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第三十八話「マホト、それは心の中の世界」7/10

 =珠川 紅利のお話=


 私は央介くんの悪夢を討ち払って、けれども過去が変わるわけじゃない。


 大切なもの全てを自分で壊してしまった小さな男の子は、病室の隅に居た。

 そこに置かれた簡素な丸椅子の上で膝を抱え込んで、虚ろな視線は2つのベッドから離れない。


 もう一人の佐介くんから聞いていた通りの過去。

 巨人を倒されてしまった夢さんと辰くんは並んだベッドの上、意識を失ったまま眠り続けている。

 けれど、その話だけでは央介くんがこんなにも痛ましい姿になっていたことまでは分からなかった。


 央介くんは、その場所その姿勢のまま何時間も、何日も動かずにいた。

 ベッドの上の二人が起き上がると信じて――願い続けて。


 限界が来て眠りに落ちた央介くんは、必ず酷い悪夢に襲われた。

 起き上がった夢さんと辰くんが、央介くんが負わせた傷を見せつけ責める夢。

 それが繰り返されるうち、央介くんは眠りを怖がるようになった。


 全く無意味だと分かっていても、私は記憶の中の彼に寄り添う。

 ハガネくんは複雑そうに私と、三人の子供を遠巻きに眺めていた。


 食事も睡眠も投げやってしまった央介くんにはパパさん博士が声をかけて、ママさん博士が優しくハグをして。

 夢さん辰くんの両親も目を覚まさない彼らの子供たちに声をかけ続ける一方で、央介くんにも等しく優しさを向けて。

 それでも、三人の子供たちは誰一人回復する気配がなかった。


 ただ、彼らを見守るように置かれた三つのDマテリアルが、赤く光を反射していた……。



 そんな時、不意に央介くんが別の方を向く。

 看護師さんが環境療法として開いた窓から潮の匂いの風が吹き込んで、カーテンを大きく翻していた。


 その向こう、病院の中庭を彩る花壇。

 央介くんのぐちゃぐちゃになった思考は、そこに幻影を見始める。


 この新東京島大学病院は夢さんのパパさんとママさん、黒野の両先生の勤務先でもあった。

 だから夢さんは央介くんと辰くんを引き連れて、よくこの病院を訪ねていた。

 そして彼女がお気に入りだったのは揚羽蝶を呼ぶ工夫がされた、その中庭の花壇。


 央介くんは花壇の上を舞う蝶に、それを追う夢さんと彼女を追いかける自分たちを見ていた。


 けれど、その悲しく穏やかな時間に警報が鳴り響く。


 花壇から遠く向こうに大きな黒い影が立っていた。

 第5の巨人が、病院を目指してきていた。


「……クラスの子でね。むーちゃんに突っかかってくる奴が居たんだ」


 ハガネくんが急に口を開いた。

 警報を聞いても巨人を見ても身動きしない央介くんを心配しながら、私は続きを聞く。


「病院なんて、医者なんて大嫌いだって。その子のお母さんが、出産のときに助からなかった――病院は助けてくれなかったんだって」


「それじゃあ、あの巨人は……」


 私の確認に頷いたハガネくんは答える。


「病院を憎んでる巨人。巨人の中でも少し珍しい、意志を持って自分から何かを壊しに動く。そういう巨人だった」


 ――わからなくは、ない。

 私には、わからなくはない。


 火災に巻き込まれて、目が覚めたら両足の先がなくなっていた。

 どうしてお医者さんはそれを治してくれないのかと泣いて恨んだ。

 その内に理解や我慢もできるようになって――けれど紅靴妃(私の悪い巨人)になるぐらいに心の中にずっとあった。


 悲しい恨みを宿した第5の巨人は乱暴に歩き進み、病院の施設にまで手を掛け始めた。

 その行く手にあったのは――。


 私がそれを理解するのと同時に、もう一人が同じ事に気付いていた。


 央介くんは、窓から飛び出る。

 片手にDマテリアルを血が出るほどに強く掴んで。


 そのまま幻影の夢さんを、彼女の大切な蝶と花を踏み躙らせまいと、央介くんは花壇の前に立ちはだかった。

 いつものようなカッコいい掛け声も、精神集中の構えもない彼は、Dマテリアルを手に叫ぶ。

 聞くもの全ての心を抉るような、心の砕けた子供の叫び。


 そして出現した央介くんの巨人は戦った。

 戦って、相手の巨人を打ち倒して、また一つ罪を重ねたことを自覚して。


 崩れていく巨人の残骸の前で立ち尽くす央介くんの巨人。

 それが振り向いた先には――猛獣の姿の巨人が襲い掛かろうとしていた。

 気が付くと、央介くんの巨人が居たのは病院の中庭ではなく、町中で新たな巨人に立ち向かう。


 央介くんは巨人と戦って、倒して、気が付くと次の巨人と戦っていた。

 戦って、そして央介くんの巨人は学校の教室で立ち尽くす。

 央介くんが戦えば戦うほど、教室からはクラスメイトが居なくなっていった。


 その事を突き付けられた央介くんは、突然に先の病室へ戻って、罪だらけの巨人の姿で何時間も起きない二人を見守り続けに戻る。


 ――私にもわかるほど時間が、世界が、認識が歪んでいた。

 前後の整合性が途切れて、全く別の場面へと飛んで、そして無理矢理に繋がる。

 戸惑う私に、ハガネくんが語りかけてきた。


「……ごめんね。マホトは子供の心が反映される世界。むーちゃんとたっくんが起きなくなって、巨人同士の戦いで周囲の子供の心も壊されて、オレもまともじゃなくなって……この時期を、世界を認識していた存在が居ないんだ……」


 記憶のパッチワークだった、この世界。

 その布地を提供する子供が居ないから、バラバラに千切れて壊れてしまっている。

 私になんとか理解できる範囲では、それぐらい。


 今、私たちの前には楽しそうにお泊りの準備をする央介くん。

 体中に自傷の痕を残した彼は、今日は夢さんの所に集まるんだと不可能な予定を言い出して、ママさん博士に悲しく、悲しく抱き締められた。


 そこで微かに正気を取り戻した央介くんは、また叫び声をあげる。

 私はママさん博士と一緒に央介くんを抱き締めて、けれどそれは過去の記憶の央介くんには何の意味もない行為。

 それでも、とても放っておけるような姿ではなかった。


「ありがとう……紅利さん。この世界では、恥ずかしいところばかり見られちゃうね」


 ハガネくん、央介くんからのお礼の言葉に、私は泣きながら頷くのが精一杯――。


 ママさん博士が央介くんを抱き締める一方で、パパさん博士は部屋の外。

 彼は思い詰めたような瞳で、央介くんを見ていた。

 その手元には、何かの設計図を表示したままのタブレット。


 そしてまた央介くんは戦い始めた。

 8番目の巨人と繰り広げる格闘戦。


 その途中、央介くんの巨人は殴り付けの勢いが余ってよろめく。

 よろめいて、何もない空中を壊した。

 壊れた空はそこから隠蔽が崩れ落ちていき、隠れていたものが姿を現す。


「――あれは、ギガントのロボット!!」


 私が、央介くんと出会った時。

 ギガントの凸凹コンビに誘拐された時。

 未だに鮮烈に記憶にある、トレーラーから変形する怪ロボットが戦場に隠れていた。


「ここで何が起こってるかが少しずつ分かり出したんだ。警察も軍も、犯人が特定できるようになって大きく動き出した……」


 ハガネくんの言葉と同時に第9の巨人との戦いが始まる。

 ギガントの悪い人たちは既に隠れることもなくなって、複数の怪ロボットで巨人を援護までしていた。

 それらを央介くんの巨人が打ち砕く。


 結局、怪ロボットは敵にもならなかった。

 巨人相手に普通の機械は意味を持たないのは最初から変わっていなかった。


 でも、それらによる妨害の内に、第9の巨人の攻撃が央介くんの巨人へと突き刺さった。

 大きなダメージを受けて、それでも相手を捕まえた央介くんは、反撃に相手を屠る。


 その頃にはマホト世界は、おかしな場面転換をしなくなっていた。


「――悪いやつらが居る。そいつらが何もかもをやった。そう考えられるようになってから、やっと周りが見えるようになってきたんだ。……責任の押し付けと憎しみが、オレを治してくれた……」


 悲しいハガネくんの横顔。

 私は、ただただその悲壮を見守る事しかできない。


 第10の巨人。

 大きなダンゴムシ――実際には海生生物らしい姿のそれは酷く力強かった。

 硬い殻の力で押されて、ついに力負けをした央介くんの巨人は砕け散る。


 央介くんは、それでも逃げ延びていた。

 けれど、その手には砕けたDマテリアル。


 携帯でパパさんたちが負荷過剰からの限界だと知らせてきた。

 その中で、一人だけ押し黙っていたのはパパさん博士。

 彼はためらっているようだった。


 でも、踏み切る。

 パパさん博士は巨人立つ戦場へと飛び出て、央介くんにそれを手渡す。


 ペンダントとしての下げ紐が付いた、青く輝く光子回路装置――Dドライブ。


「すまない、央介。結局、父さんは……こんな武器を作ることしかできない」


 謝罪するパパさん博士と、どうして彼が謝るのか理解できなかった央介くん。

 そして央介くんは新しい武器を手に入れたことを無邪気に喜んで、それを構えて――けれど巨人を出現させることができなかった。


《そいつは今までのとは繊細さが違うんだ! 無理ならマテリアルの方を渡した方がいいって!!》


 通信の向こうから辰くんのパパさんが無理を訴える。

 だけど、パパさん博士は首を横に振った。


「相手もDマテリアルを改良してきている……。既に央介のがPSIの構築でパワー負けを始めているんだ。――央介、今までより集中して、よりはっきりとした巨人をイメージするんだ!」


「う、うん……!」


 央介くんは、Dドライブを構える。

 その姿は私の記憶にあるそのままの姿。

 そして、パパさん博士からの取り扱い説明。


「掛け声はDream Driveだ。それでロックが外れる。あとは――」


「Dream……Drive……」


 その呟きと共に、央介くんの掌の中でDドライブに輝きが灯った。

 そこへ。


「――お前の巨人に、名前を付けるんだ! 名前はイメージを固めるきっかけになる!!」


 パパさん博士の、最近に聞き覚えがある、最後の後押し。


 その瞬間も、今までの戦いで受けた幻肢痛が央介くんを苛む。

 視界の中には痛覚の赤黒い火花が散っていた。


 ――火花。


 それは央介くんの、一度だけ連れて行ってもらったお祖父さんの家での記憶。

 ――違うかもしれない。

 もっと古く、央介くんの血族の記憶。


 鎚が振り下ろされる度に飛び散る火花と、紅く熱されて、黒く硬く形を成していく金属。

 それは自然界には存在せず、人類だけが作り上げる堅く剛い力。


 央介くんの口から、その言霊が発せられた。


「――Dream Drive!! ハガネ!」


 私と――ハガネくんは、慣れ親しんだそれの大きさを見積もって距離を取り、その誕生を見守る。


 Dドライブから溢れた光に包まれた央介くん。

 その光は、大きな大きな姿を形作る。

 そして光の中から現れる黒と銀、金属の輝きを纏った鋼鉄の巨人。


 巨人ハガネは、ついに私たちの前に立った!


 私の大好きな男の子は、一歩一歩私の知っている姿に近づいてきている。

 それでも、まだ足りないものがあって……。


 不足分がいくつかと考える私の前でハガネくんが、どうぞ此方へと道を指し示していた。

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