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第三十八話「マホト、それは心の中の世界」5/10

 =珠川 紅利のお話=


 心と記憶の世界、マホト。

 それが映し出したのは過去の公園に立ち上がる最初の巨人。

 何が起こったのかわからず、けれどすごい事が起こったと歓声を上げる子供たち。


 見るからに不完全な投影状態にある巨人は、だけど暴れまわるでもなく、少し戸惑い気味に自身の体を確かめる。

 確かめて、動かし方を理解して、央介くんは家族たちへその大きな手を振って応えた。


 だけど結局のところ、それは失敗側の事件。

 喜ぶ子供たちの一方、大人たちは頭を抱えるなら良い方で、卒倒して泡を吹く人まで現れる。

 しばらくして機械の電源が切れたのか巨人は空中に溶けて消え、代わりに央介くんが飛び出てきた。


 片手で頭を抱えたパパさん博士は混乱しながら、戻ってきた央介くんへ問いかける。


「お……おう……央介、央介。何が、どうして、どうしてあんなのが出た??? ……出てしまったのか? 出したのか?」


「……? え、だって、父さんは“巨人”発生装置だって言ってたでしょ?」


 この話は私も記憶にある。

 クロガネとの戦いの前、佐介くんは央介くんの勘違いから巨人が生まれたという話をしていた。

 確かに、これはなんとも冗談のようなひどい始まり。


 辛うじて立っていた大人たちも、央介くんの答えに腰砕け。

 自分は何か悪い事をしてしまったのだろうかと困り顔の央介くんと、次は自分がやると夢さん辰くんがランドセル型キョシン発生装置の引っ張り合い。


 それが始まりの事件の終わりだった。



 家に帰ってからの大人たちは、三人の子供たちが眺めている前で必死に議論と研究を続けた。

 それでも子供たちの方がPSIエネルギーを力強く扱えるという部分は変えようがなく、彼らは実験を手伝い続けることになった。


 ただ、欠点ははっきりしているのだから対策の方針もすぐに決まった。

 取り出される力が大きすぎるなら制御して、安定させて、それで絞っていけばいい。

 しっかり安全性を固めて、いつかこの技術が実用化された時に『暴走の危険があるので子供が1人でもいる周りでは使えません』なんていう酷い欠陥を抱えないように――。


 けれど、一度『巨人が出る』という概念が出来上がってしまったために、三人の子供たちは何をやっても何度やっても巨人を出した。

 それをなんとか大人しくさせようとして、余計な力を読み込まないようにして、難航が続いた。


 ようやく原因の一端が装置に流れ込むエネルギーの量だということにパパさん博士が気付いた。

 私には複雑な部分はわからないけれど、機械機械している部分の電気エネルギーがDマテリアルに影響を与えPSIエネルギーを不安定にさせてしまっていたらしい。


「電子回路の神経構造を再現した部分だ! そこに流し込まれた電力が神経の電気パルスを読み込む加減で変な連鎖増幅反応を起こしてるんだ! これじゃ人間の何倍ものPSIになってしまう!」


「ともすれば人造PSIエネルギー……それはそれで到達したかった技術ではあるんだが、今起こってるコレはドミノ倒し事故に等しいなあ……。彩虹さん、もっと回路を減らせないか?」


「これ以上は無理だわあ。そもそも光子回路と電子回路の相互干渉で動かしてる機械なのよお。どっちか一方にできるならあ……入出力として無理よねえ……」


 そこで大人たちは立ち往生した。

 調整を何度も重ねて、でも同じ失敗に到達する。

 欠陥部分がはっきりしていても根本は変えられないから、それを取り除けない。


 研究が進まない大人たちを、三人の子供は気遣った。

 大人たちも行き詰った研究から逃げて、その分は子供たちと過ごすことで気を紛らわせていた。


「正直、嬉しかったよ。父さん母さんが昔みたいに家に戻ってきて、オレとむーちゃんとたっくん、たっくん妹の沙理沙。そのおじさんおばさんの合計10人で楽しい時間だった」


 ハガネくんは、そのお面の下の笑顔を感じさせて語る。

 けれどそこから俯いて。


「でも……父さん母さんたち、やっぱり辛そうなのが時々見えたんだ。あと一歩が見えたのに、その先がおあずけだなんて……」


 大好きな親に笑顔でいて欲しい。

 それは子供たちの普通の願い。


「そして、その一歩を叶えられる。そんな話がやってきた。……だけど、それは――」


 子供たちが5年生になっての休日昼下がり、家族みんなで央介くんのお家に揃ってゲーム大会を開いていた。

 何をどうやっても辰くんのパパさんが大勝ち、2位も辰くんが独占して楽しい楽しい非難轟々。

 その最中、突然のドアホンが来客を知らせる。


 ――途端に、心の世界の端から闇が溢れ出した!


「……何、これ!?」


 私の悲鳴に、ハガネくんが傍まで駆け付ける。

 そして彼は心の世界を蝕み出した闇の正体を告げた。


「これは央介の悔恨。こんな事が起こらなければ良かったっていうトラウマからの逃避さ。……安全のために、この領域は迂回した方がいいかな……」


 ハガネくんは、私たちを取り囲む闇から私を庇いながら計画の変更を口にする。

 それら闇は見るからに危険な状態となって、文字通り牙を剥きだした。


 ――見覚えがある。

 これは巨人の中でも一番危険だった、悪夢王に似ている。

 央介くんの悪夢、それを前にして私はハガネくんへ答える。


「大丈夫。このまま進もう」


「……多分、この先の記憶が一番ヤバい事になってると思う。それに……オレも央介の一部だから、守り切れるかわからない……」


 ハガネくんが警戒を訴えた。

 だけど、私は何でもないというように応じる。


「あのね。私、この先の央介くんが一番辛かった記憶を知ってしまっているの」


 それは、私たちがステインレス・ハガネとなり、二人で一つになった時に焼き付いた記憶。

 央介くんがみんなに隠していた、最も重い罪の記憶。


 私の答えにハガネくんは一瞬息を呑んで、それから央介くんとしての悔みを吐き出した。


「……やっぱり、そうだったんだ。他の人には知られたくなかった、僕が一人で背負って、いつか打ち明けなければいけない事だったのに」


「央介くん――」


 私は、彼に呼び掛ける。

 ハガネのお面の下の、辛苦を湛えた瞳へ。


「――私の足は、央介くんと出会って、それで授かったもの。だから……その分は央介くんを支えさせて」


 央介くんは罪を犯した。

 でも、だからこそ私のいる要塞都市へやってきた。

 私は彼の罪があって幸せにしてもらった。


「それは……ええと、ごめん。答えが見つからないや……」


 ハガネくんは答えを出しきれずに、泣きそうな声。

 私は出来る限り力強く微笑んで応じる。


「じゃあ、先へ進もう。央介くんがちゃんと罪を償えるように――」


 ハガネくんの手を取って、私は悪夢の中心になった過去の央介くんを追いかけた。

 その先は、玄関。

 一人の男の人が、パパさん博士に挨拶を始めるところだった。


「初めまして。多々良 上太郎博士。私は日雲(ひづも)。光子回路によるセンシングを研究しているものです」


 眼鏡以外に取り立てて特徴のないその人は、パパさん博士へ握手を求めた。

 心当たりがないらしいパパさん博士は素直に応じて、そして話が始まる。

 曰く、日雲博士はパパさん博士が発表していた理論論文を読み、自分の研究を生かせるかもしれないとしてやってきたということだった。


 央介くんたち三人の子供は何が起こったのかと覗きに来て、けれど別のものへ気を取られていた。

 “それ”は、日雲博士の傍らに立っていた。


 ――本当なら誰かが立っているだろう場所にある“それ”は、まともに認識できないほど、真っ黒く塗り潰され続ける記憶。

 私は、央介くんの忘れたくても忘れられない憎しみと後悔だらけの名前を口にした。


「日雲 (つかさ)くん……で、いいの? 彼は……」


 その瞬間、ハガネくんが壊れたホログラムのように歪む。

 そして。


「……司……司。つかさつかさつかさツカサツカサツカサツカサツカサツカサツカサツカサツカサ……!!!!」


 ハガネくん――央介くんから悪夢の闇が溢れ出た。

 私は思わず怯えて、そしてそれに気付いたハガネくんは辛うじて形態を取り戻してくれた。

 けれど既に流れ出た闇は、周囲の闇と混じりあってますます範囲を広げていく。


「ごめん……抑えなきゃいけないのに……!!」


 ハガネくんの姿はまだ安定せず、そして闇は日雲博士と司への呪いの言葉を吐き出し続けた。


「先へ……先へ行こう。央介くん」


 私が彼に促すと闇色に染まった世界は、また時を進めだす。

 その間もハガネくんを取り込もうとする闇を、私はルビィの炎で焼き払いながら時間の道を前へと歩んだ。


 日雲博士の持ち込んだ技術は、まさにキョシン投影装置の欠点を埋めるものだった。

 今まで大きな機械と繋いで動かしていたDマテリアル。

 その内部にPSIエネルギー自体で光子回路を稼働させる機構を、日雲博士が完成させたのだ。


 外部の装置はどんどん不要になっていき、最終的に観測用の外部機械以外は全てが手のひらサイズの真っ赤な結晶に収まるまでに小型化。

 それは、私でも見慣れているDマテリアルの形だった。


 それと記憶は並行する。


 央介くんたちのクラスに転校生がやってきた。

 日雲 司。

 この記憶の世界では、央介くんの負の感情で暗く塗り潰されて、顔も姿も分かりにくい男の子。


 彼は日雲博士の子供で、央介くん相手にスポーツで引けを取らず、夢さんよりも学業で優れ、辰くんにはギリギリゲームで勝てない程度。

 まるで央介くんたち三人の能力をひとまとめにしたような、それでいて身長も高い、ちょっと完璧が過ぎる男の子。


「――司。友達になれると思ったんだ……」


 周囲の闇が苦し気に言葉を吐き出す。

 その向こうで、何も知らない過去の央介くんが司くんを連れた4人でお家へと向かっていた。


「――司。あいつだって利用されただけなのかもしれない。だけど……」


 央介くんが抱えた苦しみに反して、記憶の中の三人と司くんはすぐに打ち解けていった。

 親同士の関係もあって、4人が一か所に揃っていると都合がいいのもあって。


 4人が組んだサッカーは最強だった。

 4人で学ぶ勉強はずっと楽しかった。

 4人の遊ぶゲームは3対1で、それでも辰くんに勝てなかった。


 4人で完成したDマテリアルを構えて、そしてやっぱり4人とも巨人が出てしまった。


「――司。この先は4人が普通になっていくんだって思うようになったんだ。だから……」


 そして、その時がやってきた。

 央介くんは司くんを連れて、パパさん博士の研究室の扉を開く。

 手には、パパさん博士がゲームで遊ぶ時用のセキュリティ・トークン。


「絶対に、今度こそ、たっくんにギャフンって言わせてやる! ――これでいいんだよな?」


 央介くんは長年のライバルに逆襲の機会を得たと考えて、この提案を受けていた。

 それに司くんが冷静に答える。


「ああ、辰君は確かにゲームスキルで圧倒してくるけど、反射速度では央介とボクが勝っている。だからフレーム・パー・セコンド――fpsが高く出せる研究室用のCPUを使って勝負を挑めば、少しずつ優勢を積み重ねることができる。勝てるさ」


 司くんの言葉に頷いて、央介くんはパパさん博士のPCを起動させにかかる。

 セキュリティ・トークンをスロットに差し込めば、PCは何の疑いも持たずに起動画面を立ち上げて、ゲーム・アプリを表示する。


 そこで、記憶の時間の流れがひどく遅くなった。

 同時に周囲の闇が一つの形を作り出す。

 私たちから距離を取ったところで真っ黒い央介くんの姿になったそれは、恐ろしく――そして悲しい声で語り出した。


「――この時だ。僕は、取り返しのつかないことをした」


 PCに向かいっきりの央介くんの傍には、刺さりっぱなしのセキュリティ・トークン。

 役目を終えたそれを手に取ったのは――司くんだった。


 央介くんの影は、手遅れになった後で知った事実を語る。


「……日雲博士は、そして司はギガントのエージェントだった。司は僕が持ち出したセキュリティ・トークンを日雲博士へ渡していた。オレは何も考えずにDマテリアルの機密が入った父さんのPCをギガントにアクセスさせて――」


 真っ暗な影の央介くんは、その真っ黒で塗り潰された顔から真っ赤な血の涙を溢れさせて、彼の最大の罪を告白した。


「――そう。僕が、巨人技術をギガントに渡してしまったんだ」


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