第六話「悪夢砕く、鉄の螺旋」4/6
=多々良 央介のお話=
真っ暗な闇の中を走る。
急がないと。
こんな事になるなんて、知らなかったんだ。
暴れる巨人を止める、ヒーローのつもりで。
目の前に、真っ白い研究室の扉。
父さんたちの仕事場。
三人で、遊び場にしていた部屋。
息を切らせて、扉を開く。
大人たちが集まって、血だらけの二人の子供の介抱をしている。
むーちゃん! たっくん!
呼びかけても、声は返らない。
いつの間にか、大人たちはどこかに消えていた。
床に倒れた二人の大事な友達。
二人のそばに近寄る。
足が力を無くして、へたり込んでしまった。
血だらけの二人が、起き上がる。
そんなことがあるはずはないのに。
“ほんとうのその時”は、二人とも二度と起き上がることはなかったのに。
女の子が手を差し伸べる。
「……おーちゃん……、手が……、手が痛いよ……」
――その手の肘から先が千切り取られている。
男の子が声をかけてくる。
「……おーすけ……、どうして……、僕たちを……」
その声は何処から? 彼の首から上がない。
知らなかったんだ……!
ああしないと、巨人が町を壊していたんだ!
でも言い訳、これはただの言い訳。
でも、どうしてオレの巨人は、あの巨人の腕を千切った?
でも、どうしてオレの巨人は、あの巨人の首を絞め折った?
血だらけの二人は僕に掴みかかる。
「……おーちゃん……」
「……おーすけ……」
ふたりはそんなことは絶対にしないとわかっているのに。
ふたりの叫びが、心に突き刺さる。
「私の手を返して!」
「僕の頭を返して!」
「――央介!!」
目の前に顔があった。
見慣れた、僕の顔――そっくりの、佐介の顔。
周りに、父さんと母さんの顔。
みんな心配そうに、僕を覗き込んでいた。
真っ白い、病室のベッドの上だった。
「急にうなされだして……目を覚ます前の、悪い夢を見たんだね」
父さんが暖かい手で僕の右手を押さえている。
僕は、どう、なったんだろう?
「また腕に手を掛けだしたから、精神への汚染が酷いのかと、……大丈夫か?」
そう言われて左腕を見ると、包帯でぐるぐる巻き。
巨人で戦って、怪我をした事なんて、ないのに。
「錯乱しての自傷、だそうだ。こんな酷い相手だと知ってたら、出動自体させなかったよ」
「おー君、ごめんね……、ごめんねえ……。私達が作ったDマテリアルで……、あなたが傷ついて……」
母さんは堪えられなくなったみたいで、泣き出してしまった。
最初の事件から、僕は母さんには心配ばかりかけている。
でも大丈夫、大丈夫だよ、母さん。
僕は、まだ戦えるから。
「――また、いつもの夢だったな」
佐介は、僕の心を覗き見していたのだろうか、見ていた夢に言及する。
夢の出来事があったときに、佐介は存在もしていなかったのに。
「半分ぶっ壊れたオレより寝坊した罰だぞ。アイツと戦ってから一日も寝てた」
――半分ぶっ壊れ?
佐介が?
「央介を守って、大分ダメージを受けていたんだ。今の佐介は、腰から下が仮設の骨格だけになっている」
「服は実物だけどさ……意識しないと足が透ける。そういうの嫌いなんだけどな……」
……ああ、うん。幽霊とか、あんまり、好きじゃない。
それにしても、そんな大ダメージを受けたなかで、僕は全身無事なんだ。
「本当に、佐介を作ってよかったと思ったよ……。ありがとう、央介を守ってくれて」
父さんが、佐介の頭を撫で、次に母さんが泣きながら抱きつく。
「あなたも自慢の息子だからね。さー君……」
母さんを抱き返した佐介は苦笑していた。
研究中の母さんはお風呂に入らなくて、ちょっとくさいことがあるから、助かったかも。
……でも、ごめんなさい。
父さん、母さん、僕は、無理をしました。
あれ? この感覚、何か……覚えが――
(……オトウサン ゴメンナサイ ゴメンナサイ ゴメンナサイ オトウサン……)
――あいつから流れ込んできた痛覚!
左腕の痛みが一際疼く。
僕は慌てて、父さん達に問う。
「――巨人は!? ええと……悪夢王は!?」
その返答は、思いがけない所から返った。
《央介君の捨て身の行動を受けて、活動を止めてはいる》
スピーカー越しの声と同時に、近くのモニターに大神一佐の顔が映る。
大神一佐の声には、少し厳しめの響きがあった。
《央介君、勇気ある行動は結構。だが、巨人への唯一の対抗手段の君だ。まだ動ける人員の特攻は美徳にはならない。二度とあのような行動をとらないように厳命する》
父さん母さん以外の、大人の人に怒られるのは、初めてかもしれない。
「ご、ごめんなさい」
腕も痛いし、空気も、痛い。
そこへ大神一佐が更に声をかける。
《その上で、央介君。再出動準備をしてくれたまえ。……多々良夫妻ご両名、私を恨んでくれて構わない》
「――!? RBシステムを投入する、そういう手筈だったはずですが!?」
父さんの声も、少しとげとげしている。
何か、別の手段が、あったのかな?
《技術班から調整が終わっていないとNOが上がった。アレは通常運用すれば大量破壊兵器に準ずるものだからな》
「息子は、息子たちは怪我をしています!」
母さんが悲鳴のように叫ぶ。
《そうだろうな。だが傷を負ったのは彼らだけではない》
大神一佐が言い終わると、病室のドアが開かれて、一人の兵隊さんが入ってきた。
大人の、男の人で、父さんよりは若い、かな。
「多々良さんご一家、少し同行していただけますか? ……義務は、ありませんが」
少し痛ましげな表情の兵隊さんの言葉に少し戸惑い、それでも、父さん母さんは従うことにした。
僕もベッドから下り、二人に続く。
「少し、ショッキングなものを見せることになります。個人的には、脅迫じみていて嫌なのですが」
廊下に出て気付く。
ここ、病院かと思ったら軍の施設だったんだ。
そのまま、その兵隊さんと一緒に施設内用のカートに乗って、結構な距離を移動した。
酷くカートが揺れたと思ったら、何か大きな隔壁ドアの段差を通過したようだった。
基地の壁に表示された地図を見れば、今いる場所は隔壁に包まれた内側。
その奥、厳重な管理がされたその部屋には“EE処置室”と書かれていた。
ドアが開くと、長い尻尾の女の子が一人佇んでいて、こちらを見て、駆け出して来た。
「とーちゃん! どこいってたんだよっ!!」
彼女は、クラスメイトの、長尻尾の狭山さんだった。
「とーちゃん仕事中なんだよ……。こちらです、多々良さん」
父ちゃんということは、この人は狭山さんのお父さんで、狭山一尉の旦那さん?
あれ? 狭山一尉はどうかしたんだろうか。
「……ん? タタラ? ああっ、転校生! なんでこんなところに……おい!? 怪我してんじゃねーのか!?」
なるべく、包帯の左腕は隠してたつもりだけど、バレてしまった。
「……そうか! かーちゃんとハガネで助けた民間人って、多々良の弟の方か! ……よく、無事だったな?」
――弟、そういう認識だったのか……。
でも、無事って?
《狭山曹長、娘さんを連れて、退席してくれるかね》
こっちでも、スピーカーから大神一佐の声。
「えっ、ちょっと、どうなってんだよ、とーちゃん! かーちゃんは!」
狭山さんは、狭山曹長に抱きしめられて、じたばたしながら部屋の外へ連れ出されていった。
彼女が占有していたガラス窓前のスペースに進むと、強化ガラス越しに隣の部屋の様子が見えた。
部屋を埋め尽くす機械と、難しい文字が書き込まれた御札を絡めた注連縄。
その中心に、医療用の管と血塗れの包帯だらけになった、狭山一尉が居た。
狭山一尉の全身からは出血が続いている。
それなのに両手両足には、金属の枷が嵌められて。
治療――? それとも、何かの拷問なの?
言葉を失った僕ら一家に、大神一佐が語り掛ける。
《悪夢王の断片が彼女の体に食いついたままで、排除ができない。断片でも巨人だからな》
包帯に繋がっている拘束が、軋みをあげる。
同時に、狭山隊長があげた、猛獣の唸り声も。
《エンハンサーとしての身体再生と同時に巨人が破壊し続ける――終わりのない過剰な苦痛から彼女は錯乱状態に近い。このままでは暴走の怖れがある》
大神一佐の淡々とした言葉。
狭山隊長の体から零れ落ちているのは、血だけだろうか、悪夢王の泥だろうか。
《悪夢王が再形成しつつある。……町と、狭山一尉を救うため、ハガネはもう一度戦ってくれ。……私には要請しかできないのだが》
その場では、誰も大神一佐の言葉へ、答えを返さなかった。
帰りのカートには、家に帰すということで、狭山父子も同乗していた。
「……でもさ。良かったよ。多々良は普通の人間だからさ、あんな毒々怪物に食われたら、かーちゃんと違って死んじゃってたぜ?」
狭山さんがそう言う。
彼女は、気丈な笑顔を作って、でもやっぱり元気がない。
「うちのかーちゃん――アタシもだけどさ、不死身だから。他の人を助けて、代わりに死んでも帰ってこれる」
彼女が普段より沢山喋るのは、心細いからだと気付く。
「でもさ……」
次第に賑やかな声に限界が来る。
「かーちゃん料理下手だから、よく指切って、でも不死身だからすぐ治って……。それが、それがどうして治らないんだ……」
涙声になった彼女を、お父さんの狭山軍曹さんが抱きしめる。
そのまま、狭山さんは大声を上げて泣き始めた。
「――かーちゃん、このまま、死んじゃったら、どうしよう……、かーちゃん、かーちゃぁ……」
――僕は、また、焦ったせいで、弱いせいで、人を傷つけた。
何も、成長していないじゃないか……。
辛い気持ちになった瞬間、父さんと母さんと佐介が、背中に手を当ててくれた。
カートが隔壁の段差を越えて、大きく揺れる。