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第三十七話「みんなのたたかい:後編」6/9

 =みんなのたたかいのお話=


 蒼白の巨人ベルゲルミルと対峙する頭翼の巨人エメラダ。

 その大きな翼は切り札である火炎巨人グラス・ソルジャーを背後に庇う。


 ベルゲルミルの主――ヴィートは、その巨人の単独戦闘能力の低さを嘲笑した。


「見れば、うぬは先から一度も直接の攻撃をしておらぬ。単独で戦えぬ歌唄い巨人に何ができる」


 歌姫の少女、亜鈴は一歩も引かずに答える。


「歌は、あなたの知らない愛を伝えることができるわ」


 その声には彼女が普段は欠かさない音階と韻律の響きは無かった。

 亜鈴は続けて精神統一のための大きな一呼吸。

 目前にはベルゲルミルが投げ付けた氷槍が迫る。


「♪らぁー……!」


 亜鈴は、動じずに歌い始めた。


 まず巨人エメラダが作り上げた環境領域は、太古。

 古代植物の森が一瞬で生い茂り、そこから現れたティラノサウルスが氷槍を受け止め、そして力を使い果たして消滅する。


 ベルゲルミルは更なる氷嵐を巻き起こし、作り上げられた森全てを凍てつかせる。

 そのダメージフィードバックを受けても、今度の亜鈴は止まらない。


「……何万年も昔から、ありふれた歌が伝えてきた愛……!」


 次に組み上げられたのは雪と氷に包まれた世界。

 まるでベルゲルミルのための世界に見えて、しかし違う。

 そこに描き出された人々は大きな炎を囲み、歌い奏で踊って氷雪に立ち向かっていた。


 ベルゲルミルの一撃がそれらを薙ぎ払う。

 伝説の霜の巨人そのもののように。


「……くん、動いて。私が……」


 巨人の歌声の中での密かな耳打ち。

 その間も風景は刻々と切り替わり、その度に創り出されたものがエメラダを守り続ける。


 それは人々が暮らす穏やかな農村の祭り。

 それは人々が矢と槍で向かい合う戦場。

 それは人々が祈り捧げる厳粛な聖堂。


 いずれの領域でも人々の歌が響き続けていた。

 ヴィートは映し出された全てを打ち砕き否定していく。


 しかし、その進撃が止まる時が来た。


「……巨大(マクロ)で、神秘的で、怖い! 響け、愛の歌!!」


 ベルゲルミルは突然、虚空に放り出された。

 亜鈴の歌が辿り着いたのは静寂の星々が見下ろす宇宙空間。

 そこでは響く歌と、星の瞬きに混じって巨大な機械兵器同士が光線を放ちあっていた。


「……う、おっ!?」


 流石のヴィートも、今までで最大の環境操作にたじろいだ。

 狭い街角に創り出されたのは、亜鈴が思い描く人類の愛と団結と熱狂が生み出した、まだ見ぬ宇宙戦争の情景。


 飛び交う光線の内の一筋がベルゲルミルへ向かい――けれど、すり抜ける。

 それらは残念ながらただの虚像でしかなかった。

 先にヴィートが指摘した通り、歌う巨人エメラダには攻撃の力はない。


 しかしこの時のヴィートにとって厄介だったのは、仮想に作り上げられた領域といっても、そこが真に寄る辺なき無重力空間と化していた事。

 ベルゲルミルが強大な巨人と言っても、咄嗟の無重力機動能力まで有しているわけではなかった。

 専属のアトラスさえ残っていれば話は別だったのだが。


「ああ……認めるぞ。うぬが巨人は佳き巨人だ」


 投射攻撃は虚像に阻まれ、環境幻惑が戦闘機動を困難とする。

 エメラダの能力は時間稼ぎとして、戦闘支援として最高のものだとヴィートは評する。

 しかし――。


「――それを失う事が慙愧に耐えぬ! 世界縛る蛇、ヨルムンガンドの毒牙からは逃れられぬのでな!!」


 ベルゲルミルが突然に突き出した腕は形を変じ、伸びたのは氷鱗の大蛇。

 巨人本体から繋がって支持されたそれは無重力の不自由をはねのけ、自在に曲がりくねって立ち塞がる虚像を潜り抜ける。

 そして、ついに捕縛の一撃が亜鈴のエメラダを捕らえた。


「ぐうっ……!!」


 少女の苦痛の呻きが響く。

 それでも周囲は未だに歌われる宇宙空間のまま。

 亜鈴の歌唱は巨人エメラダが代行し続けている。


「は、は、は。大した精神力よ。このまま歌う氷像として飾ってくれようか」


 ヴィートはエメラダにとどめを刺すべく、それを手繰り寄せた。

 その距離が巨人の腕一つまで近づいた時、亜鈴は呟きだす。


「……あなたは、私の巨人が起こした事件の事を知っているかしら……」


 亜鈴の言葉に、ヴィートは以前に受け取ったレポートの記憶をそのまま返した。

 その以前が何時だったのか、少し曖昧だったが。


「――極大の巨人が環境を書き換えたものだろう。今の抑制されたみすぼらしい巨人と違い、制御されぬ壮大な力だったとな」


 それを聞いて亜鈴は、笑う。

 笑って相手の犯したミスを歌う。

 医者である彼女の父が時折冗談めかして、しかし厳しく教えてくれた話。


「ふふ……。♪カルテは隅々まで、読みましょう。♪取り返しの、つかない事に、なるから……。♪あなたは――」


 エメラダの能力、領域環境の書き換えが始まる。


 ヴィートはそれを苦し紛れのものと軽んじていた。

 目と鼻の先にある相手が多少の小細工を弄しても、抵抗にはならないと。


 けれども、それはベルゲルミルにとって致命的な状況を呼ぶ。


「――♪あなたは、エメラダ。♪神無月の人魚姫!」


 一際に声を上げて歌い始めた亜鈴との決着を求めて、ヴィートは凍結の力を強めた。

 目の前の巨人エメラダが凍り付いていく。


 ――そして、ベルゲルミル自身も。


「……ッ!? うぬれ、何を!?」


「♪私の巨人がかつて、そして今、呼んだもの、それは――海。♪深くて広い、愛を知らず、戦い続ける貴方は、抜け出せないわ」


 幻惑の水中にあって、エメラダとベルゲルミルの凍結は止まらなかった。

 元々ベルゲルミルは防御のために強大な凍気を身に纏う巨人。

 しかしそれはヴィート自身ですら制御不能の特異現象だった。


「海……PSIからなる水だと!? ……ぐぅっ、凍り付く!! このベルゲルミルが!!!?」


「♪哀れな至高者(デウス)気取り。♪ひとりぼっちで、一万年、氷の棺に眠りなさい……」


 ヴィートは怒りのままに抵抗を続けた。

 しかし、既にベルゲルミルは浸透した巨人質の海水ごとPSIエネルギーの構造が凍結し、身動きの一つすらとれなくなっていた。

 更には凍結念動力とエメラダによる環境制御のPSIが酷く干渉を起こし、狙いすら定めることが不可能になっていく。


「ぐ……!! うぬれぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!」


 失策に吠えるヴィート。

 その目の前で、凍りゆくエメラダは歌い続ける。

 亜鈴は、歌い続ける。


「♪これは私とあなたの根競べ。私が凍り付いて、いつか歌えなくなるまで――!」


 そして今歌う物語、孤独な人魚姫を生まれ変わった両親が迎えに来る話になぞらえて、先の勝利を予言する。

 高らかに、歌い上げる。


「♪――そしてきっと、鋼の勇者と、紅珠の姫は、海の底から人魚姫(エメラダ)を見つけ出す! ♪そういう、物語!!」




 ――魔人と歌姫を封じ込めた氷山の中から、歌声が響いていた。

 それを離れた場所から呆然と見つめるしかなくなっていたのは火炎巨人グラス・ソルジャー。


『光本くん、動いて。私が時間を稼ぐから、その間に目的を――』


 亜鈴が捨て身の封印を仕掛ける直前、彼女は光本に退くようにと告げていた。

 言われた通りの結果が生じて、けれど級友二人を目の前で失った少年は身動きもとれなかった。

 歌が作り上げる凍結封印のすぐ傍に作戦目標だった九式先任一尉らを閉じ込める氷山があっても。


「……女の子に、戦わせて、何もできなくて、犠牲にしてっ!!」


 光本は自身の不甲斐なさに慟哭する。


 恥の因縁ある巨人の力を得て、ともすれば恨みあるハガネとの逆転もと思っていた。

 だから強気の言葉を先ほどから幾度も吐いてきた。


 しかし、実際の戦いでは役に立たなかった。

 ハガネの昔馴染みと少女二人が全力を尽くして結果を出し、そして散っていった。

 その間に自分は何が出来たと、自責の念が痛みすら感じさせる。


 この後どんな顔をして学校の仲間たちの前に出ればいい?

 いや、そんな事が許されるのか?


 ――いっそ、目の前の凍結満ちる氷に触れれば、敵の力は惨めな自分も葬ってくれるのでは。


 考えが極端な所に辿り着いた光本は、グラス・ソルジャーを歩み進ませて氷山へと手を延ばす。

 それにあと少しで触れる、という時だった。


「いただきますのです!! がぶーっ!」


 突然の聞き慣れた声と、続く激痛が巨人の首元から光本自身へと貫通する。


「痛ぇ!? きゅ、吸血コウモリ!?」


 光本は我に返って、グラス・ソルジャーの首にかじりついていたものを払いのけた。

 巨人に攻撃できるそれは紛れもなく巨人。

 一羽の小さな巨人コウモリが、汚れたはずもない口元を翼で拭ってから食事の提供に礼を述べる。


「ああ……生き返ったのです。ごちそうさまなのです」


「っ!? お前、有角!! ……し、死んだんじゃあ?」


 失ったと思った仲間の突然の復帰に驚く光本を、有角の巨人断片のコウモリはけらけらと飛び回ってからかい、そして語る。


「本体を敵の前に差し出すほどお馬鹿さんじゃないのですよ? 翠子(リコ)ちゃん風に歌うなら♪黄昏に吸血鬼が開く聖典は虚ろ~なのです」


 更に巨人コウモリは、今までどこにいたのかを実演しても見せる。

 その隠れ場所とは、凍結相手に一番安全でPSIエネルギーセンサーにも捉えにくい、グラス・ソルジャーの背中。


「なん……だよ……それぇ!!」


 文字通りの灯台下暗し。

 安堵と、一方であれだけ悲嘆を向けた分を台無しにされたという気持ちに光本は大声を上げる。

 しかし有角は元気に冷静なまま。


「さあ、翠子(リコ)ちゃんが何時まで無事か分からないし、量産巨人が寄ってくるかもなのです。稼いでくれた時間のうちに、さっさと解凍できるものを全部解凍しちゃうのです!」


 小さな巨人コウモリはきびきびと翼先で目標を示す。

 第一の対象となったのは、辰のミヅチを封じ込めた氷。

 まだ憤懣やる方ない光本は、けれども言われた事に従うほかなく唸りながら巨人に炎を操らせる。




 蒼く透き通った氷の外に、炎の明かりが見えた。

 炎を操る事は“それ”にとっても得意な業だった。


 “それ”は、一時的に影響力を強めていく……。


[Main system: Type-B No.03 = act-all error...]

[Sub system emergency overlay: done. I have control]

[Type-B No.04 PK-system fire=ω. Booting......]

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