第四十話「逃走。雪の中へ」1/6
劇場主からの注意事項です。
ここからの話は、読むと嫌な気分になるかもしれません。
「今までの努力や積み重ねを否定するような話となるから」です。
それでもかまわないというのであれば、どうぞこの先へお進みください。
=珠川 紅利のお話=
「嘘だぁぁぁぁああっっっ!!!!!!」
要塞都市に央介くんの悲痛な絶叫が響く。
彼が否定したかったのは敵――レディ・ラフから突然に告げられた話だった。
私だって信じられないことだった。
それは“央介くんが背負った罪を拭い去る言葉”だったはずなのに。
本来なら彼にとっての救いであるはずなのに。
だけど私にも央介くんにも、それを信じることなんてできなかった。
その事件の始まりは、何も変わらない普段から始まっていた――。
巨人出現が日本列島全体に広がっての緊急事態、戒厳令が発令されてもう2週間。
そんな中だというのに私の生活は普段のものに戻っていた。
朝起きて、ご飯を食べて、歩いて学校へ通って、央介くんと顔を合わせられる幸せな普段。
けれど、その央介くんや夢さんは学校へ登校してくる一方で3日に1度は遠くに出現した巨人に対応するために飛び出ていって、そうなると学校には帰ってこない。
私も巨人を使って戦える側になれれば、央介くんと一緒に居られるのに……。
だから、それは私にとってだけ穏やかな日々。
ウサギネコ獣人の奈良くんがSNSを止められた世界の終わりだと嘆いて、お猿の変身ヒーローである狭山さんがからかって、それをテレパシー少年のあきらくんが普通の子供みたいに笑う。
お家がガラス工房の光本くんと、大工さんの子の加賀くん二人の初めての合作の失敗を吸血鬼少女の有角さんが採点する。
幼馴染の翠子ちゃんと真理ちゃんの合唱が教室に響き、それに巻き角義脳の葉子ちゃんが予習の手を止めて聴き入る。
そうやって残り少ない小学生の時間が終わっていく日々。
時には央介くんと木花さんが話していることがあった。
珍しい組み合わせだったけれど、その聞き取れなかった話に関して央介くんはあまりピンと来ない仕草。
――木花さんは時々、驚くほど良く当たる占いを持ってくることがある。
もしかしたら彼女が持ってきた占いの結果は央介くんに襲い掛かった悲劇を予期したものだったのかもしれない。
そんな、ある日。
私たちの要塞都市に久しぶりにも感じる警報が鳴り響いた。
現れたのは青色のアトラス。
私は最初、凍結巨人のヴィートが来てしまったのかと思って、けれどそうじゃなかった。
そのアトラスに乗っていたのはヴィートの部下であるらしいレディ・ラフ。
《都市軍と巨人隊のみなさん、ごきげんよう。うふふ》
彼女は混ぜ混ぜ巨人・外典公の時と同じように改造されたスティーラーズを持ち込み、戦いを挑んできた。
3体のスティーラーズは3体の量産型クロガネへと変わって巨人隊へ襲い掛かる。
そんな戦いの中、央介くんが周囲に潜んでいるだろうレディ・ラフへ問いかけた。
「ヴィートの復讐に来たのか!?」
私たちが辛うじて撃退できた恐るべき敵は、結局どうなったのかわからずじまい。
その状態に関するヒントを求めての事だったと思う。
けれど意外にも回答は素直に戻ってきた。
《いいえ。今日は一つ確認したい事項があってまいりました。それにヴィートであれば、いずれまたみなさんと再会するでしょう。うふふ》
――あの人は生きていたんだ。
死闘と言えるような戦いをしたのに再び襲ってくる予告がなされるなんて……。
大きな不安が芽生えた一方でレディ・ラフも何かを企んでいる様子だった。
“確認したい事項”――。一体何を?
そんな中でも巨人隊の戦いは優勢のままに進む。
量産巨人たちは同型3体のコンビネーションでのかく乱を狙うような戦法だった。
互いの影に隠れたり飛び出てきたり。流れるような黒い三連携の動きは、だけど今の央介くんたちの敵にはならない。
1番目が仕掛けてくる目くらまし、2番目が仕掛けてくる追い込み、そこへ3番目の大振りなトドメの一撃。
もしハガネが一人ぼっちだったら、1体を抑えるうちに取り逃した他の巨人が悪さをしたかもしれないけれど、今の戦場にはアゲハもミヅチもいた。
巨人同士のチーム戦ではあんまり有効ではないらしい戦法を巨人隊は冷静に捌いて、あっさり戦いは終わる。
だけど、ハガネがアイアン・スピナーを放って量産巨人を一網打尽にした後だった。
《流石の百戦錬磨の巨人隊ですね。うふふ。特に最大の経験値を持つハガネ――》
透明になって隠れていたレディ・ラフのアトラスが再び姿を現して負けを認めるような話。
――事件は、そこから始まった。
《投影者、多々良 央介。うふふ。幼い子供でありながら、貴方の過剰なまでの戦意が巨人ハガネの戦闘力となっている……》
レディ・ラフの、負け惜しみにしては不気味な響きを持つ話は続いた。
その間も巨人隊や要塞都市の武器はアトラスを狙って、だけど相手はホログラフの幻であるらしく効き目は何もない。
そのうちに彼女は、ぞっとするような話を言い出した。
《多々良 央介、その戦意の根源。私はそれに興味を持ち、これまでにギガントが行った活動記録の情報を精査しました。うふふ》
央介くんのハガネと、そして私の動きが震えに一瞬止まる。
――この人に、これ以上を喋らせてはいけない!
同じ考えを持っただろうハガネの苛烈な攻撃が青いアトラスを追いかけて、だけど相手の偽装を打ち破れない。
《どうした!? 落ち着け、央介!!》
今、ここにはパパさん博士だっているのに。
央介くんの抱えた秘密は、彼が自身で告白しなければいけない罪なのに。
それなのに彼女は、語られてはいけない話を語り始めた。
《判明したことは、我々ギガントがDドライブ理論のコア技術を手に入れるために工作を行っていた際。多々良 央介の行動には興味深いものがあり――》
「やめてぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
私は無我夢中で携帯に向かって叫びつける。
相手が無慈悲な暴露を止めてくれることを願って。
けれどそれには何の意味もなく、レディ・ラフは話を続けた。
《――情報セキュリティにアクセスし、技術漏洩に繋がる行動を――“とっていない”。……うふふ》
――……え?
今、彼女は何と言ったのだろう。
何の飾りもなく言われて頭の中を巡る言葉の意味を、必死で考える。
央介くんは『技術漏洩に繋がる行動を、とっていない』?
でも、その意味を何度考えても央介くんの罪の記憶とは食い違っている。
央介くんはDドライブの情報をギガントに渡してしまったと悔やみ続けてきた。
私も彼と混ざって一つになってしまったときに辛い記憶が写され、また彼の記憶世界で実際の場面を見ている。
けれどレディ・ラフの今の言葉は、それを否定するもの。
そして身動きもできなくなったハガネを前に、敵は続きを語り始める。
《――そう、多々良 央介は情報漏洩に関与していない。しかし、ギガントのエージェント報告書にある彼の行動から、一つの可能性が推定できる。うふふ》
最後に傷だらけの心の男の子に、残酷過ぎる無罪が告げられる
《多々良 央介は自身が組織エージェントと共にゲーム用セキュリティ・トークンを利用したことで、技術漏洩を起こしたと“誤認している”。故に、ギガントに技術が渡ったのは自身による責任だと信じ込んでいる……うふふ》
周囲のみんなには、何の意味があるのかもわからないはずの話。
意味だけわかっても何がどう重大なのかも理解できないような話。
みんなが戸惑う中で、絞り出したような声が通信回線の片隅に走った。
「…………だ……」
一度だけでなく繰り返しの同じ言葉。
「そんなの…………」
悲痛な混乱を伴った……央介くんの声。
「そんなの、うそだ……!」
誰が声を上げているのか、みんながそれぞれ理解して視線が集まっていく。
その中で同じ言葉が小さく繰り返されて。
最後に、央介くんは胸が張り裂けるような声で叫んだ。
「嘘だぁぁぁぁああっっっ!!!!!!」




