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第三十七話「みんなのたたかい:後編」5/9

 =みんなのたたかいのお話=


(今、そっちに第一部隊が向かってる! それまで後退か、少なくとも大人しくしててくれ!!)


 独自判断での進撃を続けていた第二部隊に、あきらからのテレパシーが飛ぶ。


 ただ実際のところ、これまでの第二部隊の進行は成功していた。

 既に3人のアグレッサー隊員を解凍救出し、目的の九式先任一尉の所在――次の信号交差点まで半ブロックの距離。

 ともすれば、それらしき変身体Eエンハンサーを閉じ込めた氷山が視認できる場所まで進んでいる。


 けれど、そこまできた現在、絶望の失敗が目の前に来ていた。

 アグレッサーらとスティーラーズの激戦が窺える、援護の無人戦車達が制御も失って沈黙する街頭で、第二部隊は立ち竦む。


「悪い、根須。大人しくも何も、やらかしたわ……」


 辰は、自分の致命的ミスを司令官に伝えた。

 辰のミヅチ、光本のグラス・ソルジャー、亜鈴のエメラダ、有角のキャッスル・ヴァリアら4体の巨人の前で飛行機械アトラスから降り立ったのは最悪の遭遇。


 敵は、蒼白の巨人――。


「は! は! は! は! 獲物がわざわざ我が顎に飛び込んでくるとはな!!」


 反属性の敵の襲撃に、光本は勇気を奮い立たせるために咆える。


「こいつが瓶詰野郎の巨人ベルベルベル……! ターゲット目と鼻の先で大ボスかよっ!!」


 有角は級友の雑な記憶を指摘して、冷静さを保とうとする。


「ベルゲルミル、なのです。北欧神話の巨人、なのです……!」


 亜鈴は歌い続け、精神を研ぎ澄まし続ける。


「♪Rah……Rah……太陽映す鏡……」


 4人の窮地に、遠くから巨人の力に載せた声が響く。

 それは多々良 央介、ハガネの声。


「みんな逃げて! そいつは勝てる相手じゃない!!」


 現場の少年少女らも、そんな事はわかっていた。

 だから辰は幼馴染へ答える。


「おーすけ……大魔王からは逃げられるとも思えなくてさ。負けイベントバトルとしても――」


 そしてもう一人、闘志を燃やす答え。


「はっ! 勝てないかどうか、やってみなきゃわからねえだろうが!」


 気勢を吐いた光本は使い慣れてきた自身の巨人に力を込めた。

 グラス・ソルジャーの全身に通うPSIエネルギーは炎と変わり、纏う硝子鎧の隙間から火を噴く。


 それを愉快そうに眺めていたのはベルゲルミルの、ヴィート。


「多々良 央介め。我が氷霜巨人(ヨトゥン)の軍勢へ、か弱き者を連れて攻勢の理由は火炎巨人(ムスペル)を従えたことだったか! されど――!」


 構えもしない敵にグラス・ソルジャーは先制攻撃を仕掛けた。

 まず巨大火炎弾を放ち、更に経験から敵の回避に備えて右手から長く伸ばしたバーナートーチで大きく薙ぎ払う追撃。

 それは、間違いなくベルゲルミルを捉えていた。


 敵巨人を焼く炎は燃え尽きた。

 燃え尽きて、しかし燃やし尽くせなかったものが立ち佇む。


 巨大な氷結晶を纏って鎧としていたベルゲルミルが、攻撃の不足を嘲る。


「――どうやら、うぬが炎。我が氷を焼き切るには足りぬようだな!」


「……くそっ!? バカかよ! 氷に炎が負けるなんて!!」


 光本は彼が信じる法則の敗北に呻き、怯えから無理な追撃を始めた。

 爆炎が、噴火が、火炎弾がベルゲルミルに向けて放たれる。

 しかし、魔人ヴィートは動じもしない。


「炎が如何に燃え盛ろうと、我はそれを絶対の零として静止させるのみ……」


 既に勝ちを見据えたベルゲルミルは、構えすらとらずに自身の周囲に氷霧を巻き起こした。

 それは襲い掛かる炎の全てを消し去る。

 更に――。


「さあ、凍てついた炎となれ! 其はこの世に在らざるほどに美しかろうな!!」


 霧の中から捻り出された巨大な氷槍が、グラス・ソルジャーへ向けて飛ぶ。


 ――光本は、攻撃を避ける術を知らなかった。

 戦闘経験の薄い少年には、先ほどまで自分への攻撃は反撃の火炎で焼き払ってきた彼には、無理な行動だった。


 ただ自身へ向かってくる硝子に似た鋭角の氷を呆然と見つめるのが精一杯。

 それから、その視界に横から割り込んだ物も見つめることになった。

 飛行巨人――ミヅチが盾となって、自分を庇う姿を。


「――がっ……あ……」


「お、おい! 何を……!?」


 光本は自分を庇った巨人の先達に思わず問いかける。

 彼には、自分より巧く戦えるはずの辰が犠牲になる意味が分からなかった。

 致命の一撃を受けた辰は、広がっていく凍結の苦痛に喘ぎながら、答える。


「はは……君の解凍能力は切り札なんだ……。一度のミス程度で、失うわけにはいかないから…………」


 ――それ以上の答えは返らなかった。

 ミヅチの全体を時間凍結の氷が覆っていく。

 グラス・ソルジャーに解凍能力があっても、ベルゲルミルが睨み据える前での回復行為が可能なはずも無い。


 無理のある戦闘の継続を託された光本は、怯えた瞳でベルゲルミルを見る。


「は、は、は! まず一匹。それも大物からを捕らえたぞ!」


 そこではヴィートが高く笑っていた。

 またベルゲルミルは既に数多くの氷槍を創り出し、次の獲物を狙い始めている。


 光本はなけなしの勇気で、目の前の敵から逃げつつも可能な当初の目的を呟いた。

 目標は既に見えている悔しさが涙もにじませる。


「あと、一歩で……。あと少しで、最強戦士を助け出せるって話だったのに……!」


 恐怖にへたり込む寸前のグラス・ソルジャー。

 その前に割り込んだのは、吸血巨人キャッスル・ヴァリア。

 歌姫巨人エメラダも、それに続いた。


「なのです。だから光本くんは、それができるタイミングを考え続けて欲しいのです」


「♪時を、その引き金を、貴方に与えます」


 チームの戦闘経験者を失った中で、少女の巨人2体は最期の賭けに出た。

 そこへ遠くから巨人の声が響く。


「撤退戦って言うのがあるんだ! 戦力を維持したまま後退するのも重要な戦いだって!!」


 ハガネからの、央介の悲鳴じみた訴え。

 その叫びには戦闘での一撃一撃の気迫が混ざる。

 光本らの場所へ駆け付けようとするハガネたち第一部隊は、それをさせまいと取り囲む量産クロガネの群れに押し留められていた。


 先ほど央介が唱えた戦術論は、しかし大神からの受け売りでしかなかった。

 正しく結論が見えていたのは軍人を父に持つ有角。


「撤退戦――お父様からも聞いた話なのです。……でも多々良くん。それには相手を釘付けにする殿(しんがり)が必要なのですよ?」


 その穏やかな言葉を聞いていたのは、直近の光本と亜鈴だけ。

 更に有角はこうも告げる。


「光本くん、凍らされないようにだけ注意していてなのです。私たちがどうなっても、なのです……」


「あ……ああ」


 頷くグラス・ソルジャーを確認した有角は、キャッスル・ヴァリアから大量のコウモリを分離させる。

 十分な量のコウモリを侍らせてから、吸血巨人は侮り待ち構えるベルゲルミルへと襲い掛かった。


「愚かな……。我が世界(ニブルヘイム)に生ける者が踏み込めるとでも!」


 ヴィートは、獲物の自殺行為を嘲り笑った。


 彼の周囲には不可視の即死罠――凍結領域が作り出されている。

 過去の戦いで巨人隊がそれを認識可能となったのは要塞都市の監視機器と軍由来の装備によるもの。

 しかしそれらは既に凍り付いて機能を失い、少年少女らには十分な装備もない。


 けれど、キャッスル・ヴァリアは凍結領域を目の前にして、機敏に向きを変えた。


「……むぅっ!?」


 怪訝に思ったヴィートは新たな領域を作り出し、自身を狙い来る巨人へと向かわせる。

 ――それも、回避された。


 ついにキャッスル・ヴァリアは仕掛けられた罠を掻い潜ってベルゲルミルに迫り、その凶暴な爪を突き立てた。

 だがしかし、相手に突き刺さるはずの爪は先端から凍り、その攻撃を無意味とされた。

 反撃を受けたキャッスル・ヴァリアは判断早く飛び退き、更には凍り付いた腕をもう片腕で自切して凍結侵食への処置までをこなす。


「――見えている、だと?」


 有角は、自身を警戒しだしたベルゲルミル相手に構え直しながら種明かし。


「別に大した手品でもないのです。貴女の力は時を凍らせて止める――そこは音も止まってしまう場所だから、コウモリのエコロケーション(超音波探知)で変だとわかっちゃうのです」


「♪音……音の聞こえない、伝わらない場所、ね」


 亜鈴も敵の手札を理解したことで、自身の行動方針を決めた。

 エメラダを前に進ませてキャッスル・ヴァリアの支援を始める。


「♪――あなたが往くは、悪魔の城。蒼い月に彩られ……」


 歌う巨人から独唱が響き始め、同時に周囲の風景も塗り替えられていく。

 一瞬の後に敵味方4体の巨人が立っていたのは、暗闇に満ちた玉座の間。

 巨人の発光線以外で大きな明かりとなっているのは自身が燭台となっているグラス・ソルジャーのみ。


「なんでもアリだな……うちの女子ども……!」


 追い詰められた光本は、せめて出来る事と攻撃を開始した。

 グラス・ソルジャーの炎は闇を照らし、そしてベルゲルミルの氷を焼いていく。

 有角は彼の勇気の姿に少ないながらも感動を覚え、後で勇者の血を吸わせてもらう事を勝手に決め込んだ。


 夜を歌う声が響く中で火炎弾が乱れ飛び、闇の中を認識困難な蝙蝠が舞う。

 迎え撃つ、死氷の嵐。


 それらの攻防は、やはりベルゲルミルが優勢だったが――。


「環境すら書き換える巨人に、ヴァンパイアが生じさせた巨人……うぬらも我が元に下らぬのか?」


 ヴィートは目の前にあるものが融合ハガネ同様に得難い力だとして声を掛けた。

 その返答は素気無く。


「お断りなのです!」


「――いずれも度し難い! なれば凍り果てい!!」


 癇癪をそのまま攻撃の力に変えたベルゲルミルは、全方位に凍結の波動を放つ。

 対してグラス・ソルジャーが咄嗟に展開したファイアウォールが少女二人の巨人を護る。

 それでも、周囲を包む闇の環境には十分なダメージが及んだ。


「♪画廊……迷宮の……、くっ!!」


 支配領域にかかった負荷はエメラダへ、そして亜鈴にもフィードバックを起こした。

 歌声が途切れた途端に闇の世界はガラスのように打ち砕かれて市街地の風景が戻ってくる。


 それだけ時間を稼いで、しかしハガネはまだ到達しない。

 莫大な量のスティーラーズ、量産クロガネの軍団が壁を作り上げている。


 ――キャッスル・ヴァリアが後退りをした。

 周りは彼女の戦意喪失を疑い、グラス・ソルジャーはそれを支えるために攻撃を密とする。


 しかし有角の後退は逃走を狙ったものではなかった。

 彼女は軍人の父親を持つ者として考え続け、自分たちに可能な、相手に回復不能のダメージを与える手段に辿り着いていた。

 それは周囲を飛び交う、しもべのコウモリが教えてくれた。


 キャッスル・ヴァリアは後退りのままに、傍の道路で機能停止していた無人戦車へ手を伸ばす。

 そのリニアレールの主砲を掴んで持ち上げれば、構造上から砲塔だけが外れて車体は千切れ落ちる。

 吸血巨人の手元に残ったのは、長く伸びた砲とその先の砲塔構造体。


「……この要塞都市は、まだ死んではいないのです。学校にも最下層の核融合炉から送電が続いていて――」


 呟きながら、キャッスル・ヴァリアは戦車残骸を高く掲げる。

 それはまるで巨大な槌の形をしていた。


「――お父様、くらりに力を。神奈津川要塞都市、裏コード:A-L-U-C-A-R-D!」


 有角の言葉はキャッスル・ヴァリアが放ったコウモリ経由で都市の緊急音声回線へ流し込まれた。

 深く仕組まれた符号を受けとった途端、都市中の機能を残していた防衛塔が動き出す。

 構造が大きく展開し巨大な送電アンテナがキャッスル・ヴァリアへ向く。


「北欧の巨人を討つというならレーヴァテインか、グングニール……? 主神に破壊神、どちらもわたしには荷が重そうなのです……」


 そして受電アンテナ伸びる戦車砲塔内部の超電導蓄電機構は限界を超えた電力を受け取る。

 キャパシティに収まりきらない電力は周囲に眩い電光となって飛び散り、少なくない破壊を引き起こした。


「……ああ、そうなのです。雷なら、トールがハンマー! ミョルニール!」


 キャッスル・ヴァリアは、神器の名前を付けられた巨大な得物を振るう。

 重厚な戦車砲塔を叩きつける事による物理衝撃、そして同時に発生する巨大漏電はいかなるものも打ち砕くとして。

 しかしヴィートは嗤う。


「は、は、は! 電撃程度がこのベルゲルミルに通じるとでも!?」


 迎え撃つベルゲルミルは、今まで見せたことも無いような構えをとった。

 上下に構えた両腕に光すら食い尽くす強力な凍気を纏い、そこから伸びる暗闇の氷晶は獰猛な獣の牙のように。


「電子公転すら静止させてくれる! 宇宙食らう狼、ヴァナルガンドの顎を受けよ!!」


 光を構えたキャッスル・ヴァリアと闇を構えたベルゲルミルは衝突した。

 その勝者は――。


「我がベルゲルミルに、傷も無し!!」


 ――勝ち誇るヴィート。

 そしてベルゲルミルの前には、巨槌ごと凍り付いていくキャッスル・ヴァリア。


「有角!?」


「くらりちゃん!!」


 仲間たちが悲鳴を上げた。

 けれど、凍りゆく有角は不敵に語る。


「――巨人に普通の攻撃が効き目がないなんてわかっているのです……。でも、普通の機械に、戦闘都市の全てを流し込んだ過剰電流は……どうなのです?」


 その時になってヴィートは気付いた。

 敵を討ったというのに、未だに電光が作る光が周囲を照らしている。


 次の瞬間、ヴィートの纏う機器のいくつもが接続先を失ってステータス・エラーを示した。


「――ッッ!!!? うぬれ、何を……!?」


「……吸血鬼は……複数(フォア)(オブ)(アカインド)を……持つのですよ?」


 大きな爆発がベルゲルミルの背後で起こる。

 ヴィートが異変に振り向き見たのはキャッスル・ヴァリアのコウモリ分裂体が振るう、もう一つのミョルニール(戦車残骸槌)


 それは、空中に隠蔽されていたヴィートのアトラスを打ち砕いていた。


 ――有角がその存在に気付いたのは、攻撃の一環として飛ばし続けていたコウモリが時々奇妙な衝突を起こしていたこと。

 人からもコウモリ(音波探知)からも見えない、しかし凍結領域ではない、わざわざベルゲルミルが傍に従えている何かがある、と。


「……うぬれぇ!! 最初から狙いはアトラスの戦術システムかぁっ!!!!」


 策にかかった事に気付いて激情を爆発させたヴィートは、強烈な凍結撃をキャッスル・ヴァリア分裂体に叩きつけた。

 その攻撃の余波は周囲を舞うコウモリらも巻き込み、ついにキャッスル・ヴァリアは息の根を止められる。


 最期に、吸血巨人はヴィートの失策を笑った。


「情報は……戦いの趨勢を決めるのです……。情報部三佐、有角 彩門の娘を侮った……貴女の失態なの……です…………」


 そしてコウモリの羽音も止まった静寂が辺りを包む。


 戦場に残されたのはキャッスル・ヴァリアの二つの氷像。

 怒りに満ちたベルゲルミルは、それらを拳で打ち砕いた。


「……まあよい。アトラスなどいくらでも補給できる……!」


 ヴィートの吐いた言葉には、少しの虚勢が混じっていた。

 周囲を飛行しスティーラーズを投入しているアトラスの下位機種には、ヴィートの義体と接続する戦闘支援システム、そしてスティーラーズ全体の指揮権限などが備わっていない。

 しかしベルゲルミル自身の戦闘力が落ちたわけではないとヴィートは考えた。


 そのベルゲルミルの前に、更に進み出る1体の巨人。

 ダメージから立ち直った歌姫少女、亜鈴 翠子が操る頭翼の巨人エメラダ。


「……くらりちゃんに……鎮魂歌を捧げなくちゃ……ね」


 言葉ではそう言っても、まだ級友との死別を受け入れられたわけではない。

 それでも彼女は、自身も後に続くことを覚悟して。

 ――最後の時間稼ぎを計画していた。

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