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第三十八話「マホト、それは心の中の世界」4/10

 =珠川 紅利のお話=


 三人の子供たちの幸せな過去の時間は、残酷な未来へと進んでいく。


 小学2年生の時、ついに夢さんは将来に央介くんとケッコンすると皆の前で公言した。

 央介くんも自信満々にそれを受け入れると返して教室をざわつかせる。

 それを少しだけ離れて呆れたような笑顔で見ていたのは、辰くん。


 何となく思っていた事だけれど、辰くんはきっと夢さんの事が好きなんだ。

 戦いの時、央介くんが一人でも頼りになるのもあるのだろうけど、それでもミヅチは夢さんを庇うように動いていたのが記憶にある。


 親しい三人の、友達が絡まった三角関係。

 三人がそのまま幸せでいてくれればいいと思っていたのに、成長していくにつれて少しずつ伸びていく心の中のトゲ。

 ――それは、あとから央介くんを手に入れようと割り込んだ私が言えた義理ではないのかもしれないけれど。


 雪も無い南国のクリスマスには、3人のパパさんが扮する3人のサンタさん。

 他の2人がクリスマスプレゼントに喜ぶ一方で、その日生まれという夢さんは毎年バースデープレゼントと重複してしまうという不満と悲しみを背負っていた。


 春には花見ならぬサンゴ見の園遊、常夏の島とあって海開きは早く、紅葉を知らない三人は秋の本土に行ってみたいと談笑する。

 島にいくつもある様々な科学館を小学生パスで巡り、クラスメイトの海生獣人と海で水泳大会、遠足は遊覧潜水艇の深海旅行。


 ゆっくりと一日一日が進み、そんな4年生も終わりに差し掛かった、ある日。

 珍しくパパさんママさんたちが研究室へ子供たちを招いた。

 それまではなるべく入っちゃダメと言っていたところへと。


 部屋の機械はますます積み上がって複雑さを極めていた。

 その中心部で、央介くんのパパさん博士が最後の調整。


 大人たちは、それの完成を子供たちにも見て欲しかったみたい。

 そして始まった未知の機械の起動実験。

 繋がった機械に出力が伝わって、全ての準備が整う。


 パパさん博士が医療用のスキャン装置のような空洞ある機械の前に座って、慎重に空洞の中へと手を伸ばす。

 パパさんママさんたちが一斉に視線を移した先にはDマテリアルが繋がれたリング。


 何も無かったそこから、真っ黒い“影の手”が伸びた。

 大人たちが歓声を上げて、三人の子供たちもなんだかわからないままに喜びを分かち合う。

 影の手――パパさん博士が出現させているらしいそれは本人の手の動きを寸分違わずにシンクロした動きを見せた。


 感極まったらしい夢さんのパパさんが影の手のところまで駆け寄って、握手を試みる。

 パパさん博士も遠隔操作の影の手で一度サムズアップしてから、それに応じようとした。


 ――けれど、上手くいかなかった。

 夢さんのパパさんが影の手に触れた瞬間、それは雲散霧消してしまったのだ。

 大人たちはそれぞれに残念そうな悲鳴をあげて、けれど再チャレンジと更なる調整を口々に宣言した。


 状況の全部が把握しきれない私の傍で、ハガネくんが補足の説明。


「本当はね、あの伸びた手――投影体が物理的な影響力。つまり他の物に触ったりできるはずだったんだ。そうやってPSIエネルギーを使った、人が怪我をしないようにする保護幕、つまりバリアーを作るのが父さんたちの目的だった……」


「PSI……じゃあ、あれが巨人なの!? 触っただけで崩れてしまうような、影が……!?」


 私の未来の知識へ、ハガネくんは少しだけ俯いてから全肯定ではないというように答える。


「存在としてはね。でも巨人と言えるものはもう少し先、なんだ」


 彼は、未完成な巨人の機械を、また三人の子供たちを続けて見るように促してきた。

 すると、私の目の前で子供たちはパパさん博士のいるスキャン装置の場所へと近寄っていく。


 パパさん博士は子供たちに失敗を伝えながら調整のためにその場所を空けた。

 大人たちが難しい話を始めるなか、子供たちはいたずらっぽく目を輝かせる。

 最初に、スキャン装置へ手を伸ばしたのは央介くん。


 動作しっぱなしだった機械は、先ほどと同じようにDマテリアルの出力装置の場所に央介くんの遠隔した手を作り出した。

 タッチ交代で、今度は夢さんが続く。


 巨大な玩具の前で子供たちがきゃっきゃと騒ぐのを、大人たちも残念半分と喜び半分で眺めていた。

 それほどに、この機械には危険性が無いと考えられていた。

 未来を知る私ですら、ここから危険になるなんて思えない程度のものだった。


 順番が巡って辰くんが影の手を投影しはじめる。

 彼がぐー、ちょき、ぱー、いくつかの手の形を作ったあとに作ったのは、影絵の狐の形。


 央介くんと夢さんがきつね、こぎつねと囃す中で、それは起こった。


 辰くんが投影していた影の手は囃しに合わせて踊る内に、機械から切り離されて精細な狐のシルエットを結んで遠くへ跳躍した!


 子供たちが無邪気に影の狐を追いかけて。

 でも、それはすぐに蜃気楼のように消えてしまったけれど。


 対して、声もあげられなくなっていたのは大人たち。

 子供たちが成功外の成功を起こしてしまっていた事に巨大な衝撃を受けていた。


「――肉体から離れて、イメージで操作するPSIエネルギーの投影体。これが最初の巨人なんだと思う。思考が――PSI構築が柔軟な子供だから、可能だった」


 ハガネくんが辛そうな声で告げる。

 その視線の先では、辰くんに続いて夢さんが、央介くんが更なる影絵飛ばしを始めていた……。



 それからしばらく、大人たちは家に帰ってこなくなった。

 子供たちは、たまにあることだと気にもせず三人の日常。

 メイドロボットさんの作る温かいご飯と、三人のお互いがいるのだから何の問題も無い、と。


 ――ただ、それまでと違って、大人たちは毎日毎晩の映像通信にも応じなくなっていた。

 よっぽど忙しい・難しい事が出来たのだろうかと辰くんが首を傾げ、他の二人も揃って同じように首を傾げる。


 2週間ほどの後、子供たちは再度の研究室へ招かれた。

 三人は、見るからにぼろぼろよれよれになった大人たちに驚きながらも、促されるままに巨人の機械を動作させた。


「精度も、安定度もあげてあるんだ……!」


 パパさん博士が、色んな感情を押し殺したような声で唸るのが聞こえる。

 そして動き出した機械は子供たちが操るままに、やっぱり“飛び出す影絵”を作り上げた

 ……作り上げてしまった。


 大人たちは一斉に頭を抱えだす。

 失敗、というよりは過剰な成功らしい現象に、夢さんのパパさんが声を上げる。


「やはりプランBの方を試そう。ここじゃ出力の全貌がどれだけの物か分からない!」


 素直に賛同する人が居たわけではなかった。

 けれど、仕方ないという様子で話が進んだ。

 パパさん博士とママさん博士は互いに言い聞かせるように、呟き続ける。


「PSIエネルギーは自己防衛に働くから、害はないはず……。害は……ない、はず……」


「信じましょう、上太郎さん。私たちの子供たちだから……」


 プランBは、既に準備が終わっていた。

 レンタル・カーに満載された巨人の機械の複製機と、その子機にあたる“ランドセルを改造して詰め込まれた装置”。

 背面に大きく真っ赤なDマテリアルを輝かせるランドセル装置を、子供たちは興味津々に見つめる。


 実験の舞台になったのは、広い広い公園。

 お巡りさんにまでちゃんと話をして、そこを貸し切りにしての実験が始まった。


 最初は大人たちが装置を背負っての実験。

 大人がランドセルを背負っているような姿は、やっぱり何となく変だった。

 けれど、そこまでしても何も起こらない――最初の影の手すら出てこない。


 実験は次の段階、投影する力が強いらしい子供たちに任せる段階に進んだ。

 それに立候補したのは――央介くん。


 パパさん博士が最後に説明を始めた。


「いいか、央介。これは虚構領域・神経波障壁発生装置……ややこしいので“キョシン発生装置”とするが。これはお前を守ってくれる機械だ。それだけは間違いない」


 小さな央介くんは素直に頷く。


「やり方は、この間と同じ。それで、力がどう流れるかを計測するだけだ。また、何かあっても直ぐにバッテリーが切れるようにしてある。……頼むぞ、央介!」


 その時、急にハガネくんが呟いた。


「父さんから、何かを任せられるなんて初めてだったんだ。父さんって勉強もスポーツも何でもできちゃう人だったからオレは追いかけるだけだったのに――」


 私はハガネくんの、央介くんの後悔の言葉を受けてから、きっと気負い過ぎになっている小さな央介くんに向き直った。

 彼は公園の中心まで一人で歩み進んで、装置を背負い直す。


 そして、それは起こった。


 央介くんを眩い光が包む。

 それは大きく大きく膨れ上がって、真っ黒い巨大な足――そして巨大な腕が伸びた。

 全体的な像は酷くぼやけた、水に流した墨汁が描き出したような、そんな巨大な影が公園に立ち上がっていた。


 私は、見慣れてしまったその異常現象に思わず声を上げる。


「これが、巨人!」


「そう……この時、始まりの巨人が大地に立ったんだ」


 ハガネくんの言葉は哀しそうでもあり、それでもどこか誇らしさも感じられる複雑な響きを持っていた。


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