表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/236

第六話「悪夢砕く、鉄の螺旋」4/6

 =多々良 央介のお話=


 真っ暗な闇の中を走る。

 急がないと。


 こんな事になるなんて、知らなかったんだ。


 暴れる巨人を止める、ヒーローのつもりで。


 目の前に、真っ白い研究室の扉。

 父さんたちの仕事場。

 三人で、遊び場にしていた部屋。


 息を切らせて、扉を開く。

 大人たちが集まって、血だらけの二人の子供の介抱をしている。


 むーちゃん! たっくん!


 呼びかけても、声は返らない。


 いつの間にか、大人たちはどこかに消えていた。

 床に倒れた二人の大事な友達。


 二人のそばに近寄る。

 足が力を無くして、へたり込んでしまった。


 血だらけの二人が、起き上がる。

 そんなことがあるはずはないのに。

 “ほんとうのその時”は、二人とも二度と起き上がることはなかったのに。


 女の子が手を差し伸べる。


「……おーちゃん……、手が……、手が痛いよ……」


 ――その手の肘から先が千切り取られている。


 男の子が声をかけてくる。


「……おーすけ……、どうして……、僕たちを……」


 その声は何処から? 彼の首から上がない。


 知らなかったんだ……!

 ああしないと、巨人が町を壊していたんだ!

 でも言い訳、これはただの言い訳。


 でも、どうしてオレの巨人は、あの巨人の腕を千切った?

 でも、どうしてオレの巨人は、あの巨人の首を絞め折った?


 血だらけの二人は僕に掴みかかる。


「……おーちゃん……」


「……おーすけ……」


 ふたりはそんなことは絶対にしないとわかっているのに。

 ふたりの叫びが、心に突き刺さる。


「私の手を返して!」


「僕の頭を返して!」




「――央介!!」


 目の前に顔があった。

 見慣れた、僕の顔――そっくりの、佐介の顔。

 周りに、父さんと母さんの顔。


 みんな心配そうに、僕を覗き込んでいた。

 真っ白い、病室のベッドの上だった。


「急にうなされだして……目を覚ます前の、悪い夢を見たんだね」


 父さんが暖かい手で僕の右手を押さえている。

 僕は、どう、なったんだろう?


「また腕に手を掛けだしたから、精神への汚染が酷いのかと、……大丈夫か?」


 そう言われて左腕を見ると、包帯でぐるぐる巻き。

 巨人で戦って、怪我をした事なんて、ないのに。


「錯乱しての自傷、だそうだ。こんな酷い相手だと知ってたら、出動自体させなかったよ」


「おー君、ごめんね……、ごめんねえ……。私達が作ったDマテリアルで……、あなたが傷ついて……」


 母さんは堪えられなくなったみたいで、泣き出してしまった。

 最初の事件から、僕は母さんには心配ばかりかけている。


 でも大丈夫、大丈夫だよ、母さん。

 僕は、まだ戦えるから。


「――また、いつもの夢だったな」


 佐介は、僕の心を覗き見していたのだろうか、見ていた夢に言及する。

 夢の出来事があったときに、佐介は存在もしていなかったのに。


「半分ぶっ壊れたオレより寝坊した罰だぞ。アイツと戦ってから一日も寝てた」


 ――半分ぶっ壊れ?

 佐介が?


「央介を守って、大分ダメージを受けていたんだ。今の佐介は、腰から下が仮設の骨格だけになっている」


「服は実物だけどさ……意識しないと足が透ける。そういうの嫌いなんだけどな……」


 ……ああ、うん。幽霊とか、あんまり、好きじゃない。

 それにしても、そんな大ダメージを受けたなかで、僕は全身無事なんだ。


「本当に、佐介を作ってよかったと思ったよ……。ありがとう、央介を守ってくれて」


 父さんが、佐介の頭を撫で、次に母さんが泣きながら抱きつく。


「あなたも自慢の息子だからね。さー君……」


 母さんを抱き返した佐介は苦笑していた。

 研究中の母さんはお風呂に入らなくて、ちょっとくさいことがあるから、助かったかも。


 ……でも、ごめんなさい。

 父さん、母さん、僕は、無理をしました。


 あれ? この感覚、何か……覚えが――


(……オトウサン ゴメンナサイ ゴメンナサイ ゴメンナサイ オトウサン……)


 ――あいつから流れ込んできた痛覚!

 左腕の痛みが一際疼く。


 僕は慌てて、父さん達に問う。


「――巨人は!? ええと……悪夢王は!?」


 その返答は、思いがけない所から返った。


《央介君の捨て身の行動を受けて、活動を止めてはいる》


 スピーカー越しの声と同時に、近くのモニターに大神一佐の顔が映る。

 大神一佐の声には、少し厳しめの響きがあった。


《央介君、勇気ある行動は結構。だが、巨人への唯一の対抗手段の君だ。まだ動ける人員の特攻は美徳にはならない。二度とあのような行動をとらないように厳命する》


 父さん母さん以外の、大人の人に怒られるのは、初めてかもしれない。


「ご、ごめんなさい」


 腕も痛いし、空気も、痛い。

 そこへ大神一佐が更に声をかける。


《その上で、央介君。再出動準備をしてくれたまえ。……多々良夫妻ご両名、私を恨んでくれて構わない》


「――!? RBシステムを投入する、そういう手筈だったはずですが!?」


 父さんの声も、少しとげとげしている。

 何か、別の手段が、あったのかな?


《技術班から調整が終わっていないとNOが上がった。アレは通常運用すれば大量破壊兵器に準ずるものだからな》


「息子は、息子たちは怪我をしています!」


 母さんが悲鳴のように叫ぶ。


《そうだろうな。だが傷を負ったのは彼らだけではない》


 大神一佐が言い終わると、病室のドアが開かれて、一人の兵隊さんが入ってきた。

 大人の、男の人で、父さんよりは若い、かな。


「多々良さんご一家、少し同行していただけますか? ……義務は、ありませんが」


 少し痛ましげな表情の兵隊さんの言葉に少し戸惑い、それでも、父さん母さんは従うことにした。

 僕もベッドから下り、二人に続く。


「少し、ショッキングなものを見せることになります。個人的には、脅迫じみていて嫌なのですが」


 廊下に出て気付く。

 ここ、病院かと思ったら軍の施設だったんだ。


 そのまま、その兵隊さんと一緒に施設内用のカートに乗って、結構な距離を移動した。

 酷くカートが揺れたと思ったら、何か大きな隔壁ドアの段差を通過したようだった。


 基地の壁に表示された地図を見れば、今いる場所は隔壁に包まれた内側。

 その奥、厳重な管理がされたその部屋には“EE処置室”と書かれていた。

 ドアが開くと、長い尻尾の女の子が一人佇んでいて、こちらを見て、駆け出して来た。


「とーちゃん! どこいってたんだよっ!!」


 彼女は、クラスメイトの、長尻尾の狭山さんだった。


「とーちゃん仕事中なんだよ……。こちらです、多々良さん」


 父ちゃんということは、この人は狭山さんのお父さんで、狭山一尉の旦那さん?

 あれ? 狭山一尉はどうかしたんだろうか。


「……ん? タタラ? ああっ、転校生! なんでこんなところに……おい!? 怪我してんじゃねーのか!?」


 なるべく、包帯の左腕は隠してたつもりだけど、バレてしまった。


「……そうか! かーちゃんとハガネで助けた民間人って、多々良の弟の方か! ……よく、無事だったな?」


 ――弟、そういう認識だったのか……。

 でも、無事って?


《狭山曹長、娘さんを連れて、退席してくれるかね》


 こっちでも、スピーカーから大神一佐の声。


「えっ、ちょっと、どうなってんだよ、とーちゃん! かーちゃんは!」


 狭山さんは、狭山曹長に抱きしめられて、じたばたしながら部屋の外へ連れ出されていった。


 彼女が占有していたガラス窓前のスペースに進むと、強化ガラス越しに隣の部屋の様子が見えた。

 部屋を埋め尽くす機械と、難しい文字が書き込まれた御札を絡めた注連縄。

 その中心に、医療用の管と血塗れの包帯だらけになった、狭山一尉が居た。


 狭山一尉の全身からは出血が続いている。

 それなのに両手両足には、金属の枷が嵌められて。


 治療――? それとも、何かの拷問なの?


 言葉を失った僕ら一家に、大神一佐が語り掛ける。


《悪夢王の断片が彼女の体に食いついたままで、排除ができない。断片でも巨人だからな》


 包帯に繋がっている拘束が、軋みをあげる。

 同時に、狭山隊長があげた、猛獣の唸り声も。


《エンハンサーとしての身体再生と同時に巨人が破壊し続ける――終わりのない過剰な苦痛から彼女は錯乱状態に近い。このままでは暴走の怖れがある》


 大神一佐の淡々とした言葉。

 狭山隊長の体から零れ落ちているのは、血だけだろうか、悪夢王の泥だろうか。


《悪夢王が再形成しつつある。……町と、狭山一尉を救うため、ハガネはもう一度戦ってくれ。……私には要請しかできないのだが》


 その場では、誰も大神一佐の言葉へ、答えを返さなかった。




 帰りのカートには、家に帰すということで、狭山父子も同乗していた。


「……でもさ。良かったよ。多々良は普通の人間だからさ、あんな毒々怪物に食われたら、かーちゃんと違って死んじゃってたぜ?」


 狭山さんがそう言う。

 彼女は、気丈な笑顔を作って、でもやっぱり元気がない。


「うちのかーちゃん――アタシもだけどさ、不死身だから。他の人を助けて、代わりに死んでも帰ってこれる」


 彼女が普段より沢山喋るのは、心細いからだと気付く。


「でもさ……」


 次第に賑やかな声に限界が来る。


「かーちゃん料理下手だから、よく指切って、でも不死身だからすぐ治って……。それが、それがどうして治らないんだ……」


 涙声になった彼女を、お父さんの狭山軍曹さんが抱きしめる。

 そのまま、狭山さんは大声を上げて泣き始めた。


「――かーちゃん、このまま、死んじゃったら、どうしよう……、かーちゃん、かーちゃぁ……」


 ――僕は、また、焦ったせいで、弱いせいで、人を傷つけた。

 何も、成長していないじゃないか……。


 辛い気持ちになった瞬間、父さんと母さんと佐介が、背中に手を当ててくれた。


 カートが隔壁の段差を越えて、大きく揺れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ