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第三十七話「みんなのたたかい:後編」9/9

 =多々良 央介のお話=


 ハガネとルビィの目の前で、亜鈴さんがその身をなげうって作ったという封印の氷が消えていく。

 僕も、紅利さんも、この戦いを避けられない事を先に察していた。

 氷が消えて、後に残されたのは力のほとんどを失って倒れ伏した巨人エメラダ、そして――。


「……? 我は……」


 ――機械義肢の鎧を纏った少年ヴィート。


 彼は、封印からの解放に戸惑っている様子だった。

 多分だけど、彼の能力が自滅に結び付く可能性をギガントは見越していて、彼自身も知らない内にその対策が施されていたのだろう。

 結局、巨大な力を振り回していたこいつもギガントの使い走りだったということになる。


「は……は……は……。どうやら、うぬれらの手札は我の札を割り切るには足りなかったようだ、な!」


 底の浅さが見えたヴィートを、投影されたベルゲルミルが包んでいく。

 挨拶代わりの凍結氷槍が僕らめがけて飛んできて、それをハガネの体で受け止めた。

 すぐに、後ろに構えていた紅利さんのルビィがハガネ全身の加熱解凍をかける。


 対するベルゲルミルは当然、支援回復を行うルビィを攻撃目標に切り替えた。

 数を増した氷槍が、そして氷柱(つらら)垂氷(たるひ)が四方からルビィを狙う。


 それら自体は、ルビィに触れただけで全て蒸発していく。

 けれどもベルゲルミルは踏み込みをかけ、直接の徒手空拳を加えに来た。

 紅利さんは機敏なステップでそれらをかわし、だけど追い込まれて。


ヴァナルガンド(最大出力凍結撃)! 凍り、砕けよ!」


 ベルゲルミルの禍々しい凍結を纏った手がルビィを狙い、そこへ僕はハガネを捻じ込んで身代わりとなる。

 ――大切な女の子を傷付けさせるわけもないだろう。


 超高熱のルビィを仕留めるための極大の凍結がハガネを凍り付かせていく。

 でもルビィが即時に熱を与えてくれて、氷の縛めは灼熱痛と引き換えに解かれる。

 結果、戦いは振出しに戻された。


 もう、ベルゲルミルに負けはしない。

 僕にはヴィートに立ち向かう戦闘技能が、紅利さんには凍結無力化がそれぞれ備わっている。


 ――だけど逆には不足しているんだ。

 今のままなら、どちらかがどちらかを庇い続けることを背負った状態になってしまう。


「弱し……。下の如き(にわ)か巨人を従えて、王者気取りは愉快だったろうなあ。多々良 央介!」


 僕らの抱えた限界点を、戦いに疲れた仲間たちを、ヴィートが嗤う。

 それに反駁を唱えたのは、紅利さん。


「央介くんは、みんなを従えたんじゃない……! ずっとみんなを守ってきたから、一緒に戦ってくれる仲間が現れたの! ――私だって!!」


「哀れだな! その仲間とやらは間もなくタイプ:ニグレオス(スティーラーズ)の群れに食い散らかされる! 多少の護衛を付けたとて圧倒的数量の前には庇い切れるものではない!!」


 ――どうも、最近は紅利さんの方が先に相手へ攻めていっている気がする。

 動けるようになった彼女は、むしろ活動的な女の子だったんだ。

 そして僕も紅利さんに負けられないから、喚くヴィートへ根本的な間違いを指摘する。


「それにヴィート、お前は勘違いしているぞ! みんなのはニワカ巨人なんかじゃない――」


 遠くから、強い巨人の力が伝わってくる。

 誰かが勇気と願いを籠めた巨人を投影しようとしている。

 それがどういうものかを、本当のニワカがどっちかを教えてやる。


「――僕のハガネは、お前らギガントを打ち倒すために、この一年で間に合わせた急造の巨人。でも、みんなの巨人は――みんなの夢は! ずっと前から育っていた本物の夢のままの巨人なんだ!!」


 背後から伝わる衝撃波と、そして聞こえる獣の咆哮。

 ああ、この鳴き声には聞き覚えがある。

 野生の王様、究極の合成獣が立ち上がったんだ。


 普段は両親や兄姉任せで何とかなると臆病を抱えて。

 でも、傍で怖がっている弟妹が――今はクラスメイトが居れば、お兄ちゃんとして頑張る。


 同級生の狭山さんや、九式先任一尉に守ってもらうだけでは終わらない、終われない。

 その気持ちが巨人の波動として伝わってくる。


「ウサギネコ獣人、奈良 七希の勇気。確かに見せてもらったぜ」


 彼とは遊びに、体育に、良い勝負を繰り広げていた佐介による気取った評価。


 そして状況の変化に動揺したヴィートが、ついに声を漏らす。


「――!? 馬鹿な。あれだけのタイプ・ニグレオスが、全て機能停止しただと!?」


 学校を防衛していた奈良くんがQきょくキメラを再び投影し、そして本来の能力を開放したんだ。

 兵器、武器、衣服の機能を止めて野生動物の圧倒的優位を創り出し、人類滅亡すら招く力。

 僕は安心して、ヴィートへ煽りの言葉をぶつけてやる。


「ほら。もっと強い巨人()が目覚めた」


 続けて、紅利さんも。


「きっと、あなたの氷を消し去る力だって、この先に産まれてくる」


 途端にベルゲルミルから凍結波動が放たれた。

 紅利さんのルビィが、ハガネごとを包む灼熱領域を作って、それを難なく無効化する。

 激昂の攻撃を防がれた蒼白の巨人は僕らを睨みつけて、吠える。


「そのようなもの! 我が全ての芽を刈り取ってくれる!」


 恨みと怒りをにじませるその言葉を、佐介が笑う。


「否定、否定、否定か。自分の過去の否定、現在のぼっちの否定、未来の敵の否定。自分が否定された事への復讐はともかく、それでやる事が年下狙いと弱い者いじめとはね」


 ああ、すごく分かりやすいカテゴライズだ。

 そして、そのカテゴリーというのは。


「――僕は、そういう奴は大嫌いだ」


「だから、ここで私たちが貴方を倒す」


 紅利さんが隣で頷き、ルビィの手を延ばす。

 それを僕はハガネの手で結ぶ。


「……見せてみるがいい。合一巨人の力!!」


 ――強い眩しさに閉じた目を開けば、そこは更なる巨人の中。

 融合巨人、ステインレス・ハガネの中。


 隣に立っているのは紅利さん。

 僕の右手に感じる温かさは、紅利さんの左手。

 このまま互いを意識し続ければ、前回のような異常状態に陥るまでにいくらかの余裕ができるはず。


 ――そう、あくまでも、いくらかの余裕。

 対策をしていても、お互いの感覚が混じり出しているのを感じる。


 ひょっとしたら何度も何度も訓練をすればそれを克服できたのかもしれない。

 神経系の致命的混線をせずに済むESP、あきらみたいな実例もいるのだから。

 だけど、そんな機会も時間も無かった。


「……その分は……ギリギリまで支えるさ……」


 聞こえたのは苦しそうな、佐介の声。

 そうか、今回は佐介が居てくれるんだ。


「無理しないで、佐介くん……」


 紅利さんが気遣う、けれど。


「いや、壊れてもやる……。これから、言語野含めた光子回路、全部PSI処理演算に回すから、あと、喋らない。喋れない……」


 それで佐介からの言葉は途切れる。

 微かに聞こえる苦痛の呻きと唸りを残して。


「……やろう、央介くん! 佐介くんの願いの分まで!!」


「ああ、紅利さん! ――ヴィート! これが僕たちの力だぁっ!!」


 ステインレス・ハガネは、ベルゲルミルが差し向けた氷槍の嵐の中を突破する。

 迎え撃つ氷全てを蒸発させながら敵の目の前に来て、だけど佐介に無理をさせられない、僕らには武器をイメージ形成する余裕もない。

 だから、ただ相手を殴る。


 ベルゲルミルは両手に氷の盾を作り上げて構え、ハガネの攻撃を受け止めた。

 一瞬、受け止められて――そのガードごとを殴り飛ばす。


「ぐ……がぁっ!!」


 与えた衝撃威力に氷盾を砕かれ、更に大きく退くベルゲルミル。

 また、それに接触したことでの凍結効果は焦熱の金属塊と化しているステインレス・ハガネには一切の影響を及ぼさなかった。

 優勢――僕らはそう思って、だけど。


「――ハ、ハ、ハ! 防いだぞ……! 我が絶対停止の防御は貫けぬ!!」


 ヴィートの嘲笑が響いた。

 そして奴は僕らが気付いていなかった今のステインレス・ハガネの欠点を見抜く。


「多々良 央介、珠川 紅利。うぬれら、その合一巨人を“制御”しているな!? 故に、本来の力には届いておらぬ!」


「――っ!?」


 言われて、気付く。

 今、僕たちは合体巨人の外典公を打ち破った時のような圧倒的な力を持てていない。


「愚かな……愚かな……。弱き者どもに縋り付かれ、群れを巻き込むことを恐れ、本能からの力を取り出せぬまで堕ちるとはなぁ!!」


 ヴィートは、ベルゲルミルの力を更に膨れ上がらせた。

 巨人の両手に闇を宿して真っ黒く染まった牙氷を纏い、僕らへと殴り掛かる。


 ステインレス・ハガネで、相手の攻撃を受け止める。

 ヴィートの全力を籠めた凍結は、やはり無力化できた。

 けれど、続いて襲い掛かったのはベルゲルミルの蹴り。


「ぐうっ!!」


「いたっ……!」


 衝撃が僕ら二人を突き抜けていく。

 能力が相殺し合う状態で、敵が用いてきたのは純粋な体術。

 そして、それは機敏だった。


 ベルゲルミルは時間凍結を応用して逐一に壁面、底面を作りだし、それらを踏み台としてステップのロスを減らした鋭い格闘攻撃を繰り出してきた。

 対して、ステインレス・ハガネは一撃一撃の威力は大きくとも、僕ら二人が同調しきる――熔け合う危険を避けている加減でどうしてもラグを作らざるを得ない。


 こっちが極大の一発を辛うじてぶち当て、敵はその間に5~6の攻撃を突き刺してきた。

 ダメージで言えば拮抗し、ベルゲルミルも無傷では済んでいない。

 だけどステインレス・ハガネには時間制限がある――。


「フ、フ、フ……ハ、ハ、ハ! うぬれらが力尽きるか、見境なき獣と化すか。いずれかの(つい)が近いのやもしれぬなぁ!!」


 ヴィートが逃げ切りも見た余裕の笑い。

 このままじゃ駄目だと思い知らされて、その時に声を掛けてくれたのは紅利さん。


「……央介くん、やろう。私たちが……意識を保てる内に……」


 それは、僕たちの100%同調、ステインレス・ハガネの最大解放の誘い。

 ――帰り道がないかもしれない選択肢。

 だけど紅利さんだけでも帰すことを決意して、僕は彼女の手を握りしめた。


 世界の歯車に、僕らという異物が挟まって軋み出す。


 僕らは怪物の力を解き放ち、その勢いのままにベルゲルミルへと飛び掛かった。


 敵、ヴィートは異変を察したのか数多の氷壁を創り出して攻撃を遮ってきた。

 それら全てを打ち砕き、そして最後のベルゲルミル自身へと食いつく。

 ステインレス・ハガネの全力で蒼白の巨人の装甲を打ち砕いて、その内に満ちる闇色の氷に達する。


「――クッ……力を僅かながら解放したか。だが、時間凍結の不壊を宿すこのベルゲルミルは砕けぬよぉ!! ヨルムンガンド!!」


 ベルゲルミルの腕が大蛇へと変わって押し潰しをかけていたステインレス・ハガネを縛ってきた。

 蛇を千切り飛ばそうとして、()はそれが今までの遠隔凍結とは異なり、ベルゲルミル自身を延長させる技なのだと気付く。

 ――動きに関わるエネルギー全てがベルゲルミルに奪われ、ゼロに変換されて壊せない!


「ハ……ハ……。無限の力を持とうとも、零と定められた物には届かぬ。時が流れぬものにエントロピー(変化可能量)の劣化進行は起こらぬ。うぬれらの負けだ……!」


 ヴィートにも疲労が生じているのは感じ取れる。

 だけど、最後の一歩が届かない。

 あと少しで、この敵も限界に達するのに……!



 ――ベルゲルミルの拘束から凍気が染み込んでくる巨人の中。

 僕は腰元に温かさを感じた。


 そう、僕だ。

 多々良 央介が受け取った物だ。

 無機物のはずのそれが、生き物のような熱を持って、唸り響く。


 それは、九式先任一尉から受け取った刀。


「……ああ、使っていいんだ……」


 僕は、その刀に語りかけられ、言われた通りに抜刀して構える。

 隣では、紅利さんも同じ刀を構えていた。


 そしてステインレス・ハガネも、同じ刀を振るって自身を縛る蛇を断つ。


「……なん……だ……!?」


 ベルゲルミルが未知の現象に慄く。

 ()だって、何が何だかわからないけれど。


 それから私は、感じたままに祝詞を口にする。


「これは、私の足を奪い、生ける者の営みを焼き払う火」


 続けて、僕も祝詞の続きを詠う。


「これは、僕の一族が伝えた、新しく形創るたたら場の火」


 ――それぞれが意味するものは。


「それは、火の陰」


「それは、火の陽」


 そして二人で揃える。


「二つの火よ! 交わり、炎となれ!」


 途端、ステインレス・ハガネが手にしていた刀――渦巻く朱鳥の太刀は僕らの炎を纏う。


 ――刀の使い方はわからないけれど、僕の家の流派には棍の端持ちでの最大威力の技がある。

 私は央介くんから伝わるその技を試すことにした。

 太刀を、切っ先から地面に突き立てる。


「その鳥は、不死の山の火に身を投じ、新たな生を得る――!」


 狙いは、ベルゲルミル。

 太刀先で地面を抉り斬りながら、立ち竦む敵まで突進する。


「陰と陽。今一つとなり、幻想紀亘る魂の刃より放て! 多々良一芯流が奥義――!!」


 ――父さん(パパさん博士)から教えてもらった限りでは、武器を地面固定から抜き放つことで全身の発条(バネ)を最大とし、雲を照らし貫く雷が速度で払い上げを行う技。


 その際、武器は地面を掻き裂いて火花すら散らし、そのまま軌跡は空へと向かう。

 燃える大地から産まれ、空へ羽ばたいていく火花の群れから名付けられた、この技の名前。


 敵を完全に捉えて、僕らはその技の名を告げる。


「――比翼・火の鳥!」


 炎の大斬撃は、逃げを打ったベルゲルミルを斜め真っ二つに断った。

 更に炎の軌道は翼を広げた鳥のように天へと突き抜ける。

 その余波で氷雪の巨人が呼んでいた暗雲は蒸発し、僕らは青空を取り戻した。


「……が……あぁ……?」


 ――ああ、でも、ヴィートが、まだ生きている……。

 復帰される前に、もう一撃を。


 だけどステインレス・ハガネの動きが、鈍い。

 僕らの限界が来てしまっている。

 それでも……どうか、太刀での最後の一撃を。


 炎を纏った刃は辛うじて動いて、真っ向――相手の兜に届く。


[Emergency overlay: done. I have control]

[Type-B No.04 PK-system code: SLEIPNER]


 ――その一瞬、蒼白だったベルゲルミルが赤く染まって見えた。

 炎の太刀に照らされた、僕らにはそう判断しかできなかった。

 限界を超えた視界が一気に暗くなっていく。


 ただ、その中でもベルゲルミルが消えてなくなるのを見た。

 ――ああ。僕らは、役目を果たしたんだ。


 大きな安心を抱いて、全てを手放す。


 暖かな闇が、僕らを呑み込んでいった。

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