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第六話「悪夢砕く、鉄の螺旋」2/6

 =多々良 央介のお話=


《巨人が、どこにいるかわからない?》


 通信の向こうで、父さんがオペレーターさん達と事象確認をしている。

 僕はもうハガネを出して、街の中央にあるショッピングモールの駐車場で待機中。


《巨人が……正確には巨人らしきものが、街のあちこちに出現しては、すぐに消えるんですよ》


《PSIエネルギー検出もそんな感じですね。ひどく不安定で……》


《ロジカル型の巨人か……? 央介、気をつけろ。この間の歌唱妃みたいに広域での影響があるかもしれない》


「どこにいるか分からない巨人なら、ギガントの連中に誘導されないんじゃないかな?」


 これは佐介の見解。

 割と楽天的に考える。


《すでに誘導操作を受けていて、先制攻撃するために隠れながらの行動という見方もできる》


 これが大神一佐の見解。

 軍人らしく手堅い見方だった。


《あっ、居た! ……いや、本当にこれか?》


《報告は明瞭にせよ》


 時々父さんと一緒に居る技術士官さんの曖昧な言い方に、大神一佐の苦言。

 今回のは、よっぽど変な巨人らしい。

 それに続く形で、オペレーターのお姉さん。


《ええ、微弱ですがPSIエネルギー出てますね。央介君、鉄橋沿いの公園に巨人が現れています。直接の確認をお願い》


「わかりました。ハガネ、移動します」


 ハガネは、待機場所の駐車場から大通りに出て、駅前を通り、現場へ向かう。

 戦闘警報を受けて避難した人たちの残した車を、踏んだり蹴ったりしないように。


《これ、巨人というか……小さい断片?》


「なんか煮え切らないなあ。巨人だとか小さいとか」


 通信先の曖昧な説明に、ぼやく佐介。

 現場、公園に近づいても実際どうも巨人らしきものは見えない。


「ええと、どこにいるんでしょうか?」


《公園遊具の中です。ドローンでマーカーを投影するので確認を。気を付けて》


 オペレーターさんの言葉通りにドローンが飛んできて、地面に矢印を投影する。

 それは山型滑り台にあいた土管穴を指していた。


「ここをハガネで覗くのか? 見えるかな」


《覗いた瞬間の攻撃に気をつけたまえ、央介君》


 大神一佐の言葉で緊張を維持しつつ、ハガネを地面に伏せさせて、土管穴に巨大な顔を寄せる。


 ――そこに、黒い影がいた。


 ぼやけているが、小さな人型をしていて、隠れるようにうずくまっている。

 この形になり切らない見た目の巨人、僕には覚えがある。


「父さん……これ」


《不完全投影……だな。初期型Dマテリアルの巨人に近い。しかし、何故……?》


「……オレら、これ倒すのやだよ?」


 佐介が言いたいことを言う。

 言えない僕の代わりに。


《不完全投影の巨人――新東京島での初期事件に近い状態という事かね?》


《確定はできませんが、似通っています。無理な撃破は、この巨人の投影者に深刻な影響を及ぼす恐れが――》


 父さんと大神一佐。

 そこから難しめの話が通信先でしばらく起こって、やっと終わる。


《――央介、対象を捕獲することになった。傷つけないように保護してくれ》


「うん!」


 ちょっと子供っぽい応答をしてしまった。

 でも、それぐらい嬉しかったから。

 ――もう、あんな酷い事をせずに済むのだから。


「じゃ、オレが捕まえてくるよ」


 佐介がハガネから飛び出し、土管の穴の中へ入っていく。

 それに追われて、小さな影は、奥へ。


「あ、こら。逃げるなよ。……央介、向こう側の出口に追い出すから、捕まえてくれ。」


 手間取る佐介の言う通りに、ハガネは土管穴の反対側へ回り込むことにした。

 でも、遊具が色々あって、歩きづらい。


「いーそーげー!」


 ハガネの手を出すのが一瞬遅れた。

 小さな黒い影は穴から飛び出して、ハガネの捕獲をすり抜け公園の広場にまで走っていく。

 僕は慌てて追いかけようとした。


 黒い影は、追いかけようとするハガネを見ていた。


 ――こちらを、睨んでいる。

 一瞬、背筋に嫌な感じが走った。


 体を抱え込むように一度屈んだ影は――爆発した。



「ぅうるるうるううぅううぅまあああぁぁあああぁあぁあああああぁぁあああああぁぁぁああぁやあああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁああああぁぐぎぃぃいゃあああああぁぁあああむあぁああああぁあああああぁあああああぁぁぁぁああああぁああぁぎぁあああやぁあああやぁああああああぁああおおおおおおぉぉぉおおおおおぉぅごおおおぉおおぉぉぉぉお」



 何か。

 何かが、ハガネの前にいる。


 小さな黒い影が、膨れ上がった、何か。


《ぐっ!? ……央介! 退けぇ!!》


 通信からの父さんの声で、僕は我に返って、改めて目の前にいるものを見た。


 黒い、黒くて、黒いべとべとを血のように流し、

 所々から骨とも牙ともわからないものを生やした、歪な人型。

 巨人……? こんな、巨人?


 歪な巨人が、ぐらりと傾きながら、腕を――

 ――こちらに向ける。


「央介っ! これ攻撃だぁっ!!」


 佐介の声で、ぎりぎりハガネを動かすのが間に合った。


 ハガネがさっきまで居た場所が、真っ黒い汚濁に呑まれる。

 巨人が向けた腕から、洪水のように何かが溢れ出したのだ。


 避けたところで、何が起こったのかきちんと確認する。

 ハガネには佐介が戻っている。

 異変の発生を察してハガネに融合しなおしたのだろう。


 相手の巨人から溢れ出てきたのはぐちゃぐちゃと蠢く、禍々しい肉と骨の混合物。

 そこから腐ったような液体が飛び散っている。


《多々良博士! 検出されているPSIエネルギーが異常な数値に! Dマテリアルの理論数値以上で……》


《央介! 逃げろ! 央介ぇ!!》


《黒い巨人の攻撃行動により鉄道鉄橋に深刻なダメージ発生! 崩落します!》


 攻撃の巻き添えで、鉄橋が歪み崩れ、轟音をたてて川に落ちる。

 直撃を受けた山型滑り台は崩壊して、瓦礫と黒いぐちゃぐちゃが混ざったものに変わり果てていた。


 ぐちゃぐちゃから吹き出た黒い液体の飛沫が、ハガネにもかかった。

 それぐらいなら、と軽く見てしまったけれど――。


「!!! つぁっ……!」


「熱ち熱ち熱ち!!」


 ハガネの表面にこびり付いた液体から、痛覚が流れ込んだ。

 何か、火傷のような。

 皮膚に焼けたものを押し付けてしまった時のような。


《央介! これは何らかの異常をきたした精神による巨人だ! 接触自体するな!》


「……い、異常って!? それに、接触できないんじゃ対処できないよ!」


 ハガネは公園から飛びのいて、川に降り、崩落した橋脚の陰に身を隠す。

 それでも、さっきの攻撃がまた来たら、橋脚ごと貫かれるかもしれない。


 だけど歪んだ巨人は、その視界内にハガネが居なくなっただけで興味を失ったようで、それ以上の追撃は無かった。

 父さんに手段を仰ぐ。


《そう……そうだな。時間を、稼ごう。明らかに過剰出力だから、投影させている子も疲労していくことになる》


「疲労って、大丈夫なの!?」


《神経系の疲労だから、眠りに落ちるだけで済む。そうなれば巨人も霧消する、はずだ。》


 そこに大神一佐が口を挟んだ。


《被害が出始めているのに、するはず、を頼りにするわけにはいかんのですよ。どういう現象か、分析を》


《す、すみません。その、先ほどからの異常なエネルギー量からの判断ですが……》


 携帯越しに、父さんの苦しそうな声が聞こえる。

 異常なエネルギー、異常な破壊力。

 これから対峙する、異常な巨人。


《……エネルギー総量から考えてこの巨人の投影者は、精神構造が酷い混乱を起こしている状態なのは間違いないんです》


「心が混乱すると、こんなおかしな力とか触っただけで痛みがでる巨人になるの!?」


 僕は父さんに奇妙な巨人の性質について聞く。

 だけど、帰ってきた答えは――。


《普通は精神内にもある程度、境界線があるからな。Dマテリアルではその表面部分だけを使う構造にしてある》


 う、うん。

 それでどうしてこんな力が出るのか、わからない。


《では、この巨人はそれ以外、表面部分でない力も使っている、と?》


 ――僕より、大神一佐の方が理解が早い。

 やっぱり僕はまだ子供なんだ。


《そうです。意志より内側、通常はアクセスさせていない本能的なイドや、その向こうまでを巨人としている、これで出力量の巨大さが説明できます》


 ……本能的なイシのイドってなんだろう。

 あれは、石の井戸の向こうから来た、怪物?


 ぉごぉごぉおおぉ……


 怪物が、歪んだ巨人が呻く。

 それと同時にさっきのハガネの火傷に再び激痛が生じた。


「ぅううっ!!」


 僕は思わず激痛に悲鳴をあげた。

 どうやら、さっき飛び散ったものがハガネの表面にまだ残留していたらしい。

 ――その中で、何かが頭の中に響いた。


(……マタ オトウサンニ シカラレル……)


「えっ!?」


「ああ、聞こえたぞ! 央介!」


 どうやら、佐介にも同じ感覚があったようだ。

 これはサイコに話しかけられるみたいな……。

 でも、すごく、嫌な感じ。


《どうした!? 大丈夫か?》


「声! 変な声が聞こえたんだ。この、くっついてる焼けるべとべとから!」


「お父さんに叱られる、って!」


 ――それと、体が震えるほどの怖さも。

 何だろう、このとても嫌な感じ。


 僕たちが正体不明の感覚にうろたえる中で、それまで立ち尽くしていた歪んだ巨人が、急に動き出した。

 それと同時に、新たな感覚が流れ込む。


(……セントウケイホウ しぇるたー ニゲナイト……)


「……シェルターに、逃げる?」


 流れ込んだ声を、そのままつぶやく。

 それを、大神一佐が聞いていたのだろうか、一佐の焦りを感じる命令が通信回線に響いた。


《む!? 巨人の進行方向を出せ!》


《進行方向に……これは、市シェルターの6番入口です!》


 一瞬、背筋が凍った。

 そんな、この破壊力を持っていて、人間のいるところを狙う巨人!?

 経験する限りでは少ない、けれどそういう巨人とも何度かは戦った。


《陸戦隊総員、対処に移れ!! 多々良博士、どういう現象か説明と、何か手段は!?》


《まさか……この巨人は投影者との自己境界すらないのか!?》


 僕は、叫ぶ父さんの言葉の意味が分からなくて聞き返す。


「ど、どういうこと!? 境界が無いって、どうなるの!?」


《あ、ああ、つまりこの巨人は投影した子供と同じ行動をとろうとしている! 子供と同じシェルターに“避難”するつもりだ! あんなものがシェルターに入り込んだら……!》


 恐ろしい予想が父さんから告げられた。

 今まで巨人の犠牲者といっても怪我人程度。

 しかしこの巨人の攻撃力を見れば、怪我人どころか――。


 ――でも、そうなるとあの巨人は攻撃しているつもりはなく、避難しようとしているだけでこんな無茶苦茶な痛みをばらまくの?

 どうして、そんなことに……。


《全戦車隊、6番入口前に急行中! 無人戦車を先行させろ! 盾にするんだ!》


《シェルター内での退避を! 市外延部シェルターへ誘導してください!》


《コードを発行します。対象巨人は“悪夢王”。繰り返します。対象巨人は……》


 巨人を戦車で止められる?

 そんなはずは、ない。

 ハガネのテストで戦車隊の砲撃を受けたけれど、僕もハガネも傷一つなかった。


 じゃあこの巨人、悪夢王の動きを止めるには――。


 そこからの僕の考えは子供っぽいものだったかもしれないけれど、他に方法があるとは思えなかった。

 必死でハガネを走らせ、歪んだ巨人、悪夢王の前へと回り込む。


《あ!? 央介! ダメだぁ!!》


 携帯の向こうで、父さんが叫んでいる。

 でも――


 ――もう、巨人に、人を傷つけさせない。

 人が生きてる町を壊させない。

 僕は、佐介に命令を下す。


「佐介ぇっ! 出せるもの全部出してぶっつけろ!!」


「央介、ダメだ! こんなの全身で受けたら、央介が死んじゃうよ!!」


 ハガネ主砲からのアイアン・チェインは命令とは真逆、後ろの地面に向かって放たれてハガネを繋ぎ留めてしまった。

 僕の行動に佐介が反抗するのは初めてだった。

 だけど、そんなのは今は煩わしいだけ。


 少し踏ん張るとハガネを地面に縫い留めていた鎖は外れた。

 いらつきを言葉にして、吐き出す。


「臆病ロボット! もう、オレだけでいいッ!!」


 鎖が外れた勢いでハガネは悪夢王に飛び掛かった。

 両手で悪夢王の頭を掴み、押し倒す。

 先には、行かせない。


 手のひらに、またさっきと同じ激痛。

 焼けた鉄板に手を押し付けているような。


 それでも、そのまま倒れた相手の上に跨って動きを封じる。

 相手を掴む手からも、跨って触れる足からも、煙のようなものが上がっている。

 焼けているのか、溶けているのか、その激痛が神経に流れ込んできた。


「っぎぃぃぃぃぃいいいいい!!!!!」


「央介ぇ! 央介ぇ!!」


 佐介がうるさい。

 耳元で喚くな、と怒鳴りたかった。

 でも激痛に食いしばった歯の間からは、唸り声が漏れるだけ。


「ぅうぅうう! ううあぁ!! ううぅうううぁぁぁああああああ!!!」


 動くな! 暴れるな!

 父さんの作ったDマテリアルで人を傷つけるな!!

 そう言ったつもりだったけれど、痛みと怒りでまともな言葉にはならなかった。


(……オトウサン ゴメンナサイ ゴメンナサイ ゴメンナサイ オトウサン……)


 ――何か、別の思考が頭の中に流れ込んだ。


 そうするうちに抑え付けられていた悪夢王の両腕が、ハガネに、僕の顔に向く。

 さっきのが、くる。


 悪夢王の腕の先から真っ黒いぐちゃぐちゃの大洪水が吹き出た。

 とっさにハガネの両手を交差させて顔への直撃を凌ぐ。

 前に出た左腕が身代わりになった。


 痛い。

 痛い!

 こんな腕、全部切り落として外してしまいたい!


 ハガネの右手で、痛みの塊になった左腕を掻きむしる。

 掻きむしって、皮膚が裂けて、少し遅れて血が流れ出る。

 血――?


 ――あれ? これは、ハガネの腕じゃなくて。

 僕は、なんで自分の腕を傷つけて……?


 混乱して、気が緩んだ瞬間、悪夢王から突き出たたくさんの牙が、ハガネの上半身に突き刺さった。


 痛い。

 痛…………。


《大神一佐! 私がエビル・エンハンスを解放します!!》


 何か、携帯から、女の人の声が聞こえたような気がした。

 けれど、痛みが何もかもを塗りつぶしていって、真っ暗になる。

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