第三十九話「魔法少女コノハナサクヤ 対決!? 夢幻巨人ハガネ」3/5
=木下 木花のお話=
要塞都市に複数の巨人が立ち上がる。
同時に、多々良クンに持たせておいた魔法の護符が彼に届いた通信を私の耳にも伝えてきた。
多々良クンを包むハガネ。その鉄の力が魔力を削いでくるけれど、これぐらいなら支障は無いようで一安心。
《央介君、無事か!? こちらの通信機器が先ほどからエラーを吐いて支援が不能だったのだが……!》
犬獣人の司令官さんが慌てている辺り、多々良クンが魔女の結界の中にいた間は都市軍の連絡手段に幾らかの不運が降りかかって機能を阻害していたのだろう。
それを引き起こした母親の熟練の技、“縁切り”の魔法は流石のもの。
さて、尋ねられた多々良クンの対応は。
「こちらも追跡中に不明な妨害を受けて形成途上の巨人をロスト。同時に知人を巻き込んでしまったために、相手を自宅まで送り届けての保護を優先しました」
《補助無しの負担をかけてすまない……。状況の再確認だが夢君と辰君は隣県での巨人との戦闘を続行している。アグレッサーは別件への対処が終わってこちらに急行しているが40分はかかる。しばらくはハガネ単体で保たせてくれ!》
多々良クンは私の事を暴露するでもなく、うまくごまかしてくれた。
その一方で、今この都市には巨人と戦える戦力が少ないことも分かる。
ここ1週間、今までと違い日本中に巨人が現れていて戦力があちこちへ割かれてしまっている事は知っていたのだけれど――。
安心と不安それぞれを抱えた私は問題の巨人を見据えた。
スマートな立ち姿に黒頭巾、背中に背負っているのは巨大な十字――手裏剣かな。
つまりあれは誰かが憧れたフィクションの中から飛び出てきたニンジャの巨人。
そしてその黒頭巾の中で輝く魔法の煌めき――。
「やっぱり! あの巨人は魔力を伴ってる! ミスタルトと巨人が混ざっちゃったんだ!!」
私は護符に向けて呼びかけた。
その言葉は、ハガネの中にいる多々良クンの耳の中だけに届くようになっている。
「ど、どうすればいいかな!?」
逆もまた同じように、多々良クンが護符を握って喋れば彼の言葉は私にだけ聞こえるようになる。
ついで軍の人達が多々良クンのおかしな口パクに気を止めることもないように魔法“よそ見”も伴わせてある。
これで私とハガネの秘密の共同作戦は、なんとか秘密のままで遂行できそう。
一安心した私は、問い合わせてきた多々良クンに魔法使いとしての指示。
「ハガネでぶつかってみるのが一番! ハガネは鉄の力が宿る姿。魔法が効きにくい性質だしね!」
「う……わ、わかった!」
「本家忍者の多々良一芯流、ニワカニンジャに負けるものかよ!」
威勢のいい啖呵はロボットの佐介。
機械の彼が、その血族に大きな信頼を持っているというのは何とも不思議な話。
それでもハガネの頭部から飛び出した鎖を振り回して自在と操る姿は、確かにニンジャアクションといった感じだった。
忍者ハガネは鎖の束をニンジャ巨人へと投げ付ける。
それらは相手の体に絡み付いて、その身動きを封じていく。
だけど、ニンジャ巨人の中でミスタルトが邪悪な笑みを浮かべているのが見えた。
そして次の瞬間、ニンジャ巨人が爆発した!
「う、うわっ!?」
「煙玉、目暗ましだ! 鎖に手ごたえは残って――!?」
偽装爆発の煙に包まれたニンジャ巨人。
それでも佐介が拘束が解けていないことを言いかけて。
けれど彼がその言葉を言い終わる前、何かがハガネを襲った。
それは、強烈なキック。
何者かの蹴りが、ハガネの顔面を捕らえていた。
「ぐああぁっ!!」
私の目の前で叫び、吹き飛んでいく巨大なハガネ。
だけどハガネは相手を拘束する鎖を手放してはいなかった。
私は異変を感じて、ようやく煙が晴れていくニンジャ巨人を見直す。
鎖に囚われたニンジャ巨人は、確かにそこに居た。
けれど、それには“片足がない”。
私が何が起こっているかを把握しきれない間に、次の異変が起こった。
ニンジャ巨人が残っていた片足を闇に包む。
「あれは――何か魔法を使った! 恐らくだけど“影渡り”!」
危機を告げた直後、私の後方から多々良クンの更なる悲鳴が上がった。
慌てて振り返れば、そこでは一本の足が空中に浮いてハガネの両腕を蹴り上げていた。
その不意打ちの衝撃でハガネの腕に絡めてあった鎖が、縛りの張りを失う。
「しまっ……!!」
佐介が不覚の声を上げていた。
同時に、視界の端でニンジャ巨人が緩んだ鎖から腕を抜き放つのが見えた。
その腕も魔力の闇に包まれて虚空へ消える。
消えた腕は、すぐにハガネの面前に表れて彼の顔面へ何かを張り付けた。
それが“火”と書かれたお札だと分かって、続いて宙に浮く腕が指印を結んだ途端、ハガネの全身が煙に包まれる。
「……ゲ、ゲコォ!?」
煙の中から悲痛な鳴き声と一緒に現れたのは巨人サイズのガマガエル。
それはおそらく、変化の魔法を受けたハガネの姿。
「あちゃー……。あのニンジャ巨人、巨人として干渉することでハガネの鉄の力を止めるか弱めるかしてるんだろうね。それで魔法耐性が抜けた所にミスタルト側が魔法をぶつける一人コンビネーションってわけだ」
私の傍に控えていたクシーが腕組み考えながら起こった現象を分析する。
続いて、私を急かすような視線を送ってきた。
向こうでは哀れなハガネガマガエルが跳ねまわって、自由になったニンジャ巨人から必死に逃げ回っている。
「ぐぬぬ……ええ、ええ! わかりましたとも! 私の考え不足! 相手が巨人と魔法の合算で鉄の巨人を超えてくると考えるべきでした! 全力で対処すべきでした!」
私は全力の憎まれ口をクシーにぶつけた。
そういう事をしても彼からは嫌われないという甘えがあるのも分かっていて。
感情をリセットさせてもらってから、私は一息の呼吸と共に空のポケットから杖を取り出す。
周囲から見れば何もない所から生えたように見えるだろう山桜の花咲く枝杖。
それを握りしめた私は精神を統一し、願いを込めて呪文を唱える。
「チェリブロッサ・チェリブロッサ……サクハナサクラ・コノハナサクヤ……春に咲き誇る花々の力を与えて!」
杖を振るって足元へ強い力を込めた魔法陣を描く。
その中で、私は現世のしがらみを脱ぎ捨てた。
花々の花びらが舞う魔法陣の光の中、私は精霊が一糸一糸織り上げた羽衣を素肌へ巻き付けて、所によってはふんわりと、所によってはきつく締めあげる。
それらの布地は植物が芽吹いて伸び行くように形を変えていく。
魔法の衣が伸びて襟・袖・裾まで整いきれば、山桜の花びらと緑葉と赤葉の3色で彩られた戦いのためのドレスが形を成す。
足にはピッタリの草編みサンダルが結び留められ、手首に花びらのチュチュが嵌り、首元には花を閉じ込めた透明琥珀のネックレス。
最後に魔力を整える金のティアラを自分で髪に留めて、ちょっとお洒落でとっても強い女の子の姿。
花吹雪の祝福を受けて生まれ変わった私は、私を取り巻く精霊たちへ名乗りを上げる。
「――山桜咲いて散る魔法少女。コノハナ・サクヤ! 皆に笑顔の花を咲かせます!」
さあ、今回の第一のお仕事は!
私は空のポケットから空飛ぶホウキを引っ張り出して、それに飛び乗る。
そのまま踵でホウキの柄にコンコンと拍車をかけてやればホウキは全速力で私を空へと運んだ。
空から見下ろした戦場では、ハガネガマガエルが善戦――いや善逃でニンジャ巨人の攻撃をかわして回っている。
「彼らを治して戦力に戻してあげないとね。僕らは僕らで巨人の力がどう働くかわかんないんだから」
「わかっておりますとも」
クシーからのありがたいおことばへ横柄な返事。
でも、それよりも先にしなきゃいけない事がある。
戦闘状態で厳しくなっている要塞都市の監視に捕まってしまうと今後の魔法少女としての活動が面倒になっちゃうのだから。
さて、どうしようか?
私が考えあぐねていると、クシーのアドバイス。
「幸い今は巨人騒動の最中だし、派手に魔法使っても巨人とかのやったことと見分けがつかないよ。やっちゃえ、サクヤ」
それはなるほど。
巨人は多々良クンの持ち込んだ事件なのだから、この際は多々良クンへ押し付けてしまおう。
考えがまとまって、私はポーチから“クヴェルタル”を取り出す。
それはミスタルトから穫れた限りなく透明の小さな結晶、大魔法の触媒として十分な魔力の源泉。
その結晶を手のひらに包み、温めて融かして私の魔力へと取り込んで、魔法を思い描きながらの呪文詠唱。
「チェリブロッサ! さぁさぁ、お仕事だぁ♪ 色取り取りの働き花♪ 増えて、運んで、戦って! “ピック・ミニオン”!!」
私は空飛ぶホウキの狭い足場の上でコミカルに踊りながら祝詞を唱える。
同時に手のひらに生じた魔法の種を要塞都市全体へとばら撒き、それが十分な範囲に散ったのを見届けてから手指を口元へ運ぶ。
そして咥えた指笛を、私は高らかに吹き鳴らした。
響き渡る合図を受けて次の瞬間、要塞都市は極彩色に彩られる!
冬の初めの寒々しい色の要塞都市を飾ったのは、魔法の種から芽吹いた色鮮やかな花、花、花びら。
けれどそれらは、ただの花ではない。
ピック・ミニオンは働き花の使い魔――彼らは一斉に動き出して走り回り飛び回り、要塞都市の監視機器へと取り付いていく。
《な、何だ!? 何が起こっている!?》
《……不明です! 植物様の物体が都市全体に発生。映像への障害や電磁波などの観測に異常が!》
《ギガントの妨害……あるいは巨人の特異現象か!?》
多々良クン持ちの護符越しに聞こえる要塞中心部の混乱する会話。
よしよし、完全な目潰しとはいかないまでも魔法少女の一人二人が飛んでも身バレせずに済む程度にはできたとしましょう。
活動のための状況が整って私はホウキで空を滑り、逃げ回るハガネガマガエルの元へとたどり着く。
「チェリブロッサ! かえるにしたりーもどしたりー。しぃてぃしーの、が~ま~が~え~るぅ~……」
これは魔女定番のかえる魔法。
その魔力をハガネガマガエルへと投げ付ければ余剰魔力の霧が立ち込めて、そして霧の中から夢幻巨人ハガネが飛びだした。
「……どうなってるの!? その……木花さん、だよね!?」
人に戻って人語で状況を質問してきた多々良クン。
彼に蓄積された戦闘経験は大したもので、ガマガエルからハガネへと状態が変わってもニンジャ巨人に対する安全距離の確保を忘れずに走り続ける。
「どうにかしたの! 今はサクヤ!」
ガマガエルから巨人に変身した彼に、普通の女の子から魔法少女に変身して空を飛ぶ私は簡素な答え。
並走するハガネはとりあえず納得してくれたみたいで、頷く。
さてハガネの直接接触が危険となれば、今度は私が支援をしていかないといけない。
「あいつは両手両足を自在に外して飛ばせるみたいだ! とんだ忍法だぜ!」
これは佐介による相手の戦法看破。
とはいえ相手はハガネの縛鎖を解くまでは腕を使えなかった。
それは巨人同士に生じる強制力か、あるいはハガネの鉄の力が魔法を封じていたとみるべきかな。
となれば私は私で、魔法には魔法での対抗を試みないと相手の手の内を暴くことができない。
ハガネが鉄の拘束を行ったのなら、私もまた拘束の魔法を試みてみよう。
「――チェリブロッサ! 密林に咲く竜王喰いの茨姫! 彼の異形を縛り、棘に貫け! ビオーラ・ロゼッテ!」
私は精霊召喚の魔力を地面へと落とす。
途端こちらを追いかけてくるニンジャ巨人の足元、要塞都市のアスファルト道路一面に草緑が広がっていった。
敵は、それを理解する間もなく茂みへと踏み込んで、そして罠にかかる。
魔法の茂みから爆発的に伸びたのは茨乙女の魔獣が伸ばす太い太い棘蔦。
それらはニンジャ巨人の足から全身を絡めとっていく。
「さあ、どうしてくるの!?」
魔法の私と、科学のハガネが相手の出方をうかがう中、全身を棘蔦で縛り上げられた科学と魔法の混合物は、けれども戦意を失う気配はなかった――。