第三十八話「マホト、それは心の中の世界」1/10
=根須 あきらのお話=
――四方の自傷防止の柔らかな壁は、いい加減に見飽きてきた。
僕が今いるここは要塞都市の深層部、隔離室。
何層目の何ブロックなのか、その程度は既に把握できている。
ただ、相手も僕への警戒から近くに人間を寄せ付けないような措置をとっていて、テレパシーで探り回っても情報らしい情報は抜きとれない。
お陰で三度のご飯も、無機質な配膳ロボットが運んでくる味気ないもの。
それが合計8回……あれから2日と半分が過ぎて、僕は監視の真っただ中。
大人どもが僕を、僕の能力を恐がってるのがよくわかる。
でも、そんな危険な人物だったら友人を助けたいとわざわざ名乗り出るわけもないだろうに。
ただ、一刻も早く友人を助けたいだけだったのに……。
鬱屈を、溜め息として吐き出す。
そんな時だった。
《――いや、待たせて悪かったね。根須 あきら君》
部屋の高所に配置されたモニターが映像を結んで喋り出した。
映ったのは都市自衛軍少将――附子島の薄ら笑い。
覚悟はしていたけれど、こいつが出てくるということは僕の今後は穏やかなものではなくなるのだろう。
《何せ、あれだけの事件だ。事後処理だけでものすごい量でね。そんな時に君みたいな爆弾が出てきたんだから遅れもするさ》
こいつの事後処理といっても、表沙汰に出来る範囲のことは部下と機械任せで十分だろうに。
となれば表に出ない部分――自分のところの要塞都市が大きく被害を受けたということをダシに、各所に根回しと圧力をかけてまわっていた辺りか。
まあ、そんな大人の話はどうでもよくて、僕が望んでいた事を真っ先に尋ねる。
「前置きはいいや。央介と紅利は助かりそう? 優秀なESPが治療の補助に入りたいって言ったのに丸二日以上だよ?」
僕の煽りかけた問いに、附子島は表面だけ残念そうな顔を作って。
《ああ、芳しくないね。両親友人が付きっ切りで、出来る事と言ったら呼びかけぐらい。回復の気配はナシだ》
この程度は僕にとって既知の情報。
そして、こちらの希望についての返答はなし。
次いで話を広げて、穴や嘘が無いかの確認。
「他に状況の変化は? 巨人隊の戦力半減を察して、再度のヴィート襲来とか来そうなもんだけど」
《むしろギガントの連中はちょっかいかけてこなくなったね。助かる助かる》
――てっきり多少の嘘や危機を混ぜて交渉前に焦らせでもするかと思ったけれど。
僕の能力範囲を見切っているのか、それとも安っぽい交渉術は使わないタイプだったか。
それなら僕も知らないフリをするのはやめたほうが付け込まれにくくなる。
「なるほど、嘘は吐かないか。クラスメイトからの巨人要員ピックアップも失敗してるしな」
《おん? 外部情報を抜けるのかい? てっきりPSIジャマーが効いてると思ったのに》
これは――どうだろう? 本当に僕の能力効果範囲に気付いていないのだろうか。
なまじっかテレパシー頼みで、プロファイルで真贋を確かめる技術は磨いてこなかった。
PSIジャマー、多々良博士が突貫で作り上げた装置。
元々は央介と紅利の共振暴走――ステインレス・ハガネを封印するためのPSIエネルギー・ジャミング機構で、今は僕の周りに置かれている。
だけど、これはいわゆるアクティブ・ジャマー。
機械の周囲にPSIの大きなノイズを発生させることで、その領域へのアクセスを困難にするもの。
これは央介と紅利の無意識がステインレス・ハガネを再構築するべく互いを呼び合ってしまっていた時には、確かに効き目はあっただろう。
けれども僕の能力は僕が認識できているアクセス先へ直接干渉をかけられるから、僕の傍に置かれてもジャミングとはならない。
有線通信の傍で電波輻輳を起こしても意味が無いようなものだ。
――まあ、連絡先や読取先に設置されていれば意味はあったのだけれども。
「自分が優位を取れる手品があるのに、種明かしはしたくないなぁ」
余裕の体は崩さず、答えは返さない。
附子島は大袈裟に拗ねたような素振りを作って、愚痴り出す。
《みんな非協力的だねえ。そのまま巨人戦力で使えそうな二人に声かけたら、歌姫ちゃんは親が医師会に訴え出るっていうし、吸血鬼ちゃんに至っては父親が軍から姿消してもいいというならと脅して来たもんだ。あと残ってるのは、火の玉君だけ」
なるほど巨人のエメラダ、キャッスル・ヴァリアの戦闘能力は本職から見ても評価できるものだったようだ。
次いで、十分な訓練次第ではハガネやアゲハとも渡り合えるだろうグラス・ソルジャーにも。
……ただ、グラス・ソルジャーがその水準に届くころには、央介はもっと強くなってそうだけど。
「巨人3体はそれで、他の2人は?」
《戦闘に向いてないのと、戦闘自体をぶち壊しにするのは拾う意味が無いからね》
加賀のGガガッティは拠点防衛には使えても、そんな伏せ札があると既に割れている場合には効き目は下がるし、外部から巨人をぶつけてしまえば意味が無い。
奈良のQきょくキメラは――ありゃ投入する爆弾代わりにはなるのだろうけど、味方にも害が出る。
そんなところだろうか。
《さて、そうなると、せめて君には協力を願いたいわけだが――》
そこまでを語った附子島は答えの途中で一度、言葉を切った。
映像越しに、ぎらつく嫌な目を僕へ向けてから続きを告げる。
《――君が罪人となると、簡単には任せられないわけだねえ。まず分かりやすい所では軍所属人員の機密情報への不正アクセス。央介君らへの情報漏洩は嫌疑止まりだが。そして――君が実の父親を実質殺しているという部分だ》
附子島は一般的な罪状から並べて、僕が抱えていた最大の秘密までをさらっとぶつけてきた。
だけど僕は、もうそんな事では揺らがない。
溜め息一つから問い返す。
「気付くもんだなあ。それで、お父さんは無事?」
一瞬だけ眼光を鋭くした附子島は、おそらくその瞬間で交渉材料に関する再計算を済ませたのだろう。
すぐに調子を変えないままで話を次に移しだした。
《そうだね。保護してから、一定時間ごとに君に会いたいというのを繰り返す様子だ。あれは君と定期的に接触しないと不安定になる、言っちゃ悪いけど操り人形なのかな?》
お父さんは、わかりやすく人質として取られてしまっているわけだ。
辛いけど予想はしていた事。
「小学3年生の工作だからね。大事に扱ってよ?」
僕は額の十字傷に幻肢痛を覚えながら、そう言い張って見せた。
なんとか空元気で人質に効き目はないというように振舞ったけれど、相手が附子島では効果があったか怪しい。
《そりゃあ君の能力が表に出ないものだったから、ってだけだねえ。物理的なサイキックだったら死体遺棄して黙ってたことになるんだから、君は確信犯だ。……さて、その辺も踏まえての処置だが――》
そこまでをいつもの調子で語った附子島は、映像の中で手元の機器を操作した。
すぐに僕の部屋の画面に、様々な情報が表示されだす。
附子島も、それに関しての話を坦々と告げる。
《――確定だけで35件の軽・重犯罪、余罪は多数と考えられる。本人の年齢及び軍への協力申し立てを差っ引いても無期の拘禁相当。でなくとも今後の一生涯、またサイオニックの遺伝形質などからの危険性を鑑みて、配偶者や子孫に渡っての監視が付く。……今更、言い出さなきゃよかった、とは言うまいね?》
つらつらと並べられた、お前に先も逃げ場もないぞという宣言。
知ってた話だけども。
「ちょっとは言いたいかな。あとは……自分が普通に結婚できるとか思ってなかったから、そっちはいいや」
――好きな女の子は居る。
とても遠く、海の向こうに。
でも、お互いに強いサイオニック。
それが国を跨いで結ばれる未来は前々から見えなかった。
何も持たない裸のままでも大規模な破壊工作が出来てしまう存在を、国が野放しにするはずもないんだから。
幸い、今はPSIジャマーが彼女からのアクセスを閉じてくれている。
でなきゃテレパシーによる非難轟々が飛んでくるところだった。
自嘲の笑い一つを作ってから僕は附子島へ、さっさと話を進めるように促す。
「――で、そこまで脅しておいてから何か取引持ち出す流れかな。日雲博士や“司”みたいにあんたの子飼いの部下になれ、とかさ」
それは、央介の前では出せない名前。
彼にとってはトラウマそのものの名前。
そして、その親子が今どうなっているか、央介たちは知りもしない事。
《やあ、話が早くて助かるね。司法取引として、軍の非合法工作員となるなら監視以外は自由の身という身分を与えることができる。まあ、表向きはハガネ君同様のJETTER協力員ってことになるかな》
悪魔との契約に、僕は頷く。
同じように苦しみを背負った友達の命のためなら、そんなのはなんでもない。
「いいよ。それに乗った。どうせまともな人間、まともな人生じゃなかったんだからさ。それよりも――」
《わかってるわかってる。央介君、紅利君の治療への参加だろう。ちょい待ち、だ》
附子島はそう言うと、手元の機器に何らかのサインを印して認証を進めた。
そこからの処理は既に用意してあったと見えて、事はすぐに先へと進む。
《――よし、それじゃあ受け取りたまえ。君の枷をね》
附子島が言い終わった途端、僕のいる部屋の扉が開いて無機質な輸送ロボットが入ってきた。
そのロボットが運んできたのは軍用携帯端末。
受け取ったこれは恐らく央介や夢さんのと同じ軍の認証アプリが入っていて、更に量子通信付きのもの。
加えて枷だというからには僕の所在確認や盗聴の機能でも入っているのだろう。
まあテレパシーが出来る僕にとっては盗聴なんて何の障害にもならないけども。
「胡散臭い機能はともかく見た目がダサいな。後で自分好みのカバーとか着けていい奴?」
僕の減らず口をぶつけられた附子島は、それは流して質問を投げかけてきた。
《一つ確認しておきたいんだけどさあ、君は自分の能力で好き勝手に生きる未来を捨てて、ある種の家畜に落ちることになる。そうまでしてハガネ君たちを助けたい理由は? 多々良博士によるDマテリアル技術がサイオニックに与える影響を考えてのことかな?》
附子島の問いを鼻で笑って、僕は答える。
「あんたみたいな打算計算で動いてる大人にはわからないだろ? 友達を助けたいだけだよ」
返ったのは笑い声。
附子島は笑いながら僕の答えへの感想を述べた。
《ああ、そりゃわかんないな! 僕には縛り付けて地獄までの運命共同体は居ても、友達はいないからねえ!》
――こいつのスタンスは、自分のだらだらとして文化的で平穏な日常を、快適な程度の自由が保障される社会を維持するためなら手段は選ばない、というもの。
そして、ありとあらゆる極悪な手駒と手管を用意し、敵が怯えて戦いを放り投げ逃げるまで叩き切る。
今回、僕もその一つに加わってしまったというわけだ。
《ま、よろしく頼むよ。ハガネ君の戦力が減るのを見過ごしたいわけじゃあないんだからねえ》
その言葉を最後に、附子島からの通信が終了した。
当然ながら当人は基地内部には居ない。
代わりに僕の前に現れたのは大神一佐。
僕から見ても信頼できる人物なのに、まるで小間使いみたいな扱われ方。
彼は、なるべく硬い姿勢と硬い言葉を選んで、僕を呼ぶ。
「では、こっちだ。根須 あきら君」
彼の心の中は、自身が不甲斐なかったばかりに複数人の子供の人生を歪めてしまったという後悔ばかりだった。
僕は彼へ呼び掛ける。
「気にはしないでください。僕は元々周りを傷つけてた人間ですから、なるべくしてこうなったんですよ」
「む……。そうかテレパスでお見通しか。ふふ、恐ろしいものだな……」
それもあるのだけれど。
責任を背負いすぎている大神一佐に、声を掛け直す。
「いえ、それ以上に一佐の尻尾ですよ。下がりっぱなしで誰でも見抜けてしまいます。――どうか、胸を張ってください。一佐が央介と紅利を外へ逃がしてくれたから敵は倒れて、それでみんなが助かったのは間違いないですから」
「ああ……。いや、妻の茶々が入ったとはいえ逃がす先が違ったのだ。結果的には敵が倒れることにはなったが……」
僕は大神一佐の前に出て、彼の顔を見上げ覗いて呼びかけた。
少しでも彼の心にかかった罪を肩代わりしたい。
「その後に央介たちに戦ってくれ、と頼み込んだのは僕です。だから僕が二人を助けたら、その分をチャラにしてくれませんか?」
「――! ……軍人として、そうはいかないのだが……な」
とにかく真面目な大神一佐の心が揺れ動いているのがわかる。
僕は元通り彼が先に行くように、大げさに道を譲った。