第三十九話「魔法少女コノハナサクヤ 対決!? 夢幻巨人ハガネ」2/5
=木下 木花のお話=
「……それにしても、雫さんの息子クンなのに魔力は全然ダメな感じねえ。魔法使いの才覚があるようだったら、うちの婿にでも引っ張り込もうかとも思ってたのだけれど」
ハガネの操り主、多々良クンを観察し終えた母親が突然に衝撃の計画中止を宣言した。
多々良クンたちは当然、私も混乱して声を上げる。
「えっ……!? 母さんが、えと……ムコ!?」
「ちょっと! 聞いてないし聞きたくもない話がでたけど!?」
私は突然の婚約予定と、その唐突な破棄から変に意識してしまって多々良クンを一度見る。
――いや、これは無い! 何よりも身長が足りない! まだクシーの方がマシ!
「魔女になるなら、ちゃんと魔法使いの家から相手を選ばないとね。力の弱い魔法少女が苦労するのは分かるでしょう?」
血統主義者の母親への返事は顰めきった顔で済ませる。
そして質問を始めたのは多々良クン。
「あの……母さんがって、どういう事でしょうか……?」
母親は淹れたてハーブ・ティーのカップを手に取って説明を始めた。
お茶からは湯気と一緒に、香りと魔力が店にたなびく。
「雫さんは無意識に魔力に惹かれてか時々このお店にやってくるのだけれどね。あの人は割と強めの魔女の血族よ。――薬師とか獣医の家系だったりするでしょう」
春ごろから、うちの店の時間不定常連になった小柄な女性、雫さん。
言われてみれば多々良クンとは小柄なことが共通しているし面影も似ているかもしれない。
また最後の問いかけに多々良クンは思い当たることがあったようで。
「ああ……。秤のお祖父さんの家は代々学者だって聞いていますけれど」
「秤! 天文の現役一門だわ。でも本家なら魔女の女系で継がれるはずだし、魔法は継がなかった男系分家あたりかしらね」
私でも聞いたことのある大きな家の名前に母親が大きく納得している一方で、額にシワを寄せて腕組み考えていたのはロボット・佐介。
次に声を上げて問いかけてきたのは彼。
「……マジかよ。うちの家が魔女とか……。その――央介が訓練したら魔法使えたりとかは?」
彼の質問は、大切なご主人様が少しでも身を守る能力を蓄えてほしい――というような考えなのかな?
でも、この部分は私でも見えている部分なので、こっちで答える。
「多々良クンが男の子ってのもあるけど、名前からして鉄の一族が入っちゃってる。そっちで阻害が入ってるだろうから、無理」
困惑しっぱなしの多々良クンの一方で、佐介が更に質問を続けてきた。
「男、鉄の一族――なんかの条件なのか?」
それに答えたのは母親。
まあ、ちょっと言いたくないような部分もあったから助かったかも。
「前提として鉄は魔法殺しの性質。そして魔女っていうぐらいに、女の身体的特徴が魔力には影響があるの。男の魔法使いは長年の修行でなるか――稀に素質を生まれ持ってる子もいるけれども」
母親は多少の身振りでお腹の下の方の部位を指し示し、魔女の条件を男の子たちへ教えた。
その意味を理解した多々良クンたちが少々赤面している。
同級生の男の子を相手に、そんな部分の話は口が裂けても言えるものではない。
「あるいは最初から魔法に完全適合した種族である僕らエルフなら、ってのもあるかな」
厨房から身の丈以上のお盆を抱えて飛んできたクシーがテーブルにお茶菓子――ミニケーキとフォーチュンクッキーのお皿を並べながら例外条件を差し挟む。
ついでクシーは自身にかけた魔法を解くために魔力霧を纏って――。
「じゃじゃーん! これが僕の真の姿! 割とカッコいいでしょ?」
――小さくてぬいぐるみバッグに隠せる妖精姿から、本来の人間の少年大の姿へ戻って見せる。
驚きっぱなしの多々良クンたちは、クシーの異種族風貌に加えて美少年加減にも更に驚く。
はいはい、クシーは白銀髪に金目で身長もある美少年。
どんな女の子でも、なんなら男の子ですらドキっとする姿でしょうとも。
でも私のお目付役だからと延々と口煩くあーだこーだ言われ続けもすれば、美形には飽きが来た。
……まあ、嫌いというわけじゃ、ないのだけれども。
魔法を解いて多々良クンとの身長順が逆転したクシーは、いたずらっ子らしさを発揮して彼ら2人の頭を上から撫でつけ揶揄いだす。
そんな中でロボットの佐介が反発を強めて、今までに関するもっともな話で切り替えしてきた。
「これぐらい魔法で無茶苦茶ができるんだったら、今までの戦いでも手出してくれれば――なんなら相手巨人をカエルにでもしてくれればよかったのに。それも鉄がどうこうって話か?」
「佐介! それは……!!」
「それは――それもあるけど……」
私は彼の指摘に、だけど彼らの戦いを黙って見ているだけだった気持ちもあって言い返しきれなかった。
だけどそこへきっぱりと言い切ったのは、母親。
「魔法使いは極力、魔法が関わらない事件には手を出さない。だからあなた達が戦いに倒れても助けはしないわ」
それはとても魔女らしい冷酷な言葉。
長年で積み重ねられた経験の気迫は、多々良クンたちを制圧するのに十分だった。
でも、多々良クンは一つだけを聞き返す。
「何か……決まり事があるんですか? 魔法を使う上での禁止事項とか……」
こう聞いてきたのは多分、彼が都市の軍との間で色々な取り決めをしているからの発想かな。
すると母親が軽く返す。
「禁止事項というまでに事細かくは決まってはいないわ。でも――方向性は決まってはいるわね」
次に声を上げたのはクシー。
「魔法使いがどういうものか、理解してもらった方が早いんじゃないかな?」
「でしょうね。それじゃあ昔々のお話から――はい木花」
母親から急な振りがきた。
えっと、私が魔法使いとして学んできた魔法使いの成り立ちは――。
「――人は、とても昔に魔法と出会って自分たちの力にできるようにしていったの。でもそれは、いわゆる科学とは少しだけ条件が違ってた」
「科学とは……違う?」
多々良クンが要点を尋ねてきた。
私も言いやすくなって助かる。
「さっきからの話にあったみたいに男の子や女の子、鉄とかの魔法殺しが宿ってる人、エルフかエルフじゃないか。そういう風に個人差とか血族とかで、ものすごい差が出る」
「――科学とは誰が使っても同じ結果が起こせるように原理を解明するもの。1足す1は2の世界。でも魔法の世界は惚れた嫌ったの気分屋で、全く違う結果になってしまう。1足す1がゼロだったり3だったりする」
私の基本部分に母親による二つの技術の差の説明が続いた。
聞き返すのは魔法とはまるで接点のないロボット、佐介。
「気分屋……まるで魔法が気持ちや考えを持ってるみたいな話だな」
返しは魔女の母親。
「そうよ。世界のありとあらゆる存在と概念に、それぞれの気持ちがあると考えてくれればいいわね」
「そういったもの――精霊の気持ちを動かして、別の状態になりたいと思ってもらうことで、科学側で見た法則を一切無視したような現象を起こす。それが魔法さ」
母親に続けたクシーは言い切ったタイミングで変身魔法を用いた。
小さな妖精姿に戻ってからテーブルへと降り立って、そのまま体積比が大きく変わったお茶菓子を両手に持ち上げ齧りつく。
「……物理法則もあったもんじゃねえな」
ぼやいた佐介は同じお茶菓子を匙で切り分けて口に運ぶ。
そういう彼、ロボットがお食事するのも割と変だと思うのだけど。
あー……バイオニキスに近いんだったっけ?
そんな中で、多々良クンが呟く。
「とんでもない力だってのは何となくわかったけど、それがどうして表に出てこないのかがわからない……昔から存在していたって話だったのに」
それにはお菓子を平らげたクシーが答えた。
とんでもない話を何でもない事のように。
「簡単だよ。僕らエルフとかの魔法使いが、世界を一度滅ぼしたからさ」
多々良クンたちは言葉の意味を一瞬理解しかねて、そして飲み込んでから大きく驚いた。
言葉も出ない彼ら相手に、母親が話を少し戻してから続ける。
「――古代の魔法使いは魔法の力を極めていって、同時に傲慢にもなっていった。神々とも評される力だったのだから。でも、そこで一つ大きな問題がでてきた」
母親は多々良クンを指差して、一つの質問を投げかける。
「丁度良く貴方は魔法使いの血を継いでいるのに、鉄に愛されて魔法が使えない子。さて、何でもできちゃう魔法使いが好き勝手する世界で、魔法の傍にいるのに魔法を使えない人は一体どうなると思うかしら?」
多々良クンは戸惑い、詰まりながら考えて。
だけど――。
「え、えっと……ごめんなさい。わからない、です……」
――あまりにも難しい問題に彼は答えきれなかった。
でも私なら、そういう状況となれば方針を決めてある。
それはとてもシンプルなもの。
目の届く範囲で困っているものがいれば助ける。
折角、魔法の力を持っているのだから、より大勢に笑顔の花が咲くほうが気持ちがいい。
さて、多々良クンの無回答の回答。
だけどそれは母親には悪くない印象を与えたみたいで。
「あら立派、見栄を張らない。でも、そうね。結果には大きくバラつきと気持ちの差が出る問題だわ」
話途中の母親は店内に飾られていた民芸ぬいぐるみたちに魔法をかけ、それらを操り人形としてテーブル上へ小劇場を作りだした。
ぬいぐるみたちの陣営は2つ。
片や、大きなぬいぐるみが小さなぬいぐるみを蹴り出すようなもの。
片や、小さなぬいぐるみたちが小さなぬいぐるみを大切そうに抱え込むもの。
「こんなように、魔法が使えないのは自分の子じゃないって平気で言える魔法使いもいれば、魔法が無くても大切な自分の子だというお父さんお母さんも出てくる……この人達は仲良くできると思う?」
それは血族依存、体質依存が中心になってしまう魔法使いが抱えた大問題。
自分たちが魔法使いとして強くあるために、魔法的じゃない人を身内に置いておくのが難しい。
対して、多々良クンは素直な気持ちを見せて首を横に大きく振った。
私も同じ気持ちで、彼への同意に小さく頷く。
そこでクシーが話の続きを語りだした。
「そんな感じで仲良くなんてできなかったからケンカが始まって、大きな戦いになっていった。魔法が全てじゃないって思ってた側には魔法以外の力を使う人達……今でいう所の獣人みたいな呪術使いや外からやってきた者達、鉄の武器を振るう科学の兆し達も加わってね」
そしてクシーは小さな体の両腕を勢いよく大きく広げた。
同時に放った小さな衝撃波が、テーブル上のぬいぐるみたちを四方へ吹き飛ばす。
「それで世界が滅んじゃった! 文字通りに世界を割って燃やし尽くす終末の戦いだったっていうからね」
やれやれと母親が吹き飛んだぬいぐるみを魔法一つで集め直す一方で、クシーは自身が立つテーブルを指差していた。
それはぬいぐるみ劇場での魔法使いの戦いの舞台を意味し、同時にテーブル下に広がる大地も指していて――。
――古代の魔法使いは、一体どれだけの恐ろしい力を持っていたのだろう。
多々良クンたちも、なんとなく冗談や比喩ではないことだと理解してくれたみたい。
そして、ぬいぐるみを元の場所へ戻した母親が話の結末へと進む。
「……戦いの後、魔法使いは壊れた物を元通りには直した。でも、直したからってひどい事が起こった事実は消えないでしょう?」
「魔法使いは、特に最上位のエルフは星の上に住むには力が強くなりすぎた。魔法を使えない人達にとっては怪物にしか見えなくなっていた。……だから、もう地球には居られないって事を受け入れた」
当事者のエルフであるクシーが最後を結ぶ。
応えたのは多々良クン。
「それで……世界から姿を消した。もう世界を壊さないために……」
「うん。世界を壊して直せるぐらいだから、自分たちの世界――魔界ぐらいは魔法でチャチャっと創れちゃったからね!」
クシーが冗談めかして自分たちの去った先を告げた所で、佐介が大きく溜め息をついた。
機械の、科学の子である彼の想定と対応の限界を超えた話だったらしい。
一方で多々良クンは、ここまでの話から例外項目を見つけて尋ねてきた。
「……でもそうなると、どうして木下さんたちが居るの?」
これには私が答える。
「魔法使いが居なくなっても、魔法の力が世界から消えるわけじゃない。だからそれが暴れ出さないように、悪用されないように。見守って片付ける役目をしようとする魔法使いが残った――私たちはそういう側の子孫」
「残って、それでうちの母さんも魔女の子孫で……いや、知らせない方がいいな。影響されて魔女の薬とかなんとか作り出したらシャレにならない」
佐介が何やら思い当たったらしいことを呟いて、それに多々良クンまでが雫さんの可能性に怯えだす。
いつでも柔和な印象の女の人だったけど家ではおっかないお母さんだったりするのかな?
しばらくの間は二人で怖がって、それから次の考えに至った多々良クンが呟く。
「でも……世界を見守るヒーローの一族か。そういうの、カッコいいね」
「――かっ……!!」
多々良クンからの素直な称賛と、更に真摯な視線が私に向いた。
母親なら流して終わる話。
だけど私は、うっかり奇声を上げた。
そんな信頼や尊敬の目を向けられるのは……慣れてないもん!
気持ちのやり場が無くなった私は、変に親しまれるのに困ったから強引に話を次へ移す。
「……ええと! さっきの話にあったけど、世界には見えなくなっただけで魔法の力がいっぱいあるの! それが時々固まって悪さをする! 学校の怪談が実体化したりとか、近づいたボールを食べちゃう木のオバケが誕生したりとか!」
「人間のトゲトゲした気持ちなんかが影響して魔法力――精霊が歪んだ姿、ミスタルト。それを捕まえないと最終的には色んなものと混ざり合って暴れ出すんだ。さっき木花は、それを追いかけていた」
クシーによるフォローも入って多々良クンたちを納得させるのに十分な話となる。
反応を見せたのは多々良クン。
「その……邪魔して、ごめん。自分たち以外に危機に立ち向かってる人が居るなんて思いもしなかったから……」
(説明しなかった奴が悪い)
変身ヒーロー少年からの謝罪と同時に、怪奇テレパシー少年による毒も飛んで来たけど。
後者には一度脅しをかけたいし、母親に頼んでおしゃべりな生き物――インコかオウムにでも変えてもらおうかな。
それはさておき――。
「はい。事情はわかってもらえたみたいで後は誰にも口外しないように! この約束を破るようなら今度こそ一生、犬とカエルになっててもらうから――」
「――雫さんも大変ねえ。子供何人も抱えて……ああ、やっぱりこのまま片付きそうな感じじゃないわね。“今日の事件は”」
急に、母親が口を差し挟んできた。
見ればお茶菓子として出していたフォーチュンクッキーをランダムに選んで開封し、中身の籤紙を並べだす。
「“異物が混ざる”――“魔物の襲来”――“団結すべし”――。木花、逃したミスタルトはどうしたかしら?」
何か……不穏な単語の並び。
母親の占いが高精度で当たることを考えると、事件が拡大してしまっている気配がする。
私は、ミスタルトの最後の行動を記憶から引っ張り出した。
「……ミスタルトは、多々良クンたちと衝突した時に飛んで逃げて――」
「飛んで逃げていったのは巨人もだ。そのミスタルトって魔法の何かは巨人に影響はないのか?」
佐介は機械の冷徹で迫る危機の材料を加えてきた。
とんでもなく嫌な予感に、私は頭を抱える。
――二つの怪物の材料が手に手を取って飛び去った結果は、すぐに表れた。