第三十八話「マホト、それは心の中の世界」2/10
=根須 あきらのお話=
基地内車両に乗って数分。
大神一佐に導かれた先は、約束通りに央介と紅利の隔離治療室。
厳重な隔離壁と強化ガラスの向こうで並んで眠る二人は、生命維持や状態確認のための管だらけ。
一佐が機械で認証を済ませると、治療室への扉は重々しく開く。
同調した二つの心電図の音だけが響く室内は、驚くほど大勢が待機していた。
医療ベッドの上の央介、紅利。
それぞれの傍には夢さんに辰の投影体、紅利のご両親。
少し離れて央介たちに繋がる機器に食いついていたのは多々良博士夫妻、黒野医学博士夫妻。
「……あ、あれ? 根須さんのところの、あきら君? どうして?」
僕に気付いた紅利の父親、珠川さんが呼びかけてきた。
今後の事を考えたら、仮面でもつけて来ればよかったかなと少し後悔しながらも事情を告げる。
「こんにちは、珠川さん。黙っていたけど、僕にはちょっと人助けの力があるんです。なので、央介と紅利さんを助けに来ました」
我ながら酷いごまかしだと思いながらも、嘘ではない範囲を伝えた。
遠くもない近所で面識もある僕。
その未知の側面を知った珠川夫妻は当然の戸惑い。
一方その言葉に顔を上げた多々良 上太郎博士が僕を見止めて。
「じゃあ、君が……」
「はい。はじめまして、多々良博士。僕は根須 あきらと言います。央介や紅利とは同級生をしてまして、生まれつき変な力を持ってたものですから、央介とは彼が転校してきた頃から、途中からは夢さんとも接触をとっていました」
僕の言葉を聞いて一度唸り、それから声を上げたのは夢さんの父親、黒野 玄主医学博士。
「ESP――テレパシストのサイオニックが現場にいてくれるなんてな。天は我らを見放さず、か」
可能性を見た玄主博士に対して、上太郎博士が悩みながら答える。
「けれども神経共鳴、精神融合に関しては結局未知のままだ。テレパスの力を借りて……根須君までが巻き込まれないかが気になる」
そこへ続けたのは央介のベッド傍に座り、ずっと手を繋いでいた夢さん。
「二人の脳波が段々と同調していっているの……。もしこれが100%になったら……おーちゃんも、紅利っちも……」
「二人は、人間では本来なら接触しえない自我境界を直接に接触、融合させたことで、単独の神経系ではアクセス不能なD領域の深部からあの力を引き出したものと推定されています。脳波同調の進行はその証明とも言えるでしょう」
分析を語ったのは夢さんの母親である鳥華精神医。
どことなくテフの口調を思い出す。
――脳波の完全同調。
それは二人の人格が完全に溶け合ってしまった状態。
一度そうなってしまったら二度と二人には戻せず、また連鎖的に生命維持の神経系も混線が進んでいく。
僕は、僕の視点だから分かる話を始める。
その最初はどうしても触れざるを得ない、不吉な話になってしまった。
「確かに未熟なサイオニックの、自我があやふやな頃のテレパシー混線なら極端には即死もある。二人の場合はステインレス・ハガネという、一度覚えてしまった融合の完成系に戻ろうともしている――」
部屋の全員が息をのむのが聞こえた。
だから、僕は希望の話を力強く語る。
「――だけど、央介も紅利も立派な自我をもって、他者の存在を理解した後だ。それに二人の脳波はシンクロだけでなく時々大きく外れることがあるでしょう? それが二人が二人であろうとしている、抵抗の証明なんです」
丁度その時、傍にあった二人の脳波波形を示す画面に、それぞれ大きな別の波が起こるのが映し出された。
けれどそれはすぐに一つへ纏まっていき、似たような並行の波へ変わっていく。
二人の夢と精神が遠ざかって、また近づいて。
「……こんな感じで、央介と紅利は自分たちを引き剥がそうと頑張ってる。そもそも、そうでなきゃステインレス・ハガネ自体が解けないままのはずなんで」
実証めいた現象が起こったことで、周囲の空気が幾分前向きなものとなった。
それに合わせて、僕が何をできるかをテレパシーで伝える。
(この通り、僕は人の精神に手を突っ込むことができます)
突然の事に驚く大人達をそのまま、今度は言葉で。
「でも、これで無理に引き剥がせば結局、二人の心や神経系に深刻なダメージが入る。だから二人が自分たち自身で、自分それぞれの心を取り戻してもらう必要がある――」
皆の理解が進むのを見届けてから、それに必要な助力を願う。
「――夢さん、辰くん。それまで央介に言葉で呼び掛け続けて。君たちが一番央介に近いから。紅利は親御さんと……僕もかな」
頷く全員を見届けてから、僕は央介と紅利のベッドの傍に椅子を置き、そこに座った。
そして眠る二人へ呼びかける。
「頑張れ、央介。アカリーナ。すぐに助けるからな……!」
=珠川 紅利のお話=
嗅ぎ慣れない、潮の香り。
あの無人島を思い出す空気の中で、私は目を開けた。
何も考えずに体を起こそうとして手をついた先は、さらさらとした不思議な感触。
見下ろしてみれば、それは真っ白い砂。
目の前に広がる砂浜の向こう、透き通ったサンゴ礁の海にはどこの陸地にもつながっていない奇妙な橋がかかっている。
私が眠っていたのは、さざ波の音だけが聞こえる砂浜。
でも、ここは私たちが閉じ込められた無人島じゃない。
私にとっては全く見覚えのない、だけど私は少しだけこの風景の記憶をもっている。
それは私の記憶じゃなくて――。
「……どうして……ここは……?」
私は誰にともなく問いかける。
すると、すぐに声が返った。
「ああ……よかった! 紅利さん、気が付いたんだ!」
その大好きな声に、私は急いで振り向く。
「央介くん!?」
振り向くと同時に、そう声を掛けた。
だけど、そこに立っていたのは“ハガネのお面を付けた男の子”。
「このまま、消えちゃうんじゃないかって。怖かった……」
私を心配してくれる声は、間違いなく央介くんのもの。
だけど声で言えば佐介くんだって似た声をしているし、ギガントにはもう一人の佐介くんだっている。
お面で顔を隠されていると、その内の誰なのか見分けはつかない。
「あ、あの……央介くん? ええと、私たちはどうなっちゃったの? 氷の巨人と戦って、ステインレス・ハガネを使って、それで……」
お面の男の子は頷いて、答えてくれた。
「あの戦いでオレたちは全部の力を使い果たして、それで倒れちゃったんだ。そして、倒れたまま“目を覚ましていない”……」
――“オレ”たち。
佐介くんっぽくもあるけれど、昔の央介くんもそうだったという話をどこかで聞いた。
私たちが目を覚ましていないという話も気になったけど、私はそれより先に正体不明の彼を、問い質す。
「――あなたは、央介くん? それとも佐介くんなの?」
彼は、お面越しにもわかるほど悩んだ様子を見せる。
そしてとにかく言葉にしづらいらしいその概念を、つっかえつっかえに語り出す。
「ええとね……。オレは央介……だけじゃない、のかな。構成する大半は紅利さんを助けるために寄せ集められた、央介の心の細胞。佐介っぽいのはそのせいだし――ハガネの一種でもある、かな」
これはまた巨人による不思議な事件が起こっているみたい。
央介くんだけど央介くんじゃない、央介くんの欠片。
私も必死にそれを理解しようとして、何とか言葉にしようと試みる。
「央介くんで、ハガネの……“ハガネくん”?」
「ああ、ハガネくん。うん、それがいいかな」
しっくりきたらしい彼に、私は改めて尋ねる。
それは今、一番分からない事。
「――ハガネくん。私たちがいるここはどこなの? たぶんだけど私に写っていた央介くんの記憶。新東京島の砂浜みたいだけれど……」
戦いに倒れて、その後にこんな場所に移されたというのは、ちょっと考えにくい。
それにこの風景は感覚こそあっても何となく淡く、夢の中にいるような感じがしていた。
ハガネくんが、その答えを告げる。
「――ここは、マホト。まるで魔法のような、心の世界――」