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第三十八話「マホト、それは心の中の世界」9/10

 =珠川 紅利のお話=


 空に浮かぶ巨大な鯨。

 私が見てきた中でも二番目に大きな巨人、マッコウクジラの姿の巨鯨王。


 彼との戦いは一方的なものだった。

 相手は空にあってハガネの攻撃は届かない。

 巨体が過ぎて黒田さんの戦闘機が振るうハンマーも効き目がない。


 央介くんは精一杯に集中してハガネの鎖を最大限伸ばそうとして、けれどそれは百メートル先に石を一つ一つ投げて積み上げるような無理だった。

 空高くに向かって投げ上げられた鎖は、途中で分解してしまって巨鯨王には届かない。


 それが央介くんの心と意識からできているハガネの限界点だった。


 対する巨鯨王は、まるで空飛ぶ要塞。

 その背中には戦艦の大砲を背負っていて、新東京島の周囲を巡行しながらハガネと黒田さんが率いる戦闘機部隊を目掛けての攻撃。

 背負った4つの砲台にそれぞれ3つずつ並んだ大砲から、また全身に纏ったフジツボ型の鉄砲から放たれるのは強烈な水鉄砲。


 水鉄砲――だけど巨人の攻撃なのだから鉄の弾も水鉄砲も差は無くて、むしろ水として流しっぱなしにできる方が恐ろしかった。

 戦闘機は巨人の水飛沫一滴を受ければ壊れてしまい、大砲の直撃を受けたハガネは地面へ押し潰される。


 黒田さん以外の戦闘機が1機、また1機と戦闘不能になって離脱。

 ハガネと黒田さんへも、撤退を考えるようにという呼びかけがかかる。


《それで、逃げ出した後はこのデカブツが暴れまわるままにしろってか!? 引継ぎが来るまではテコでも動かねえぞ!!》


 黒田さんは呼びかけをつっぱねて、そして一計を案じた。


《チビスケぇ! 奴の4基も並べた3連主砲に全身の対空砲火だが鼻先は死角だ! これから俺がそこに飛び込んで奴を誘導する! それで高度が下がったら後は口の中、ピノッキオだか一寸法師の戦いをしてみせろぃ!!》


「う……うん!!」


 央介くんの返答を聞くが早いか、黒田さんの戦闘機はものすごいスピードで飛びだしていった。

 巨鯨王の周囲を大きく巡って大砲の攻撃を引き付け、掻い潜って先の説明通りの場所へ。

 相手の鼻先に戦闘機のハンマーを叩き付け、そこに陣取ったことを主張してみせる。


 巨鯨王は身をくねらせて回頭し、打撃を与えてきた黒田さんの戦闘機を狙おうとした。

 けれど黒田さんの操縦技術は素晴らしく、相手の攻撃が届くことはなかった。


 大きな頭を何度も叩かれて苛立つ鯨はじたばたと空を泳ぎ、そして少しずつ高度を下げていった。

 そこはもうハガネの鎖でも届く範囲。

 一方で、黒田さんの戦闘機としてみれば、このままでは地面に押し付けられてしまう高さ。


 巨鯨王の口元へ向かってハガネを走らせる央介くんが、もう十分だと声を上げる。


「行けます! 黒田さん、逃げてぇっ!!」


《ああ、そうさせて――!?》


 黒田さんからの応答は、途中で遮られた。

 彼の戦闘機の翼が砕け散る。


「な、何っ!?」


 央介くん、そして黒田さんすら気付かなかった不意打ちの攻撃は、巨鯨王の鼻先すれすれを撃ち抜いていた。

 攻撃を行ったのは、イルカ。

 鯨の巨体の影から姿を現した、空を飛ぶイルカ。


 見れば、巨鯨王のお腹が扉のように開いていて、そこから更なるイルカが飛びだしてくる。

 巨鯨王はそんな隠し玉の子分たちを用意していた。


《――か、艦載機っ!? ……ハメられたかぁっ!!》


 不意打ちを受け、墜落していく黒田さんの戦闘機。

 なんとか脱出装置は働いて、黒田さんを収めたコクピットブロックが空へ飛び出して――けれどそこは敵が攻撃できる範囲内。

 巨鯨王の放水大砲が脅かすようにゆっくりと狙いをつけ、それよりも先に艦載イルカの水鉄砲がそれを狙った。


 イルカの攻撃の一発がコクピットブロックを掠めてその形を大きく壊し、それでもまだ次の攻撃が迫った。

 私が思わず目を覆って、けれど1秒、2秒……悲劇の声は聞こえない。

 その代わり――。


「ぐっ!! ううぅっ……!!」


 ――央介くんの、苦痛の呻き。

 慌てて見上げれば巨鯨王の鼻先にはハガネが立ち、コクピットブロックの残骸――黒田さんを抱えて、敵の攻撃からそれを守っていた。

 先の黒田さんの攻撃指示は相手の口の中を狙えというもので、そのために戦場中心へ近寄ってきていたのが幸いしていた。


「……バ、バカ野郎……。身を、自分の身を守れ……チビスケ……」


 全くの無事ではないらしいにしても、黒田さんからの返答。

 けれど黒田さんの命が救われた一方、そうなれば鯨とイルカ達の攻撃はハガネに集中する。


 4匹の巨人イルカは競うようにハガネへ、そしてハガネが抱え守る黒田さんへ攻撃をしかけ続けた。

 ハガネは黒田さんを守るため全方位から迫る相手の攻撃を必死に確認して、全身を犠牲に護り続ける。

 そんな状態では、ハガネに身動きが取れるはずも無かった。


 相手の行動不能を見た巨鯨王は、必殺の大砲をそれにぶつけることを企んだのか現場をイルカ達に任せて大きく泳ぎ出た。

 それを見た黒田さんは、傷の痛みを隠し切れない声で悲しい命令を央介くんに下す。


「ぐ……、月並み……だが、俺を置いて逃げな、チビスケ。……軍人が民間人の子供に庇われて、それで犠牲を出したら……不始末も良い所なんでな……」


 ――けれども。


「嫌だぁっ!! もう、巨人で犠牲者を出したくないんだ! 僕のせいで!!」


 央介くんが叫ぶ。

 ハガネは駄々っ子のように黒田さんを収めた残骸へ泣き付いて、それでも守りは止めない。

 そこへ黒田さんは、優しく呼びかけた。


「……ああ、おめえは何か……大人達に言ってない話があるんだろうな……。小さいのに、変に身を張りやがって。だが――」


 黒田さんは、渾身の力を込めて叫ぶ。

 彼は同時に手元に何かを構えていた。


「――逃げるんだ! 多々良 央介! ガキに心配されるほど、この鉄城は堕ちちゃいねえぞ!!」


 初めて央介くんの名前を呼んだ黒田さんは、直近にあるハガネの顔目掛けて緊急用の発光発煙弾を放った。

 それできっとハガネが飛び退くと願って。

 けれど、ハガネは燃え上がる強烈な光にすら怯えず、黒田さんを守り続ける。


 その時、巨鯨王は既に遠く、そして背中に揃えた大砲全てをハガネに向けていた。

 ついに大砲から、強烈な放水が放たれる。


 もう何をやっても間に合わない。逃げられない。

 央介くんは巨人の分で助かっても、ハガネが消えてしまったら黒田さんは助からない。


 私が知らない絶体絶命の瞬間、ハガネくんが呟く。


「ホント、ヒーローのタイミングで来たんだよな……」


 見れば、“何か”がハガネの左肩に居た。

 次の瞬間、巨鯨王の最大放水がハガネを打ち砕こうとして――けれど突然に出現した巨大な鉄壁に遮られる。


「――黒田さん、央介。ごめん、間に合わなかった」


 聞き慣れた、ヤンチャな感じの、央介くんと同じ声。

 ハガネの左の側頭部に右手右足を融合させた少年は、更にその左腕を鉄壁へと変形させて敵の攻撃からハガネを守っていた。


「――え……?」


 央介くんが戦場に割り込んだ自分そっくりの少年へ戸惑いの声を向ける。

 すぐに、パパさん博士たちからの通信に説明の声。


《間に合ったぁぁぁぁっ……!! 央介、そいつは“補佐体”! ハガネのPSIエネルギーを受信して制御する、お前の絶対の味方だ!!》


「ああ。これからは僕が……いや、オレがお前を護るッ!!」


 ついに機械の少年、央介くんの守護者。補佐体の佐介くんが姿を現した!

 佐介くんはそのままハガネに全身を融かし込み、ハガネの体表に夢幻巨人の証である発光線を描く。

 更に――。


「馬力のある、攻撃器官――こんなもんかな!!」


 ハガネの左側頭部に組み上がっていく金属の輝き。

 機械機械した排気管とも大砲とも見える、ハガネの主砲が長い耳や角のように伸びた。

 それこそ、私の見慣れたハガネの姿。


「ど……どうすればいいの!?」


 色んな事が起こり過ぎて戸惑う央介くん。

 そこへ佐介くんは自信満々に答える。


「どうにでもできる! 央介、あの鯨野郎に一泡吹かせたいだろう!?」


「――っ! うん!!」


「よーし。それならぁ!!」


 ハガネの主砲は待機状態の角度からぐるりと角度を変えて、巨鯨王に狙いを付けた。

 佐介くんが、央介くんへの要請と宣言。


「央介、奴へ攻撃意識を向けてくれ! 放つのは、鋼鉄の弾丸――アイアン・ショットだ!!」


「攻撃……っ! 届くの……!?」


 央介くんの懸念の言葉から次の瞬間、ハガネ主砲から一発の弾が飛び出した。

 それはたった一発の弾。

 狙った相手は遠く、これまでのハガネなら鎖や棍を投げ付けたとしてもエネルギーが霧消して届かない距離。


 けれど、そのたった一発の弾丸は巨鯨王を貫いた!


「――央介の発生させたPSIエネルギー。それをオレのDドライブ光子回路頭脳が演算、集束させる! もうハガネに射程限界なんて概念はない!!」


「……すごい」


 遠く、崩壊しながら海へと墜落していく巨鯨王と、その護衛のイルカ達。

 黒田さんを守り切って勝利したハガネは、自分の新しい力に驚きながら巨大な敵の最期を見送った――。



「黒田さん……、私たちは何と申し訳したらいいか……。あと一分一秒、補佐体の完成起動が早ければ……」


 パパさん博士たちは、命は助かっても重傷を負った黒田さんへ頭を下げる。

 それが機械モニター越しでない、シェル・ポッドの外に出てしまった生身の彼との初めての対面。

 救急隊が持ち込んだ外部の生命維持装置と接続された黒田さんは、痛みをこらえながら笑顔で応じた。


「なあに、お陰で命は拾えたんだから儲けもんさぁ……。イテテ」


「黒田さん……!!」


 央介くんが涙をこぼしながら搬送台に縋り付いて、彼の傷を心配する。

 その傍には居場所を選びあぐねている佐介くん。


「ハハハ、俺が死ぬような声を上げるんじゃねえよ、チビスケ。こちとらもっと酷ぇ重傷重態から立ち直ってきた不死身の男だぜ? そこのヤブ医者が全治3ヵ月とか言ってるが、すーぐ治してくるからよ……」


「……う、うん……はい!!」


 央介くんがきちんと返事をしたのを見届けた黒田さんは、次は佐介くんを見る。


「チビスケが増えやがったな。中々面構えの良い、ただし御主人様しか見ていねえ鉄腕ロボット――」


 黒田さんは、佐介くんの本質をすぐに言い当てた。

 そこで救急隊員が早く連れて行きたそうにしているのを見た黒田さんは、早々に話を切り上げる。


「――チビスケの補佐だから、補佐スケ――サスケ。しばらくはオモリの代わりを頼むぜ」


「……代わりじゃない。オレはずっと央介を護るモノだ」


 連れていかれる黒田さんに、つれなく答えたサスケくん。


 ――ん。

 あれ、佐介くんの名前って。


「うん。黒田さんがここで言ったのが、そのままになっちゃった……」


 ハガネくんが苦笑しながら意外な由来を語った。

 その名付け親(ゴッド・ファーザー)が、救急車で運んで行かれるのを見送る佐介くんと、央介くんとパパさん博士たち。


 ――ただ、黒田さんはすぐに戻ってくるとは言ったけれど結局、央介くんたちとの再びの共闘は叶わなかったはず。

 だって、彼は全治3ヶ月と言っていた。


 この日のカレンダーは3月。

 ここから3ヶ月後――央介くんは、この新東京島に居ないのだから。


 そのことを、私が一番よく知っているのだから――。

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