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第四十話「逃走。雪の中へ」2/6

 =珠川 紅利のお話=


 要塞都市に央介くんの否定の絶叫が響いた。


 それは順序からすれば彼の救済となる話。

 央介くんは巨人技術をギガントに渡してなどいなかったという話。


 央介くんの叫びと、それに戸惑った要塞都市が静止する中でレディ・ラフは猶も話を続けた。


《そう、全ては多々良 央介の誤認だったのです。うふふ。Dドライブ理論のコア技術は、その誤認に繋がった行動のずっと以前に、ギガントが世界規模で仕掛けていたセキュリティホール経由で入手済み。うふふ》


《ギガントが財団と繋がっているというなら、その影響を受けた全ての技術・情報産業からの機器媒体に仕込みがあったということか……! しかし、それが央介君と――?》


 通信には大神さんの唸りが混ざる。

 そして彼も、今どうして央介くんが引き合いに出されるのかを理解できない様子だった。


《実態のない思い込みであれ精神には大きな影響を及ぼしPSIとなって巨人の力となる。それが“こちらでも”確認できました。その事に感謝を申し上げます。うふふ》


 レディ・ラフの、まるで敵対していないかのような深い感謝の情が乗せられた声。

 だけど、その言葉の途中で巨人隊の方に異変が起こる。


 ――央介くんのハガネが、頭を抱えるような仕草に崩れ落ちた。


「おーちゃん!?」

「おーち!!」


 夢さんのアゲハと辰くんのミヅチが、戦える様子でなくなったハガネを庇いに入って。

 だけど、そのわずかな混乱の間にレディ・ラフの乗る青色アトラスは戦場から姿を消していた……。




「そうか……ずっと一人で苦しんできていたんだなあ、央介……」


 戦いの後、私が無理を言って会議の場まで駆けつけると、パパさん博士が央介くんを抱きしめながら優しく声をかけていた。

 パパさん博士の腕の中の央介くんは、けれどもさっきの取り乱しが嘘のように戸惑うだけの表情。

 周囲のママさん博士に夢さん、辰くんも安堵するばかりの仕草で。


「う、うん。僕が父さんのセキュリティ・トークンを使ってしまって、それが……司に渡った時間があったから……てっきり……」


 央介くんが心細さを表に出しながら、自分がしてしまった失敗を告白した。

 するとパパさん博士は優しく優しく央介くんを窘める。

 それは、ひょっとしたら央介くんが本当に間違いを犯していたとしても同じぐらいに優しく応じていたのかもしれないけれど。


「ハハ……あれはゲーム用だよ。そんな重大セキュリティ部分にアクセスできるものじゃない。ギガントは、もっともっと深い部分に悪辣な仕掛けをしてたんだろうなあ」


「そう……なんだ……。はは、あはは……」


 央介くんの柔らかな――少し、気の抜けたような笑顔。

 私は親子の和解で勝手に嬉しくなってしまって視界が滲む。

 夢さんなんかは辰くんからハンカチをもぎ取って涙を拭いだす。


 そんな所で、強めの声が上がった。


「おい! 三流サイオニック!! てめー、どういう事だ!?」


 佐介くんが今にも噛みつくような勢いで、端っこに居場所なく立っていたあきらくんを問い詰めだした。

 弱り切ったあきらくんは普段のちょっと不敵な部分を失って、弱気に答える。


「……だ、だってさぁ!! みんなの記憶の中では何の食い違いもないんだもん! 央介はセキュリティに穴をあけてしまった。多々良博士は何処に穴が開いたか気にしてた。そこに矛盾がない以上は、それで正解だって思うしかないだろ!?」


「この間の図書館の本紛失事件と同じじゃねえか! 何で肝心なところで巨大ポカやらかす!! もっと前に誤解だってわかってりゃ、央介の気がどんだけ楽だったか……!」


 ああ……これはテレパシーに空いた大穴。

 同じように私も心の世界(マホト)で、央介くんの記憶が語った話を信じてしまっていた。

 下手に素晴らしい力が引き起こす分の、簡単な見落とし。


「――佐介。その事件はお前が犯人だからな? あきらを責められる立場じゃないだろう」


 呆れたように佐介くんを咎めたのは央介くん。

 眉間にシワを寄せて、でも決して深刻に怒ってるわけじゃなく。


 そこに続いたのは、あきらくんの自嘲の笑い。

 それは央介くんにも伝わって、小さな笑い声が二つになって。

 続けて私と夢さん辰くんも笑顔の輪に加わって、最後はパパさん博士たちも加わった大きな大きな安堵の笑い。


 みんなの一頻りの気持ちが落ち着いた所で大神さんが声をかけてくる。


「――何であれ、身内に抱えていた誤解や負担の解消。敵が送ってきた塩という形になるが、致命的な話になるまで膨れ上がらずに済んだのは喜ばしい事だ」


 いつも通りの丁寧で真面目な声色と表情。

 けれども続く言葉は、いつも通りに彼の優しさを感じる命令。


「ただ、気が抜けた時は怪我も増える。そこで今日は多々良博士らも早めに家へ戻り、ゆっくりと家族や友人との時間を過ごすといい。まだ抱えている悪感情などがあれば、清算するのに丁度良いだろう?」


 一呼吸の後に、子供たちと科学者さんのチームは。


「はいっ!」


 揃えた返事で、その場を締めた。

 これで全部が幸せに纏まったと、そう思った。



 ――けれども、平和に終わったそれが本当の事件の引き金だったと私は知ることになる。



 それから、しばらくの巨人の現れない日々。

 学校の穏やかな日常。

 央介くんに増えた笑顔は、クラスのみんなを驚かせて。


 一方で狭山さんのひいおばあちゃんであるらしい九式さんが、この都市での仕事の期間を終える日が来た。

 それは元々決まっていたもので、同時に彼らEエンハンサー先生部隊(アグレッサー)は日本各地での巨人出現に対応するために日本各地のEエンハンサーその他へ巨人との戦い方を教えに行くことにもなるらしい。


 何度見ても狭山さん比較だと彼女のお姉さんぐらいにしか見えない九式さんとEEアグレッサーの隊員さん達をみんなで見送って。


 その見送った翌日、要塞都市にギガントの巨人が現れた。

 でも、怖いものなんてない。

 なんなら今は都市軍のEエンハンサー、狭山さんママの部隊でも巨人の対応ができるようになっている。


 いつも通りに巨人隊も出撃。

 ハガネ、アゲハ、ミヅチが巨人に向かって構えて。


 ――その時、ハガネが消失した。


 皆が虚を突かれて、そもそも一番驚いていたのは央介くん自身だった。

 戦場の真ん中で生身の男の子が混乱に固まったまま。

 すぐに夢さんのアゲハがカバーに入ったことで央介くんは救出されて、そのまま無事に巨人も制圧されて。


 結局、その日は央介くんの不調か何かだと冗談半分の対応で終わった。

 央介くんは戸惑って、ごまかしの笑顔でみんなに応じて。


 その翌日。

 また巨人が現れて、巨人隊が出動にかかろうとして。


 だけど今度の央介くんは、ハガネを作り出すこともできなかった。


 その翌日。

 巨人が現れて、央介くんがハガネを出せない。

 戦いの結果で言えばアゲハとミヅチだけでも十分だったのだけれど。


 その翌日。


 その翌日、その翌日……。


 ……年の瀬も近い連日の襲来の中で、ハガネが戦場に立つことは無くなっていた。


 巨人を出せなくとも、戦いの後の検査確認のために医務室へ運ばれた央介くん。

 それを口実に央介くんと佐介くんを外して、私と巨人隊の二人、あきらくんを通信に巻き込んだままで都市軍の会議が始まった。


「おーくん……息子ですが、PSIエネルギーなどの数値には問題なし。ハガネを出せないはずはないんです……」


「身体面でも不調と呼べるような要素は出ていません。ただ、こう毎日だと自分が足を引っ張っているのではという事を気に病みだしているのはありますが……」


 ママさん博士とパパさん博士が央介くんの状態についてを周囲に説明しだす。

 それと同時に携帯の通信画面には難しい情報がいくつも並びだした。

 私には、そのほとんどが理解できなくて。


 でも、理解しやすいものもあった。

 それはPSIエネルギーが央介くんの周りでどう働いているかを映像化したもの。

 体温を現す温度映像みたいな様子で、PSIエネルギーの強い部分が赤く染まるようになっていた。


 並ぶ二枚の映像は、片方はずっと前の央介くんがハガネを作り出す瞬間のもの。

 もう片方は昨日の戦いの時に央介くんがハガネを作り出そうとして失敗した時のもの。


 どちらもエネルギーの動きは似ていて、巨人の姿に強いエネルギーが集まるところまでは同じで、それなのに片方ではハガネは現れなかった。

 失敗した方の映像ではハガネを作れなかったPSIエネルギーは、あっという間に霧消してしまう。

 ママさん博士が悲しそうな、だけどどこか安心したような複雑な表情で説明を始めた。


「ハガネになるPSIエネルギーを操ることは出来ていて……そこからがまるでハガネという器を無くしてしまったような……」


 そこで手を挙げて発言を始めたのは夢さんのママ。

 彼女の専門分野は心のお医者さん。


「推論ではありますが、ハガネという攻撃的PSIを組み上げる起点として央介くんが宿していた攻撃衝動や戦闘への意識。それらが酷く弱まっている、ともすれば失われていると考えられます。その原因は――はっきりしています」


「この間のか……。央介の抱え込んでいた誤解が解消されたことで……」


 パパさん博士が答えを述べると、夢さんママが頷いて。


「はい。央介くんの心理的外傷が生み出していた巨大なストレス。それらがハガネの戦闘力――もしくはハガネそのものとして転換されていたと考えれば、現事件が発生したタイミングも現象も同時に説明が可能です」


「ストレスって大きすぎれば害だけど、基本的には現状を変えなきゃいけない意識の原動力でもあるもんね……」


 夢さんママに続けて夢さん。

 彼女の表情は悲しみと怒りの両方。

 それでも、なるほど。ストレスもエネルギー……。


「これが、あのギガント工作員の狙いだったのか……! おーちを戦えない状態に追い込んで……っ!」


 憤ったのは半透明投影の辰くん。

 だけど、そこへ大神さんが部分否定の言葉。


「――戦闘不能に追い込むための攻撃、というのではなかったのかもしれない。精神への攻撃ではあるとしても、それを仕掛けた結果に央介君がどうなるかの検証が目的ではないだろうか」


 その話に驚いた辰くんと夢さんへ、大神さんは説明を続ける。


「央介君、夢君、辰君も多少なり気づいていたようだが、ギガントは君達と我々を敵として利用し、巨人兵器の開発実験を行っていると見るべきだ。だから今回の事も、現在進行形でのハガネ相手、央介君相手の戦闘実験の一環と解釈できる……」


 それで、央介くんはギガント相手に負けてしまった。

 ……ううん、違うかな。

 戦うための気持ちのどこかが崩れてしまって、直せなくなってしまった。


 皆が央介くんと、その置かれた状態を理解していく。

 そんな時だった。


《まあ、それはそれは決定的だったわけだね!》


 通信の向こうから、嫌な声が響く。

 都市軍の一番偉い人、ブキミな笑顔の(附子島)おじさん(少将)


《央介少年の精神には幾つかの罪状意識があったんだろうけど、それらの内で友人らへの傷害に関するものは本人らの回復もあって薄れていた》


 分析は確かに正確なのかもしれない。

 だけど、みんなが遠慮するような人の心を突き刺す言葉が続く。


《それらが薄れても機能するほどの根源にあったのが、自分のやらかしを隠して拭うことだったなんて。……案外エゴい子だったんだね?》


 それが事実なのかどうかはわからない。

 けれど皆が鼻白むような酷い話に、私は怖さも忘れて大声を上げた。


「やめてください!! 央介くんは、そんな……!」


 ……そんな、そんな何だと言うのだろう?

 実際に心の世界の央介くんは、自分の罪を隠したいという弱さの気持ちを抱えていた。

 だから事実でも感情でも、私には正しい反論なんて出来るはずもなかった。


 そこへ声が返ってくる。

 バカにしたような響きで、だけど結果的には望み通りの結論。


《ハハハ、やめるよぉ? なんなら彼を戦場に立たせるのも止めるさ。戦力にならないんだからねえ》


 怖いおじさん(附子島少将)は、周囲の誰からも嫌われるような喋り口。

 だけど話の内容は、嫌になるぐらいの正論だった。


《元々ね、彼の精神に爆弾が潜んでるってのは気づいてたんだ。――戦いの動機が安い義憤とか復讐まではいい。だが自罰だけは駄目だ。ここぞという時に罪への罰だ、死に場所だと仕事を投げ出す。それも含めて致命的なタイミングで彼が爆発せずに、僕ぁ胸を撫で下ろしてる所さ》


 ――自罰。


 央介くんと一つになって彼の記憶を分け与えられた私は知ってしまっている。

 実際の戦いで、央介くんは時々攻撃を受けることが自分への報いだと思っていることがあった。

 そのまま最悪の瞬間に央介くんが戦いを放棄したら――ハガネの力が失われたら、助からない人が出るというだけでは済まないようなことになっていた。


 そして下される結論。

 怖いおじさんが告げた言葉は私の大切なヒーローの男の子を否定して、だけど一番穏やかなものだった。


《じゃあ決定させてもらう。以後、多々良 央介をJETTERの戦闘員、協力人員としては数えない。――銃弾飛び交う戦場の子供じゃなく、普通の小学生に戻れたんだ。いやあ、喜ばしいことだね! うんうん》


 ――そうやって、央介くん本人の居ないところで話は終わる。

 その場にいた子供たちは戸惑って、一方の大人たちは仕方なくも子供が1人助かると安心も見せて。


 通信に加えてもらっていた私は……私は――?

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