、寂しくなったら帰ってくるんじゃない? 何にせよ、こちら側に解決手段がない。以上だあね》


 酷く軽い語り口で全ての結論を告げた附子島は、幾らかの行動計画案のファイルを司令部に送り付けて通信を終えた。

 残されたのは責任追及不能の苦悩に包まれた司令部と、そして当事者の親たち。

 大神が答えのない問いを独り言ちる。


「央介君が背負っていた責任の過去を失った結果、普通の子供らしくなってしまったとでもいうのかな……。長く生きたものとしては彼の将来として幸いだったと考えたのだが……」


 その言葉を聞いていたかどうか、オペレーターは付き合い分の親しみを覚えていた少年少女のために今出来ることを、と動き出す。

 また彼女にとっては彼らが弟の同級生という事もあった。


「……2人の追跡監視の継続と、保護の準備だけは整えておきます。保護者の皆さんは、2人への呼びかけの放送を手伝っていただければ」


「ああ……。はい……」


 上太郎が呻くように応じ、また通信の向こうでは珠川夫妻も続く。

 何処も誰も対応に動けないという現実を突きつけられ、彼らの表情は一様に暗い。

 それでも唯一救いだったのは、望遠映像に映る健やかに歩いていく彼らの子らの姿だった。


 最後にオペレーターは子供らの状態をつぶやく。


「まだここ(要塞都市)から30㎞も離れていないのに、遠い……。進行方向は過疎放棄地域。この戒厳令下では人も居ない国道沿いに無人コンビニがいくらか、あとはキャンプ場があるぐらいの山奥か――」

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