第三十七話「みんなのたたかい:後編」2/9
=みんなのたたかいのお話=
都市の反対側にあって学校を睥睨する蒼いアトラス。
その操縦席に構えたヴィートはPSIレーダーの画面に表示された異変を眺めながら含み笑いを浮かべる。
「場当たりで俄か巨人を増やして対抗とは、素晴らしい狩りの余興ではないか……。ならば多々良 央介、その顔を絶望に塗りつぶしてくれよう!」
ヴィートが愉快そうに指を走らせて操作したのは、量産型補佐体の指揮システム。
システムが上げる情報には、今まさに1機のクロガネ化スティーラーズが、そしてそれを支援する無数のスティーラーズがハガネを中心とする部隊と接敵する瞬間が強調表示されていた――。
アイアン・スピナーが、量産クロガネを撃ち貫く。
読心もなければ巨人特有の怪現象もなく、ましてや何処か誰かの心を傷つける心配もない。
そんな相手に、央介は悩みも容赦もしなかった。
「おーちゃん、さっすがー!」
後方の幼馴染巨人アゲハの歓声にハンドサインだけで応えたハガネは次の敵どもを睨みつける。
増援としておよそ10体の量産クロガネが殺到してきていた。
更に、その内の前衛数体は両手に氷を纏っている。
「はっ! 群れが押っ取り刀で押しかけやがった! おまけに凍結持ち混じりか!?」
佐介が軽く威勢と分析を吐く。
続くのは――。
「バタフライ・シルク・ウィーヴ! おーちゃんとさーちゃんは見極めて、打ち抜いて!」
夢のアゲハが、開いた翅から数十もの蝶型端末を飛ばす。
――現在のアゲハは軍提供のMRBSを装備するモジュラー器官の全てが空。
当然、戦闘力は大きく落ちている。
しかし夢はこれまでの知識経験と機転により、それらをシルク出力器官に置き換えていた。
アゲハから放たれた蝶の群れは絹糸を引きながら敵巨人に突撃し、その体へ糸を絡めつけていく。
それらの拘束力は微々たるものだったが、それよりも重要な目的があった。
糸や蝶は無事に相手の機体表面を飛びぬけて――しかし時に凍り付く。
「直接接触による状態確認完了! 対象の凍結攻撃範囲は両手先に限る模様。また低威力で無能力と偽装を行う個体も存在!」
テフが肉弾偵察から状況を分析し、相手の隠し武器を看破した。
それを受けて央介は、叫ぶ。
「佐介、細かい照準は任せる! アイアン・スピナーの連発で一気に荒らす!」
「りょーかいっ! ぶっ壊れろ安物ども!!」
鋼鉄螺旋の弾丸と変わったハガネは、稲妻の軌道で敵陣を切り裂いた。
敵多くを一掃して、更に返しの一撃によって立ち位置をアゲハの前にまで戻す。
しかし元の位置にまで戻ってきたハガネの巨体は、右半身が氷塊に覆われていた。
攻撃の最中に相手による刺し違えの反撃を受けてしまったのだ。
「ちっ! 連中は全員凍結持ちだ! 凍結なしに見えた奴もスイッチ入れるみたいにギリギリで使って来やがった!」
佐介は分析不足からの被害に唸り、央介は行動困難を抱えたハガネでも残りの敵を睨み捉え続ける。
そのハガネへ駆け寄る非戦闘巨人のルビィは優しく手を伸ばして凍結部位に触れた。
「これで、どう!?」
「……っ! ありがとう、紅利さん」
ハガネを苛んでいた凍結はたちまちに蒸発して消え果てる。
しかし紅利は、央介がわずかに呻いたことと、自身が触れたハガネの部位が赤熱化していたことを見逃さなかった。
――まだ巨人を制御しきれていない。央介に苦痛を与えてしまった。
気に病んでルビィを後退りさせた紅利を、央介はすぐに気遣う。
「大丈夫。ヴィートと戦うんだったら、もっと強くてもいい!」
央介の苦しさに耐える優しさが、紅利にとっては悲しくも愛おしい。
一方で恋敵ばかりに好き勝手にさせるほど夢は受動的ではなかった。
彼女は笑顔で、陣形を組み直すことを名目にアゲハの両手で二人の巨人を引きはがしながら、更にテフが操る翅で次の敵を指し示す。
「後続量産巨人が出現、およそ20。尚も数は増大!」
「ここでラブラブいちゃいちゃするんだったら、むーも後でいちゃいちゃするからね!」
そんなつもりはなかったのだけれど、と央介は空を仰いだ。
紅利は、これは一歩リードできただろうかと計算高くも考える。
夢はハガネとルビィを交互に見ながら諦めずに唸りだす。
溜め息一つの央介は、改めて第一部隊の作戦目標を口にする。
それは戦場に似合わない三角関係のラグタイムで逸れてしまった気合を入れ直すため。
「僕らが出来る限り攻撃を引き付ける! 一体でも多く倒して、みんなの負担を減らす――無くすッ!!」
央介の視界の端に要塞化された学校校舎が映った。
まだ、危機を知らせる連絡は入っていない――。
「あばばばばば……! 一匹、中に入っちゃったぁ!?」
学校要塞外壁に開いた穴にQきょくキメラの頭を突っ込みながら奈良が叫ぶ。
第三部隊に所属する彼は、巨人に備わった猛獣の前足で多くのスティーラーズを叩き潰してきた。
だが、それでも討ち漏らしから突破するものが現れてしまったのだ。
けれど加賀によって学校に施された伝声構造から仲間たちの声が響く。
「任せとけ! こっちにゃ鉄壁のフォーメーションと特製のオフサイド・トラップが仕掛けてあるんだ!」
それはサッカー、あるいは空手少年の流の声。
奈良は心配心配ながら巨人を後ろ歩きさせて学校から頭を引き抜き、校舎外に次なる敵を見つけて攻撃を再開しだした。
一方、学校内に侵入を果たしたスティーラーズは混乱を起こしていた。
そこでは本来あるべき構造が無茶苦茶に繋ぎ変えられて天井が床面に捩じられ、更に視認阻害の右折左折に袋小路、大段差が用意されていたのだ。
搭載されているセンサー類は軒並みエラーを示し、まともな機能を残すのは音響と光学電磁波感知のみ。
[88825885488364152974179392791271465122324]
それでも音響による探知から、攻撃目標が群れている場所は確認できた。
人工知能は下された命令通り、それらへ攻撃を加えるために全速力で疾走する。
感知面こそ低下して戦闘力は下がっていても、弱々しい相手への攻撃においては何の問題も無いのだから。
いくつもの曲がり角を駆け抜けて、スティーラーズはついに隘路の先に立つ巻き角の少女を捉えた。
しかし機械の光学観測は、それが鏡状の大型モニターに映された映像だと簡単に見破る。
更に音響探知は隘路の影、両側に複数人の伏兵が構えている事も見通した。
スティーラーズは見え透いた罠へ対処を行うことにした。
電灯が床面に並んでいる上下反転の廊下を最高速度で疾走し、構造物にカバーしている伏兵への先制攻撃――。
けれど、そのアルゴリズムは全く何も上手くいかなかった。
スティーラーズが駆けだそうとした瞬間に床――正確には床になっていた華奢な天井板が突然に強度を失い、それを踏み抜いて終わる。
「かかった! やっちまえ!!」
スティーラーズが行動修正を行おうとした隙、廊下の両側の何もなかった壁に扉が現れた。
そこから掛け声とともに雪崩れ込んだのはDロッドを構えた少年少女。
中でもハヤブサ鳥人の小鳥遊の一撃は、人工知能の高速処理が追いついても重たい物質の体を引きずってでは退避が間に合うものではなかった。
小鳥遊が構えたDロッドは鋭くスティーラーズを貫き、その場に縫い留める。
続けてヒグマ獣人少女、熊内が大上段からDロッドを振り下ろし、身動きの取れなくなったスティーラーズの頭部――そのまま上半身までを叩き潰した。
「ひえっ……!? 熊内、やり過ぎじゃないか……?」
「ごめんなさい、ここまでなると思わなかったの……!」
悲惨な事になったスティーラーズの残骸を前に、少年少女たちは自分らの過剰攻撃にうろたえた。
自分達を狙う殺人ロボットと言っても直前まで同級生と似た背格好だったものが粉砕されてしまうというのは、流石に気の毒にも思える。
「そんなん気にすんな。外にはコイツがうじゃうじゃ居るんだから」
そう声を掛けたのは、隘路の先の伏兵をしていた流。
流は自壊を始めたスティーラーズの残骸を目の前に、今の戦果への評価をあげる。
「しかし上手くいったもんだ。加賀、やるじゃないか」
「ああ。桝形、衝立、矢狭間……知識だけの構造だったが、ちゃんと機能するものだな」
窓の外、学校要塞を構築し続けるGガガッティから響く加賀からの返事。
そこへ更にあきら。
「待ち伏せ向きの構造に加えて、Gガガッティが天井板の強化をオン・オフできるから、どこでも落とし穴になる。オマケに部屋の組み替えワープも可能。こりゃ学校ごと叩き潰されなきゃ内部で負ける要素はないかな」
楽天的なESP司令官に、しかしDロッドを構えた柔道少年の丸が釘を刺す。
「ビギナーズラックも考えるべきだろ。相手は戦闘兵器ってんだから、気ぃ引き締めとけよ」
「おいおい、幸運を引き寄せるのも強さの内だって言うぜ?」
言い返したのは長年のライバルである流。
方針の対立で、二人は視線で火花を飛ばし始める。
そんな二人を呆れの無表情で眺めていたのはジャージ組の眼鏡少女、木下。
彼女は指先で鉛筆サイズの木の枝をくるくると巡らせ続けていた。
状況が落ち着いたのを見届けた木下は手遊びを止めて、心優しく力自慢の親友の凱旋を出迎える。
「ナーリャ、大丈夫だった? 怪我はない?」
「ええ、おかげさま。……どっちかというとロボットさんの方が大丈夫じゃなくて可哀想になっちゃったかも」
――迎えられた熊内は親友の木下の不思議な力には気付いている。
今回の自分たちの拙い防衛が上手く回っているのは、彼女の影の支援によるものだということも。
けれども、彼女が秘密にしている物を口にするほど熊内は野暮ではなかった。
次第、非戦闘員のクラスメイトも廊下の様子を窺いに現れだした。
彼らはスティーラーズの飛び散った、あるいは燃え残りの残骸を見てほどほどに恐怖刺激を受け取っていく。
「……でも便利ね。この教室の、どこにでもドア」
犬獣人の学級委員長、南枝は騒動の最後方で教室の扉を開け閉めして、Gガガッティが起こしている空間改編を楽しんでいた。
更に南枝は教室に入ったり廊下に出たり、教室側の内窓から更に別の誰も居ない廊下を覗き込んだり。
それは彼女が楽しむ物語の世界であれば時々存在するような不可思議空間だったのだが――。
「――あまり弄らない方がいい。僕にも完璧な状態把握が出来ているわけじゃない」
流石に加賀からの注意が入って、南枝は慌ててそれらから手を放した。
笑顔でごまかす南枝を横に、怪獣ウォッチャーの面矢場は学校の組み替えという現象への思い付きを提案しだす。
「いっそのこと、この学校自体をでっかい巨人ロボに組み上げて敵を殴りに行けないかな!?」
それはあまりに荒唐無稽な計画。
しかし現在、この学校校舎に起こっていることからすれば不可能ではなさそうな手段。
周囲からもそれは面白そうだという不謹慎気味の雰囲気が広がり出す。
けれども、すぐに否定の見解がかかった。
「だめよー。相手の狙いは私たちなんだからー。獲物が相手の口に飛び込みに行くようなものよー」
巻き角天才少女の辻による冷静な戦況分析。
その納得から一大計画への期待はしぼんでいった。
一方で辻は、こうも言う。
「でもー相手の本隊がこっちに来てしまった場合にはー、学校ごと動かして逃げるのも手段かしらー」
「そうならない事が一番だと思う。可能かどうか考えてはおくが――なッ!!」
辻の懸念に対しGガガッティから加賀の最善を尽くす宣言と、気合の一声。
それは1体のスティーラーズがGガガッティの手元に迷い込んできて、それを大槌で迎撃するための掛け声。
けれど、敵は不慣れな攻撃から素早く逃れていった。
加賀が敵を倒せなかったという後悔の反面、人型のものを攻撃しなくて済んだという安堵を覚えた一瞬の後。
逃げ延びたスティーラーズはGガガッティへの反撃を狙ってきた。
けれど、そのスティーラーズは目の前に現れた影によって両断される。
「――26! ……いや、さっきが26だったっけ? 26の次はにじゅう……」
うろ覚えのキルカウントを誇る長尻尾の変身ヒーロー、狭山の一撃だった。
そのまま彼女は巨人Gガガッティを足掛かりにして校舎頂上へと駆け上がり、侵入を試みていたスティーラーズ3体を流れのままに斬り払う。
加賀は目覚ましい働きの同級生に、しかし注意を促す。
「狭山、無理は――」
「無理ぃ? 余裕、余裕っ! うきゃきゃっ、Eエンハンスの力ってこんなに凄いんだぁ!」
その狭山の動きは、人間に捉えられるものではなかった。
両手両足によって地面壁面を駆けまわり、敵に迫ってはDビームロッドを力任せの抜刀一閃。
技術も何もない野生だけの戦い方は、しかし最大の戦力となっていた。
「まったく! かーちゃんはコレ使って技かけてきたんだからズルい!」
狭山は楽し気に、日頃の親しみと恨みを口にしながら戦う。
それは有事のための力を伝えてくれた母親への感謝の想い。
「アタシでこれなんだから、かーちゃんとひいばーちゃんが戻ってくれば……フフッ!!」
血族への信頼に笑みを浮かべた狭山は校舎頂上から地上へ飛び降りて、その場にいたスティーラーズを脳天から鋭く一刺し。
けれど学校を襲った一団の最後だったその1体は――。
「ああっ、オイラが狙ってた奴! 狭山ひどいよぉ!」
横取りの不平を挙げたのは、Qきょくキメラの奈良。
撃破した敵を振り払いながらの狭山は、Qきょくキメラの鼻先に近づいて巨大な獣鼻を手のひらで叩いて宥める。
そこから掛けられるのはからかいの言葉。
「はっは! 奈良はデカくなった分、ノロマになったんじゃないか? これじゃアタシ一人で十分だったかもなあ!」
いつもの教室と普段の二人であれば親し気の漫談で終わる話。
しかし、この異常事態の最中では奈良には受け止めきれなかった。
「……やっぱオイラ、要らなかったかなぁ……?」
冗談を真に受けてしまった戦友に狭山は慌てて、すぐにフォローをかける。
「いやいや! 助かってるよ! 敵が凍結攻撃?ってのをしてくるかもしれないんだし……今のところ使ってこないけども。それに……アレだ。お前の巨人の変なパワーはちゃんと抑え込んでるんだろ?」
それは、要塞都市全体を辱めてハガネを追い込んだ野生王の脅威の力の事。
しかし奈良は自信なく答える。
「抑え込んでるんじゃなくて最初から出ないんだよ……。加賀とか光本はちゃんと巨人の力を使えてるのにな……」
そう言ってから、Qきょくキメラは仲間たちが戦いに出た市街の方を窺う。
――彼の視線の先で、巨人出現の光が奔る。
そこは第二部隊が先行しているであろう場所だった。