第三十七話「みんなのたたかい:後編」4/9
=みんなのたたかいのお話=
央介ら、第一部隊が要塞化学校に戻るまで数分もかからなかった。
緊急事態とあって、普段は自身らで禁じている建造物の破壊も辞さない突破。
過程では目についたスティーラーズを可能な限り叩き潰し、そして巨人たちは校門の上を飛び越えた。
そこで第一部隊を待っていたのは、必死に手を振って場所を知らせるウサギネコ獣人の奈良だった。
しかし彼が投影していたはずの巨人Qきょくキメラは消えてなくなって、その断片らしき巨大ヒヨコが奈良の頭に乗るのみ。
央介はハガネの中から彼に呼びかける。
「奈良くん、無事!?」
見る限り、怪我などの様子はない奈良がすぐに答えた。
「だ、大丈夫! だけど……巨人、出なくなっちゃったあっ……!!」
――恐らく彼の緊張の糸が何かで途切れて、巨人を出せる精神状態ではなくなった。
そう考えた央介はハガネで彼を抱え上げ、周囲からの安全を確保した。
ハガネの腕の中で安堵か恐怖、悔しさの涙をぐしゃぐしゃに流しながら奈良は話を続ける。
「ハガネもどきは結局こなかったんだ……! だけど、だけどロボット型のとんでもない群れがやってきて、オイラも戦ったけど途中から狭山が向こう側に行っちゃって、敵は全部それを追いかけていって、そしたらQきょくキメラが消えて……!」
混乱気味の奈良による話の聞き取りに央介は少しの苦労。
それでも身振り手振りに加えて、あきらによる読心からスティーラーズの群れが去った方向に関しては絞り込めた。
――行先は、校庭。
狭山は自身が最大の脅威判定を受けている事を理解し、校舎から敵群れを遠ざけるために全てを引き受ける決断をしたのだろう。
そう考えた第一部隊と抱えられた奈良、そして合流したあきらは100mもない距離を全速力で駆ける。
狭山が戦い抜けた痕跡、地面に転がるスティーラーズの自壊残骸。
その数を5――10――20体と数えた頃、グラウンドの白砂に赤い染みが散り始めた。
地面を染める血痕とスティーラーズの残骸は次第に量を増し、それは一直線に校庭の反対側まで続く。
「……狭山さん……!」
央介は少なくない因縁を抱えた同級生の少女が、酷い出血をしていることに動揺を隠せなかった。
彼女が受け継いだ能力こそ不滅の呪怨兵器といっても、こんなのは小学生の少女が受けて良い苦痛ではない、と。
そして、一同はそれを見つけた。
校庭端、コンクリート石垣に寄りかかるような直径3mほどの真っ黒い塊。
不気味に蠢き続ける――人造人間の群撃。
蜜蜂が強大な外敵を封じ込める蜂球攻撃にも似たそれは、一本の白を生やしていた。
――血染めの、それでも白い、少女のか細い腕。
「ッッッッ!!!! ……貴様らぁっ!!!!」
ハガネの攻撃がスティーラーズの群れを襲った。
けれど、それは内にあるものを傷つけまいとするための引き剥がしと、剥がした物を一つ一つ握りつぶしての排除。
アゲハの協力もあってスティーラーズは一体一体数を減らしていき、そしてその残骸の奥に埋もれていたものが見つかる。
普通の、長尻尾の少女の姿に戻った狭山。
央介はハガネから飛び降り、全身傷だらけの彼女の処へ駆け寄った。
そのまま意識のない彼女の体に突き刺されたままの金属刃を一つ一つ丁寧に抜き取る。
刃が抜けた傷口でEエンハンサーとしての再生が始まるのを央介は見届けた。
見届けるために凝視してから央介が気付いてしまったことがあった。
全身に攻撃を受けた彼女は、衣服が原型を留めないまでの状態になってしまっている。
その女性として気の毒な姿に央介は赤面しながら、自分の羽織っていた軍のジャケットを被せた。
後方のアゲハとルビィは、自分が選んだ少年の優しさを誇らしげに見つめる。
「……あ、ああ……どうなった……?」
その時ちょうど、狭山が意識を戻した。
彼女のあられもない姿を意識してしまった央介は顔を反らしながら。
「その、狭山さんには不本意かもだけど、救援に来たよ」
「凄いキルスコアじゃないか。推定だけどハガネより上。みんなを守ってくれて、ありがとう」
狭山とは対立しがちな佐介も、彼女を褒めて慰める。
反発を予想した二人、けれど狭山の反応は柔らかいものだった。
「――ああ……助かった。怖かったよ……」
央介の掛けた上着を抱き締めながら震える狭山は、そこだけを見れば普通の女の子。
それでも彼女が横たわっているのは、彼女が斃した敵の残骸の累々。
戦士見習いの少女は、戦士見習いとして先輩の少年に問いかける。
「なあ……戦いって、いつもこんな事するのか? 多々良は、怖くないのか……?」
央介は、その質問へ真摯に答えた。
「こんな事は――無くも無いけど……。でも狭山さんの方が、ずっと凄いよ。僕らのは血も流さない、お遊びだから」
それは央介が以前から感じていた、巨人を使った怪我も無い戦闘に関する引け目。
しかし一方で敵の物量や悪辣さ、巨人を通じて受ける苦痛や味方に被害を出してしまった時の辛さ悲しさ、そういった部分は心の中に仕舞い込んだ話。
狭山は、それを謙遜だと受け取って笑う。
「はは……。今ちょうどあの世から平気で戻ってきたEエンハンサーのが、よっぽどズルしてるじゃないか」
そう言って狭山は回復しきっていない腕から、怨霊体をにじませて見せる。
物体全てを呪い殺す究極の破壊能力を先ほど初めて用いた彼女は、反省を口にした。
「かーちゃんに言われてたんだ。“Eエンハンサーは生きてる内に電撃麻痺で肉体を止められたら負ける”って。なのに、相手がヤバそうな刃物を構えてるのが見えてたのに……くらっちまった……」
――話のそこまでを聞いた央介は体を強張らせた。
今までは狭山の惨状への義憤と、そこからの救助の安堵が優っていた。
けれどそれらが薄れて巡り始めた思考が状況に潜んでいた危険信号に辿り着く。
央介の自責心は、こう尋ねる。
そもそも何を警戒して彼女を救助にきた? その本質を忘れていただろう?
第一部隊が警戒していたのはスティーラーズが巨人やEエンハンサーを封じる手段。
その可能性を語る最中に、該当する狭山が不明となっての救助に動いた。
結果的に見れば、奈良と狭山双方の戦闘不能もあって救助自体は間違いではなかった。
しかし問題となった“凍結攻撃”が、ここには無かった。
であれば、それは――それを操る本体は、何処に居る?
「クソっ!! さっき止めるべきだった!」
情報連絡を管理していた司令官のあきらが後悔に呻く。
央介は振り返り、彼に詰め寄って問い質した。
「止めるべきだったって、どういうことだ!? あきら!!」
「……悪い、央介。第二部隊は……竜宮は、退避を蹴ったんだ! 後方に凍結――狭山を止める攻撃がきてるなら、むしろ今のうちに攻めるって……!」
思わず央介は報告を怠ったあきらに向けて手を振り上げて、しかしあきら以上に幼馴染の判断ミスが大きいと辛うじて踏みとどまる。
央介は震えながら手を下ろし、その手でDドライブを握りしめた。
――瞬間、夢幻巨人ハガネが投影される。
「第二部隊に合流する! 狭山さん、病み上がりに悪いけど、学校をまたお願い!!」
央介のハガネは、そしてそれを追って紅利のルビィと夢のアゲハも全速力で跳び去った。
後の校庭に残されたのは後悔に自分の顔を両手で叩いて気合を入れ直したあきらと、頭に巨大ヒヨコを乗せて悩む奈良と、狭山。
頼み事と残された狭山は自分のはしたない恰好に気付き、サイズの小さなジャケットを縛り付けて肌を隠す。
それから変なところを見てないだろうなとあきらを睨みつけながら、ぽつりと質問を向けた。
「あきらってさ……テレパシーだけじゃなくて、人の心読めるとかそういうやつか?」
あきらは巨人不調の奈良が巨大ヒヨコを頭に載せたままで慌てて学校要塞へと駆け込むのを見送ってから、狭山に答えを返す。
「……ああ」
「じゃあ、バレバレだったんだ。乙女の秘めたる気持ちも」
「ああ」
乙女というガラかというツッコミの誘導には乗らず、先と同じだけのあきらの返事。
そこからは、狭山の言い訳。
「あいついいなって思いだした時に島の事件があって、許せないって気持ちと頑張ってたんだって気持ちで、頭の中がぐちゃぐちゃになって……」
そう言って狭山は小さく屈み、彼の優しさの証明のジャケットに手を伸ばして、獣人の嗅覚で少年の残り香を吸う。
少女の嬉しくて苦しい、初めての感覚。
溜め息一つのあきらはそんな狭山をたしなめた。
「央介は幼馴染曰く女泣かせだそうだぞ? 今もアカリーナと黒野さんの二人で争奪戦の真っ最中だ」
それを身をもって体験中の少女は、自由にならない自分の気持ちに愚痴りだす。
「……好きになっちゃったんだから仕方ないだろ。――ちびだし、最初は気に食わない態度で、嘘つき……は、大人達の都合もあるからともかく、体張って、強くて、カッコよくて。しかもとーちゃんかーちゃんみたいに軍で戦うヒーローで……」
愚痴る内にだんだんと好ましさの気持ちが高ぶってきてしまった狭山は、先ほどのあきらを参考に両手で自分の顔を叩いた。
それからハガネが去っていった方向を眺めた彼女は、気持ちを切り替える
「……こういうの、アタシには似合わないか。――あーあ!」
狭山は体に力を籠めて再度の変身を試みる。
央介に頼まれた分、学校の防衛を100%成し遂げて『どうだやってやったぞ』と自慢する。
それがきっと自分に似合うポーズだと考えて。
そして――央介の無事の帰還を祈りながら。