第三十七話「みんなのたたかい:後編」8/9
=みんなのたたかいのお話=
ハガネとルビィは前線へ向かった。
残された者たちは――。
「行っちゃった……。帰ってくるかな……」
夢はアゲハの中から、戦場へ飛び込んでいく2体の巨人を見送った。
ミヅチの辰が、声を掛ける。
「気遣ってもらったんだから、その分は喜んだ方がいいな。――アゲハの翅、右側がもう動いてないだろう?」
「……んもー! ごまかしてるのに、みんなわかっちゃってるー!」
「夢、やはり疲労が重なっています。当機が合流する以前の戦闘分からでしょう。わずかでも巨人解除の休息と補給を――」
主を心配するテフの言葉は、しかし鋭い声にかき消される。
その声を上げたのは、有角。
「警戒するのです! ……多分、私達を追ってきた敵が傍に来ているのです!!」
戦闘能力は失っても感覚面では何一つ失っていないキャッスル・ヴァリアが、吸血鬼ならではの複合感覚で敵の接近をいち早く察知した。
4人は周囲を警戒して、しかし敵の姿はまだ見えない。
それでも嫌な気配が全方位から距離を狭めてくる。
瓦礫の裏には影がちらつく。
ミヅチは全員を乗せ込み、しかし辰は離脱が間に合うかの危惧を頭から追い出せない。
アゲハは低下している戦闘力で、それでも戦闘力ある巨人を出せなくなった2人と意識を取り戻さない1人を庇う。
ふと、敵の気配が消える。
辰は、それが飛び立つチャンスと――すんでのところで考え直した。
――こんなのは見え透いた罠だ!
辰が自身の軽挙を抑え込んだ瞬間、ミヅチを飛ばそうとしていた進路上に量産クロガネが立ち上がる。
奇襲を見抜いて逃れたミヅチは、しかし手詰まりだった。
「1匹だけじゃあ――」
辰は、敵の構成を予想して呟いた。
そしてその通りに最初に出現した量産クロガネから時間差で、潜んでいたスティーラーズが姿を現す。
それらの多くも、また量産クロガネへと姿を変えていった。
「――ないよなあ……」
「おーちゃんたちに、もうちょっと待ってもらえばよかったね……」
夢はそう言って、アゲハの両手にバタフライ・キッスを構えさせる。
しかしその出力が不全なために片側は構築が怪しい。
「グラス・ソルジャー……出てくれよ! 仲間のピンチなんだぞ!」
「これは流石に逃げ出すのも難しいのです……」
量産クロガネは包囲陣を狭めた。
更に、その内の数体がスティーラーズを手にして投げ付ける。
乱暴極まる、しかし効率的な強襲方法だった
制圧状態から地面に張り付いたまま動けないミヅチ。
最期まで庇い切る事を決意したアゲハ。
そこへ飛来したスティーラーズは小さく鋭い爪を延ばして巨人に取り付く事を狙う。
取り付いた後は、量産クロガネへ変異して相手を貪る目論見。
――けれども突然に飛び込んで来た影によって、その頭蓋は迎え討ちを受けて砕かれた。
「割ぁっ!!!!」
――人間、背の高い男性。
彼はDロッドを自身の手足のごとく自在に振るい、ミヅチとアゲハに迫るスティーラーズ達を討ち払う。
戦う中でも目立つ研究者の白衣と、央介と同じくアンテナ様に立ち上がった一筋の前髪は。
「多々良のおじさん!!」
「夢ちゃん、辰くん! 怪我はしていないか!? ……遅れて、すまない!!」
多々良 上太郎。
央介の父であり、巨人技術の研究開発リーダーにして、古流武術・多々良一芯流の後継者。
彼の振るう棍は神速神妙の技を持って敵を打ち砕く。
「ベルゲルミルからのPSIエネルギーが途絶えたのが確認できて、やっと都市への侵入許可が出たんだ! 外部からの援軍も続いている!」
――ただし、そこまでを終えた所で普段の不摂生からか息が上がり気味なのは子供らにも見て取れたが。
対して動いたのは量産クロガネ。
乱入者によってスティーラーズ形態のものが撃破されたことから、巨人の体をもっての押し潰しを狙った。
けれども、その邪な考えは一閃の元に断ち切られる。
ミヅチを狙って群れていた5体の量産クロガネの首が、一斉に宙に飛んだ。
更に首から遅れて、切り刻まれていた全身も崩れ落ち消えていく。
その列の先には流れるような動作で刀を収める、冴えない体型の中年軍服男が一人。
「ハズレを引いたか出遅れたか……ハガネ君も九式の婆様も居らず。こんな場所から2人を引っこ抜いて逃げるつもりだったんだがねえ」
人を馬鹿にしたような口調のその男性を知る子供らは2人。
「附子島少将……! 都市要塞の一番トップの人なのです……」
「ええ……巨人を、普通の剣で斬るって、軍の偉いおじさんだよね……?」
「附子島 悟道。日本剣術界において最高峰に数えられる一人と記述あり。――白兵剣士の対巨人戦術価値を再計算開始」
軍士官の父親経由で知る有角と、幾度か彼から作戦指示を受けた夢、そしてテフが彼に言及できた。
夢は次いで、彼が幼馴染を苦しめた嫌な過去を思い出しもする。
一方でただ一人、その場に居て軍から遠かった少年は。
「すっっっげえ!! かぁっこいい!! あれが超人って奴か!?」
光本の子供らしい驚嘆感激に、附子島はいつものへらへら笑いの調子のまま答える。
「ハハ。こんなのはね、ちょっと剣を覚えれば出来る大道芸だよ。そもそも将校が自分で武器振るうなんてのは負け戦ぐらいだ」
答えた附子島は、その立ち位置から映像のコマ落としのように消えた。
そして次の瞬間には近寄ってきていた量産クロガネの肩に立ち、袈裟懸けに両断された上半身を後ろ脚で蹴落とす。
巨人の躯から何でもないように飛び降り、そして附子島は子供らに尋ねる。
「……じゃあ、事情を聞かせてもらおうか? 変な力持ってないのがわかった安物相手はともかく、あっちに見える氷の山には流石に近寄りたくないんでねえ」
「――ッ!!!!」
子供達から話を聞いた上太郎は、思わず都市の向こうに見える氷山へと走りだそうとした。
しかし附子島が瞬時に彼の背襟を掴んで、それを止める。
「はいはい、実の息子が他所の娘さんを巻き込んで特攻。止めたくなる気持ちはわからんでも――いや、わからんけどね。しかし、君が行った所で巨人に踏み潰されそうになるだけで何も好転しないんだよ。多々良博士」
「……ぐ、う……」
感情論を廃した話を附子島は続ける。
「今、君がやるべきは敵の凍結攻撃に対して、反属性のイメージを持つ巨人が抵抗できた部分を機械的に再現可能か確認する事だ。そうすれば次は特攻隊を出さずに済むからね」
そこまでを言われた上太郎はがくりと力を落とした。
大人の嫌な潰し方を目の当たりにした夢は、ますます附子島への嫌悪を募らせる。
その附子島が、今度は子供達へと声を掛けた。
「――ところで君たち、おそらくESPの仲間を囲ったね?」
隠し事を見抜かれた子供たちは衝撃に体を跳ねさせる。
そのまま顔を見合わせて、答えるべきか否かの決断に悩み出す。
怯えさせてしまったかと考えた附子島は、説明をかけた。
「現在、央介少年は軍用の量子通信携帯を所持していない。通常通信は妨害の真っただ中。その状態で君達は組織だって抵抗を続けていた――残る可能な総合通信手段は、という推理だよ」
大人の掌の上の子供たちは、それでもまだ次の対応を決めかねた。
下手に答えれば仲間を売る事になるのではないかという警戒。
「別に捕まえて取って食うわけじゃあ……法律上は組織で食う事になる場合もあるか。まあ、いいや。ESP君、私の頭の中を読んだだろう? ハガネ君への連絡を急いでくれ」
見透かして、附子島は指示を出す。
それに答えたのはあきら自身。
(援軍が間もなく到着する、早まる必要はない……もう伝えた。でもハガネはもう敵を閉じ込めた氷の前だ。意味なんてないと思うけどな)
「かもしれない運転が大事だよ、ESP君。――あとは九式の婆様か……」
状況を整理し終えた附子島は、次の行動へ移った。
初めて見た時から姿も変わらない大妖怪の婆様戦士へ、場所を変わるからさっさと前線に出ろ――そう命令するつもりで軍用携帯を取り出しながら呟く。
――その場には、九式という名前に心当たりがある者がいた。
彼にとっては、先ほどまではとにかく彼女の場所へたどり着くことが目的だったために強く印象に残っていた。
そして、その人物が彼の前でとった行動。
光本は何の気なく、それを口に出した。
「九式――。ああ、そういえば九式……さん?の剣を、多々良が持って行ったんだっけ。何だったんだろな?」
それは子供たちが附子島らに伝えていない情報だった。
彼らは巨人の戦いにおいて小さな剣一本を渡すことに何の意味があるのか理解できていなかった。
だから、それは重要な情報ではないと判断しての省きだった。
しかし今度、飛び上がったのは附子島。
「――はぁっ!?!? 九式の太刀を持って行ったぁ!?」
それは長く附子島を知る者ですら初めて見るほどの驚愕の反応だった。
しかしそれを知らない子供たちは何に驚いているのか、それすらもわからない。
対する附子島は一呼吸で冷静さを取り戻し、そして次に起こる禍事を察して都市にそびえる氷山を睨みつける。
その刹那、異変が起こった。
氷山に大きく亀裂が走ると、そこから炎を噴く。
「……だろうね。戦いに呼び寄せられるんだ」
凍結を操る敵を、それ自身の能力で封じた氷が解けていく。
友人の苦闘が無駄になった事に絶望する子供らと、一方で虚無の笑いを浮かべた附子島は、呟く。
「氷の中に炎を隠してたか。でも、今回の戦いは勝ち。あれはそういうものだから。ただ――」
剣士として、かつて同系列の武器を手にしたことがある者として、附子島には件の武器がもたらす結果が見えていた。
そして見えているものはもう一つ――。
「――ありゃ人食いの刀だ。刻呪人造神魂刀。……ハガネ君は帰ってこないかもしれんね」
――その危険性。




