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第三十八話「マホト、それは心の中の世界」3/10

 =珠川 紅利のお話=


「……まほ、と? 心の世界って?」


 央介くんの分身、ハガネくんからの聞いたこともない話に私は聞き返す。

 するとハガネくんは詳細を語り出した。


「ここは多々良 央介の心の中。そしてそれと繋がってしまった、こどもが自分たちの心を守るための、ココロの隠れ里」


 ハガネくんは、それこそ魔法を使うように高く掲げた手で指を鳴らした。

 その音が響いた途端に周囲の景色、そして雰囲気までもが要塞都市の神奈津川へと変わる。

 ああ、これは本当に普通じゃない世界。


「本当は、こどもたちは何時でもここに隠れていい。苦しいこと悲しいこと辛いこと全部投げ出してここに逃げてきていい。……それに気付けない、思い出せないこどもは多いんだけどね」


 最後の部分を悲しそうに語ったハガネくんは確かに央介くんでもあるのだろう。

 だけど同時に、この不思議な世界の住人も混ざり込んでいる――そんな感じがする。

 私が彼の存在について考える一方で、ハガネくんは話を続ける。


「空想であり現実。陸の上でも海の中でも空の下でもない魂の通り道。イドから更に奥深く、PSIと心が降り積もった集合無意識との接点。過去と未来が入り混じった、まほうみたいなところ――」


 そこまでを語ったハガネくんが、私にも指を鳴らすように誘ってきた。

 おずおずと、下手っぴに、私もさっきのハガネくんのように指を鳴らす。

 すると世界は再び風景を変えて、新東京島の浜辺に戻った。


「――それで、“マホト(魔法処)”……」


 私が納得して答えると、ハガネくんが頷く。

 そして今度はそうなった原因の説明。


「あの戦いで、オレたちはPSIを通じて心の力がぼろぼろになっちゃった。それで、央介は紅利さんの心の中、紅利さんは央介の心の中。穴が開いた互いの心の中に落っこちちゃったんだ。それでも無我夢中で回復を求めて、マホトに辿り着いた」


「私が央介くんの中にいて、央介くんが私の中にいる……どう、なるの?」


 ハガネくんは一瞬口ごもってから、意を決した声で危機が迫っている事を告げる。


「……このままなら、紅利さんの心は央介の心に溶けて消えちゃう。逆もそうなって……オレたちは二度と解けないステインレス・ハガネになる」


 彼が一瞬ためらった理由。

 それは私にも何となくわかる。


 ――私は、私たちは何処か、あの力(S・ハガネ)を求めている。

 酷く気持ちのいい、ずっと央介くんと一つでいられる極大の力。

 だけど――。


「でも、そんなのは嫌だ。だから、オレは紅利さんを“外”まで連れて行く」


 ハガネくん――央介くんも、それを拒絶することを選んでいる。

 私も、まだ彼と二人で居たい。


「“外”……。この覚めない夢から、目覚める……。うん、わかった!」


 私がハガネくんの話の意味を汲んで意志を示す。

 すると、彼も頷いて手を伸ばした。

 その手を伸ばした先、何もなかった場所に、一つのドアが現れた。


「さあ、外へ向かう旅を始めよう。あの時、あの場所、紅利さんと央介が出会うところまでの、心の旅を!」


 そう語ったハガネくんは、ドアのノブを回して開け放った。

 途端、その向こうから飛び出てきたのは、小さな子供たち。


 先頭は、ちいさなちいさな央介くん。

 つづいて夢さん、辰くん。


 あっけにとられた私が彼らを見送ると、私の立っていた場所はさっきまでの砂浜ではなく賑やかな街中に変わっていた。

 ハガネくんへと目を移せば、彼が開いたドアは一軒のお家の玄関のものとなっている。

 それは央介くんが生まれて育った家のもの。


 ――ここは記憶の世界、心の世界、夢の中の世界。

 その感覚を受け入れないと。


 私は決意を固めて、もう一度ちいさな央介くんたちへと向き直る。

 駆けていく央介くん、夢さん、辰くん。

 パパさんママさんたちが不思議な研究に向かい切りで、だから三人は家族よりもずっとそばにいた。


 潮の香りがする巨大なサンゴの噴水公園を三人は走る。

 今は、ここは彼らの世界。


 三人そろって幼稚園へ通った。

 三人そろってお遊戯をした。

 三人そろってごはんを食べた。

 三人そろってお昼寝をした。


 三人そろって家に帰って、三人そろってお風呂に入って、三人そろって同じお布団で眠った。

 いつも、いつもいつも三人は一緒だった。

 三人で笑って、三人で泣いて、三人で怒って、そうやって育っていった。


 幼稚園の年中の頃に辰くんに妹が生まれた。

 彼女、沙理沙ちゃんは三人にとっての妹になった。


 ――彼女の方は、そうは思っていなかったのかもしれないけれど。


 幸せいっぱい、楽しさいっぱいの幼稚園はファンタジーの世界。


 ちいさな央介くんがウサギの遊具に飛び乗れば、ちいさな夢さんはネズミの遊具、ちいさな辰くんはリスの遊具で続いて大冒険の始まり。

 子供たちの描く世界の中では、遊具は海を走って、空を飛んでいく。


 キャプテンの央介くんが滑り台の怪獣を見つければ、参謀の辰くんがそれをどうやって捕まえるかを考えて、魔法使いの夢さんが沢山の紙リボンを巻き付けた。

 お姫様の夢さんが王子様の央介くんと辰くんを引き連れて、積み木のお城の舞踏会で手に手を取って拍子も何もないワルツを踊る。

 科学者の辰くんが色水の瓶を混ぜて混ぜて、さあ央介くんお薬を召し上がれと助手の夢さんからの実害ありそうな人体実験。


 ライターの灯し方を理解して、火遊びの晩には三人が寝ていたシーツを濡らす盛大なおねしょ。

 男の子二人が自白して、だけど実際には夢さんのもの。


「これは……大人たちには言わないでね。むーちゃん恥ずかしがるから」


 ハガネくんからの注意も入る。


 時々に帰ってくるパパさんママさんは、それぞれの得意を子供たちに教えてくれた。

 三人は眠くなるまでの時間を、体の使い方や頭の使い方を丁寧に教わった。


 三人が一緒に居ない時間なんてなかった。

 どうして、そんな三人が引き裂かれるような悲しいことが起こってしまったのだろう。


「でもそれはもう少し先のお話、今は彼らの幸せを見てあげて」


 園の遊具のお馬さんが教えてくれた。

 私は彼にありがとうとお礼を返して、ハガネくんと一緒に幼稚園のホールへ進む。

 そこではみんな一人前のお洋服を着込んで合唱の卒園式。


 三人のパパさんママさんたちは全員出席。

 それにきっと笑顔になった央介くんたちが見たくて振り返れば、そこはもう小学校の体育館。


 上級生が歌う校歌と歓迎の歌。

 他の子たちが新しい世界に緊張している中で、央介くんたちは三人が揃っているから何の不安もない。

 三人は、三人の世界を持っていたから。


 そう、彼らは完成していた。

 頭も良くて体育オバケでケンカも強い、人懐っこくて優しくて積極的な央介くんに、更に二人の参謀がついていた。

 親たちから教わった、頭脳でも言葉でも戦いでも負けない力が揃っていた。


 クラスの誰かが問題に悩み事を抱えているようなら、三人はすぐに動いて解決のために頭も体も動かしていた。

 上級生の乱暴な子が体育館の利用に関してクラスメイトを押しのけて、でも央介くんたちは年齢差や体格差なんか気にも留めずに食って掛かって押し返してしまう。


 彼らのヒーローの片鱗は、もうそこにあった。


 だけど、真っすぐで理想的過ぎるそれは時に煙たがられてもいたかもしれない。

 ――学校の廊下に並ぶ絵が、暗い絵の具をにじませながら口々に語る。


「彼らは完璧すぎたんだよ」

「すごいのは分かるけど傍にいるのが辛い」

「強すぎる光に耐えられない子もいる」


 何となく、わかる。


 足を失ってからの私は普通とか努力を求められるのが辛かった。

 ケガをしているのに、無くなった部分があるのに、まだ動かなければいけない悲しさ。

 それはきっと障碍を抱えていない子供でも同じような苦しさを抱えていて、でも三人の存在は周囲にも正しさや強さを強いてしまう。


 けれど、私と出会った頃の央介くんは優しかった。

 他人への無理な踏みこみをしなくなっていた。


 それが央介くんが心を壊してしまった結果、ひどい憂いが彼を動かすようになった結果にそうなったことを私は知っている。

 だけどそこからの丁寧な優しさは、昔の央介くんよりもずっと好ましく感じる。


 ……ただ、足無しの女の子が傷だらけの男の子に甘えているだけなのかもしれないけれど。


 自省しながら、私は先に進むハガネくんを追いかけた。

 彼が理科室の扉を開けば、そこは機械のランプが瞬く薄暗い研究室。


 小学生になった三人は、パパさんママさんたちの研究室にも行くようになっていた。

 行くたびに積み重なっていく機械の山は、危ないから触ってはいけないと言われてはいる。

 それでも子供たちはこっそりスイッチを入れたり、刻々と変化する不思議な画面表示を眺めたり。


 それらの機械の中心部に組み込まれた真っ赤な結晶――Dマテリアル。

 巨人技術の胎動が、少しずつ大きくなっていく。


 三人の子供たちの日々も進んでいった。

 運命の日へ向かって。



 私たちは、また砂浜に戻った。

 そこで三人の子供たちが手を繋いで、水平線の向こうに何があるのだろうと夢想しているのを見守る。

 ――だけど、その水平線の手前にある海を横切る橋のような構造体は何なのだろう。


 それは橋に見えて、でも陸地を繋いでいるものではなかった。

 巨大な構造体はお日様の昇る方から沈む方まで、東西に海の中を真っすぐ渡っていて、片側には海上に組み上げられた大きくて厳重そうな施設。

 もう片方などは空へと持ち上がっていて、作りかけのジェットコースター、もしくは銀河へ飛び出す鉄道のレールのよう。


 私は思わず央介くんの記憶から答えを取り出そうとして、けれどそれが私たちを溶け合わせる危険に繋がると思い至る。

 手段が途絶えて戸惑った私に、それが良い判断だと頷いたハガネくんが語りかけてきた。


「あれはね、リニアレール・マスドライバー。宇宙船を飛ばすための装置だよ。赤道に近いほど地球が振り回してくれるから、宇宙には行きやすい。だから日本で一番南の沖ノ鳥諸島にある」


「宇宙へ行くための機械? でもそれだったら――」


 私は、宇宙へと行くならもっと簡単な方法があることを知っていた。

 それを口に出す前にハガネくんもそれについて補足を返してくれる。


「そう、オレらの生まれるずっと前に軌道エレベーターが完成して、20年前にはステーション・ガイアが一般開放されて、とっくに使われなくなったんだって」


 つまりこれは宇宙への道の遺跡。

 私は、その巨大な路線を目で辿りながら今いる場所の記憶を一度まとめる。


「要塞都市から遥か南の新東京島――サンゴを育てて作られた科学の島。央介くんの生まれ育った所。そして……巨人との戦いが始まった場所」


 マスドライバーの先、高い空の上では央介くんと私のペンダント――Dドライブが揺れていた。

 まるで時計の振り子のようなそれが動かしているのは、運命の時の引き金だろうか、世界の原則を狂わせる外なる歯車たちだろうか――?

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