第三十八話「マホト、それは心の中の世界」10/10
=珠川 紅利のお話=
ついに佐介くんを従えた央介くんの戦いは、新たな段階へ入る。
まだ少しだけ人間っぽくなれていない佐介くんと、突然のパートナー登場に対する戸惑いがある央介くん。
私からすれば見慣れた状態になった二人は、だけどまだ佐介くんを信じ切れていない央介くんからの距離感。
それでも共同生活をするうちに彼がどういう存在なのかを少しずつ理解し始めた。
その頃に央介くんは6年生になった。
意を決した彼が学校へ行けば、だけどクラスの半分近くが登校してこない状態になっていた。
「――出会った頃、巨人を壊されてしまった子供たちは心に大きなダメージを受けるって言ってたよね。向こうではそんな酷い事にならなかったけど、こっちは……」
私が記憶を探った話をすると、ハガネくんは頷いて悲しい過去を肯定して。
だけど、傍にいる佐介くんを指差しながらの訂正。
「あれは佐介だって。紅利さんを巻き込んで共犯者を増やして、僕の傍に人を増やそうとしたんだ。ひどい極悪ロボットだよ!」
そういえばそうだったと私が覚え直す。
一方で傍若無人な相棒への憤慨を語ったハガネくんは、そこから一転して彼の評価を続けた。
「……でも、うん。酷い事にならなくなったのも、アイツの力なんだ。……流石父さんたちが作った、大したポンコツさ……」
事実、佐介くんが現れてからは巨人の撃退があってもクラスメイトの欠席は増えなくなった。
悲劇がいくつも積み重なって、けれどその蓄積から色んな事が好転を始めていた。
それでも央介くんは毎日、病院へ通った。
相変わらず目覚めない夢さんと辰くん、同じように目覚めなかったり体調を崩してしまったクラスメイトたち。
そして治療中なのに筋肉トレーニングをしてしまって看護師さんに怒られてばかりの黒田さんのお見舞いのために。
「……ううん……。この時に気付けていれば、少しは気が楽だったのかな?」
病院で急に唸り出したハガネくんを見れば、彼の視線の先には半透明な辰くん。
ああ、そういえば彼は言っていた。
央介くんが島にいる頃には、この幽体離脱みたいな状態で動き回っていたって。
悲しい顔で辰くんの寝顔を見つめる央介くん、それに何とか現状を伝えられないかと無音のドタバタを繰り広げる辰くん。
記憶の世界だからわかる冗談のような悲劇のすれ違いは毎日のように続いた。
そして、巨人との戦いも。
央介くんと佐介くんが揃って夢幻巨人となったハガネは、もう苦戦なんてしなかった。
どんな巨人が現れても佐介くんが放つアイアン・チェインと央介くんが振るうアイアン・ロッドが相手を打ち倒した。
何度目かの空を飛ぶ巨人が現れた時は、ハガネを空に飛ばそうという試みがなされて。
ドローンを背負って空を飛んだハガネは、だけど以前に聞いていた通りの衝撃の結末。
そんな失敗があっても夢幻巨人ハガネの戦闘技術は磨かれていった。
それでも、巨人へとどめを刺すときの央介くんの悲しみは消えなかったけれど。
そして21番目の巨人と戦っている最中だった。
剣道装備の巨人は竹刀一本、ハガネの棒術と真っ向に渡り合う。
「対抗自体は問題ないけど……!」
「ここからトドメを刺しに移れってのは!」
央介くんと佐介くんの、あと一歩勝利へ届かないという嘆き。
そこへ――。
《次の一合で、構えている棍棒をわざと取り落とすんだ! 落とすのは相手の足方向がいい!》
通信から聞こえたのは、私にとってはとても信頼できる声。
未知の声に央介くんたちは僅かに戸惑って、けれど言われた通り戦いの最中にアイアン・ロッドを地面へと弾かせた。
剣道巨人は――地面に転がったロッドを、わざわざ踏み付けに行った!
その一歩の時間、切っ先がそれた時間でハガネは拳を振るい、また主砲を構えての同時攻撃。
3つの対応を同時にしようとしてしまった剣道巨人は、反撃が遅れてノックアウト。
《――敵に武器を再装備させたくない、という意識を利用した誘導だ。良く対応してくれた》
戦いが終わった後、央介くんたちが顔を合わせることになったのは先ほどの戦法を教えてくれた犬獣人の軍人男性と、その陰に眼鏡のおじさん。
――大神さんと、未だに嫌な印象しかない名前もわからない軍の偉い人。
そこでパパさん博士たち、大人が進めていた話が央介くんにも伝えられた。
それは戦闘に不向きな新東京島ではなく、戦闘態勢が整っている内陸の要塞都市への退避。
央介くんは戸惑った。
戦闘での事は言われた通りでも――意識が戻らない二人を置き去りにする判断ができなかった。
また、移っていった先でも犠牲者の子供が出てしまうことに怯えていた。
それでも――。
「じゃあ、さっきの戦闘みたいに苦戦をして最終的に被害を出すかい? 足手まといの町を庇っていてはプロの軍人だって戦力半減するんだからねえ」
――嫌な眼鏡おじさんからの、正論。
そしてそれは黒田さんの事で央介くんの心を刺すための話。
結局、その場では央介くんは回答できなかった。
もらったのは1週間の猶予。
その間、央介くんが眠ったままの二人の病室で過ごす時間は最初の時のようになってしまった。
だけど、その傍には佐介くんが居た。
央介くんの目にも、強い意志の光が宿っていた。
そうするうちにやってきた決断の日。
その日も、央介くんは22番目の巨人に立ち向かう。
なんてことはない相手、被害も何も出さずに勝てる相手。
夢幻巨人ハガネは、新東京島の浜辺に巨人を抑え込んで慣れてしまった手つきでとどめを刺す。
その瞬間に央介くんがなんでもないように言った。
「行こう。要塞都市の神奈津川へ」
佐介くんが応じる。
「本土は久しぶりだな。じいちゃんの家にも近いか」
「佐介は本土なんて行った事ないだろ?」
私と出会う直前の、私が最初に出会った通りの二人。
彼らがハガネを解除して砂浜の向こうを見れば、二人を待っていたパパさん博士にママさん博士。
そしてもう一人――大神さん。
私はハガネくんと一緒に砂浜から去っていく二人を見送る。
その波音だけになった砂浜も、徐々に記憶の外へ溶けていく。
心の世界、マホトがほどけていく。
だけど突然、ものすごい轟音が響いた。
私が驚いて音のした海側へ振り返れば、宇宙へ続く橋――マスドライバーは複数の量産クロガネ、また色が様々なベルゲルミルたちに取り付かれていた!
「な、何!?」
「――知らない! こんな記憶は、ない!!」
ハガネくんの強い驚愕に反して、淡く消えていく新東京島。
その中でマスドライバーの上を何かが走り出す。
理科の教科書で見たような、古い宇宙シャトル。
そして宇宙シャトルにしがみついて、それを守る夢幻巨人ハガネたち。
私はこの不思議な世界、マホトが起こした可能性を口にする。
「……これは、過去じゃない――未来の記憶?」
シャトルは加速していき、けれど群がる敵が多すぎた。
飛び掛かってきたクロガネ1体を迎え撃った夢幻巨人がシャトルを護り、その代わりに脱落する。
天使のような翼を生やした見た事もない白い夢幻巨人はシャトルへの同行を諦め、代わりに敵の群れを引き付け、そして吞まれていった。
「誰の……巨人?」
その答えが分からないまま、新東京島の記憶は終わりを告げる。
次の瞬間、私が立っていたのは街角。
見慣れた街角、私の通学路。
そこを探し歩く央介くんと、佐介くん。
そして様子のおかしな電動車椅子に乗った女の子が向こうで立ち往生。
「ああ……」
「到着。ここが央介の記憶の中の、紅利さん」
ハガネくんが優しく声をかけてくれて、そして彼はお面を取る。
央介くんに戻った彼は、また会おうねと手を振って、記憶の央介くんへ溶け込んでいった。
やり方を教えてもらった私も、車椅子の私へ歩み寄る。
それからちょっとおまけに。
「これから、いっぱいの苦労と、たくさんの幸せが待ってるよ。珠川 紅利!」
車椅子の私にそう呼び掛けて、その内側へ跳び込んだ。
――目を開けると、“私たち”は光の流れの中にいた。
巨人を作り出すときの光の流れ。
傍にいるのは、央介くん。
「僕たち、ほどけた……!?」
「うん! でも、目を覚ますにはどうしたら!?」
「こっちだぁっ!!」
私と央介くんだけの世界に、別の誰かの声が響く。
それは光の流れに逆らってきた、もう一人。
「央介! バカリーナ! 手を延ばせぇっ!!」
「あきら!」
「あきらくん!!」
私たちは、やっと彼と手を繋ぐ。
そして三人で流れの外へと向かった――。
=多々良 央介のお話=
僕が目を開けようとした途端、懐かしい匂いに抱き着かれた。
大丈夫だよ、むーちゃん。辰。もう泣かないで。
僕は戻ってくることができたから。
ずいぶん重たくなった幼馴染と、重さが無くなっている幼馴染を押しのけて、体を起こす。
目を開けて見渡せば、僕を取り囲む家族みんなと大神一佐、紅利さんのお父さんお母さん。
そして隣のベッドからゆっくり起き上がる紅利さん。
目を覚ました彼女も同じように周りを確認して、僕と目が合う。
良かったと言えればよかったのかもしれないけれど、気恥ずかしさからお互い目を反らした。
――僕は、彼女の心の中を見てしまった。
炎の中の苦しみと、立ち上がれない苦しみ。
また、彼女がどれだけ僕を求めているのかまでも。
それは暴力的で、情熱的で、強引で、全身全霊だった。
それらを抑える彼女の別人格が傍に居てくれなかったら、僕が目を覚ますことはなかったかもしれない。
逆に言えば、彼女も僕のそういう面を見てしまっているのかもしれない。
――どうしよう、心の中で彼女にとんでもないことをしていないだろうか?
でも、みんなの居るこの場ではそんなことを聞くわけにはいかない。
視線を戻して来た紅利さんと頷き合って、いつか二人だけの時間があればと目配せで伝え合う。
その途端に、むーちゃんが僕の顔を両手でつかんで自分へと向きなおらせた。
「無事!? 脳が交信したままで、中身だけ紅利っちになってない!?」
彼女の、たぶん嫉妬混じりの心配へ、笑顔で応える。
「大丈夫だよ。僕は多々良 央介。新東京島で生まれて、むーちゃんと辰と一緒に育って、巨人を作り出した。何か、間違ってる?」
「……その辺の記憶も混合してたら区別付かないんだぞ?」
くたびれた声を上げたのは、近くのモニター机から体を起こしたあきら。
ああ、さっき助けてくれてありがとう――。
――え、あきら!?
「あきら、君は――!!」
僕は、彼がみんなの――大人たちまで居るこの場で能力を使っていただろう事に、やっと思い至った。
そんなことをしたら――。
「ま、バラしちまったさ。お前ら二人を助けたかったのと、軍には既に疑われていたみたいだから、捕まって犯罪者にならずに済んでラッキーってとこ」
「……彼は、軍への協力者だ。央介くん同様のJETTER協力員ということになるだろう」
大神一佐があきらの今後についての説明を語る。
そう……それなら、大丈夫なのかな……。
僕が、大人たちに任せられるだろうかと心配すれば、向こうで紅利さんも同じように彼の身を案じていた。
でも、そのタイミングで近くにあった冷蔵庫大の大型ケースが内側から蹴り開かれる。
驚くみんなの注目の中、しかめっ面でケースから出てきたのは僕の相棒。
「……もう二度とやらせないし、やらないからな? 紅利さんも、央介もだ」
「うん……。出来る限りね」
「ステインレス・ハガネ……禁じ手にしよう。みんなのために」
僕と紅利さんとあきらの三人で頷く。
僕とむーちゃんと辰の三人でも頷く。
大人たちも揃って頷いて、それでやっとヴィートとの戦いが終わった――。
=根須 あきらのお話=
それから央介と紅利は、徹底的な身体健康診断に放り込まれた。
一方の僕は大神一佐に連れられて機密通信室。
通信画面に映るのは、薄っぺらい笑顔の眼鏡。
《いやあ、ハッピーエンドで良かったねえ》
僕は通信の向こうの附子島へ、嫌味の一つを返す。
「エンドじゃねーよ。みんなの人生も、戦いも続くんだから」
《まったく……可愛くない子供だねえ。物事には一区切りってものがあるじゃあないか?》
附子島がわざとらしく溜め息をついて見せる。
僕は、こいつが考えていそうなことをぶつけてみる。
「一区切っても、今日明日で次の巨人が来そうだって考えてる類だろ?」
相手は悪びれもせず、答えが返った。
そして要求も。
《大正解ぃ。ところで……これからの上司への口の利き方ってものを教えようか?》
その要求には舌を出して答えてやる。
「面従腹背で良ければね」
《うんうん、悪くないね。社会人は基本それで動いてるんだから》
既に僕が何をやってもこいつの掌の上。
それでも、こいつの掌の上じゃない人達がいる。
例えば――そう。
「心が読めない孤独な奴はこれだから困るね。裏切りなんて考えても居ない、信頼で繋がってる人達なんていっぱいいるのにさ」
僕のその言葉は多少なりとも附子島に刺さったか、返事は皮肉と虚無だけの笑顔。
その表情が消えきらない頃、相手側の情報表示に変化が起こった。
《ハ! ――このタイミング、やはり来たか》
附子島が不敵な笑顔を浮かべて既に用意済みだった対応を始める。
これは、何かの攻撃が始まった――?
こいつが今、関わっている案件は巨人周りばかり。
僕は都市全体へPSIの網を広げて巨人の気配を探る。
だけど――。
「まだ都市には何も……!? いや、これはまさか!!」
この間、附子島が表に出てきた時に読み取っておいた、その予想。
ギガントが次に仕掛けてくる最低最悪の展開。
《そのまさかだ。国内3か所――いや今、増えたな。6か所で巨人の出現が確認された。さあ忙しくなるぞっと!》
その日、日本各地にスティーラーズが、それらが融合操作する巨人が現れた。
それは一度には終わらず、波状に現れて各地を脅かしだす。
いずれも場所が軍機関周りであったため、そして復帰した巨人隊とEEアグレッサー隊が全国を飛び回って戦った結果として被害は抑えられたけれど。
だけど政府は5日間の討議の末、特に軍議会は事態を重く見て決断を下した。
――発令されたのは、国家戒厳令。
See you next episode!!!!
チェリブロッサ! サクヤです!
いつもどおりにミスタルトを追いかけていたら、なんと変身ヒーローの多々良クンと正面衝突!
魔法少女の秘密のピンチだけど、事件はそれだけで収まらなくて……!
次回『魔法少女コノハナサクヤ 対決!? 夢幻巨人ハガネ』
みんなの花も、空に向かって咲き誇りますように!
##機密ファイル##
GW-8-SPL轟雷 ガンウォーカー ごうらい
ハードランディングギア・不整地強制着陸脚、要するに四足を備えた高機動VTOL攻撃機。
機種名は地面を歩くガンシップであることからガンウォーカー。
日本の平地が少なく都市と山岳ばかりという条件に対応するため、どんな地形でも着陸と発進、なんなら地面をホバーで駆けまわっての戦闘継続を目的とする空戦兵器。
超音速戦闘機と無翼ヘリや攻撃機の両立と言えば聞こえはいいが、要求される機動操縦技能は膨大であり、習熟までに6割のパイロットを病院送りにする悪夢の暴れ馬である。
“後脚”の二本はジェット&ホバー兼用構造のために可動範囲がやや狭く、着陸・ホバリング・巡行の三形態の角度切り替えしかできない。
一方で“前脚”は構造強度が高くフレキシブルに動かすことが可能で、マニュピレータも組み込んであるため“手”としての機能もある。
通常のパイロットであれば、この手は機械操作で「物を掴んで飛ぶ」「ホバー中に邪魔なものを掴んで動かす」ぐらいが関の山だが、熟練パイロットはここに簡単な武装を保持させて運用したり、極端には格闘戦までをこなす。
それ以外の兵装装備能力は一般的な戦闘機と大差はなく、それらと機種を混合しての共同作戦も可能としている。
・小口径イージスレーザーレンズ 上面x2下面x2
・機首同軸機関銃x2
・翼下小型ハードポイントx4
・翼下大型ハードポイントx2
機種名に付随しているSPLはシェル・ポッド・リンクドの形式であり、黒田二佐などSPサイボーグ向けの形式になっているものを指す。
この形式はコクピットブロックが丸ごと“当人”であるシェル・ポッドに差し変わる形となっている。