第六話「悪夢砕く、鉄の螺旋」5/6
=多々良 央介のお話=
地下基地の広々とした格納庫の片隅に僕と佐介。
大勢の兵隊さんが、悪夢王撃退作戦の準備で慌しく走り回っている。
作戦開始までは、少し時間があった。
だけどその間もずっと狭山さんの涙声が頭の中で繰り返していて、気持ちのやり場が無くて、佐介との組手で、時間を潰していた。
「体力、無駄に使うだけだと思うけどな。右手縛りだし」
佐介の手刀突きを無事な左手で弾き、そのまま回転を乗せて右足で高く蹴る。
「ハガネ動かすのに、体力なんて使わない」
蹴った右足が、佐介が直前で放った側転蹴り上げで跳ね上げられ、体勢が狂う。
更に佐介は、側転の勢いを乗せて軸を変えた、鋭い回転足払い。
「うわっ……!」
軸として残っていた左足が払われて、全身の支えが無くなり、地面に落ちる。
僕は慌てて地面に手を突こうとして、右手の怪我を思い出した。
受け身を、取れない。
その瞬間、僕の下に滑り込んでクッションになったのは、佐介。
助かったけれど。
「……ずるいよ佐介、今のは巨人の硬さになって攻撃してきただろ?」
「回転力、遠心力使うときには硬い方が有利だし」
二人で床に倒れっぱなしで、言い合う。
「でも、捩じり合わせる螺旋は柔らかさも大事、だろ?」
佐介が言ってるのは、流派の口伝。
捩じり紡がれる芯、螺旋の中心の力、一点で相手に穿つ――この話だろう。
その話の中で、僕にはどうしても納得できない部分があった。
捻じり合わせるには柔らかく、一点に穿つには硬さが必要となる。
どう考えても、その二つはうまく噛み合わない。
「でも、まあ……必殺技!ってそういうものだろ? 炎と氷、攻撃と防御、逆のものを合体させるんだ」
何をしたり顔で言ってるのか、ポンコツロボット。
……そういうのも、嫌いじゃあ、ないけど。
二人で結論も出ずに、寝ころんだまま天井の照明を見上げる。
戦いの時間が近づいてくる。
それを告げるために、大人の人が近づいてきた。
「二人とも、時間だ。こちらに来てもらおうか」
犬の顔の、大神一佐。
あれ、今は一番忙しい人のはずなのに。
格納庫を進む一人の大人と、僕たち小柄な子供二人。
兵隊さんが、大神一佐を二度見したりしていることからすると、やっぱり普通じゃないことのようだ。
歩きながら、佐介が渋い顔をしていると、大神一佐から声がかかる。
「やはり佐介の方が客観的、あるいは央介君を守る姿勢か? 狭山一尉をダシにしたことを怒っているのだろう」
――僕も、そういうのはあるのかな、とは思ってはいたけれど、
でも、僕自身が原因の事だから、悪く思うべきじゃないと、考えていた。
「こういう狡いやり口も、軍人には必要だ。人々を守る手段は、善行だけとは限らない」
気持ちの消化不良で、頭がもやもやする。
善い事、悪い事、また相反する二つの混合物。
「で、謝りに来たっての?」
佐介、いくら何でも目上の人に口が悪すぎるのではないだろうか?
「そうだな。狡いのはともかく罪悪感までもなくなったら、私は見た目通りの犬に落ちる。――」
大神一佐が急に黙って立ち止まった場所の、目の前の大きな搬入用扉が開いて、奥から現れた大型トレーラーが僕たちの傍に停まる。
「――さあ、多々良博士の用意したものだ。これも、憎まれ役をしている補佐体同様に君を守るだろう」
トレーラーの荷台に固定されていたもの。
それはハガネが隣にあれば、その過半を覆うほどの大きさがある円盤状の金属構造体。
その表面には、大量の赤い結晶が渦巻き模様に張り付けられ、大掛かりな機械であることもわかる。
これは……なんだろう?
図鑑で見た、トンネル掘削用のシールドマシン?
取り付けられている赤いものは、Dマテリアルみたいだけど……。
そこにトレーラーから、父さんが降りてきた。
「DマテリアルPSI導出シールド……、まあ盾だな」
僕は思いつく限りの質問を父さんへぶつける。
「でも、父さん。巨人相手に機械の盾って通用しないんじゃ? Dマテリアル張り付けても……佐介でも壊せたよね?」
通常物質は巨人の攻撃には耐えられない。
この“盾”はその原則を変える手段なのだろうか。
父さんはトレーラーの荷台に飛び乗り、盾の表面に並んだ赤い結晶、Dマテリアルを指さす。
「ああ、だからこのDマテリアルの螺旋で、ハガネを構築するPSIエネルギーを攻撃状態で導出、収束する。佐介に近い機械とも言える」
そう言うと、父さんは身振り手振りで大きく螺旋を描く。
エネルギーを束ねて、紡ぐ、そういう機械?
「全体のエネルギー量で上回れないなら、エネルギー集中の一点破壊しかない。コイツは盾であり、槍だ」
――なんとなく概要はわかったような気がする。
けれど、そこで父さんは少しため息を吐いた。
「……ただ、設計はともかく、構造体は立体プリンターによる今さっきの急造品だ。長持ちはしない」
腕組みをした大神一佐も頷いて、続ける。
「これに異常が発生したら、退却だ。この都市に狭山一尉ほど戦えるEエンハンサーは何人も居ないからな?」
「なぁに、ダメだったら次のを作る。だから央介と佐介は、これが少しでも壊れたら、さっさと逃げろ!」
父さんは作戦とも思えない事を言い出した。
僕は問題部分について聞き直す。
「逃げろって……この機械は……?」
「機械が壊れたらまた作ればいい。幸い、材料のDマテリアル自体はいくらでもある。ギガントが散々持ち込んでくれたものだ」
そう言って大神一佐は不敵に鼻を鳴らす。
――犬成分で可愛らしく見えてしまうのだけど。
でも、そのまま大神一佐は締める。
「機械というものは、善いも悪いも利用者次第だ。央介君、ギガントの武器だったDマテリアル、君の勝利のために使い潰してやりたまえ」
そこから、急造品の作戦が始まった。
《悪夢王、泥状組織がほぼ中心に集結、人型に近づくにつれ、移動距離が増えています》
《ハガネが再出動します。各戦隊はカバーを徹底してください》
《シールドの最終チェック完了。構造に問題はありません》
僕の携帯モニターに映るのは、これから向かう戦闘現場の映像。
市街の防衛塔から悪夢王の周囲へ閃光弾が撃ち込まれ、続いて煙幕弾。
煙幕の中を走り回る影に、戸惑う悪夢王。
凶暴な巨人は慌てるように近づいてきた影に腕を向け、攻撃の泥流を吐きかける。
影が一つ、泥流の中に消えた。
けれど煙幕から飛び出て去っていったのはボロきれを吊るしたドローン一つ。
入れ替わりに、ハガネに似せたバルーンを吊るした一機が、煙の中に飛び込む。
「囮作戦、効いてるみたいだな」
佐介が満足そうに言う。
悪夢王は煙幕の中でハガネの偽物に取り囲まれ、移動はできなくなっている。
《泥状組織の放出と同時に、悪夢王本体の行動量低下、PSIエネルギーは……下がりませんね》
《分裂部分の制御に手間取る、という感じか? とはいえ何度も再構築している以上、行動は可能なようだが……》
《ドローン部隊、ハガネの方向、及び市街施設には被害がでないように誘導を》
作戦の段階が進行していく。
もうすぐハガネの出番。
僕は、命令を確認のために復唱する。
「相手の動きが止まったら、この盾を構えて相手のエネルギー中枢を狙う。ダメだったら――」
「「――逃げる!」」
最後の所は僕と佐介で同時に声を上げ、ハガネがトレーラーから“ラセンの盾”を持ち上げる。
携帯の映像には依然として囮を吊るしたドローンが飛び交い、悪夢王がそれを必死に迎撃する姿が映っていた。
その行動は、やっぱりどことなく幼い。
「……父さん。悪夢王から、あの子から謝る声が聞こえたんだ」
何とか、父さんに伝えたい。
悪夢王が抱えている辛さを。
「謝っても、謝り切れない。そういうので、すごく、怖がってた」
――いつ、どこで、自分のした間違いを咎められるのか、終わらない恐怖。
「今も怖がってるから、ああやって周りに来るものを攻撃してるのかも……」
父さんは、何秒か黙っていた。
返答が来ないんじゃないかと怖かったけど――。
《……この子供は、何か酷い目にあったのかもしれないな。それで、心の苦しさが出てきてしまったんだ》
――あれ? 酷い目に、あった?
僕が感じたのとは、逆?
謝らなくちゃ、そういう気持ちでいっぱいだと思ったのに……。
《その辺りは、大人がきちんとしなきゃいけないことだった。……いや、こんな戦いを子供にさせている時点で……》
「そんなことないよ!」
父さんが悲しそうな声を上げそうになった時、僕より佐介が先に叫んだ。
そこに僕も、続ける。
「僕は、父さんの力になれるのが嬉しいよ。それに……僕も、友達を傷つけたんだ……!」
「その償いの分ぐらい、戦わせてよ。父さん!」
佐介と口をそろえて、気持ちをぶつけた。
だけど――。
《央介、あれは事故だ……! それもギガントが仕向けたもので……。お前が悪いんじゃあ、ない!》
父さんも母さんも、何度もそう言って、僕を慰めてくれた。
それでも――。
「もう僕にとって、僕自身の悪夢なんだ……! 謝って、謝り切れない……!」
「だが、央介――!」
《悪夢王、活動量が23%まで低下! ハガネは行動を開始してください》
オペレーターさんが、作戦開始を告げる。
……気持ちを切り替える間もなく、時間が来てしまった。
父さんからの慰めの通信は、僕から切断する。
でも、ひとつ気付いたことがあった。
僕も、彼――悪夢王と同じ、悪夢を抱えていたんだ。