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第三十八話「マホト、それは心の中の世界」6/10

 =珠川 紅利のお話=


「僕が、巨人技術をギガントに渡してしまったんだ」


 私とハガネくんの目の前で、央介くんの影は全ての始まりの罪の告白をしていく。


「むーちゃん、辰、父さん母さん、大人の人たち大勢を巻き込んで、巨人が色んなものを壊して、友達も――新東京島の子供も、要塞都市の子供も、みんなを巨人で傷つけて……!」


 央介くんの影は自身の体を引き裂いて真っ赤な血をおびただしく流して、それでも自身への叱責を止めない……。


「全部……全部、全部!全部!全部!全部!全部!! 全部!!!! ……僕が!! 僕が……、引き金を引いてしまったんだよ…………」


 弱々しくうなだれる真っ黒い央介くんの影からは、血の涙以外の表情を見ることはできない。

 けれど後悔の悲しみと同時に、過去の自分を馬鹿にして嗤っているのが分かる。

 私だって、おもちゃ売り場に留まって火災に巻き込まれた過去の自分を、夢の中で何度と罵ったかわからない。


「だって、そんなことになるなんてわかりっこない……。私たち、ただの子供だもの……」


 私は、せめてもと央介くんの影へ声をかける。

 答えを返したのは、彼ではなくハガネくん。


「……そうかもね。でも、だからって許されることじゃない。……ここから、ずっと悲しい事が連鎖していくんだから」



 私とハガネくん、央介くんの影の目の前で時間は無情にも進んでいき、央介くんと司くんによる対・辰くん計画は準備を終え、そして2人は家路につく。

 央介くんの家で待っていたのは何も知らない辰くんと夢さん。

 その日、4人は央介くんの家で一緒の部屋で眠った。


 日が明けて、いつも通りの学校が始まって、そして下校時刻になって。

 赤い赤い夕焼けのなか、先に帰ってしまったらしい司くんを央介くんが急ぎ追いかける中で異変が起こる。


 町中に、巨人が立ち上がった。


「最初は、他の誰かが冗談で巨人を出したのかと思ったんだ……」


 央介くんは奇妙に思いながら一人、研究室までを駆ける。

 扉を開けば大人たちの大騒ぎ。

 ――けれど、そこに日雲博士は居ない。


 央介くんが見れば、子供たちが実験に使ったDマテリアルは4つともそこにあった。

 混乱する大人は口々に大きな声を上げて状況を確認していく。


「じゃあ、外にいる巨人は誰が何を使って出している!?」

「わからない! 試作品は全部ここにあるし、旧型のは既にコアを分割して抜いてあるわ!」

「――技術自体が盗まれたか? ……まさか日雲か!?」

「いや、日雲にはDドライバー理論の中枢は公開していない――彼じゃあDマテリアルは作れない。万が一を考えていたから……」


 そして、央介くんの目の前で、パパさん博士が無自覚に罪の証拠を突き付ける。


「……このPCと、俺の頭の中にしかDマテリアル・コアのデータは存在しない。そしてこのPCのセキュリティ履歴に不審な点は、ない!」


 大人たちが気付かない所で、自身の罪を理解した央介くんは大きくふらつき、壁にまで追い詰められてそのままそこへもたれかかる。

 小さな彼の、立っていられないほどの絶望が分かった。


 そこへ飛び込んで来たのは辰くんのママさん。


「あの巨人、暴れ出したわあ!! 動き出して、車を蹴飛ばして……周りから悲鳴が上がった途端に、無茶苦茶な動き!!」


「――自衛行動。やはり人の精神から出現している――フェイクではなく何者かのPSI投影体と断定して良いでしょう。だとすれば……それを止める手段は同じPSI投影体、巨人以外に無い」


 夢さんのママさんが冷静な分析。


 それを聞いて動き出した一人。

 がむしゃらな動きで研究室の奥へ飛び込んで、Dマテリアルをもぎ取ったのは央介くん。

 大人たちが何が起こったかを理解するまでの間に彼は外へ飛び出していった。


 遅れて追いかけた大人たちの目の前で央介くんは真っ赤なDマテリアルを構え、制止する間もなく巨人を作り出す。

 誰にも言えない責任を背負ったまま。


 央介くんの巨人は夕暮れの町中を駆け、暴走する巨人に掴みかかった。

 そこには私の記憶にあるハガネのスマートな戦い方なんてどこにもなくて、ただただ乱暴に相手を抑えて殴りつけるだけ。

 央介くんの、家族を裏切った事への後悔と、泥棒に対する憎しみからの酷く酷く繰り返される攻撃。


 相手の巨人は殴られる度にだんだんと動きを弱め、場所によっては千切れて砕けて。

 そして最後には怯えたように動かなくなって、そうなってやっと霧消していった。


「――後で知った。この巨人は、司のだったんだって」


 惨状を眺めていた央介くんの影が、残酷な結末を坦々と語った。

 私が新しく知った悲劇に衝撃を受ける中で彼は続ける。


「日雲博士と司は、ちゃんと捕まったんだ。その時には司は、巨人を倒されたから意識不明の重態になってたって……その後は知らないけれど……」


 私の方に振り向いた央介くんの影は、やっぱり血の涙。


「僕は、とっくに司への復讐を終えてるんだ。それなのに、まだ司を恨んだままなんて、失望したでしょ?」


 私が彼に対して何も答えられない間も、記憶の時間は先に進んでいく。


 大人たちと央介くんは警察に騒動について事情を聴かれて、その最中に日雲博士と司くんが行方知れずになっていることがわかって。

 そうなれば誰が不明巨人の出現に関わっているかという疑いの目は彼ら、もしくは彼らの周りに向いた。


 その一方で央介くんがしてしまった事。

 勝手にDマテリアルを使った。いきなり巨人に巨人で立ち向かった。

 だけど、大人たちはそれらについては怖くなかったか危なくなかったかと心配をするばかりだった。


 ――誰も、央介くんを咎めたり疑ったりもしなかった。


「……誰か気付いてくれってずっと思ってた。責めたり怒ってくれれば、僕がしてしまったことも吐き出せたのに……」


 影から響く言葉から央介くんの悲しい気持ちが分かる一方で、でもどこか違和感があった。

 それは後悔であると同時に、責任を周りに求めているような話だった。

 ――私が見てきた央介くんは、こんな身勝手な考え方で動くような男の子だっただろうか?


 壊れてしまった日常は、それでも続いていく。

 日雲博士達の捜索が続き、また巨人出現の警戒態勢がとられ、パパさん博士はどうやらこの時点で軍にも連絡をしていたみたい。



 そんな中で、第2の不明巨人が出現した。

 この時は央介くん、夢さん、辰くん三人の巨人による制圧が試みられた。

 それは巨人を操る子供たちの安全性を考えた結果。


 けれども3体の巨人に囲まれて、不明巨人は怯えていた。

 取り押さえられてから暴れに暴れて、それでも3対1の一方的な力に押し潰される。


「この巨人は、クラスの友達の巨人だった。ギガントに誘拐されて、無理矢理巨人を取り出された……許さない……許さない……!!」


 影からの憎しみの言葉がまた強くなる。

 私が央介くんの影への警戒心を強める一方で、記憶の中の三人の子供たちは事件を解決し、巨人から降り立つ。


 彼らは――笑っていた。


 真実を知らない、巨人の撃退がどんな現象を起こすかも知らない。

 だから彼らは、まだ笑って居られた。


「バカみたいだろう? 自分をヒーローか何かだと思ってたのさ。盗み出された巨人に立ち向かってるつもりで……!」


 央介くんの影は、過去の自分を罵った。

 私は彼を放っておけなくて、なんとか声をかける。


「央介くん、そんな……自分を、傷つけないで……! この時は何も知らなかったんでしょう……?」


 笑い声が、響く。

 それは何も知らなかった三人の子供たちの屈託のないものと、そして影からの乾いて恐ろしい笑い声。


「ハハ……知らなかった。そう、知らなかった。何も知らなくて! 何も考えもしなくて!! 誰も、大人たちは教えてもくれなかった!!!!」


 悲痛で、でも身勝手な叫びをあげた影が、周囲の闇を吸い集め出す。

 また過去の時間はどんどんと先へ進み、とある一日が始まった。


「自己中心的で、わがままな臆病者。こんなのも僕なんだ……」


 ハガネくんが哀しく自身を恥じながら、私たちの目の前で巨大化していく影に向けて構えをとる。

 私は自分の胸元、今はそこに実体の無いDドライブ――願いのシンボルへ手を運び、ハガネくんへ語りかけた。


「それは悲しい事だけど……悪い事じゃないよ、央介くん。誰だって――私なんかは特にそうだもの」


 記憶の中の央介くんは、学校で司くんの目撃情報がないかと聞き込み、下校が遅れていた。

 その帰り道のゆく手に、2体の巨人が立ち上がる。

 力を使いこなせるようになってきた央介くんは、なんとかなると自信をもってDマテリアルを構えた。


「……紅利さん。ステインレス・ハガネになろうよ。あの力なら、もう苦しまなくていい。何も考えなくていい!!」


 巨大化した影――悪夢の塊は私たちへ襲い掛かってきた。

 その背後で悲劇の決定的な場面が進む。

 とても大切なはずの2体の巨人を傷つけ、押し潰していく央介くんの巨人。


「央介の心の闇。央介の悪魔。オレと紅利さんを取り込むつもりか! でも――!!」


 ハガネくんは、お面の主砲を展開してアイアン・チェインを放った。

 鋼鉄の鎖が央介くんの悪魔を縛り付ける。


 記憶の中の央介くんの巨人は、女の子の巨人の両腕を引き千切り、男の子の巨人の首に手を掛けて縊り折る。

 目の前にあっても、すでに起こった過去。

 私には変えられない悲しみ。


「――ここはオレが食い止める!! 紅利さんは、記憶の先へ!!」


 ハガネくんの誘導と共に進んでいく記憶は、央介くんに自分がしてしまったことを突き付けていく。

 パパさん博士からの間に合わなかった制止と、そして倒した巨人の正体を告げる言葉。

 噓だ、冗談だと叫びながら走って、研究室の扉を開いた央介くんの目の前には。


 大人たちは何も言わなかった。

 央介くんを責めなかった。


 大切な二人の子供が血まみれになって倒れていても。

 一人の子供にその罪を問う事が出来なかった。

 原因は自分達の研究にあったから。


 そして、もし彼を責めてしまったら、まるで一心同体だった二人を自ら手に掛け、一人残されてしまった子供すら壊れてしまうとわかっていたから。


 けれど小さな女の子。

 辰くんの妹の沙理沙ちゃんが叫ぶ。


「――おーすけのせいだ!! おにいちゃんを、夢おねえちゃんをっ!!」


 その言葉に打ちのめされた小さな央介くんは、それでも血まみれで倒れた二人に近寄ろうとして救急隊員の人達に遮られ、大人たちに抱き留められる。

 央介くんの心が砕け散った絶叫と共に、央介くんの悪夢が縛鎖を引き解いて咆哮を上げた。


「悲しいね……央介くん。でも……貴方はそれを乗り越えて、私の所まで来てくれた。だから――」


 私は意識を集中させて、決意の下、目の前に鋼鉄の螺旋錐を作り出す。

 その回転を鋭く、速く。


 これの使い方は、もう知っている。

 大切な人が教えてくれたから。

 螺旋錐を、悪夢へと向けて構えて。


「……アイアン・スピナー。私は貴方の悪夢を貫いて、私たちが出会う未来へ進む!」


 央介くんがくれた螺旋に包まれて弾丸となった私は、襲い掛かる真っ黒い悪夢を突き破った。


 突き抜けて背後を確認すれば、お面を付けていても唖然としているのがわかるハガネくん。

 そして、背中の一点に貫通痕の光を灯した央介くんの悪夢。


 悪夢は、そこから穴を広げていき、最後は光となって悲しい記憶の中に散っていった。

 それを見届けてから、私はパートナーに呼び掛ける。


「――さあ、先に進もう。ハガネくん」


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