第三十七話「みんなのたたかい:後編」7/9
=みんなのたたかいのお話=
第二部隊は、ついに目的を達成した。
最悪の遭遇を辛うじて跳ねのけて、目標地点へ到達。
火炎巨人グラス・ソルジャーは、九式先任一尉と彼女を庇って魔獣化した狭山一尉を封じた氷を融かし尽くす。
「此れは――、いや戦は終わっておらず、か。そこな炎の巨人、我らの引き上げを要請せむ」
解凍すぐに状況に対応したのは九式先任。
一方の狭山一尉は、祖母を庇ったために娘同様の電撃ダメージを受けて昏倒を起こしていた。
グラス・ソルジャーは九式先任を飛び乗らせ、一方で狭山一尉を温度を押さえた掌に載せる。
その時、感覚鋭い有角は奇襲の気配を察知した。
「……竜宮くん、光本くん。敵が近寄ってきてるのです! 二人を持ってあっちに離脱するのです!!」
「だぁっ! 少しは休ませてくれよぉ!!」
「乗ってるだけなんだから、我慢してくれ!」
あたふたと乗り込んだグラス・ソルジャーと、それにくっついたままの巨人コウモリを引っ掛けて、ミヅチは空を飛ぶ。
その到達地点は、学校との中間――今なお量産クロガネ何十に取り囲まれて戦う第一部隊。
戦場を見下ろして光本は鼻白む。
どれだけの戦いが行われたのか、周囲の建造物は原型を留めずに踏み荒らされていた。
その中央で、消えゆく量産クロガネの残骸を片腕に突き刺したまま応戦を続けるハガネは更に新しく1体、2体を徒手だけで屠る。
第二部隊が撃退した量産クロガネは計12体。
しかし、ここの様子から考えるとハガネとアゲハ、ルビィは100を超える敵を打ち払ってなお戦い続けているのではないだろうか……。
ついさっきまでは、自分たちの死地に助けに来ないことに恨みすら感じていた光本が畏怖を覚えた、そのハガネから声がかかる。
「状況は……あきらから聞いた。支援を頼めるか、辰!」
「ああ、空から支援爆撃をかける! ハガネから4時、6時、7時を焼く!」
「りょーかい! アゲハ退避します!」
「え、えっと、時計の盤面だから、うん!」
夢、紅利からも攻撃範囲への了解が返り、ミヅチは先に予告した範囲へスネーク・マーカーを飛ばす。
続けてミヅチのワイヤーアームが、グラス・ソルジャーの目前で指を振る。
光本は慌てて巨人の火力を上げ直し、指示された通りに地上への爆撃を行った。
――威力は十分。
巻き込まれた敵巨人らは溶融破損し、あるいは赤熱化を起こして戦闘力を失う。
敵陣の包囲は崩れた。
全方位の数頼みによる牽制が利かなくなった量産クロガネの群れを、ハガネのアイアン・スピナーが、アゲハのバタフライ・キッスの乱れ突きが狩る。
更には、いつの間にか地上に飛び降りていた九式もまたDロッドを振るって巨大な敵複数を一瞬に微塵切り。
加勢を受けてから全てが終わるまで、1分もかからなかった。
ミヅチは安全になった地上に降下し、亜鈴を除く第二部隊と第一部隊は合流を果たす。
しかしその途端だった。
安堵からの緩みか気力の限界からか、火炎巨人グラス・ソルジャーが消失を起こした。
光本は焦り慌てて再度の巨人投影を試みたが、やはり限界が来ていたようで炎の巨人はもう姿を現すことはなかった。
ただ現状、都市上空にはアトラスが舞い飛び、スティーラーズと量産クロガネをまき散らしているものの、戦力の絶対量の問題からハガネらに圧力をかけるほどではなくなっている。
そこで一同は状況情報の集計を行うこととした――。
「――状況は判ぜり。ただ、彼奴はギガントめへの叛意を示していたというのだな?」
瓦礫の戦場跡でアゲハとミヅチが護衛を行う中、九式は気絶したままの孫娘を椅子として子供らから全ての経緯と説明を受けた。
一点、彼女が聞き返して確認したのは戦場に残る謎。
いずれ組織を裏切ると公言した者への補給が継続されている事と、統率者が不明となっても量産型補佐体の戦闘行動が停止しないという部分。
「……尚、彼奴の糸を引くものが潜んであるな……。――相、了解した。これより我は最重要作戦目標たる神奈津川小学校の防衛に就く!」
九式は立ち上がり、きっぱりと次の行動を宣言した。
しかしそれは最大の戦力のはずの彼女が、後衛をするという話。
戸惑ったのは子供たち。
「あ、あの……ベルゲルミルを倒す、という方は? 協力してもらえるかと……」
央介の尋ねに頷きもせず、九式は答えを返した。
「うむ、多々良 央介。汝がこの刃を振るえ」
「え……?」
央介は二段三段と飛ぶ話に混乱して十分な対応もとれない。
一方の九式は目も落とさずに腰の刀帯を解き、刷いていた太刀を央介の正面へ突き出す。
続けて、そうする理由も告げた。
「今、我が心臓に“天桜”亡し。故に我は彼奴の禍つ凍てつきに阻まるる。残るは巨人に此の刃を振るわせる他なし」
不明な固有名詞が挟まったが、九式の仕草からすれば以前に用いた自発的な内臓破壊装置が装着されていないという話。
となれば、残りの話は央介にも納得できるものだった。
――いや、本当にそうだろうか? まだ彼女ならやりようが残っているのでは?
しかし一方で学校防衛は既に一敗を期した彼女の曾孫の狭山と、防衛向きではあっても戦闘能力の低い加賀のGガガッティのみ。
そちらへの加勢が必要なのも事実。
決断を迫られた央介の頭の中では様々な条件や責任がぐるぐると巡る。
「まあ、いいんじゃないか。巨人は巨人同士で決着つけよう」
答えを出したのは、佐介。
央介のパートナーを務める機械の少年。
「この間、負けた分を取り戻すチャンスでもある。だろ?」
「あ……ああ、そうか。うん!」
九式が与えてくれようとしているのはヴィート、ベルゲルミルへの雪辱のチャンス。
そう受け取った央介は姿勢を正してから、九式から太刀を受け取った。
最後に、少しだけの確認。
「その、これ大切な物だったり、しないですか?」
央介の確認に、九式は笑う。
「なに、気遣いは要らぬ。かつて我が身を串刺しとしたほどの縁しか在らぬよ。――銘は“渦巻く朱鳥の杖”、心して振るえ」
突然の凄惨な話を聞いた央介は困惑した。
それがEエンハンサー特有の不死身の冗談なのか、それとも真実に超人同士の戦いにおいても失われなかった実例を語られたのか、結局わからないまま。
その後、真っ先に動いたのは九式。
「来たれ! 悪路!!」
九式の呼び声が響いてすぐ、瓦礫の壁を突き破って現れたのは彼女の愛機である戦闘バイクの悪路八型。
飛び乗った九式と悪路八型の俊敏な加速で、それらは央介たちの視界からあっという間に消え去る。
黒衣の騎乗者が学校側の支援に向かうのを見届けそこなった後、第一部隊と第二部隊は――。
「狭山一尉、目を覚まさないね……。簡単に診てみた限りでは創傷は見つからなかったんだけど……」
「Eエンハンサーは外傷類は瞬時に回復します、電気攻撃による神経系への負担が過大だったと推定」
「そもそも一尉は不死身だし、九式先任以外のアグレッサー隊の隊員さんも3人が動き回ってるから、ここに置きっぱなしでも問題はないんだろうけども、なあ?」
「一尉だけなら極端それも、ってなるけど。問題は、二人だよ」
――央介と夢、佐介とテフが今ここにいる自分たちの可能不能を話し合う。
そして央介が気にしていたのは。
「出ねえ……。俺のグラス・ソルジャー……出ねえ……」
「キャッスル・ヴァリアも今のコウモリ1匹で精一杯なのです……。央介くんがちょっと血を吸わせてくれればもしかしたら……でもベルゲルミルと戦う前に体調不良もダメなのですねえ」
――少年少女らは戦闘による消耗を起こしていた。
意識の戻らない救助者1人、巨人戦闘不能が2人。
残るはハガネ、アゲハ、ミヅチ、そしてルビィ。
「――九式先任に同行して学校まで行くべきだったかな。いや、そうなると学校側への到着時間が遅れるか。オレらを守りながらになるわけだし」
佐介が冷静に数字で見る。
似た観点の辰も同意して、更に自分が動くことを提案。
「第二部隊は学校まで一旦帰ろう。今ならミヅチが思いっきり空を飛んでもそこまで危険じゃない」
「ベルゲルミルが襲ってこない、というだけでスティーラーズは空でも襲ってくるからアゲハを護衛につけるべきだよ」
央介による、なるべく仲間を優先保護したいという論。
その裏にある話を、夢は見抜く。
「……その間に、おーちゃんと紅利っちでベルゲルミル倒しに行こう、って考えてるでしょ。あのイチャイチャモードで……」
夢の詰りに答えたのは、まるで現在も央介と同調しているかのように、紅利。
「うん、それもできる。だから、部隊を分け直した時にベルゲルミルに近づけるのはハガネとルビィの組み合わせだけだと思うの」
央介は自身の考えをほぼ言われた事に一瞬驚き、けれど受け入れて続く話へ移る。
「グリーン・ベリル、亜鈴さんが何時まで無事かわからない。その看視のためにも先行したいんだ。むーちゃんと辰なら学校までを折り返しても、すぐに合流できるだろう?」
「……うん」
「早まるなよ」
夢は悔しさを飲み込んで、辰は念押しに答える。
それを受け取った央介と紅利は構えもとらずにハガネとルビィを投影し、その中へと飛び込んだ。
黒と赤の巨人2人は仲間を庇い、刺し違えも手段として戦いに向かう――。