第三十九話「魔法少女コノハナサクヤ 対決!? 夢幻巨人ハガネ」1/5
=木下 木花のお話=
「マズいマズい! マズいって!! あんな高濃度の“ミスタルト”が発生してるなんて!!」
私に追従して飛ぶ妖精姿のエルフ、クシーが耳元で悲鳴を上げた。
対象の不定形存在・ミスタルトは邪な考えを持ちながら、捕獲者である私から逃れるべく休日の旧市街の路地を縫うように飛んでいく。
いつものあずき色ジャージに身を包んだ私は、自身への認識阻害魔法とホウキにかける飛行魔法に全力を注ぎ、同時に危険な獲物が現れてしまった原因を独り言ちる。
「戒厳令……。そんなには珍しくはないけど、みんなの心を不安に傾ける切っ掛けになっちゃったみたいね!」
「この間の赤色ハガネの大暴れと、凍結巨人軍団の地下まで侵攻。その二つ分の負の感情が一気に結晶化……都市がひっくり返るには十分なエネルギー量だよ!」
クシーが急かしてくるけれど、私が飛んでいるのは人通りもある町中。
そこを“人目の隙間”を作り出せる限界ギリギリの速度で追いかけている。
結果、ミスタルトまでの距離は徐々に縮んできた。
私は息切れし始めた空飛ぶホウキに最後の踏ん張りをかけさせる。
そうしてミスタルトを追い込む先は、戸惑いの魔力を宿す街の古跡――桝形。
「あと……ちょっ……とぉ!!」
狙い通りにミスタルトは桝形の角90度屈折で、たたらを踏むように速度を落とした。
たたら――少し思い当たる事を抱えながら私は捕獲魔法へと意識を移す。
でも、その瞬間だった。
「うっ……わぁっ!?」
「え!? ちょっ……!!」
桝形の街角の向こう、建物の影の死角から何か色々が飛びだしてきた!
向こう側からの1番手だった“形容しがたい何か”は空へと飛び逃げ、そして私が追いかけていたミスタルトは“その何か”を追うのをなんとか視認できた。
けれど私の追跡はそこで中断される。
私と、対向から飛びだしてきた2番手は減速しきれずに正面衝突。
だけど相手は人間には不可能だろう反射速度で私を受け止めて、おかげでそれほど痛い目を見ずには済んだ。
街角に墜落した私と、それを受け止めた相手。
魔法で認識をどれだけごまかしても、そうまでなってしまえば隠れることなどできない。
そして更に向こう側から現れた3番手とで三つ巴に顔を合わせて、お互いが何者なのかを理解する。
3人で理解して指を突き付け合って、思わず叫びをあげた。
「「「……あーっ!?」」」
まずい! とてつもなくまずい!
私は立ち上がると同時に全魔力を認識阻害へと回して、そして中核の人物である彼の手を引いて路地裏へと走り込む。
「ちょ、ちょっと待って……! えっと……木下さん!!」
彼――多々良クンが引っ張り回せる小柄サイズで助かった。
私は彼を引きずり回して、なんとか都市の視線を切るための魔法結界をいくつか潜り抜ける。
それでおそらく都市軍の探査機器から逃れることができたと判断して一度立ち止まり、全力疾走での呼吸と心拍を落ち着ける。
そんなところへ質問がかかった。
「ホウキで飛んでた、よな。木下さん」
息も切らさず、そしてしっかり問題の部分を認識していたのはピッタリと追いかけてきたロボット少年の佐介。
多々良クンの方は、まだ見間違いの可能性もあるのではというような表情。
だけど意志持つ機械という特異な存在にハッキリと見られてしまっては、ごまかしきれない。
私は仕方なく秘密を暴露すると同時に、仕事の邪魔をしてくれた怒りもぶつけることにする。
「飛んでいました。飛んで、危険物を追いかけて、処理しようとしていた所に、邪魔が入りました!」
「危険物――それじゃお互い様だな。こっちも巨人の半端な投影体を追いかけてたんだ」
佐介の機械らしく冷静な返し。
うっ、と私は言葉に詰まる。
さっき1番目に飛びだして来た飛行物体。あれが巨人だったとは……。
「お互いに追跡状態、そして惑いの魔力地形。そりゃありとあらゆる隠蔽魔法がほどけるさ。魔法使いが魔法におぼれた形だねえ」
長年聞き慣れた声が、私の失態を指摘しながら近寄ってきた。
やっと追い付いてきたエルフのクシーが不可視魔法を解いて現れ、呆れるような声を上げる。
その姿を見た多々良クンは、驚きの声。
「……妖精!?!? それに、魔法使い!?」
「はーい妖精ですよー。割と教室では傍に居たんだけど顔合わせでは初めまして、多々良 央介くん」
クシーの差し出した小さな手に、呆気にとられたままの多々良クンは素直に手を伸ばして挨拶の握手。
そんな中でも機械だけに冷静極まる佐介が、話を続けてきた。
「まず確認したい。オレたちと木下さんは敵対関係にあるかどうか。――そっちの能力については気が向いたらでいい」
(あーっ!! 思い出した!! 木下、お前……いや、なんでだ!? 何度か気付いた覚えがあるのに!! 何で俺は忘れて……!?)
ああ……私と競合しているもう一人。サイオニックも多々良クンに紐付けされていたっけ。
私は盛大に溜め息を吐いてから、乙女の秘密を少年たちへと明らかにした。
「魔法少女……浮いてたのはトリックとかじゃないんだよね。妖精のクシーくん、触れるもんね」
目的地へと向かって歩く私の後で、多々良クンは事実を受けいれていく。
続けて、彼の補佐ロボットの佐介。
「ホウキで飛ぶのはイメージ通りでも、服があずき色ジャージってのは意外なところだがなあ」
「これは魔法少女として動くのに向いてる恰好をしているだけよ」
私は憮然としながら現在の衣装についての理由を答えた。
ジャージなら汚れも引っ掛かりも気にしなくていいし、とっさの事態からの飛び出しにも対応できる。
それが魔法少女を始めてから数年での、私の最適化。
「面倒だから楽な恰好してるだけとも言う。本格的に活動するって時は防御力とか備えたステキな戦衣に着替えるんだけどね」
パートナー、クシーが私の代わりに少しの見栄を張ってくれる。
でも、この一年でドレスまで出して事件の対応に当たったのは1回だけ。
それぐらいにまで、私は仕事に慣れてしまった。
(そんなのはどうでもいい。木下、おまえは一体何度、俺の記憶を改竄してきた!?)
同級生からの責めるテレパシーが飛んできた。
同じ内容が多々良クンにも流れているのか、後方から私の表情を不安げに窺っているのが見える。
誤解を解くため、魔法についての簡単な説明。
「根須クンの怖い力みたいに無理矢理、頭の中を書き換えちゃうわけじゃないわ。魔法は、その人が気付かないようにしたり、気にしなくてもいいか忘れてもいいかって方向に導くだけ」
そこまでを答えても根須くんが飛ばしてくるのは疑念の唸り声――唸りテレパシー。
人の頭の中を読めるくせに人を信じられないとは、お気の毒様。
「気付かないように、導く……さっきから変に周囲に鳥が集まってるのも、何かやってるのか?」
横から鋭い指摘を掛けてきたのはロボットの佐介。
流石に機械だけあって数字の変化にはとんでもなく強いみたい。
その主人の多々良クンは周りを見渡して――。
「鳥? ……こんなものじゃないかな?」
――こっちは違和感を覚えなかったのかな。
それでも、種明かしはしておく。
「そ。あの鳥たちが都市軍その他の監視カメラの視界を“偶然”塞いで、私たちが意味のある形で映らないようにしてもらってるの。これが魔法使いが見つからない理由」
基礎的なところを理解してもらったところに、多々良クンが問いかけてきたのは。
「じゃあ熊内さんを何度も助けた魔法少女って――」
「……まあ、ね。友達が困っているのは放っておけないから」
私の色んな気持ちを含んだシンプルな回答。
けれど敏い彼は、更に問いを続ける。
「彼女は、この事を知って……は、居ないのかな。多分だけど木下さんは、知らせない」
「そうね。――理由は、多々良クンなら解るでしょ?」
大きな力を扱う者と結びついているというのは、それ自体がリスクになる。
多々良クンは似た立場だったこともあってか理解は十分あり、そこで話を終えてくれた。
互いに複雑な心情を抱えながら私たちが辿り着いたのは旧街道沿いにある一軒のお店。
和風基調のガラス引き戸の表口を開いて、2人の男の子を中へと招き入れる。
「えと……喫茶店? お食事処?」
何故ここへ連れてこられたのかと戸惑う多々良クンと、警戒しっぱなしの佐介。
そこへ3人目の男の子からのテレパシー。
(木下ん家……。町のど真ん中に魔女の家があるなんて……)
根須クンは自信の読心能力に大穴をあけられていた事がよっぽどショックだったらしい。
私だって魔法少女の最初の頃は時々根須クンに気付かれかけて苦労したのだからお互い様だけど。
だから、少しだけの憎まれ口。
「魔女は山奥で大鍋掻き回してるとでも思った? 生憎、古―くから街のお茶屋さんよ。――ただいまー」
私がカウンター奥、暖簾の向こうの厨房へと帰宅を告げる。
すると直ぐに返事。
「あらあら、早いお帰り。……これは何かドジ踏んじゃったわね」
魔法少女大先輩の母親は見ずとも聞かずとも状況を把握したらしい。
そして私が連れ込んだ2人を確認するため、暖簾を手で避けて店頭へと姿を現す。
「ドジも大ドジ! おまけに余計なの拾った!」
私の嘆きを聞きながら、同時に連れている少年2人を見やった母親。
それだけで母親には十分な情報となった。
「ふうん……追跡相手を惑いの魔力地形に放り込んだら、同時にあなたの遠見も身隠しも利かなくなった。それでハガネの2人と正面衝突した、辺りかしらね」
この割烹着姿の魔女には失態が全部見透かされている……。
自身の未熟に唸る私の傍で2人の男の子が母親へ向けてはじめましての挨拶。
「魔法少女の親分なんだから凄ぇしわくちゃの魔女でも出てくるのかと思ったけど、普通に美人ママさんだな」
「しぃっ!」
とんでもなく失礼な想像をしていたらしいのはロボットの佐介の方。
慌てて多々良クンが抑えるけれど。
「おほほ。それでは魔女らしく目撃者を犬やカエルに変えてしまいましょうかねえ」
母親はそう言うと、禍々しく指をひるがえして2人の多々良クンへと魔法を放った!
余剰魔力の霧が2人を包んで、その中から人のものではない悲鳴が上がる。
僅か数秒、霧が晴れた中から現れたのは。
「くぅん……?」
「ゲコォ!?」
この母親、本当にやっちゃった。
多々良くんは黒い仔犬に、より失礼側だった佐介はカエルに変身させられて。
と言っても――。
「はい、イッツ・ジョーク。ピリカ・ゾイワコ・マジョーイナ♪ もどれもどれー」
すぐさま解除の魔法が飛び、2匹は再び魔法の霧に包まれた。
今度現れたのは怯え切った2人の男の子。
「さて……魔法がどれだけ怖いものか、そして秘密を洩らしたらどうなるか分かってもらったところで、お話をはじめましょうか」
母親は、そう言って私へ次の行動を促す。
次に誰かがカエルにされてもたまらないので、私は急いでお店の表に『貸切』の札を出した。